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012 困った問題

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種蒔きから一週間が経った頃、開拓した広大な畑に小さな芽が生えてきた。
オーガによる灌漑工事も着々と進み、一部の畑には水を供給できるまでになっている。
この分だと収穫までには灌漑工事が終わり、新たに開拓作業を行う事ができそうだった。

「順調そうで何より何より」

俺は満足感に浸っていた。
畑に撒いたのはトウモロコシ、ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、カブなど成育し易い野菜だ。
しかも安定的で多くの収穫が見込めるため、取っ掛かりとして適している。
勉学的な領地経営にはちょうど良いラインナップだろう。

「本当はもっと儲かる品種を育成したいけどなぁ」

いずれ賜った領地はテオドールに返上しなければならない。
だから下手に領地を改革し過ぎると後々面倒な事になる。
何事もほどほどがいいのだ。

しかし環境の変化を起こせば歪みも生まれるというものだ。
元々300人しか居なかったアクセルの人口は、わずか4ヶ月ほどで700人にまで激増していた。
オーガを含めれば700人を超える。
さすがに不安を感じたのだろう。
今まで大人しかった町長のマールスが恐縮しながらエルロンド邸を訪れた。

「この度はご多忙の中、お時間を頂きまして恐縮の至りで御座います」

50歳を越えた壮年が10歳の少年に媚びへつらう姿は階級制度を顕著に物語っていた。
貴族に対する不敬は死罪が当たり前の世界だ。
慎重になるのは当然の事だろう。

「それで町長殿。この度は何用ですか?」

応接室に招き入れた俺はテーブルを挟んで面会した。
貴族にしては簡素すぎる応接室で、椅子もテーブルも値が張る物ではない。
贅沢品に金をかける余裕があるなら、その分を領地経営に回した方が良いからだ。

「はい、実は人口の急増に元々の住民が不安を募らせまして。いえ、私は不満など御座いませんが。なにぶん町長という立場ですので、代表としてお伺いに参った次第で御座います」

「なるほど」

一定の理解を示すとマールスはホッと安堵の吐息を漏らした。
俺は鋭い視線を向け。

「住民は不安を抱いてるのであって、不満を抱いてるのではないのだな?」

「そ、それはもちろんで御座います!3年間無税にしていただいたご恩に皆感謝しております。不満など申すはずが御座いません」

失言だったかとマールスは慌てて弁明した。
お人好しというか人間が良いのだろう。
マールスの人となりを見ればわかる。
少ない人口の町で町長をやっているのも、押し付けられたわけではなく、慕われたからこそだ。
労働力として奴隷を大勢移住させた時も、嫌悪感を見せるどころか奴隷の身の上を心配したほどだ。

「彼等は奴隷の身だが、いずれ解放するつもりだ。むろん働き次第だが、熱心な働きぶりを見る限り心配は要らないだろう。奴隷の身分から解放されればアクセルの市民になる。奴隷の増加は、そのままアクセルの人口増加と受け取ってもらえばいい」

「それは、確かにそうですが」

「それに彼等の労力でアクセルの生産は向上するだろう。主な産業もなく、過疎化が進み、廃墟同然の町並みだったアクセルが再生する起爆剤だ。急増に憂慮するのは理解できるが、アクセル再生のために彼等は必要なのだ。どうかその旨を伝えて欲しい」

貴族が一市民に懇願する形になり、人の良いマールスは慌てふためいた。

「も、ももも、もちろんで御座います!私が皆によく説明いたしますので、どうか御安心くださいませ!」

青ざめた顔でマールスは早々に退散した。
相当に肝を冷やしたようだ。
これなら必死になって住民に説明し回るだろう。

少し意地悪だったか。
だが領地改革には奴隷達の力が必要不可欠だ。
開拓を進めれば更に増やす必要がある。
今はアクセルの住民とも良好な関係を築いているが、マールスが訪問したとなると、これは少々考えねばなるまい。
それだけ住民達の不安が募っているということなのだから。

「さて、どうしたものか」

今後の事を考えると住民と奴隷の仲は良好に保っておきたい。
いずれは同じアクセルの市民になるのだから。
しかし、このままでは疑心暗鬼や邪推から関係が崩れる恐れもある。
どうにか打ち解ける方法を考えねば。

どうしたものかと頭を悩ませていると。

「坊っちゃん!ただいまッス!」

アスタールが元気一杯のテンションでやってきた。
今回は普通の行商回りを行っての帰還だ。
奴隷の購入は頼んでいない。

「お帰りアスタール。ずいぶん上機嫌だな」

「へっへーっ!実は良いもの買ったんスよ」

アスタールは自慢気に酒瓶を見せた。
細長で口の長いワイン瓶である。

「どうです?上物のワインっスよ。滅多に手に入らない極上物ッス」

「へぇ、そうなんだ」

子供の俺にワインを見せびらかせてどうしろと?

肉体的に飲めるハズもなく、精神的には飲みたくて堪らない。
なんだこのモヤモヤは。
前世が酒好きだっただけに生殺しに等しい。
まったく、なんて日だ。

アスタールも見せびらかす相手を間違えたと気づいたらしく。

「坊っちゃん、あと5年したら一緒にワイン飲みましょう」

「ああ、楽しみにしてるよ」

「約束ッス!」

アスタールは満面の笑顔を見せるとウキウキしながら部屋を出ていった。

「浮かれすぎて瓶を割らなきゃいいけど」

俺は呆れ顔でアスタールを見送った。
ワイン一つでああも浮かれるとは。
まあ、楽しみがなけりゃストレス解消もできないし、悪いことじゃないけども。
自慢する相手くらい選べよ!

俺は気疲れしてハァッとため息をついた。
直後、ハッと閃きが浮かび上がる。

「まてよ……そうか!この手があった」

俺はすぐさま部屋を飛び出してアスタールを追いかけた。
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