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047 謁見

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あれからリュシーファは姿を現さなくなった。
大好物のエサ(クッキーと砂糖菓子)を持って神殿に行っても頑なに姿を現さない。
俺に怒られるのを恐れているのだろう。
当然だ。
あの日以来、俺はリオンの突き刺さるような視線と鼻息荒い呼吸に神経をすり減らしているのだから。

断罪裁判はリュシーファの登場で全て決着した。
ムンジェスとジャミルは激しい苛立ちを抱えつつも沈黙するしかない。
神様に喧嘩を売るほど馬鹿ではないからだ。
俺としても今回の件で両者を断罪出来なかったのは悔しい。
今回は見逃すが、いずれ目に物見せてやる。

断罪裁判を終えて俺はダグラス王に呼び出された。
謁見の間で極小数の人間のみでの会見が行われる。
謁見の間にはダグラス王と護衛の騎士が数名。
俺は一人でリオン達は控室に待機させていた。

リュシーファに神託の騎士と指名されたのが原因だ。
オスカーシュタイン家の子息が神託の騎士に選ばれた。
テオドールの勇名と相まってオスカーシュタイン家の権勢に重みが増す。
ダグラス王としても看過できない事態なのだろう。

「なぜお前はグラスに滞在しておったのだ?」

オスカーシュタイン家の領地ヴィルガスタに居るべきところが北の交易都市グラスに居た。
その事を指摘されて冷や汗が滲む。

まさかモストティアに鉄を買いに行く途中です。

などと馬鹿正直に言えるハズもない。
そんな事を言えば軍事用に購入するよう命じられてしまう。
東の戦場が膠着状態なのは周知の事実だ。
ダグラス王としても打開策を模索している状態に違いない。

「エルネスト商会が身売りしていると聞きましてグラスに向かいました。すると我が家臣とエルネスト商会の会長婦人が良き仲となりまして。片や独身、片や未亡人、良い縁だと思い結婚の運びとなったのですが」

ロジャーノが待ったをかけて結婚が頓挫し、色々と揉めていたと説明した。
本当の事だから嘘を言ってない。
理由に関しては身分差を持ち出してエリオットの件は隠蔽した。
幸いにもリュシーファが身分差による迫害をやめるようダグラス王とエルパウロ教皇に告げている。
それを免罪符にアスタールとエレオノーラの結婚を執り行う予定だと告げると。

「それは良い。ならば儂の名において両名の結婚を許可しよう」

思いもよらぬダグラス王の提案に驚いた。
王様の許可があれば誰も文句を言えない。
なんの障害もなく結婚を執り行えるだろう。
これは渡りに船だと内心で大喜びした。
もちろん面には出さず、努めて平静を保ちつつ深々と感謝した。

「お待ちください」

下げた頭を上げるとエルパウロ教皇が謁見の間に現れた。
神の御子となったエリオットも一緒だ。
子供用の修道服を着て身なりを整えている。
ロジャーノの姿は見えないな。
おそらく神経が衰弱し切って今頃横になっているのかもしれない。

「そのお話、是非とも私も加えて頂きたい」

「ほう、では教皇の名において結婚を認めると?」

ダグラス王が確認するとエルパウロ教皇は頷いた。

「もちろんですとも。リュシーファ様が直々に申されたのですから。教皇として率先して態度を示さねばなりません」

「あいわかった。では儂と教皇の連名で許可証を出そうぞ」

「それは良い考えです。是非ともそうしましょう」

あれよあれよと話が進んでまとまった。
そんな簡単に?
気軽過ぎないか。
そう俺が戸惑うほどに。

こうしてアスタールとエレオノーラの結婚はダグラス王とエルパウロ教皇の連名で許可証が発行された。
リュシーファに受けた神託を果たすべく動いた結果だろう。
貴賎を排除した最初の事例として大々的に宣伝したい思惑もあったようだ。
その結果、報を受けたグラスでは上よ下よの大騒ぎになったらしい。
奴隷だと反発していた一部の商人達が大量の祝い品を持ってアスタールに陳謝したそうだ。

その後、ダグラス王とエルパウロ教皇から神託の騎士として色々と話し合いを行った。
人間の差別や亜種族の迫害を監視する任をリュシーファから与えられた件についてだ。
両名共に俺がリュシーファの代行者という認識でいるらしい。
だから意見の擦り合わせを行って認識のズレを無くそうと思っているようだ。

「では奴隷を解放すべき、という認識ではないのだな?」

ダグラス王は憂慮すべき懸念材料が杞憂に終わって安堵したようだ。
俺が奴隷解放を訴えた過去を知っているからだろう。
もしここで俺が奴隷解放を主張したら。
とんでもない大波乱を巻き起こす事は容易に想像できた。

「父に叱責されて考えを改めました。現状では奴隷を解放しても無用の混乱を引き起こすでしょう。それに反乱を誘発する危険性もあります。それを考慮すれば奴隷解放は主張できません」

「うむ、そうであるな。ならば奴隷の扱いについて問題はないと判断して良いな?」

奴隷の扱いはこれまで通りだとダグラス王が告げる。
俺は首を横に振って否定した。

「お言葉では御座いますが。私は奴隷解放を断念した訳ではありません」

「それは、どういう事ですか?」

エルパウロ教皇が疑問を呈した。
話の道筋からして断念せざるを得ないと思ったからだろう。

「法を整備し、基準を定めて奴隷解放の道筋を整えるのです。リュシーファ様も人間の差別や亜種族の迫害を憂慮していました。現状維持は御心に沿う形ではなく、努力を怠った慢心的な行為だと捉えるでしょう。それではどのような神罰を受けるか分かりません」

「ふ~む……言われてみれば最もな話しよな」

「確かに、ご神託を推察するとエルロンド殿の申す事が正しい様に思います」

現実的に困難な問題にダグラス王とエルパウロ教皇は頭を悩ませた。
本当に可能なのか?
そう思うほどに奴隷の解放は難しいからだ。

アクセルの問題はエルロンドが子供だったから沈静化する事ができたのだ。
経験も知識も浅い子供のヤンチャだと断じれば言い訳もできる。
かなり強引だったが、それで事を収めるに至った。

しかし国王と教皇という地位が奴隷解放を宣言すればどうなるか。

エルロンドの奴隷解放問題でさえ貴族の強い反発を買ったのだ。
ダグラス王とエルパウロ教皇が奴隷解放を宣言すれば大波乱を引き起こすのは間違いない。
最悪の場合、ブランドル王国内で暴動が起きかねない。
教会の信者も安全性の懸念から反発するに違いないのだ。

「先の長い問題になりそうだ。奴隷も少数ならば解放に否は無いのだが。数が多くなれば不安も懸念も増大しよう。それを払拭するとなると、どうすべきか」

「やはりエルロンド殿の申す通り法を整備して基準を定め、少数から実績を作り徐々に認知を広げるしか手はありますまい」

結果、国と教会が連携して実績を作っていく事になった。
これが徐々に広まれば世間の認識も少しずつ変わっていくだろう。
手っ取り早いのはリュシーファが世界各地に顕現して奴隷解放を訴えれば済む話なのだが。
さすがに非現実的だしリュシーファが引き受けるとは思えない。

それにしても神託の騎士という地位がこれほど有益に作用するとは。

それだけリュシーファが神様として崇め奉られているという証だろう。
この後も亜種族について色々と話し合った。

ブランドル王国では亜種族の迫害を禁止し、友和政策に舵を切るという事になった。
もっとも亜種族は人間と距離を置いているため名目的な政策になるだろうが。
俺にとっては有益な政策だ。
これで堂々とオーガを家臣にしていると宣言する事ができる。

とはいえ宣言するのは今ではない。
まだ悪感情が根強い今ではなく、頃合いを見計らってからじゃないと。
ダンジョウという仇討ちもある事だし。
しばらくはオーガの存在を隠す事になりそうだ。

謁見の間においての話し合いは有意義に終わった。
俺はエリオットに祝福を述べてエルパウロ教皇に真実を他言しないと約束した。
すでにロジャーノから報告を受けていたのだろう。
エルパウロ教皇は俺に深く感謝して今後の誼を通じる事になったのだった。
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