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3】やっと
しおりを挟む財布にバーの名刺が入ってる。
ちょっと角が丸くなってる。新しくはないな。ここ行ってみるかな。
バーが開店時間まで間があるから、頑張ってみるか。
スマホ持ってたはず。指紋認証だから、番号覚えてなくても大丈夫さ。
えーと、無い? ーーー無いね。
持ってなかった?
それはないな。指紋認証を覚えてたんだよ。カバーだって覚えてる。
ーーーーあそこ? はぁぁぁぁ。やっば。
仕方ない。
帰ったら、手続きするか。
ーーーー帰ったらね。
誰か待っててくれてる気がする。
迷惑かけちゃうなぁ。
付き合ってるんだったら、また振られるな。
うん! いいさ! 会ったら謝ろう!
こんなヤツだって知ってるでしょう、たぶん。
ぼんやり池を見てた。
ただただ、見てた。
音がない。
何も感じないな。
オレにとって、音は重要な気がする。
音……。
急に嘔吐く。
何処か。
木の陰で吐いた。ごめんなさい。
胃液しか出ない。
頭の中で何か嫌な音がぐるぐる渦巻いて酔った。
ああ、音を拒絶したのか。
これは、何か違う音を入れるまで続くな。
暫く、そっとしておこう。
考えてられないとなると、ますます手詰まりです。
あの名刺のバーが手がかりか。
***
バーの近くまで来て、気分が上向いてきた。
心地良い音が漂ってる。
雑踏、店の音、客の喧騒も耳が覚えてる。
オレこの音知ってる。
音に心躍らせて、音と遊んでるうちに、開店時間を随分過ぎていた。
コロロン
ドアベルが軽やかに鳴った。
知ってる!
「あ! チェロさん。久しぶりだね。ーーー今日は楽器はないのかい?」
こっちを見て声をかけてくれてるから、『チェロさん』がオレのここでの通り名なのだろう。
曖昧に笑顔で「ちょっと忙しくてぇ」と答えて、カウンターの端の席に着く。
オレは楽器を弾く人なのか。楽器はチェロ。背中が寂しいのは、楽器を背負ってないからか。
で、その楽器はどこ?
帰る場所にあるって事ですね、きっと。
マスターか誰かにオレの事をさりげなく聞こうかな。
「いらっしゃいませ」
マスターが近づいてきた…が、声の感じと表情が一致しない。
普通、客商売だから、笑顔だよね。
顔引き攣ってる。
これ知ってる。
めっちゃ怒ってる顔だ。
ーーー逃げたい!!!
逃げようと立ち上がりかけた手を握り込まれて、マスターの顔が近づいて「逃げるな。店が閉まるまで居ろ」押し殺したい声で告げられた。
出されたカクテルをちびりちびりと飲んでいた。
シェイカーの音を聴いていると心が落ち着いて、気持ち悪さが消えていく。
音が染み込んでいく。
記憶も徐々に戻ってきた。
あーーーー!!!
マスター……オレの恋人さんです。
頭を抱える。
あうあう……。
どうしよう…。
何食わぬ顔で現れたらね……。
不味い、不味すぎる!
昨日ここじゃないところで飲んでて、ホテル行っちゃったね。
ヤったね。
ーーーで、ココはぼんやりだけど、弦が切れたみたいな感じだよな。アイツに音を狂わされたか。
思い出すのは、後でいいや。
手元のカクテルもオレのお気に入り。
怒ってるけど、心配してくれてたんだと思う。スマホも無くしてるから。
……あー、電話してくれてるか? アイツが持ってたら、出てただろうか?
オレ、黙って、怒られた方がいいな!
そうしよう! うん! よし! これで行こう!!!!
客が消えた。
店には、オレとマスターだけ。
片付けが進んで、怒られるまでのカウントダウン……胃が…。
「帰るか」
「えっ?」
見合った。
身支度を終えたマスターが近づいてくる。
怒られる覚悟でスツールで身構えて座ってたから、気が抜けた。
視界が暗くなる。
抱きしめられた。
心臓の音。このリズム好き。
ふぅっと、安堵の溜め息が出た。
「連絡ぐらいしろ。心配するだろ」
「うん」
「話は帰ってからだ」
話はあるんだ……。
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