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4】再び
しおりを挟むとぼとぼマスターの後ろをついて行く。
テクテク動く足を見ながら歩いてるとその足が止まった。
オレも止まって、顔を上げる。
掌を上に向けて腕が伸ばされていた。
黙って、手を乗せた。
ぎゅっと握られ引っ張られる。
今日は歩いて帰るらしい。
手を繋いでも半歩遅れて歩く。なのに、気づくと横にマスターが歩いてた。
「話が出来ないだろ」
したくないからとは言えないよなぁ。
「歩きながらの方が話しやすくないか?」
「うん」
確かに…でも……。
「何処にいたんだ?」
どこでも話しにくいです。
「えーと、友だちのところ?」
ウソなのが丸分かりの返し。
手汗が……。手を離したい。
変な汗かいてきたから、それからもバレてるよな。
「…そうか……」
マスターを見ると、真っ直ぐ前を見てた。
ウソは良くないんだけど……ね。
ぎゅっと手を握った。離したいけど離したくない。
「友だちのところにスマホ忘れたんだな」
ビクッとした。
なんで無いの知ってる? やっぱかけたのか。
「無くしたと思ってた。帰ったら、手続きするつもりで」
ダラダラと話してた。
やっぱあそこに忘れたか。鞄に入れてた筈なのに。アイツが持ってるのか?
「電話したら、キミじゃなかったから驚いたよ」
マスターの手が少し震えてる。
バレてる。怒ってくれた方が気が楽だ。
「預かってくれてるって」
「そう。今度取りに行く」
行きたくないなぁ。手続きして消去しちゃうかな……。
手が離れた。
やっぱり振られるのか。
自業自得。自分に呆れながら、当然だと受け入れる気でいたら、肩を抱き寄せられた。
驚いて見遣ると、キスされた。
外でしたのは初めてかもしれない。
唇はすぐ離れたけど、抱き寄せられたまま。
「心配したんだ。ーーー帰ってきてくれてありがとう」
頭にこめかみにキスが降ってくる。
ありがとうって言われちゃった。
心配させたのにーーー悪い事したのに。
「ごめん……」
これしか言えないオレはズルい。
帰ったら、チェロケースに直行。
鍵を開ける音で、部屋の事をピタッと思い出した。
これでしっかり思い出せないのは、ホテルでの事だけ。
途切れ途切れの断片だらけ。
ま、思い出したい事じゃないからいいや。
相棒を愛でる。
随分離れてた気分だ。
片手でヒョイっと相棒を出し、反対の手で弓を持つと、防音ボックスへ。
マスターはそんなオレを何も言わずに放置してくれてる。
調弦。
弓を滑らせる。
下っ腹から響いてくる音。
背筋を這い上がって囁き擽る。
音が広がって染み込んでオレを音に浸してくれる。
ボックスから出ると、マスターが寝るところだった。
「キミも寝るだろ? 一緒に眠る?」
なんだかちょっと距離がある?
「後で潜り込んでいい?」
「もちろん」
オレが行った時には、彼は寝てた。
潜り込んで、心臓の音を聴く。
オレの中に必要な音を入れ込んでいく。
切れた弦は張り直さないといけないけど……。
規則正しい寝息と心音に安堵して眠りに落ちた。
***
自分のスマホにコール。
すぐ出た。早ッ!
相手の声を聞く前に。
「どこ行けばいい?」
さっさと終わらせたい。
「この前のホテル」
イケメンボイスで言ってきた。
「……場所忘れた」
嫌な音がした場所になんて行きたくないじゃないか!
「ウソだね」
「ウソだよ。ーーーもうしない」
「それは残念。酷くして悪かった。受け入れて貰ったのが嬉しくて」
「………」
あの事については触れないで欲しくて、応じない。
あまり覚えてない事をあれこれ言われても困る。
「ーーー駅前のコーヒーショップでいいか?」
「うん、そこで」
さっさと終わらせたかったので、今日でお願いした。
時間は夕方になったけど、ま、受け取るだけだ。OKした。
***
会うべきじゃなかった。
スマホが新しくなってても、言い訳は色々あっただろう。
スマホケースが、マスターとの思い出のじゃなかったら、スッパリ切ってた。
替えが利いたらいいんだけど、限定だったからもうない。
奥の席にイケメンさんを見つけて、身体の奥がズクンと反応した。
オレの意志関係なし? よっぽど良かったのか? 獣の息遣いを耳元に感じててた。ーーー熱い。
ぼーっとなりながら、カップを手に目の前に立つ。
荷物を退けて、向かいの席をすすめてきた。
「顔赤いよ」
「店が暑いんだ。返して」
熱いコーヒーを啜る。
「こっち冷たいけど、交換する?」
アンタのものなんてもう身体に入れたくない。
「返して」手の平を向ける。
スマホが出てきた。
なかなか乗せてくれない。
「どうしようかなぁ」
ひらひらさせてる。
「へ?」
「もう一回してくれたら、返すってのは?」
「イヤ」
手を伸ばすが、躱される。
「どうして、善がってたじゃん」
中腰になってる時にそういう事言わないで!
「2度はしないのが、オレの方針。本来なら、会うのもないんだよ」
「電話の相手にはさせてて、俺はダメ?」
何度か躱されて、追うのをやめて、ドスって腰を下ろした。
「関係ないだろ」
「恋人放って置いて、火遊び?」
「恋人って…」
「違った? セフレって感じじゃなかった」
マスターどんだけ話してたんだ?
「そんなに話してないよ。スマホ預かってるって言っただけ。俺の勘。良く当たる。これで生き延びてるんだ」
スマホがしまわれてしまった。
クッソ!
「セフレだったら、俺もメンバーに入れてもらおうかと思ったんだけどね。やっぱり相手いたかぁ」
返す気ないのか!
互いにカップを傾ける。
ムスッと睨みつけた。
「やる以外なら、受ける」
イラつく。返して欲しくて、譲歩する。
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