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048 結婚式

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アスタールとエレオノーラの結婚式が大々的に執り行われた。
新生エルネスト商会の旗揚げの意味合いもあってグラスを挙げての祝辞に発展する。

これは幸いと見た俺は宣伝も兼ねて大盤振る舞いの大サービスに売って出た。
エルネスト商会の在庫を格安で販売して新体制の認知を幅広く知らしめたのだ。

もともと交易都市として賑わうグラスだけにお祭り騒ぎとなると人出でごった返した。

当然、その恩恵に与るのは商人達だ。
結婚特需で売上が爆上がりして皆がホクホク顔だ。
その起爆剤となったエルネスト商会に対して悪感情を抱く訳がない。
また悪感情を抱いていた連中も大儲けで認識が一変した事だろう。
借りも作った事だし、グラスの商人に関してはある程度の掌握が出来たと判断して良かった。

さらにダグラス王とエルパウロ教皇の連盟による許可証は文字通りの免罪符になった。

それまでの差別的な言動や態度が嘘のように消え去ったのだ。
もちろん内心的な部分では完全な払拭に至っていないのだろうが。
それでも表面的な部分で取り除かれたのは大きな一歩だと言えるだろう。

さらに喜ばしい事はエルネスト商会を離れた元従業員達が戻ってきたことだ。

店じまいする際に他の商会に移籍した者や、故郷に戻った者が噂を聞いて戻って来たのだ。
それだけエレオノーラが従業員の心を掴んでいた証拠だろう。
きっと新生エルネスト商会の力になってくれるはずだ。

迷惑をかけたテイルにはエルネスト商会との取引を締結させる事にした。

新生エルネスト商会での新規契約第一号だ。
これでグラスに長滞在させた詫びにはなっただろう。
もっとも当の本人は望外の契約に仰天して肝を潰していたようだが。

「ほ、本当によろしいのですか!」

テイルは狼狽しつつ俺に確認した。
小規模の弱小商人が準貴族に名を連ねる大規模な豪商と契約を結ぶ。
それは国を代表する大企業と店を立ち上げたばかりの個人事業主が契約する事と同じだ。

普通なら決して有り得ない事だろう。
その点でテイルは強運だといえる。
モストティアの件がなかったら。
契約に至る事は万に一つも無かったからだ。

「お前の将来性を買っただけさ。それにモストティアの出入り商人を囲う狙いもあるしね。グラスからモストティアまでは近いから、今後は商取引が頻繁になるかもしれないよ」

「そ、それはもう!頑張ります!」

テイルは鼻息を荒くして意気込んだ。
モストティアとのパイプ役と認識して自信を得たのだろう。
他の誰にも真似出来ない役得だ。
成り上がる可能性を感じて仕事に取り組む意欲を一層掻き立てられたようだ。

「坊主の命令通りヘルメールに腕の立つ奴を手配しといたぜ」

シャークウッドが酒瓶を片手に報告した。
祝いの最中だけに違和感はない。
周囲に溶け込んでいて報告を行っているようには思えない態度だ。

「信用出来るんだよな?」

「もちろんだ。長い付き合いで気心の知れた奴等だからな。金を積まれて雇用主を変える真似はしねぇよ。それに神託の騎士からの依頼だし、護衛対象が神の御子だ。つい先日に神様が顕現した件もある。裏切る気なんざ露ほども起きないだろうぜ」

シャークウッドは笑いながら言った。

エリオットとはヘルメールで別れたが身の危険が完全に去った訳ではない。
教会に保護されて神官騎士に守られてはいるが。
ムンジェスとジャミルのことだ。
どんな卑怯な手を使ってくるか分かったものではない。

だから暗殺と毒殺に長けた護衛を手配する事にした。
神官騎士の護衛があるため直接的な殺傷は有り得ない。
必ず搦手から攻める他ないのだ。
そのためシャークウッドに頼んで腕の立つ護衛を雇う事にしたというわワケだ。

「それにしても坊主が守る必要があるのか?護衛の責任は教会の仕事だろうに」

「忘れてないか?僕は貴族だ。教会に太いパイプがあれば色々と便利だろう」

「そういやそうだったな。確かに将来の教皇と繋がりがあれば何かと都合が良いよな」

本気で失念していたようだ。
俺も貴族の立ち振る舞いをしてないから反論し辛いところだが。

「ああ、それとコレは神の御子からだ。首飾りの礼だとよ」

シャークウッドはメダリオを手渡した。
教皇が証人となって発行された代物らしい。

メダリオには俺の名が刻印されており、ご丁寧に神託の騎士の称号まで刻印してある。
本来は教会の関係者のみに発行される代物なのだが。
神託の騎士の称号を得た事で例外的に発行されたようだ。

ちなみにエリオットに贈った首飾りとはグラスの市場で購入した南の民族の魔除の御守りだ。

翡翠の石を嵌め込んだ首飾りのため見栄えが良いと思って贈ったのだ。
民族の御守りのため教会の教義に抵触する物でもない。
それにエリオットも喜んでいたし。
教皇も好々爺の表情で微笑んでたし。

その感謝の品物というわけだ。
これがあれば他国に行った時に何かと役に立つ。
有り難く受け取っておこう。

七日間にわたってお祭り騒ぎは続いた。
経済波及効果は莫大な金額となってブランドル王国の税収を潤した事だろう。

この馬鹿騒ぎに乗じてムンジェスとジャミルは不正品を売り捌いたようだ。
もちろん監視の目は厳重に張り巡らせてある。
ムンジェスとジャミルから購入した客の足取りは全て把握済みだ。

「それで、初夜の感じはどうだった?」

エルネスト商会の執務室で紅茶を嗜みながら新会長に就任したアスタールに問いかけた。
アスタールは自分の物となった執務机に両肘を着き、頭を抱えて顔を真っ赤にしている。

「勘弁してくださいッス坊ちゃん」

火を噴きそうなほど顔が火照って参った表情を浮かべている。
いつものハキハキした喋り口とは違い言葉を濁してしどろもどろだ。

純情な奴だなと思った。
馬鹿にしたのではない。
むしろ好ましいとすら感じる。
精神年齢がアラフォーなだけに、どうしても達観した目で見てしまうが。
かつての自分もこういう時期があったのだ。
なので痛切に思う。
若者はこれくらい初々しい方が丁度良いと。

逆にエレオノーラは未亡人の余裕だろう。
普段と変わらず堂々としている。
アスタールに聞こえぬよう小声で問いかけてみると。

「大変美味しく頂きましたわ。かなりお強いようですので、子宝に恵まれるのもそう遠くないかと思います」

生々しい意見を聞かせてもらった。
普通、子供に対して言うべき内容ではないと思うのだが。
どうにもエレオノーラは俺を子供ではなく一端の大人として応対している節がある。

やはり女傑だな。
商才といい、鑑定眼といい、見る目が確かなのは心強い限りだ。

こうしてグラスにおけるエルネスト商会の地盤固めは順調に推移した。

当面はエレオノーラが会長代行として運営に当たる。
モストティアでの取引が終了したら、アスタールはグラスに滞在して本格的に動き出す予定だ。
エレオノーラと家庭を持ち、エルネスト商会の新会長として業務に専念する事になるだろう。

「そろそろモストティアに行って話をまとめないとな」

色々と揉めた問題もようやく片がついた。
俺は改めて準備を整えると、今度こそはとモストティアに向けて出発したのだった。
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