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本編

10】これからの選択(上)

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「ま、待って…」
 喉に支えて声が上手く出ない。
 小さ過ぎて、誰も気づかない。

「この魔法陣には『聖魔法』が練り込まれていて、発動すると浄化出来ます。発動には大量の聖魔法。当初想定されていたのが『聖女』ですが、召喚は断念されてますので存在しません。その辺りの経緯の断片を、オレは知ってる部分もあるのですが、今は語りません。全てが済んだ時にでも。今、浄化に必要な条件は揃えるこ事が可能である事だけを話します」

 クンティンが、今まで魔王と描き散らかした紙を横に寄せながら新しい紙を広げる。

 寄せた紙の中に汚れた魔法陣の描かれた紙がある。
 あの部屋で回収されたものだ。紙の端が血とインクで汚れている。
 そばに小刀もあった。
 刃や柄の汚れなどからも何が起きてたのか容易に想像できる。

 全てはこの瘴気を浄化する為。

 瘴気を浄化したい。それが願い。
 世界を滅亡の一歩手前まで追い込んだ悪。

 でも、その悪を作ったのは誰だ?
 この世界じゃないか。
 外の世界から『聖女』を召喚しなくてよかったと思う。自分たちの世界の厄介ごとを別の世界からの人に押し付けていいのだろうか。多分、断念したのは、俺と同じような疑問を持った者たちがいたのだろうと思いたい。

「みんなの宝珠とアリスンの杖のを媒体にします。それから、5人で『巡環』を行えば、魔法陣は発動するはずです」

 魔法陣を模した円の中心に宝珠の丸を書き込み、円の中に円を描いた。

 二重の円に中心に宝珠を模した小さな丸。

「私もそこに加われませんか?」

 掠れた声だったが、通る声が後ろでした。
 フィンさんに支えられて、執事服の男が入って来てた。

「リューリは無理だッ」

 振り返った俺の後ろで、クンティンの『ぜひ』という声を掻き消すように魔王の鋭い声が飛んだ。

「陛下、私にも『聖魔法』があるのでしょう? 耐性があります。魔法が使えないから確信がありませんでしたが。何度、この身体を使ってもらえないかと進言しようと…」

「進言されても、俺は、お前を使う事はなかった。そんな悲しそうな顔をするな。お前を嫌ってる訳じゃない。お前のは、お前自身にしか使えない。お前の一部、血肉と同じなんだ。内包している。…研究者たちは、だから、血を使う事を考えついたんだろう…」

「そうか…。オレたちは、『聖魔法』を使って魔法を使う事が出来る」

 クンティンがつぶやいてる。

 この人は耐性がある。もしかするとここの誰よりも保有してるかもしれない。けど、魔王の言う通りだとすると、魔法が使えないのもあり得る。

 魔法が使えなくても、魔法の力を込まられた石を使えば、生活する上で困る事はない。

 現に彼の着崩れた服の袖からチラリと見える金属はそういった道具だろう。

「いえ、協力して下さい。血を一滴、これに」

 聖水の瓶がクンティンの手にあった。

「これを皆で飲んで、宝珠にも振りかければ、魔法陣との馴染みがいい。コレで成功率が上がります。きっと成功しますよッ」

 明るい声が高らかに宣言した。
 ここにいるすべての人が、突き進んでる。
 浄化出来る!
 全てが希望の高揚感に昇り、駆け上がってる。

 俺は、ギュッと拳を握った。
 関節が白くなる程、力が入っていた。
 流れて行く希望への流れ。
 でも。
 だけど。

「待ってくれッ!」

 叫んでた。

 一斉に視線が刺さる。

「待ってくれ。浄化は、待ってくれ。もう少し…」

「何を言ってるんですか、急がないと、オレたちは、帰る場所がなくなるかもしれないんですよ」

 クンティンが、バカな事を言わないでくれと言わんばかりに返してくる。
 分かる。分かるんだが。

「浄化は、勇者としての使命だろ」
 サムエルが攻めるように言ってくる。

 なんて言えばいいんだろう…。

「ダロンは、先を考えてるのよ。彼の話を聞いてあげて…」
 アリスンが助け舟を出してくれた。いつも彼女に助けてもらってる気がする…。

「先ってなんだよ」
 サムエルがほらッと促してくる。彼は気が短いところがある。

「あ、俺たちが…。えっと、浄化されて…」
 上手くまとまらない。一度言葉を切って、飲み込む。大きく息を吸って、背筋を伸ばして、言葉を発した。

「早く終われば、俺たちは帰る場所があるかもしれないが、ここの人たちはどこに帰るんだ」

「え…。このままここに住めば…」

「ここは今、魔王国だけど、周りの干渉地も、どの国の所有という訳ではない。浄化されれば、きっと陣取りが始まる。魔王に抵抗出来る武力があるとは思えない」
 失礼なことを言ってると思いつつ、言葉を続ける。

「なんとか、瘴気をこのままに、浄化出来ないだろうか…」

 難しい事を言ってると思う。矛盾してる。
 説明にもなっていないッ。

 サムエルが俺が広げたままにしていた地図を見ている。

 考えながら書き込んでた雪崩れると思われる方向への矢印や薬草や鉱石などの単語を指でなぞってる。サムエルがぼそっとフィンさんに話しかけた。

「フィンさん、あなたは、人に戻りたいですか? ここで暮らす魔人たちは、どうだと思いますか?」

「私はこのままでいいわ。人に戻ったところで、勇者さんの言う通り、行く当てはないわね。ここに暮らしてる人のほとんどは何かから逃げて、死ぬつもりで入って来た人たちだから。ね?」

 ニッコリ笑う笑顔はちょっと寂しそうだった。

「クンティン、任意の場所だけを浄化して、魔王国を残せねぇか?」

「どういう事?」

 クンティンがサムエルのそばに足早に寄って行く。

「要は魔獣が問題だったんだ。俺たちが方々で討伐したのは、なんだ? 魔族か?」

「魔獣です」
 キッパリとクンティンが答える。

「王さんたちは、魔獣にお困りだった。森からやってくる魔獣」

 地図の森をサムエルがタンッと指差した。

「ここを浄化して、瘴気も範囲を固定。獣が入り込んで魔獣化しても外に出さない方法を考えろ。森の他にも魔獣の発生してそうな場所も浄化したいな」

 旅をしてても思ったけど、『したい事』をサムエルは告げて、立案するようにとクンティンに投げる。クンティンは嫌な顔をしながらも幾つか案を提示してくれる。

 戦闘時の指示はサムエルは的確だったから、適材適所かと思って見ていたが、ここでもその関係に変更はないんだ…。

 クンティンには悪い事をした気分だった。

「なるほどね…。もう1年ほど帰還が延びるけどいいかな?」

 クンティンが笑顔で俺を見てる。

 みんなが俺を見てる。非難してない。心底どうにかしようとしてる。転がるように始まろうとしてた事にブレーキが掛かった。かけてしまった。俺ひとりじゃ何も出来ないのに。

「お願いしますッ」
 頭を下げた。
 嬉しいのに申し訳ないような、沸き立つ思いが胸の中で渦巻いて、目が熱くなる。
 床にポタポタと跡がついた。

「さッ、やるかぁ~」
 サムエルが大きな声で音頭をとってる。

「サムエルッ、考えるの手伝え!」
 クンティンが吠えてる。

「俺は腹減ったから何か獲ってくる」
 森に視察に行く気だ。腕で乱暴に目を擦りと、鼻を啜りながら剣を掴む。
「俺も行く」
 地図もポーチにと手にすると、サムエルが自分の地図を渡してきた。





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