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女王ガラガラとザーシル王

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「おいおいおいおい!
 どうなっているんだい!
 この無能の役立たず!
 国を一度逃げ出したお前をもう一度王にしてやるために、わざわざまたカラメルにきたってのにさぁ!
 期待を裏切るのも、たいがいにしなさいよ!!」

 ちっ!

 手錠をかけられてひざまづくザーシル王の頭頂部だけハゲた頭皮を裸足で踏みつけた。
 女王用の大きな白い天幕の中で、裸に布を一枚着ただけのザーシル王を辱める。

 しかし、こいつもよっぽど変態だな。

 丸々と太ったザーシルは、足蹴にされてひどい扱いを受けながら、喜んでいるように見える。

 捕虜とは言え他国の王を踏みつけるのは、気分がいい。それに蛮勇王に相応しい。
 王を務めるには、権威だけでなく畏怖を与えなくてはならない。
 単純に男を服従させるのが愉しくもあるのだが。

 ザーシル王が毛の長いカーペットに額が赤くなるほど頭を床に押し付けられながら、恐縮した様子で答えた。

「ガラガラさま、も、申し訳ございません。
 これは、すべてガナシェめのせい!
 ガナシェが不老不死の魔法の研究に成功したなどど嘘をついたばかりに!
 そうは言っても、植物の化け物の対処をアレイオスの連中に押し付けてやったのでふ!
 ここまでは、わたくしが上手だったのに!
 しかし、憎きエタンとゾゾ長老がカラメルにあんな城壁を作ってしまったのでふ!
 そんなに強く何度も踏まれては!
 あぁ!でふ!」

 他国の王とは言え、無様で醜悪だ。身体もだらしない脂肪のかたまり。
 どうせ腑抜けて退廃的な贅沢三昧をしていたんだろう。愚鈍で蒙昧な王を持つと民も大変だな。

「どうやってあんなに高い城壁をあっという間に作ったんだよ!普通、何年もかかるだろ!
 カラメルの目の前までやってきて足止めなんて、とんだ間抜けじゃないか!
 蛮勇王と呼ばれるあたしの名前を汚すつもりかい?
 待つのは性に合わないんだよ!
 腹立たしいったらありゃしない!
 おらおらおら!」

 「あぁ!!」
 
 完全に喜んでやがる。
 んー!加虐心をそそられるな。

「あぁ!あぁ!!」

 とは言え、この変態肉まんじゅうをいじめるのもそろそろ飽きてきた。
 ハゲ頭に足を置いたまま、お仕置き中のタランチーノに水を向ける。

「そして、タランチーノ!
あんたは、どの面下げて、そこで突っ立てるんだい!」

 筋肉ムキムキの騎士団長タランチーノが大きな鉄のダンベルを両手に持たされて、持ち上げながら、プルプル震えていた。

「あぁ!女王様、申し訳ございません!
 筋肉がちぎれるぅ!!
 大変でございます!
 マルキド国へ連合樹立のために送った使者が帰ってきました!
 あぁ!」

「うまく行ったんだろうね!
プリンパル国とマルキド国は、もともと仲が険悪だからねぇ!」

「そ、それが!
 むしろ、マルキド国は、この隙をみてゴリアテ国に攻め入る勢いでして。。。
 はぁぁぁ!ふん!ふん!」

 なんだって?あたしが出征する時点では、連合樹立に前向きだったはず。
 くっ!賢王パピペコめ。だましやがったな。
 何年も何年もこの機会を狙っていたんだ。あのペテン師!何が賢王だ。
 外交も失敗か。痛恨だな。

「はぁはぁ言ってんじゃないわよ!
 なにもかも後手に回ってるじゃないか!
 おい!誰かタランチーノのダンベルをもっと重いものに変えてやれ!」

 側近の兵士が更に大きなダンベルを2つ、タランチーノのもとに持ってきた。

「はぁぁぁ!
責任の重さを今まさに感じでおりますぅぅぅ!」

「どいつもこいつも使えない奴ばかりだよ!
 だれか、この状況をなんとかできる奴はいないのかい?」

 ザーシル王が素早く立ち上がると胸を張って堂々と、得意顔で答えた。
 贅肉だけだと思ったが、意外に素早く動けるのか。

「わたくしが王都に向かえば、民が歓迎して内側から門が開くはずでふ!ふふん!」

 そんなわけねーだろ!

「ふふん、じゃないよ!
 腹が立つね!
 自分の状況もわからないのかい?!
 お前が最初にやられちまうよ!
 国を捨てて逃げた王なんて、もう威厳も人気もねぇんだよ!
 あたしからみたって、お前よりエタンとかいう賊のほうがよっぽど有能だよ!  
 この不人気で無能の変態!」

 平手でザーシルの汗だくの頭頂部を
ペシャリッと叩く。
 ザーシルの汗が派手に飛び散って顔にかかった。うぇっ、最悪だ。きったねぇな!

「あぁ!わたくしの命を危ぶんでくれているのですね!
 それに、わたくしの汗がガラガラさまにっ!!」

 白いシルクのハンカチで汗がベッタリついた手をふく。

「くっ!もういい!
 お下がり!
 お前が死んだら作戦が元も子もなくなるだろうが、
 勝手に死んだら、許さないわよ!」

「あぁ!ガラガラさまのお優しさ、身に染みます!
 わたくしザーシル、必ずやご期待に応えて国を奪還してみせるのでふ!」

「いやいや、このタランチーノ、誰よりもガラガラさまのお優しさ、重いほど感じております」

「よし!タランチーノ、よく言った!
 その気構えだ!
 ご褒美にさらに重いダンベルを持たせてやろう!
 誰かもっと重いダンベルをタランチーノに持たせろ!」

「うひぃーー!!!
 ありがたき幸せ!!!
 ふんふんふん!!」

「ザーシル王は隣の天幕の檻の中にいれておけ!」

 タランチーノがザーシル王を持ち上げて連れていく。
 なぜ持ち上げる必要があるんだ?
 兵士が2人、付き添って一緒に天幕から出て行った。

「ふんふんふん!」

「ひぃーー!!でふぅー!!」

「あぁー!
 むさくるいわね!!
 カーペットを掃除して、ローズのアロマをふりかけてちょうだい!
 汗くさくて、気分が悪いわ!
 偵察に行ったケムルンは、まだ戻らないのかい?」

 直属の兵士たちが大急ぎで女王の間の掃除を始めた。

 ケムルンは、真面目で冷静な武人だ。良い報告を待つことにしよう。

 しばらくすると、女王直属の兵士がケムルンの帰還を報告してきた。

 クツをはいて玉座でケムルンを待つ。

「女王さま、ケムルン帰還いたしました!」

「ふむ、ご苦労であった。
それでどうだ。カラメルを落城させる算段は?」

 ケムルンかひざまづきながら答える。

「おそれながら、女王さま。
 攻城どころではありません。北の森からケルベウスと炎犬の群れが我が軍に向かってきております」

 はぁ!?なんだって?どうして魔獣がわざわざ森から出てこっちに?

「不確かな情報ですが、エタンが炎犬の王ケルベウスを従えたという噂があります。
 信じられないことですが。
 女王さま、ここはゴリアテ国まで退却して国の防衛に努めるべきです」

 確かにかなりまずいな。
 詰んでいると言ってもいい。
 誰か悪魔のように恐ろしい冷酷さをもつ者が筋書きを書いているのか?

 しかし、ここで怖気付いては士気に関わる。

「ふむ。
 ケムルン、あたしは、お前に失望したぞ。
 退却など言語道断だ!
 あたしは、蛮勇王だぞ!
 落城と炎犬対処の作戦をたてよ!
 さもなくば、反逆罪とみなし、すぐにここで処刑せねばならぬ!」

「国と女王さまを思えばこその進言でございます!」

 ちっ。玉座前を汚す気かよ。

「あたしに二言はないよ!今すぐケムルンの首を切りな!」

 女王直属の兵士が、震えながらひれ伏すケムルンに手錠をかけた。

「ええい、連れていけ!」

 暴れるケムルンを兵士6人がかりで連れていく。
 おかげで天幕には、あたし1人だ。
 1人くらい残れよ。

 まぁ、ここに乗り込む輩などいるわけがないか。

 しかし、どこで間違えたか。
 プリンパル国を属国にするどころか、一気に亡国の危機ではないか。
 ケムルンが正しいことくらいあたしにも分かる。

 攻めることも、退くこともできない。
 しかし、統一国家樹立の夢をここで諦めるわけにはいかない。
 ザーシル王を捕らえた今が、その好機なのは間違いなかったはずなのに。

 「ぎゃあ!!!」

 ん?なんだ?ケムルンの断末魔か?

 いや、様子がおかしいな。
 
 天幕の入り口に剣を持ったザーシル王が立っている。さっきまでとまるで人相が違う。鬼気迫る修羅の形相。
 剣からは生々しい血が滴り落ちている。

 でっぷり太った裸に血に汚れた薄い布を一枚着ただけの卑しい身なりなのに、 
 なんだ?
 なにか尊厳さえ放っているぞ。

「驕れる王よ」

 よく通る地響きのように低い威厳のある声。ザーシル王の声は、まさに王たる者のオーラを放っている。

「だ、だれ?だれか!だれかいないの?!
 兵士よ!こいつをどうにかするんだよ!」

 ダメだ。声が恐怖で震える。あたしは、もう恐れている。この男を。ザーシル王を!

「兵士は、こないぞ。近くにいた兵士は、全員斬り殺した」
 
 ドスの効いた低い声。
 さっきまでのザーシル王とは違う。油断ならない決意の眼差し。それに、明確で強い殺意。

「人気がないのは、お前のほうだ。ガラガラよ」

 じわじわとザーシル王が近づいてくる。血塗られた剣を持って。

「あたしを殺しても、助からないぞ!」

 恐怖で声がひっくり返る。

 こんなに大きな男だったのか。脂肪だけのふやけただと思ったが、意外と筋肉質だったんだな。
 目の前でザーシル王が剣を構える。威圧感がすごい。この構えは、手練れのものだ。

 あぁ。そうか。

 すべてあたしを油断させるための茶番だったのか。

「わしのような大志のない凡庸な王など用済みだ。
 アレイオスにエタンがいる。総督に抜擢しておいてよかった。
 エタンがいれば未来は、安泰じゃ。
 ここでこの命、使い果たそう!」

 異変にやっと気づいた兵士が数人駆けつけてきた。
 でも、もう遅い。
 ザーシル王の剣があたしに届くほうが早い。

 無慈悲に躊躇いもなく剣が振り下ろされる。
 純粋な殺意が剣の形をしてあたしを斬りつける。

 死が迫る。逃れられない死だ。

 時間がゆっくり流れているように感じる。

 後ろから兵士がザーシル王に剣を突き出す。

 ザーシル王の剣が深々とあたしの身体を斜めに切り裂いた。

 ブワァッと血が舞い散る。

 ザーシル王が3本の剣に貫かれ、口から血を吹き出し、膝から崩れ落ちていく。

 ザーシル王の手から剣がゆっくりと床に落ちていく。

 ここがあたしの覇道の果てか。
 どうやらザーシル王にとってエタンは賊どころか、目にかけていた臣下だったようだな。
 ザーシル王は、愚鈍な王というわけではなかったらしい。
 自分に器や能力が足りないことを弁えて、尊大な志を持たないのは、悪いことじゃない。
 むしろ、自分の器以上の志を持って、自分も民も不幸にする王のどれだけ多いことか。
 ふっ。あたしもその1人かもしれんな。
 
 あぁ、何もかも騙された。惨敗だな。

 カランカラン

 乾いた音でザーシル王の剣が床に落ちた。

 もうダメなんだな。身体に力が入らない。
 あたしの身体が粘土のようにゴテッと前のめりで玉座から転げ落ちていく。
 そのまま床にグシャッと倒れるしかない。
 痛みはない。血が流れだしていくのを感じる。

 寒い。

 思えば、貧しい平民から始まった人生だった。
 女の力を使って前王に取り入ったり、身体でも何でも使えるものは全部使ってのし上がってきた。
 寝床であたしの中を何度も精で溢れさせた男を無防備なまま刺し殺したこともある。
 あの時生まれた両性具有の子は、政敵に誘拐されて行方不明になってしまった。
 失うものもあまりに多かった。
 でも、奪えるものは、なんでも奪った。
 お金も地位も、命も。

 何が悪い。

 何もしなければ、のたれ死ぬだけだった。
 泥水を飲みながら必死に這い上がってきたな。
 蛮勇王、結構結構。
 生きるか、殺すか、そのどちらかしかなかった。

 敵国の王と共づれで死ぬなら、天晴れということにしよう。
 もしかしたら、かえってこれで統一国家樹立に向かうのかもしれんな。

 あぁ、そういうことか。賢王パピペコめ。全てはお前の手の上か。

 ひどい皮肉もあったものだ。
 それならこれでいい。これで。悔いは、ない。

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