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013 再会と決着
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ジーモフ最長老、フェイム、長が出発してから半月が経った。
エルフの王ラルフ、エルフの大臣達との話し合いは難航が予想されたものの、何とか話がまとまったようだ。
発言力の大きいジーモフ最長老に、将来を有望視されたフェイムを元鞘に納めたいエルフの后フローネ。
難敵のシザーウルフを単独で討伐できるほどに成長したフェイムに、自らが危機に瀕しながらもフェイムを一途に想うリシュナ。
なによりラルフ自身がフェイムを惜しんでおり、それらが後押しとなって大臣達を説得するに至ったらしい。
さらに大きな要因はシザーウルフの長と直接会話できたことだろう。
意思の疎通が出来なければ不安は増すばかりで解決などできないが、それさえ出来れば長生きのエルフである。
相手の意を汲み、真偽を見極めることなど造作もない。
誇り高い長の性格を見極めれば、当然の成り行きだった。
そんな経緯でシザーウルフの所帯はエルフの集落に移住していた。
最初こそシザーウルフに警戒していたエルフ達だったが、3日もすると子供同士が戯れ合うようになり、それがキッカケで大人同士も徐々にではあるが打ち解けていた。
全員に言語変換のアイテムを配布したため懐は痛いが、得られたものは遥かに大きい。
なにしろエルフに大きな借りを作ったばかりかシザーウルフにも信頼を得たのだから。
「いや~、一時はどうなることかと思ったが、いざ接してみると偏見でしたな。我が身の愚かしさが情けない」
『懸念されるのは至極当然。我等は魔獣ゆえ、忌避されるのは致し方なきこと』
大臣と長が酒を交わして談笑している。
ここまで打ち解けるとは思っても見なかったが、半月もの間警戒していればシザーウルフに害意が無いことは容易に知り得ることができただろう。
ましてや率先して集落を警備してくれているのだから疑う余地はない。
その上、長の首には誓約の証が輝いていた。
「ところでホランド殿。長殿の首輪は外しても良いのでは?」
シザーウルフが誓約を厳守する種族と判断した大臣は銀色に輝く首輪に嫌悪感を見せた。
『これはホランド殿との約束ゆえ外せませぬ。我が一族が不義を働いた折には我が命で償う。それがラルフ王とホランド殿に誓った我が証』
「誓約を破れば首輪が絞まり窒息死するんでしたな」
「まあ、そうですね。誓約を破れば罰を与えますが、守っていれば毒や麻痺の耐性に自然治癒の効果があります」
等価交換で入手した【誓約の首輪】はいわゆる保険的な意味合いが強い。
万が一にもシザーウルフが反逆したら。
その懸念を払拭するため長に装着させたのだ。
個人的には無用の長物だと思うのだが、長は一族のためならばと快く装着してくれた。
何事も用心、安心感が重要なのだ。
首輪のことに、ああだこうだと言いながら小一時間ほど経った。
大臣は酔って寝てしまったが、長は酔うどころか神経を尖らせている。
まるで獲物を捉えた猛獣のような感じだ。
「どうした?そんなに神経を尖らせて」
『ホランド殿。どうやら招かれざる客が迷い込んだようだ』
「招かれざる客?」
『心配ご無用。我が片付けてこよう』
そう言うと長は立ち上がり猛然と駆けて行った。
突風の如き速さに呆気に取られているとフェイムが現れ。
「おい、ホランド」
「ん?ああ、フェイム」
「ものすごい勢いで走って行ったが、何かあったのか?」
「わからん。長の話では招かれざる客が迷い込んだとしか」
「招かれざる客?」
フェイムは腕を組んで眉間にシワを寄せた。
「たぶん侵入者ってことだろうけど」
「いつもは部下に任せっきりなのに、珍しいな」
「長が出張る相手ってことは、かなり強いってことだろうと思うけど」
「そんな相手ほとんどいないだろうに」
フェイムは顎先に手を当てて思案すると。
「おい、いるぞ。長が出張る必要性のある相手が」
「え?そんな相手いるかな」
シザーウルフは高難易度の討伐魔獣だ。
その中でも長の強さは飛び抜けている。
わざわざ出張る必要性のある相手なんて。
「あ、そうか!」
ふと思い当たる節に当たった。
俺はフェイムに視線を向けると。
「行こう。長を戦わせちゃいけない」
俺とフェイムは頷くと大地を蹴って集落を飛び出した。
『何をしに参った?』
長は仁王立ちして侵入者に立ちはだかった。
『お久しゅうございます。長よ、エルフの集落に身を寄せているとは事実で?』
長より一回り大きなシザーウルフが問うた。
赤褐色の身体には無数の傷が刻まれ、鋭いはずの牙爪は刃こぼれしたようにボロボロになっている。
激しい戦闘を思わせる姿は見た目にも痛々しい。
戦いに次ぐ戦いで肉体は疲弊し、返り血を浴びて元々赤褐色の体毛がより赤黒さを増して毒々しく感じる。
それでも衰えぬ闘志は瞳を真紅に染め、隆起した筋肉は膨張して岩のように硬くなっていた。
『左様。一族の保全のため世話になっている』
『シザーウルフの誇りを忘れたか親父よ‼︎』
怒りの咆哮が大森林に木霊した。
驚いた鳥の群れが天空に羽ばたき、小動物達は一斉に巣穴へと逃げ去っていく。
おそらくエルフの集落にまで届いたであろう。
きっと今頃大騒ぎになっているはずだ。
『忘れてなどおらぬ。ただ、優先すべき順序がある。それだけのことよ』
『たわけたことを!人間に近いエルフなど我等が敵。駆逐すべき対象であろうに』
『敵かどうかは直に触れて判断すべきこと。己が勝手な判断は真偽を見誤り、道を誤る軽挙ぞ』
『あり得ぬ!エルフと通じるなど出来ようはずがない。我は人間と幾度となく戦ってきた。その上での判断だ。人間は信用ならぬ。同じ容姿のエルフも信用などできぬわ!』
猛々しい怒りが全身から放たれる。
人間に対する憎悪のエネルギーがほとばしり、エルフの側についた長に禍々しいオーラが吹き抜けた。
『貴様、何をするつもりか?』
『決まっている。エルフの集落を襲ってエルフを根絶やしにしてくれる』
『愚かな、そのような暴挙を許すと思うか?』
『もはや問答は無用。我は我の信じる道を進むのみ』
『愚息めが』
長は熱い吐息を漏らした。
すでに戦闘準備は整っている。
燃え盛る闘志は吐息のみならず、全身から熱を放出し、爆発寸前のマグマのようにその瞬間を待っていた。
『親父よ、覚悟!』
言うと同時に飛び出したのは息子の方だった。
満身創痍とは思えぬスピードと圧迫感。
まるで巨大な岩石が突進してくるような錯覚を覚える。
『ぬるいわ!』
長は紙一重で避けた。
勢いに乗って通過する息子の横っ腹に前脚で一閃を加える。
鋭い前爪は皮肉を斬り裂き、真っ赤な血飛沫を舞い上がらせた。
『くっ!』
息子は反転して大きな顎で噛みつきにかかる。
しかし長は地を蹴って回避し、素早く背後に回り込んだ。
空を切った歯は一転して噛み締められ、息子は前脚で大地を掴む。
そのまま前脚を支えにした息子は背後に回り込んだ長めがけ、強烈な後ろ蹴りを放った。
『ぬぅっ‼︎』
思わぬ反撃に長は身をよじって回避した。
しかし息子は直ぐに反転し、体勢の整わぬ長めがけて強烈な頭突きを食らわせる。
横っ腹に直撃した頭突きは想像以上の衝撃だったらしく、長の表情は苦悶に変わった。
『……やりおるな』
『伊達に人間と戦っておらぬ』
『だが、一族を率いる器ではない』
『ならば、親父を倒して証明しよう』
息子は矢のように飛び出すと一直線に襲いかかった。
馬鹿正直な攻撃だが、ダメージを負った長の動きに精彩がない。
紙一重で避けたものの、先程までとは意味合いが違う。
『人間の鎧を潰しに潰して鍛え上げた頭突きだ。いかに親父だろうと容易には回復すまい!』
『ふっ、なんのこれしき』
強がっては見たもののダメージは思いのほか重かった。
首輪の回復効果もあって徐々にだが和らいではいるものの、もう一撃食らえば致命的になりかねない。
『人間との戦いがここまで成長させておろうとはな』
息子の成長に親として嬉しくもありながら、一族を守るため殺さねばならない悲しさ。
長は戦いの中で葛藤を交えながら相対する息子に立ち向かった。
『ぬぅおりゃっ!』
長は凄まじいスピードで残像を残した。
その数4体。
分身の術のように。
『子供騙しを!』
分身で撹乱された息子は一瞬躊躇した。
どれが本体か?
見定めるための刹那。
その意識の隙に長は付け込んだ。
『もらったぞ!』
声がした方角に息子は驚愕した。
前後左右からではない。
上だ。
そう思った瞬間、長の牙は息子の首筋に深く食い込んだ。
『ぬがあぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁっ‼︎』
首筋に牙を突き立てられた息子は絶叫を上げて首を振り回した。
長の身体は宙に投げ出され、大きく弧を描いて地面に叩きつけられる。
しかし老練の手腕を発揮する長は直撃の瞬間に身を捻って着地した。
振り回すたびに牙は首筋に食い込み、ダメージを一層悪化させていく。
これで決まりか。
そう思った瞬間だった。
息子は地を蹴って大きく跳躍すると、そのまま頭から長もろとも地面に直下した。
『な、なんだと……』
思いがけぬ息子の自爆行為に長は全身を打ちつけ、脳震盪を起こしてしまった。
食らいついた首筋からは牙が抜け、鮮血を流しながら息子が立ち上がる。
息子は頭から落ちながらも意識を保ち、十分に先頭ができる状態を維持していた。
『驚いたな……まさか、これほどとは』
『これも人間との戦いで培った賜物。親父よ、観念せよ』
『もはや、これまでか……』
脳震盪で身体の自由がままならない。
長はなす術なしと覚悟を決めた。
『武士の情けだ。楽に逝かれよ』
息子は右前脚を上げると力を溜めた。
筋肉が膨張して一回り大きくなり、ボロボロの爪に鋭利さが宿る。
一撃で頭蓋を砕き、即死させる狙いだ。
『さらば、親父!』
掲げた右前脚が勢いよく振り下ろされた。
衝撃音が鳴り響き、土煙が舞い上がる。
固い大地が穿たれて陥没し、そこには大きな窪みだけが作られていた。
『馬鹿な⁉︎これはいったい』
殺ったはずの長の姿が無くなっていた。
辺りを見回しても影形すら見当たらない。
いや、居た。
息子の背後に人影が2つ。
そこに気を失った長の姿もあった。
『貴様ら、何者だ?』
凄味を効かせて振り返る息子に、俺は。
「シザーウルフをエルフの集落に移住させた張本人、って言えばいいかな」
わざと神経を逆撫でする言い方をした。
案の定、長の息子は俺に対して異常な憎悪を向けてくる。
『人間よ、貴様の差し金だという根拠はあるか?』
低く唸りながら問うた。
今にも噛みつきそうな勢いだ。
「それは俺が保障しよう。エルフの名にかけて。確かにシザーウルフの移住を提案したのはここに居るホランドだ」
『おのれエルフめが!人間などに肩入れしおって!』
「提案を受け入れたのはシザーウルフの長だ。ところで貴様に問う。エルフの姫を襲ったのはお前か?」
『エルフの姫?……ああ、確かに襲った。我の部下がそう言っておったわ。悔しくもエルフに殺られたがな』
「エルフに?……ああ、なるほど。あいつらがそうだったのか」
フェイムの物言いに逆立った耳がピクリと動く。
『もしや、貴様が部下を殺したエルフか?』
「そうだ、確か一頭取り逃がしたはずだが」
『最後の部下は人間に殺された。我が最後の一人。部下の無念、ここで晴らしてくれん』
フェイムを標的に据えた長の息子は牙をギラつかせて低く唸った。
俺は気を失ったままの長をフェイムに託すと。
「悪いけど、相手は俺が務めるよ。殺すのは簡単だが、長の気持ちを考えるとそうもいかないだろうし」
『愚か者め。人間など我の一撃で粉微塵ぞ』
「じゃあ、一撃で粉微塵にできなかったら?」
『フハハハハッ!あり得ぬ。万が一にもできぬ場合は何でも言うことを聞いてやろう』
長の息子は馬鹿馬鹿しいと嘲笑した。
「その言葉、忘れるなよ」
俺は笑みを浮かべると長の息子に近付き、目の前に仁王立ちした。
流石に驚いた長の息子は正気を疑っている。
しかし自信満々の態度がしゃくに触ったらしく、長を仕留めた時と同様に右前脚を上げて力を溜めた。
「すごい迫力」
野生の熊すら可愛く思える圧迫感だ。
獲物を捉えて逃がさない狩人の視線。
右前脚に宿る力は慈悲の欠片もない狂気を漂わせている。
振り下ろせば固い大地を穿つ破壊力がある。
人間ごときの耐久力で堪えられる代物ではない。
『己の愚かさを悔いて死ね!』
勢いよく右前脚が振り下ろされた。
俺の左肩から右脇腹に渡って薙ぎ払われる。
ズシンとする衝撃が左肩に走った瞬間、爆発したように土煙が舞い上がった。
「ホランド!」
直撃を目の当たりにしたフェイムが叫んだ。
てっきり寸前で避けると思っていたからだ。
岩をも砕く一撃に最悪の事態が脳裏をよぎる。
『ば、馬鹿な……』
長の息子は驚愕で眼を見開いた。
凄まじい一撃は直撃したものの左肩を殴打しただけで止まっていた。
舞い上がった土煙は一撃の風圧の凄まじさを物語り、大地に走った亀裂は衝撃の重さを物語っている。
その上で、ノーダメージをアピールするかのごとく平然としている俺に、長の息子のみならずフェイムまでもが仰天した。
バケモノステータス様様だなと思いながら笑みを浮かべる。
すると明白な実力の差に観念したのか、長の息子は右前脚を収めるとガックリとうなだれた。
『もはやこれまで。我の闘志もここに潰えた』
早く殺せと言わんばかりに無防備な状態だ。
憎みに憎んだ人間に渾身の一撃を真正面から受け止められ、さすがに闘志を失ったのだろう。
「もう十分に戦っただろう。矛を収めて群れに戻る気はないのか?」
『愚かな。一度群れを離れたら二度と戻れぬが道理。ましてや矛を収めるなど、どうしてできよう』
「人間に殺されるまで戦うつもりか?」
『無論のこと。だが、今更であろう。さあ、殺せ』
「俺を倒して生き延びる選択肢もあるぞ」
『……無理だな。我も魔獣の端くれ。強者を図る物差しくらいはある。
口惜しいが、お前には歯が立たぬ。幾度立ち向かおうと勝てはしまい。
無様に足掻くくらいなら潔く死を選ぼう。例えそれが嫌悪する人間の手であろうとな』
シザーウルフの誇りか。
なんとも難儀なことだ。
どうして自尊心の高い輩はこうなのだろう。
もっと柔軟な思考を持てばいいのに。
そんな不満を抱いていると。
『愚か者め……まだわからぬか?』
長が目覚めて叱責した。
まだ脳の回復までかかるらしく、フェイムに支えられて辛うじて立っている。
『誇りを失った親父に何がわかる!』
『誇りか……確かに誇りは大事だろう。我等が祖先も誇りを大事にし、高潔に生きてこられた。
次代の我等が誇りを失えば伝統は潰え、後進に悪影響を及ぼすやもしれん』
『だったら何故に誇りを捨てた!』
『捨てておらぬ!』
断じた物言いに息子は圧倒された。
返す言葉を飲み込み、自然と長の言葉に耳を傾ける。
『貴様の言う誇りは強さを誇示する蛮勇に過ぎん!シザーウルフは強き魔獣。
されど人間に蹂躙され、同胞が討ち取られ、住処を奪われた。
辱めを受け、誇りを傷つけられたと思っても仕方はない。
だが、撤退を余儀なくされたのは弱いからではない。
物量に勝る人間の脅威から一族を守るため、種族を絶やさぬため、あえて撤退を選んだのだ。
一度辱めを受けたとはいえ、それだけでシザーウルフの誇りが失われるものではない。
次代を育み、種を維持し、誇りを継承することこそが重要ぞ』
『そのためにエルフに媚びるは恥辱!』
『媚びてなどおらぬ!信じるに値するがゆえに身を寄せたまで。その証拠がホランド殿に刻まれておるわ!』
はい?
いきなり振られて驚く俺。
『刻まれているだと?』
訝しげに俺を見る長の息子。
何をするのかと思えば俺の身体に鼻を近づけ、確かめるように匂いを嗅ぎ始めた。
「え?え?いったいなにを?」
『ホランド殿、しばしそのままで』
長に促されて固まる俺。
執拗に匂いを嗅ぐ長の息子だったが、ようやく納得したらしく鼻先を離した。
それから神妙な面持ちで下を向いている。
『無防備な幼子の匂い。いや、しかし……』
なにやらブツブツと呟いている。
小声なので聞き取れないが、長は聞き取れているのだろう。
表情に余裕が窺える。
『どうだ、嘘偽りではなかろう?媚びへつらい従っておるならば、幼子は怯え、不安を募らせるが道理。ホランド殿から、それを感じたか』
『くっ……だが、何故だ。エルフの姫を襲ったのは我等とはいえ同胞のシザーウルフ。なぜエルフは恨まず、受け入れたのか』
「それは長殿と真正面から話をしたからだ。よくよく考えてもみろ。俺やホランドがお前となぜ話せるかを」
『言われてみれば、確かに』
激しい憤りで当然の疑問が抜け落ちていた長の息子は今更ながら疑問を口にした。
種明かしは毎度の事ながらスキルの説明から行い、納得してもらった。
まあ、実際に話しているのだから信じるも信じないもないのだが。
『わかったか。意思の疎通さえできれば人間だろうとエルフだろうと関係ないのだ。もちろん話の通じぬ輩は居ろうが、少なくともホランド殿とフェイム殿は信頼に値する』
『そうか……親父殿はわだかまりを克服して一族の繁栄を選ばれたのだな。それに対して我は、多くの同胞を死に追いやってしまった』
犯した愚行を思い知り自責の念に打ちひしがれる長の息子。
もはや死んで償うしかないと俺にとどめを懇願する。
『頼む、武士の情けだ。ホランド殿。我を殺してくれ!』
「そんな、もう一度群れに戻ることはできないの?」
俺の求めに長は首を左右に振った。
『一度でも群れを離れたものは二度と戻れませぬ。それが自然の掟。たとえ息子であろうと例外ではありませぬ』
『いずれにせよ、この身体では長くは保ちますまい。エルフの集落を襲い、果てる覚悟でした。いまさら命に未練はありませぬ』
「そうはいっても」
ほとほと困り果てた俺はどうにかならないものかと頭を掻いた。
できれば親子共々に暮らしてほしいが、群れに戻れなければ現実不可能だ。
仮に命を救えても単独では色々と難があるだろうし。
どうしたものかと悩んでいると、ふと1つのアイデアが浮かんだ。
「そういえばさっきの賭けを覚えてる?一撃に耐えたらなんでも言うことを聞くってやつ」
『それは、覚えている。我に出来ることなら従おう』
「じゃあ決まりだ。俺の従魔になれ」
「「「えぇぇぇぇえぇええぇえええぇぇぇぇぇぇっっっ‼︎」」」
思いがけぬ提案に場にいた全員が驚きの声を上げた。
『ホランド殿!それは本気か?』
動揺を隠せない長が信じられない様子で問う。
賛成でも反対でもなく、ただただ驚きに身を震わせながら。
「もちろん」
「おいおい、いまだかつてシザーウルフを従魔にした話なんて聞いたことがないぞ」
「だったら初の事例だな。まあ、従魔になる事を受け入れればの話だけど」
長の息子の返答を待つ。
息子は一瞬だけ葛藤の色を窺わせたが、すぐに小さく笑って払拭すると。
『武士に二言はない。約束だ、従魔になろう』
「決まりだな」
俺はしてやったりと微笑した。
これで殺す必要は無いばかりか、俺の従魔としてエルフの集落に連れて行くことができる。
ジーモフ最長老が癇癪を起こしそうだが、そこはフェイムになんとかしてもらおう。
俺はフルポーションで長の息子を回復させると、2人と2頭でエルフの集落に戻って行った。
エルフの王ラルフ、エルフの大臣達との話し合いは難航が予想されたものの、何とか話がまとまったようだ。
発言力の大きいジーモフ最長老に、将来を有望視されたフェイムを元鞘に納めたいエルフの后フローネ。
難敵のシザーウルフを単独で討伐できるほどに成長したフェイムに、自らが危機に瀕しながらもフェイムを一途に想うリシュナ。
なによりラルフ自身がフェイムを惜しんでおり、それらが後押しとなって大臣達を説得するに至ったらしい。
さらに大きな要因はシザーウルフの長と直接会話できたことだろう。
意思の疎通が出来なければ不安は増すばかりで解決などできないが、それさえ出来れば長生きのエルフである。
相手の意を汲み、真偽を見極めることなど造作もない。
誇り高い長の性格を見極めれば、当然の成り行きだった。
そんな経緯でシザーウルフの所帯はエルフの集落に移住していた。
最初こそシザーウルフに警戒していたエルフ達だったが、3日もすると子供同士が戯れ合うようになり、それがキッカケで大人同士も徐々にではあるが打ち解けていた。
全員に言語変換のアイテムを配布したため懐は痛いが、得られたものは遥かに大きい。
なにしろエルフに大きな借りを作ったばかりかシザーウルフにも信頼を得たのだから。
「いや~、一時はどうなることかと思ったが、いざ接してみると偏見でしたな。我が身の愚かしさが情けない」
『懸念されるのは至極当然。我等は魔獣ゆえ、忌避されるのは致し方なきこと』
大臣と長が酒を交わして談笑している。
ここまで打ち解けるとは思っても見なかったが、半月もの間警戒していればシザーウルフに害意が無いことは容易に知り得ることができただろう。
ましてや率先して集落を警備してくれているのだから疑う余地はない。
その上、長の首には誓約の証が輝いていた。
「ところでホランド殿。長殿の首輪は外しても良いのでは?」
シザーウルフが誓約を厳守する種族と判断した大臣は銀色に輝く首輪に嫌悪感を見せた。
『これはホランド殿との約束ゆえ外せませぬ。我が一族が不義を働いた折には我が命で償う。それがラルフ王とホランド殿に誓った我が証』
「誓約を破れば首輪が絞まり窒息死するんでしたな」
「まあ、そうですね。誓約を破れば罰を与えますが、守っていれば毒や麻痺の耐性に自然治癒の効果があります」
等価交換で入手した【誓約の首輪】はいわゆる保険的な意味合いが強い。
万が一にもシザーウルフが反逆したら。
その懸念を払拭するため長に装着させたのだ。
個人的には無用の長物だと思うのだが、長は一族のためならばと快く装着してくれた。
何事も用心、安心感が重要なのだ。
首輪のことに、ああだこうだと言いながら小一時間ほど経った。
大臣は酔って寝てしまったが、長は酔うどころか神経を尖らせている。
まるで獲物を捉えた猛獣のような感じだ。
「どうした?そんなに神経を尖らせて」
『ホランド殿。どうやら招かれざる客が迷い込んだようだ』
「招かれざる客?」
『心配ご無用。我が片付けてこよう』
そう言うと長は立ち上がり猛然と駆けて行った。
突風の如き速さに呆気に取られているとフェイムが現れ。
「おい、ホランド」
「ん?ああ、フェイム」
「ものすごい勢いで走って行ったが、何かあったのか?」
「わからん。長の話では招かれざる客が迷い込んだとしか」
「招かれざる客?」
フェイムは腕を組んで眉間にシワを寄せた。
「たぶん侵入者ってことだろうけど」
「いつもは部下に任せっきりなのに、珍しいな」
「長が出張る相手ってことは、かなり強いってことだろうと思うけど」
「そんな相手ほとんどいないだろうに」
フェイムは顎先に手を当てて思案すると。
「おい、いるぞ。長が出張る必要性のある相手が」
「え?そんな相手いるかな」
シザーウルフは高難易度の討伐魔獣だ。
その中でも長の強さは飛び抜けている。
わざわざ出張る必要性のある相手なんて。
「あ、そうか!」
ふと思い当たる節に当たった。
俺はフェイムに視線を向けると。
「行こう。長を戦わせちゃいけない」
俺とフェイムは頷くと大地を蹴って集落を飛び出した。
『何をしに参った?』
長は仁王立ちして侵入者に立ちはだかった。
『お久しゅうございます。長よ、エルフの集落に身を寄せているとは事実で?』
長より一回り大きなシザーウルフが問うた。
赤褐色の身体には無数の傷が刻まれ、鋭いはずの牙爪は刃こぼれしたようにボロボロになっている。
激しい戦闘を思わせる姿は見た目にも痛々しい。
戦いに次ぐ戦いで肉体は疲弊し、返り血を浴びて元々赤褐色の体毛がより赤黒さを増して毒々しく感じる。
それでも衰えぬ闘志は瞳を真紅に染め、隆起した筋肉は膨張して岩のように硬くなっていた。
『左様。一族の保全のため世話になっている』
『シザーウルフの誇りを忘れたか親父よ‼︎』
怒りの咆哮が大森林に木霊した。
驚いた鳥の群れが天空に羽ばたき、小動物達は一斉に巣穴へと逃げ去っていく。
おそらくエルフの集落にまで届いたであろう。
きっと今頃大騒ぎになっているはずだ。
『忘れてなどおらぬ。ただ、優先すべき順序がある。それだけのことよ』
『たわけたことを!人間に近いエルフなど我等が敵。駆逐すべき対象であろうに』
『敵かどうかは直に触れて判断すべきこと。己が勝手な判断は真偽を見誤り、道を誤る軽挙ぞ』
『あり得ぬ!エルフと通じるなど出来ようはずがない。我は人間と幾度となく戦ってきた。その上での判断だ。人間は信用ならぬ。同じ容姿のエルフも信用などできぬわ!』
猛々しい怒りが全身から放たれる。
人間に対する憎悪のエネルギーがほとばしり、エルフの側についた長に禍々しいオーラが吹き抜けた。
『貴様、何をするつもりか?』
『決まっている。エルフの集落を襲ってエルフを根絶やしにしてくれる』
『愚かな、そのような暴挙を許すと思うか?』
『もはや問答は無用。我は我の信じる道を進むのみ』
『愚息めが』
長は熱い吐息を漏らした。
すでに戦闘準備は整っている。
燃え盛る闘志は吐息のみならず、全身から熱を放出し、爆発寸前のマグマのようにその瞬間を待っていた。
『親父よ、覚悟!』
言うと同時に飛び出したのは息子の方だった。
満身創痍とは思えぬスピードと圧迫感。
まるで巨大な岩石が突進してくるような錯覚を覚える。
『ぬるいわ!』
長は紙一重で避けた。
勢いに乗って通過する息子の横っ腹に前脚で一閃を加える。
鋭い前爪は皮肉を斬り裂き、真っ赤な血飛沫を舞い上がらせた。
『くっ!』
息子は反転して大きな顎で噛みつきにかかる。
しかし長は地を蹴って回避し、素早く背後に回り込んだ。
空を切った歯は一転して噛み締められ、息子は前脚で大地を掴む。
そのまま前脚を支えにした息子は背後に回り込んだ長めがけ、強烈な後ろ蹴りを放った。
『ぬぅっ‼︎』
思わぬ反撃に長は身をよじって回避した。
しかし息子は直ぐに反転し、体勢の整わぬ長めがけて強烈な頭突きを食らわせる。
横っ腹に直撃した頭突きは想像以上の衝撃だったらしく、長の表情は苦悶に変わった。
『……やりおるな』
『伊達に人間と戦っておらぬ』
『だが、一族を率いる器ではない』
『ならば、親父を倒して証明しよう』
息子は矢のように飛び出すと一直線に襲いかかった。
馬鹿正直な攻撃だが、ダメージを負った長の動きに精彩がない。
紙一重で避けたものの、先程までとは意味合いが違う。
『人間の鎧を潰しに潰して鍛え上げた頭突きだ。いかに親父だろうと容易には回復すまい!』
『ふっ、なんのこれしき』
強がっては見たもののダメージは思いのほか重かった。
首輪の回復効果もあって徐々にだが和らいではいるものの、もう一撃食らえば致命的になりかねない。
『人間との戦いがここまで成長させておろうとはな』
息子の成長に親として嬉しくもありながら、一族を守るため殺さねばならない悲しさ。
長は戦いの中で葛藤を交えながら相対する息子に立ち向かった。
『ぬぅおりゃっ!』
長は凄まじいスピードで残像を残した。
その数4体。
分身の術のように。
『子供騙しを!』
分身で撹乱された息子は一瞬躊躇した。
どれが本体か?
見定めるための刹那。
その意識の隙に長は付け込んだ。
『もらったぞ!』
声がした方角に息子は驚愕した。
前後左右からではない。
上だ。
そう思った瞬間、長の牙は息子の首筋に深く食い込んだ。
『ぬがあぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁっ‼︎』
首筋に牙を突き立てられた息子は絶叫を上げて首を振り回した。
長の身体は宙に投げ出され、大きく弧を描いて地面に叩きつけられる。
しかし老練の手腕を発揮する長は直撃の瞬間に身を捻って着地した。
振り回すたびに牙は首筋に食い込み、ダメージを一層悪化させていく。
これで決まりか。
そう思った瞬間だった。
息子は地を蹴って大きく跳躍すると、そのまま頭から長もろとも地面に直下した。
『な、なんだと……』
思いがけぬ息子の自爆行為に長は全身を打ちつけ、脳震盪を起こしてしまった。
食らいついた首筋からは牙が抜け、鮮血を流しながら息子が立ち上がる。
息子は頭から落ちながらも意識を保ち、十分に先頭ができる状態を維持していた。
『驚いたな……まさか、これほどとは』
『これも人間との戦いで培った賜物。親父よ、観念せよ』
『もはや、これまでか……』
脳震盪で身体の自由がままならない。
長はなす術なしと覚悟を決めた。
『武士の情けだ。楽に逝かれよ』
息子は右前脚を上げると力を溜めた。
筋肉が膨張して一回り大きくなり、ボロボロの爪に鋭利さが宿る。
一撃で頭蓋を砕き、即死させる狙いだ。
『さらば、親父!』
掲げた右前脚が勢いよく振り下ろされた。
衝撃音が鳴り響き、土煙が舞い上がる。
固い大地が穿たれて陥没し、そこには大きな窪みだけが作られていた。
『馬鹿な⁉︎これはいったい』
殺ったはずの長の姿が無くなっていた。
辺りを見回しても影形すら見当たらない。
いや、居た。
息子の背後に人影が2つ。
そこに気を失った長の姿もあった。
『貴様ら、何者だ?』
凄味を効かせて振り返る息子に、俺は。
「シザーウルフをエルフの集落に移住させた張本人、って言えばいいかな」
わざと神経を逆撫でする言い方をした。
案の定、長の息子は俺に対して異常な憎悪を向けてくる。
『人間よ、貴様の差し金だという根拠はあるか?』
低く唸りながら問うた。
今にも噛みつきそうな勢いだ。
「それは俺が保障しよう。エルフの名にかけて。確かにシザーウルフの移住を提案したのはここに居るホランドだ」
『おのれエルフめが!人間などに肩入れしおって!』
「提案を受け入れたのはシザーウルフの長だ。ところで貴様に問う。エルフの姫を襲ったのはお前か?」
『エルフの姫?……ああ、確かに襲った。我の部下がそう言っておったわ。悔しくもエルフに殺られたがな』
「エルフに?……ああ、なるほど。あいつらがそうだったのか」
フェイムの物言いに逆立った耳がピクリと動く。
『もしや、貴様が部下を殺したエルフか?』
「そうだ、確か一頭取り逃がしたはずだが」
『最後の部下は人間に殺された。我が最後の一人。部下の無念、ここで晴らしてくれん』
フェイムを標的に据えた長の息子は牙をギラつかせて低く唸った。
俺は気を失ったままの長をフェイムに託すと。
「悪いけど、相手は俺が務めるよ。殺すのは簡単だが、長の気持ちを考えるとそうもいかないだろうし」
『愚か者め。人間など我の一撃で粉微塵ぞ』
「じゃあ、一撃で粉微塵にできなかったら?」
『フハハハハッ!あり得ぬ。万が一にもできぬ場合は何でも言うことを聞いてやろう』
長の息子は馬鹿馬鹿しいと嘲笑した。
「その言葉、忘れるなよ」
俺は笑みを浮かべると長の息子に近付き、目の前に仁王立ちした。
流石に驚いた長の息子は正気を疑っている。
しかし自信満々の態度がしゃくに触ったらしく、長を仕留めた時と同様に右前脚を上げて力を溜めた。
「すごい迫力」
野生の熊すら可愛く思える圧迫感だ。
獲物を捉えて逃がさない狩人の視線。
右前脚に宿る力は慈悲の欠片もない狂気を漂わせている。
振り下ろせば固い大地を穿つ破壊力がある。
人間ごときの耐久力で堪えられる代物ではない。
『己の愚かさを悔いて死ね!』
勢いよく右前脚が振り下ろされた。
俺の左肩から右脇腹に渡って薙ぎ払われる。
ズシンとする衝撃が左肩に走った瞬間、爆発したように土煙が舞い上がった。
「ホランド!」
直撃を目の当たりにしたフェイムが叫んだ。
てっきり寸前で避けると思っていたからだ。
岩をも砕く一撃に最悪の事態が脳裏をよぎる。
『ば、馬鹿な……』
長の息子は驚愕で眼を見開いた。
凄まじい一撃は直撃したものの左肩を殴打しただけで止まっていた。
舞い上がった土煙は一撃の風圧の凄まじさを物語り、大地に走った亀裂は衝撃の重さを物語っている。
その上で、ノーダメージをアピールするかのごとく平然としている俺に、長の息子のみならずフェイムまでもが仰天した。
バケモノステータス様様だなと思いながら笑みを浮かべる。
すると明白な実力の差に観念したのか、長の息子は右前脚を収めるとガックリとうなだれた。
『もはやこれまで。我の闘志もここに潰えた』
早く殺せと言わんばかりに無防備な状態だ。
憎みに憎んだ人間に渾身の一撃を真正面から受け止められ、さすがに闘志を失ったのだろう。
「もう十分に戦っただろう。矛を収めて群れに戻る気はないのか?」
『愚かな。一度群れを離れたら二度と戻れぬが道理。ましてや矛を収めるなど、どうしてできよう』
「人間に殺されるまで戦うつもりか?」
『無論のこと。だが、今更であろう。さあ、殺せ』
「俺を倒して生き延びる選択肢もあるぞ」
『……無理だな。我も魔獣の端くれ。強者を図る物差しくらいはある。
口惜しいが、お前には歯が立たぬ。幾度立ち向かおうと勝てはしまい。
無様に足掻くくらいなら潔く死を選ぼう。例えそれが嫌悪する人間の手であろうとな』
シザーウルフの誇りか。
なんとも難儀なことだ。
どうして自尊心の高い輩はこうなのだろう。
もっと柔軟な思考を持てばいいのに。
そんな不満を抱いていると。
『愚か者め……まだわからぬか?』
長が目覚めて叱責した。
まだ脳の回復までかかるらしく、フェイムに支えられて辛うじて立っている。
『誇りを失った親父に何がわかる!』
『誇りか……確かに誇りは大事だろう。我等が祖先も誇りを大事にし、高潔に生きてこられた。
次代の我等が誇りを失えば伝統は潰え、後進に悪影響を及ぼすやもしれん』
『だったら何故に誇りを捨てた!』
『捨てておらぬ!』
断じた物言いに息子は圧倒された。
返す言葉を飲み込み、自然と長の言葉に耳を傾ける。
『貴様の言う誇りは強さを誇示する蛮勇に過ぎん!シザーウルフは強き魔獣。
されど人間に蹂躙され、同胞が討ち取られ、住処を奪われた。
辱めを受け、誇りを傷つけられたと思っても仕方はない。
だが、撤退を余儀なくされたのは弱いからではない。
物量に勝る人間の脅威から一族を守るため、種族を絶やさぬため、あえて撤退を選んだのだ。
一度辱めを受けたとはいえ、それだけでシザーウルフの誇りが失われるものではない。
次代を育み、種を維持し、誇りを継承することこそが重要ぞ』
『そのためにエルフに媚びるは恥辱!』
『媚びてなどおらぬ!信じるに値するがゆえに身を寄せたまで。その証拠がホランド殿に刻まれておるわ!』
はい?
いきなり振られて驚く俺。
『刻まれているだと?』
訝しげに俺を見る長の息子。
何をするのかと思えば俺の身体に鼻を近づけ、確かめるように匂いを嗅ぎ始めた。
「え?え?いったいなにを?」
『ホランド殿、しばしそのままで』
長に促されて固まる俺。
執拗に匂いを嗅ぐ長の息子だったが、ようやく納得したらしく鼻先を離した。
それから神妙な面持ちで下を向いている。
『無防備な幼子の匂い。いや、しかし……』
なにやらブツブツと呟いている。
小声なので聞き取れないが、長は聞き取れているのだろう。
表情に余裕が窺える。
『どうだ、嘘偽りではなかろう?媚びへつらい従っておるならば、幼子は怯え、不安を募らせるが道理。ホランド殿から、それを感じたか』
『くっ……だが、何故だ。エルフの姫を襲ったのは我等とはいえ同胞のシザーウルフ。なぜエルフは恨まず、受け入れたのか』
「それは長殿と真正面から話をしたからだ。よくよく考えてもみろ。俺やホランドがお前となぜ話せるかを」
『言われてみれば、確かに』
激しい憤りで当然の疑問が抜け落ちていた長の息子は今更ながら疑問を口にした。
種明かしは毎度の事ながらスキルの説明から行い、納得してもらった。
まあ、実際に話しているのだから信じるも信じないもないのだが。
『わかったか。意思の疎通さえできれば人間だろうとエルフだろうと関係ないのだ。もちろん話の通じぬ輩は居ろうが、少なくともホランド殿とフェイム殿は信頼に値する』
『そうか……親父殿はわだかまりを克服して一族の繁栄を選ばれたのだな。それに対して我は、多くの同胞を死に追いやってしまった』
犯した愚行を思い知り自責の念に打ちひしがれる長の息子。
もはや死んで償うしかないと俺にとどめを懇願する。
『頼む、武士の情けだ。ホランド殿。我を殺してくれ!』
「そんな、もう一度群れに戻ることはできないの?」
俺の求めに長は首を左右に振った。
『一度でも群れを離れたものは二度と戻れませぬ。それが自然の掟。たとえ息子であろうと例外ではありませぬ』
『いずれにせよ、この身体では長くは保ちますまい。エルフの集落を襲い、果てる覚悟でした。いまさら命に未練はありませぬ』
「そうはいっても」
ほとほと困り果てた俺はどうにかならないものかと頭を掻いた。
できれば親子共々に暮らしてほしいが、群れに戻れなければ現実不可能だ。
仮に命を救えても単独では色々と難があるだろうし。
どうしたものかと悩んでいると、ふと1つのアイデアが浮かんだ。
「そういえばさっきの賭けを覚えてる?一撃に耐えたらなんでも言うことを聞くってやつ」
『それは、覚えている。我に出来ることなら従おう』
「じゃあ決まりだ。俺の従魔になれ」
「「「えぇぇぇぇえぇええぇえええぇぇぇぇぇぇっっっ‼︎」」」
思いがけぬ提案に場にいた全員が驚きの声を上げた。
『ホランド殿!それは本気か?』
動揺を隠せない長が信じられない様子で問う。
賛成でも反対でもなく、ただただ驚きに身を震わせながら。
「もちろん」
「おいおい、いまだかつてシザーウルフを従魔にした話なんて聞いたことがないぞ」
「だったら初の事例だな。まあ、従魔になる事を受け入れればの話だけど」
長の息子の返答を待つ。
息子は一瞬だけ葛藤の色を窺わせたが、すぐに小さく笑って払拭すると。
『武士に二言はない。約束だ、従魔になろう』
「決まりだな」
俺はしてやったりと微笑した。
これで殺す必要は無いばかりか、俺の従魔としてエルフの集落に連れて行くことができる。
ジーモフ最長老が癇癪を起こしそうだが、そこはフェイムになんとかしてもらおう。
俺はフルポーションで長の息子を回復させると、2人と2頭でエルフの集落に戻って行った。
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