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第5章

第12話 お前が王都に留まるってなら

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 アルデオレがティスリに、みんながティスリの慰労会をやりたがっていると伝えると、ティスリが希望した店は、気楽に入れそうな市中の酒場だった。

 まぁ確かに、ここ連日、格式張った式典が続いたからな。街中の酒場のほうが嬉しいのだろう──が、ラーフルが大反対したので、酒場といっても個室のあるそれなりの店に落ち着いた。

 さらにはそのラーフルが、門番兵よろしく直立不動で突っ立っているので、ティスリが声を掛ける。

「ラーフルも座ってください。今はお忍びなのですから」

「しかし……」

「ではもう命令です。座って気楽にしてなさい。いいですね?」

「了解しました……」

 と、そんなやりとりでようやくラーフルも着席して、円卓には、オレたち村の連中と、ティスリ達王侯貴族が同じ食卓に着いた。

 ああいう式典後にこんな光景を見ると、平民と貴族と、さらには王族まで一緒に食卓を囲むなんて、なんだか不思議な気がしてくるなぁ。

 こういうのも、ティスリの気質ならではなんだろうけど。

 そんなティスリはワイングラス(中身は葡萄ジュース)を手にしながら口を開いた。

「今日は、わたしのために慰労会まで開いて頂き、本当にありがとうございます」

 するとすかさずユイナスがいった。

「ふん! 別にあんたのためなんかじゃないわよ! お兄ちゃんがやるっていってるから仕方なくだからね!」

 妹よ……その物言いだと、まるで率先して慰労会をしたがっているようにも聞こえるぞ? まぁユイナスのことだからそういう意図はまるでないだろうが。

 ティスリはそんなユイナスに苦笑を向け、しかしめげることなく「それでは、両国の発展を願って……乾杯」と宣言して慰労会が始まる。

 そんな挨拶を聞いて、リリィが苦々しくつぶやいた。

「両国ですか……まったくあの連中は……お姉様に受けたご恩も忘れて、本当に憎たらしい……」

 四大貴族が興した国──ザルガトス四公領国よんこうりょうこくを思い出したのか、リリィがまた文句を漏らす。協議会からこっち、リリィはずっとああなのだ。

 そんなリリィにティスリが聞いた。

「そう言えばあなたの家は、どうして独立に賛同しなかったのですか?」

「何をおっしゃいますのお姉様! 忠義の化身たるテレジア家がお姉様を裏切るわけないじゃないですか! お姉様のあるところ、すなわちテレジア家があるところなのですよ!?」

 ヒートアップするリリィからティスリは視線を外すとラーフルを見た。するとそれだけで、ティスリの意図を汲み取ったラーフルが答えた。

「テレジア家の家長様は、その……子煩悩ですから。独立に加担でもしようものなら、リリィ様からどれほどの不興を買うか、分かったものではありませんし」

「ああ……なるほど」

 いや子煩悩って……政治判断をそんなことで決めてもいいのだろうか? 結果的に、ティスリ側に付くのは正解だと思うけども。

「ということは……リリィにも助けられたということになりますね」

「お、お姉様!!」

 珍しくティスリがリリィを褒めて、リリィが感極まって涙目になる。

「そんなもったいなきお言葉! わたしは何もしておりませんわ!」

「ええ。確かにあなたは特に何もしていませんが、そのストーカー気質も時には役立つのだなと驚いただけです」

「持ち上げてから突き落とす! さすがはお姉様ですわ!?」

 ま、まぁ……リリィ本人が喜んでいるならいいか……

 そんな感じでたわいない雑談が進んでいく。

 そして前菜を食べ終えたところで、ティスリが、ちらりちらりとこちらに視線を向けてくることに気づいた──ユイナスが。

「ちょっとティスリ! さっきからなんなの!? そのウザい視線は!」

「えっ!? い、いやあの、ウザい視線とは……?」

「さっきからお兄ちゃんを盗み見てるでしょ!」

「そ、そんなことはありませんが……」

 などと言いながらも、ちょっと上目遣いでこちらを見てくるティスリに、オレは思わずドキリとする。

「お兄ちゃんもなんなの!? あんな女と見つめ合うくらいなら──」

「べべべ、別に見つめ合ってないが!?」

「見つめ合ってたでしょ! そういうのはわたしとだけやればいいの!」

 そういってユイナスが顔を近づけてくるものだから、鬱陶しくなったオレは、ユイナスのおでこを押して引き離した。

「はいはい分かった。そもそも談笑の場なんだから誰を見ようと勝手だろーが」

「でも!」

「いいからお前はちょっと黙ってろ──で、ティスリ、何か聞きたい事でもあるのか?」

 オレは、なんとかユイナスをなだめると、改めてティスリを見た。

 するとティスリは、なぜかソワソワと視線を泳がせている。ユイナスの文句なんて、そこまで気にする必要ないと思うのだが……

 オレが不思議に思っていると、ティスリがソワソワした感じのまま言ってくる。

「これまで忙しくて聞けていませんでしたが、その……王都観光はどうでしたか……?」

 そしてティスリは、どういうわけかミアのほうを見た。

 ミアも、その視線の意味を図りかねたのか、少しだけ小首を傾げている。

 だからオレは改めて聞いた。

「王都観光って、協議会当日の?」

「え、ええ……そうです」

 ああ、そう言えば、あのときのオレは護衛も兼ねてたんだっけな。その報告をしていなかったことを思い出す。

「特に敵襲もなかったし、怪しい人影もなかったぜ」

「い、いえ……そういうことではなく……」

「……? じゃあどういうことなんだ?」

 ますます意味が分からずオレが眉をひそめると、ティスリはなぜか語気を強めた。

「と、とにかく! 当日は、みんなで街を回ったんですね!?」

「え、ああ。そうだけど──」

「誰かとはぐれたりとか、誰かと二人っきりになったとかはしていないのですね!?」

「ああ、そういうことか」

 おそらくティスリは、一時的にでも誰かが連れ去られてしまい、そこで脅迫か何かを受けてやしないか……などを心配しているのだろう。たぶん。

 それならそうと言ってくれればいいのに、なんだって、こんな回りくどい質問をしたんだろ?

「もちろん、誰一人はぐれていないし、みんなずっと一緒だったぜ。なぁミア」

 とりあえずミアに話を振ってみると、ミアも頷いてくれる。

「うん、そうだね……」

「だからティスリ、誘拐とか脅迫とか、そういう心配はないから安心しろって」

(……ティスリさんの心配は、そーゆーことじゃないと思うけど……)

「ん? ミア、何か言ったか?」

「ううん、別に。なんでもない」

 あれ……? なんでかミアが不機嫌になってない……?

 その反対に、ティスリはどうしてかホッとした感じになっているし……

 いったいどういう心境なのかよく分からないが、まぁ……襲撃の気配もなかったということで安心したのだろう。ミアが不機嫌なのはちょっとよく分からないけれども。

 だがさすがのオレも、こういう雰囲気を深掘りすると藪蛇になりかねないことはすでに学習済みだ。オレだって成長するのだ!

 だからオレは話題を逸らすことにした。

「それでティスリ、今後はどうするんだ?」

「そうですね……しばらくは様子見といったところですが……」

 ティスリは目を伏せて、いっとき考えてから答えてきた。

「独立した貴族が、あまりに酷い政策をするようならば介入しなければなりませんが、現時点での経済や情勢は安定しています。急な方針転換はしないと思いたいですね……」

「ふむ、なるほどな……」

 聞いてみたはいいものの、オレは、それ以上に小難しい話を膨らませることは出来なかった!

 だから内心、またぞろ妙な話の展開にならないかヒヤヒヤしていたのだが、ティスリがオレに質問してくれたおかげで事なきを得た。

「アルデの方は……今後、どうするつもりですか?」

「どう、とは?」

「わたしはまだ当分、王都に留まらなければならないでしょう。情報がもっとも集まるのがこの王都ですので。こんなことなら、情報相互換通信網の整備を急げばよかったのですが、今はまだ使えませんし……」

「じょうほう……なんだって?」

「いえ、こちらの話です。いずれにしてもわたしは、王都に留まる必要があるのですが、アルデの村は独立側ですよね。もし心配なら──」

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

 と、そこでユイナスがティスリの話を遮って、オレに耳打ちしてくる。

「ティスリは案に『お前はクビだ』といってるんだよ」

「えっ!? なんで!?」

「ちちち、違いますよユイナスさん!?」

 どうやらユイナスの声はティスリにも聞こえたらしく、ティスリは大慌てで首を横に振った。

「わたしは、もし地元の事が心配ならしばらく村に帰るのも──」

「お兄ちゃん、やっぱり『お前は村に帰れ』って言ってるわよ?」

「だから違いますってば!?」

「分かった分かった、さすがにオレも、ユイナスの言うことは信じてないから」

 オレがそういうと、ティスリはほっとして、逆にユイナスはむくれていたが、あからさまに嘘を吹聴するユイナスのほうが悪いんだからオレは放っておく。

 まったく……ティスリのおかげで実家の暮らしはよくなったってのに、コイツは本当に恩義も何も感じていないなぁ……

 オレはそんなことを考えながらティスリに告げる。

「お前が王都に留まるってなら、オレも王都にいるに決まってるだろ」

「えっ……」

「なんでそんな意外そうな顔してんだ? 側近だったり護衛だったり従者だったり……まぁなんの役目なのかはいまいち定まってないけど当然だろ」

「そ、そうですか……」

 どういうわけか、さっきからティスリはチラチラとミアを見ている。そのミアは、相変わらずちょっと面白くなさそうというか、気落ちしているというかだが……ユイナスと違って口を挟んではこない。

 でもやっぱり……深掘りはやめておこう。ここで何かミアに声を掛けたら………………ぜったいにティスリが不機嫌になる!

 なんでかは分からないが、オレにはその核心があるのだ!

 というわけでオレは目前の落とし穴を見事回避して、内心で自画自賛していると……またもやユイナスが思いも寄らないことをいってくる。

「ま、そうなるわよね。お兄ちゃんのことだから、そういうと思ったわ」

「ん? なんだ分かってたのかよ。っていうか、お前はもうすぐ学校が始まるだろ? 王都観光もそろそろ切り上げて──」

「何言ってるのよお兄ちゃん。お兄ちゃんが王都に残るというのなら、わたしだって残るに決まってるじゃない」

 ユイナスがそんなことを言ってくるものだから、オレは素っ頓狂な声を上げるしかないのだった。
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