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泉と花

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 春の日差しの中、僕とプルーンは、廃村になった隣の旧キョウカ村の見回りにきている。
 1ヶ月に一度、異常がないか廃村の村々の様子を王都に報告するのも観測所の仕事だ。

 甘い匂いが薫る、風のほとんどない日だ。
 春に開花するパナードの紅花が咲き誇る谷を下っていく。
 元々キョウカ村では、紅花から油を取ったり、染料を作ったりするのが産業だった。
 すり鉢のような谷には、地面に黄色い花がちらほらと咲いている。
 道の左右には、紅花にもつつじにも似た真っ赤な花が、見渡しても、振り返っても、真っ盛りに咲ていた。
 青い金属光沢の蝶が2.3匹のずつまとまって、ちらほら飛んでいる。
 空は、よく晴れて1つの雲もない。空は、こんなにも濃い青だっただろうか。気持ちの良い風が、草木や花々を揺らしている。


「わぁ!無理を言って一緒に来た甲斐がありました!」


 プルーンが目を輝かせて喜ぶのも分かる。ちょっと浮かれすぎな気もするけど。気温のせいか薄着でお色気満載、23歳のプルーンがはしゃぐ姿が可愛くて眩しい。
 
 サラサラという草木のこすれる音が、ヒソヒソと内緒話をしているように聞こえた。行く道もすべて一面赤い花、来た道も真紅で鮮やかだ。
 まるで赤い花をぎっしりと敷き詰めて、合わせ鏡にした世界に閉じ込められてしまったような錯覚を受けるほどに。
 ふと見回すと、谷の斜面が全て真っ赤に染まっている。
 窪地に小さな泉が湧き、赤い花が真紅の絨毯のような咲く中に、ぽっかりと水面が鏡のように空の青を映している。
 僕は、あまりの美しさに息を呑み、無言で歩く。真っ青な空と花の赤、青々とした葉っぱに囲まれて、目がチカチカする。
 この怪しいまでの美しさ、1000年語り継いでもいいほどだ。

「ピッケル坊ちゃまは、カリン様のことをどう思ってるんですか?」


 え?!なんで、いきなりそんなことを?


「と、友達。。。いや、姉弟子。。。ええと」


「ずっと手紙のやり取りをしているので。なかなか続くものでは、ありませんよ?ふふふ」


 プルーンが意地悪そうに笑う。


「紅花のように顔が真っ赤ですよ。元の世界から数えたら、私より年上のくせに」


 ひっ。


「なんだか、今日のプルーンには、まいったな」


「じゃあ、帰ったら久しぶりに一緒にお風呂入ります?」


「え?!いや、そんな、恥ずかしいよ!」


「あら、私の裸をずっといやらしい目でジロジロ見てたくせに。お尻やおっぱいを見られて、すっごーく恥ずかしかったんですよ?」


「ど、どうしたんだよ?急に!」


「ふふふ。責任とってくださいね。今度、夜這いに行きますから」


「え?!なに、今日は、どうしたの?!」

 ゴクリと生唾を飲み込む。


「冗談ですよ。多分、押し倒したりなんかしません。
 私は、2番目か3番目でいいのです。欲張らず、お待ちします」

 だめだ。そんなことを言わせては。

「プルーン、僕は、君が好きだよ。
 でも僕には試練がある。誰かを幸せにするなんて、まだとても。。。」

 そうだ。本当にそうだ。

「うふふ。
 困らせてしまいましたね。
 いいですか?
 あまり女心に無関心でいると、バチが当たりますよ。
 それに、好きだなんて、軽はずみに言わないこと。
 でも、私は、あなたのそういう真面目なところが好きなのです。
 ただ、私のことを忘れないでいてくださいね」

 今日のプルーンは、なんだか意地悪だ。楽しそうに笑う姿がとても可愛くもみえる。


 魔獣や野生動物が棲みつかないように村の建物は取り壊されて、広場の石畳だけが残されている。
 野菜畑も取り壊されているけど、残った種子や根っこが育って、野菜や芋などが自生している。


「ピッケル坊ちゃま、あれは!」


 プルーンが指差す方には、大きなクマが芋を掘り返していた。
 ムレクマの群からはぐれた一頭だろうか。近くに群れの姿は見えない。


「プルーン、逃げよう。群れが近くにいたら大変だ」


「は、はい!きゃあ!」


 プルーンが慌てて足を滑らせて転ぶ。
 はぐれムレクマがピタリと芋を掘るのをやめて、顔を上げる。ピクピク耳を動かして、周りをグルリと見渡している。
 
 まずい。


「プルーン、身をかがめて!」


 さっと、草木の中に身を隠す。慌てて地面に咲いた黄色い花を踏み潰してしまった。
 花の隙間からはぐれムレクマを見ると、また芋掘りを再開している。どうやら気付かれずに済んだみたいだ。。。


「へっくし!!」


「ピッケル坊ちゃま!くしゃみなんて!」


 しまった。花粉が鼻に入ってくしゃみを!子供の身体は、生理現象に我慢が効かない。。。と言うのは、言い訳か。しまった。。。


 はぐれムレクマがバッと立ち上がった。でかい。400キロくらいありそうだ。胸に大きな新しい傷がある。群のボスと戦って、追い出されたんだろうか。
 よく見るとはぐれムレクマの向こうに5頭ほど傷だらけのムレクマが横渡っている。
 仲間割れ?何か異常なことの前触れなのか。


「プルーン、僕の後ろに隠れて。
 多分、見つかった。戦うしかない」

 プルーンが小刻みに震えている。

「も、申し訳ありません。私のせいで」


「いいんだ。プルーンがはぐれムレクマに気づいてくれなかったら、もっと危なかったよ。くしゃみもいけなかった」


 ゆっくりはぐれムレクマが近づいてくる。
 確実にこっちを見定めている。
 人間より圧倒的に足が早いムレクマからは、もう逃げられない。背中を見せたら、やられる。

 もう隠れても仕方がない。ゆっくり立ち上がる。

「プルーンは、しゃがんで隠れていて」

 はぐれムレクマにとって、僕に大した脅威なんてないように見えるだろう。ただのエサにしか見えていないはずだ。

 冬眠から覚めて腹を空かしたクマは、危険だ。
 3年前は、ソレニテ団長やガンダル、ヤードル、ポンチョがいて、守ってくれた。守られるしかなかった。


 今は、僕しかいない。でも、3年前の僕とは、違う!

 襲いかかってくるムレクマは、手練れでも危険な敵だ。集中しないと。
 全身から汗が吹き出す。

 ゆっくりとプルーンから離れるように右に歩いていく。


 グルルルッ


 唸りながら、のそりのそりと近づいてくる。ムレクマの武器は爪と牙だ。そして、矢を避けるほどの動体視力、反射神経。そして、何より賢い。


 一撃で僕を仕留めるつもりだろう。首か頭を狙ってきそうだ。
 僕がやられたら、プルーンもやられる。
 絶対に僕がこいつを倒す。


 はぐれムレクマが3メートル先で止まる。
 一撃の射程距離に入ったらしい。無慈悲な野生の眼差し。
 僕もジャリっと土を踏みしめて、足を止める。充分プルーンと安全な距離を取れた。


 集中して、全身の魔力を感じろ。自然と合掌する。

 周りにある水分を想像するんだ。小川、泉、空気の湿り気。
 アクアウ様に授けられた水の魔法。水の刃で迎え撃つ。威力を最大にするために、襲いかかってくる瞬間にカウンターを決める。

 まっすぐ攻撃してくるか、飛び跳ねて上からというのもありえる。3年前のムレクマとの戦闘を思い返す。

 1発目を外したら、2発目は警戒される。生存率がぐっと下がってしまう。
 こちらも一撃で決める。やるしかない。
 ポタポタと汗が落ちて、地面に小さなシミを作る。


 僕とはぐれムレクマの間に、青い蝶々が2.3匹舞っている。ひらひらと通り過ぎていく。

1匹、2匹、、、、3匹。


 来る。


 そう感じた瞬間。
 はぐれムレクマが見事な瞬発力で地面を蹴る。それから力強く跳躍して、飛び込んできた。
 
 斜め上からだ!!


 早い!予想以上だ。無詠唱でいくしかない!


 間に合え!右の手の平を熊の首に向ける。


「水の刃!!!」


 ザンッ!


 はぐれムレクマの鋭い爪が振り下ろされて、左肩に突き刺さる。

 グサッ

 くっ!!鋭い激痛!
 爪が身体に刺さる!

 うわっ

 クマの巨体に押しつぶされる。

 ドサッ

 水の刃で討ち取られたクマの頭が少し離れたところまで飛んで、ボトリと地面に落ちて転がる。


「ピッケル坊ちゃま!!!」


「いててて」


 お、重い。


 なんとかクマの巨体の下から這い出る。
 左肩の傷が深くて、痛くて動かせない。
 出血がすごい。
 早く治療しないと。

「だ、大丈夫。間一髪だったよ。
 キキリを持ってきていて、よかった」


 傷をすぐにキュアで治していく。傷が残らないくらい綺麗に治せた。
 ついでに血のついた服も綺麗になった。


「心臓が止まるかと思いました。こんなに大きなクマを倒すなんて。お強くなられました」


「とにかく、生き残れてよかったよ。
 他のムレクマが来るといけない。急いで帰ろう」


 毎日、魔法の修行と身体の鍛錬を続けていてよかった。
 アシュリとの約束を毎日守ってきた。3年前より、成長したかな。
 もっと。もっとだ。強くなりたい。
 できなかったことを、ひとつずつできるように、していくんだ。


「見て!綺麗。。。でも、なんだか、こわいわ」


 プルーンが広場を指差すと、数百、いや数千匹の青い羽がキラキラと輝く蝶々の群れが逃げる様にダヨダヨ川の川下に向けて飛んでいく。

 ざわざわと嫌な胸騒ぎがする。何かの前兆なのかもしれない。いよいよ、タイトスが目覚める?!
 確かにそれは、いつ起きてもおかしくないことだ。


 ムレクマを倒した数日後、3年ぶりにパンセナとゾゾ長老がタイトス観測所に帰ってきた。いきなりだ。
  ゾゾ長老とパンセナが帰ってきた理由は、なんだろう。
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