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036 ジャンの初仕事

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月明かりに照らされた深夜の下町は家灯りが無いため薄暗い。
忍ぶには絶好の状況だ。
特に人目を避けて行動するには最適だといえるだろう。

ロジャーノが下町の教会に入ったのを物陰から確認するジャン。
見張り役の傭兵が孤児院側から戻りエリオットが教会に入ったのを告げる。
これで密会は間違いない。
あとは現場を押さえて証拠を掴むだけだ。

「ほんじゃ行ってくる」

ジャンは軽い足取りで教会に向かった。
見張り役の傭兵は頷くだけで動かない。
深夜の闇に溶け込んで見張り番に徹しているようだ。

「さ~て、いっちょやるか」

軽く関節を鳴らすと小走りして教会に近づいた。
周囲に人気が無い事を確認しつつ教会の壁面に取り付く。
壁面の凹凸を足場にトカゲのように器用によじ登った。
屋根の上に到着したジャンは足音を殺して煙突に入る。

「へへっ、楽勝楽勝」

昼間の内に用意しておいたロープを使って煙突を降下した。
身軽なジャンにとって朝飯前の軽業だ。
スルスルと降りて暖炉を出ると忍び足で部屋を移動し、明かりの漏れる部屋へと近づく。
耳を傾けて室内を確認すると。

「ビンゴ。逢い引き確定ってね」

室内からロジャーノとエリオットの語り合う声が聞こえた。
目視すべく鍵穴を覗き込むがピントが合わず姿が見えない。
視点を変えて確認しなければ。
ジャンは天井を仰ぎ見た。

「おっ、行けるかも」

寂れて傷んだ教会の天井の木目には隙間が空いていた。
無理やり剥がせば音が鳴るため気づかれる。
だが、小柄なジャンなら必要最低限の隙間があれば行ける。
幸い、ジャンが通れそうな風穴の空いた天井板が一枚だけあった。

「よっと!」

跳躍して天井板を掴んだ。
盗人で培った身体能力は抜群である。
3メートルもある天井に軽々と届き、腕の力だけで屋根裏に登った。
ミシッと天井板が悲鳴を上げたがジャンが軽量のため助かった。
もし崩落でもしていたら一巻の終わりだっただろう。

屋根裏伝いに明かりの漏れる部屋へと移動した。
覗き込むとロジャーノとエリオットの姿がハッキリと確認できる。
気配を殺して耳を傾け、会話を盗み聞きした。
ロジャーノとエリオットは向かい合って椅子に座り話をしている。
主に話しているのはロジャーノでエリオットは聞き役に徹しているようだ。

それから観察すること一時間。
依然として会話ばかりが続いていた。
いまだにロジャーノがエリオットを襲う様子はない。
エリオットは無防備に座り、ロジャーノから供された菓子と紅茶を嗜んでいる。

「チッ、なんだよ。早くおっぱじめれば良いのに」

待ちくたびれて愚痴をこぼす。
ジャンの狙いは情事後に残された痕跡の回収だ。
個人を特定する事は困難だが脅迫と根拠の証明材料にはなる。
それに神父は買収済だ。
状況証明だけでもロジャーノを追い詰めるには充分だろう。

だからロジャーノがエリオットに手を出さないと意味がない。
ジャンとしては早いとこ欲望を丸出しにして情事に耽って欲しい所なのだが。

「おいおい、マジかよ」

ジャンは目を疑った。
ロジャーノはエリオットに指一本触れることなく会話を終えて退室したのだ。
そして戻ってきた神父に何やら告げると金を渡して教会を出て行ってしまった。
そしてエリオットは神父に付き添われて孤児院へと戻って行く。

「なんだってんだチクショウ!」

ジャンは教会を抜け出ると苛立ちを隠さず地団駄を踏んだ。
見張り役の傭兵は事の顛末を聞いてシャークウッドに報告に走る。
残されたジャンはこのまま手ぶらというのが癪に障ったのか、先回りしてロジャーノが姿を現すのを待ち受けた。

「おっ、きたきた」

教会に向かってロジャーノが歩いてきた。
ローブを目深に被って正体を隠しているが、こんな時間にうろつく教会の関係者などロジャーノ以外にいない。
ジャンは軽くステップを踏むと勢い良くダッシュした。

「おっとゴメンよ」

ジャンはロジャーノに軽く体当たりした。
その刹那にロジャーノの懐からメダリオを盗み取る。
一瞬の出来事にロジャーノは驚いただけで何も発さなかった。
足早に急ぐジャンを市場の小間使いだとでも勘違いしたのだろう。
実際、市場の小間使いは早朝から働く者が多い。
まさか盗人だとは夢にも思っていなかった。

「へへっ、ざまぁみろ。コイツを使って面白いことしてやるぜ」

子供らしい悪戯笑いを浮かべてジャンは下町の教会に走り去ったのだった。
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