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第4章
番外編6 ティスリと喧嘩
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屋台料理で食事を済ませたアルデ達だったが、花火までにはまだ時間があったので、盆踊りという民族舞踊を一通り鑑賞した後、ゲームやクジの屋台を冷やかすことにした。
「これはどういうゲームですか?」
輪投げ屋に目を留めたティスリは、オレに聞いてくる。どうやら、食べ物以外の屋台は調べていなかったようだ。
「これは、向こうに並んでいる景品に向かって、あの輪っかを投げるゲームだよ。輪っかをくぐれば景品がもらえるってわけ」
「なるほど。こういう競技もあるのですね」
「競技というよりお遊びって感じだが……やってみるか?」
輪投げ屋は盛況で、子共は元よりカップルも楽しんでいたから、オレ達がやっても不自然じゃないだろう。
「そうですね……何事も経験ですからやってみましょうか」
ということでオレ達全員で輪投げを始める。
「おぉ……? これ、けっこう難しいな」
オレが輪投げを投げてみると、意図しない方向にすっ飛んでいった。そんなオレに、ミアが意外そうに言ってくる。
「あれ? アルデがこういうのを外すなんて意外だね」
「オレ、飛び道具は苦手なんだよな。狩猟とかでも、もっぱら接近戦で狩ってたし」
「そうだったんだ……っていうか、狩猟で接近戦なんて危険だからやめなよ……」
「でもそっちのほうがラクなんだよ」
などと話していたら、ユイナスがオレとミアの間に割って入ってきた。
「お兄ちゃんは、常に接近していたほうがいいってことだよね!」
「いや今は暑いから接近すんな」
「なんでよ!? 涼しい浴衣なんだからいいじゃない!」
「その通気性が台無しだろ、いいから離れろって」
そう言いながらユイナスを引き離していると、ティスリが独り言をいっていた。
「ふむ、なるほど……この輪っか、思いのほか軽いことが、この競技を難しくしているということですか。かすかな空気の流れに影響を受けてしまいますね」
どうやらティスリも、一投目は大きく外したようだ。っていうか、たかが輪投げでそんな真剣に考え込まなくてもいいと思うが。
そのティスリは数秒ほど黙考して、なんどか輪投げのスイング練習をしたのちに、二投目を放り投げた。
「おっ。今度は見事に景品をくぐったな」
「ええ、空気抵抗を考慮に入れたのがよかったようです」
なんか大げさなことをいうティスリだったが──
──その言葉は大げさでも何でもなく、本当に、空気抵抗を考えて投げていることをオレ達は見せつけられる。
なぜならば二投目以降、ティスリはすべての景品を命中させたのだ。
「す、すげぇ……!」
それを見ていたナーヴィンが簡単の声を漏らす。そしてリリィのほうはなぜか誇らしげだった。
「ふふん! お姉様なら当然ですわ!」
もちろん、周囲の客も目を丸くしていたのは言うまでもない。
そして店主さんは、朗らかに笑っていた。
「いやぁ! お嬢ちゃんすげぇな! 完敗だぜ完敗!」
そう言いながら、景品の駄菓子なんかを手渡してくる。
ティスリは礼を言って景品を受け取ったが、駄菓子をもらっても手荷物になるだけだし、だからか近くにいた子供達にあげていた。子供達は大喜びで「お姉ちゃん、ありがとう!」と言ってから去って行く。
おお……ティスリが子供と絡んでるなんて初めて見たかも。なんか新鮮だ。ああしていれば、優しいお姉さんにしか見えないなぁ。
「なんですかアルデ。ぽかんとして」
「え、いやいや、なんでもないぞ?」
そんなことをティスリに言ったら、またぞろ不機嫌になりかねないのでオレは黙っていたが。
輪投げ屋を後にしてからも、いくつかの屋台を覗いていると、ティスリがふと足を止める。
「アルデ……あれはクジ引きの屋台ですか?」
「ん? ああ。あれは千本引きといって、たくさんの紐から一本を選んで引いて、持ち上がった景品をもらうという遊びだよ……ってか、景品がずいぶんと豪華だな」
鉄格子のごっつい箱に守られた景品は、駄菓子に混じって大人が欲しがるようなものが入っていた。値打ちのありそうな装飾品や反物、さらには宝石類まで吊されている……ってか現金まで入ってるじゃないか!
あれは屋台の域を超えてるだろ? どうりで子供より大人が群がっているわけだ。
オレと同じ感想だったのか、ナーヴィンもぼやいた。
「ずいぶんと阿漕な商売やってんな。あれ、本当に当たるのか?」
そんなナーヴィンに、近くにいた客が言ってくる。
「いやそれが、さっき大当たりが出たんだよ。現金を引き当ててな。オレもこの目で見た」
「え、まぢか? だったら運試しで一回やってみるのもありか……」
乗り気になってしまうナーヴィンは放っておくとして、オレはティスリに聞いた。
「どうする? 気になるのならちょっと見ていくか?」
「ええ、そうしましょう」
そうしてオレ達は、千本引き屋の前にやってくる。
すると、なんか柄の悪そうな店主が色めき立った。
「おお! べっぴん揃いじゃねーか! どうだい嬢ちゃんたち、サービスしとくから一回やってけよ!」
しかしティスリは、その店主にはなんの反応もせず、千本引きの紐をじーっと見つめている。
そんな態度が気に障ったのか、店主がムッとしながら言ってきた。
「なんだ無視かよ。冷やかしなら帰れ」
そんな店主を、ティスリがジロリと睨んだ。
「店主」
「なんだよ?」
「なぜ、高額景品と紐が繋がっていないのです?」
「はぁ!?」
いきなり難癖を付けられた店主は──いやまぁティスリがそう言っているということは難癖ではないわけだが、店主にとってはそう聞こえたのだろう。
だから店主が、凄みを利かせた感じで言ってきた。
「てめぇ! オレのしのぎに文句を付けるつもりか!?」
「文句ではなく事実を言っているのです」
「はっ! 証拠も無しに事実と言われてもなぁ!」
そうして店主が手招きする仕草をしてみれば、店の裏から、さも柄の悪そうな連中が五人ほど現れた。
もちろん、屋台の前にいた客は一目散に逃げていく。
「おい嬢ちゃん、どうしてくれるんだ。客がいなくなったじゃねーか!」
「お客さんがいなくなったのは、柄の悪いお仲間をあなたが呼んだからでしょう?」
「あーあーあー、知らねぇな! 営業妨害もいいところだ! この落とし前はキッチリ付けてもらおうじゃねぇか! その体でな!」
と言うが否や、聞く耳を持たずに周囲の男達が殴りかかってきたので──
──とりあえずオレは、五人のみぞおちにグーパンして寝かせた。
「………………は?」
目を丸くする店主。
そんな店主を見ながら、オレはティスリに聞いた。
「店主も寝かせとくか?」
「そうですね……」
思案顔になるティスリに、店主が悲鳴じみた声を上げる。
「ま、待て待て待て!? テメエら、いったい誰に手を上げたのか分かっているのか!?」
「知るわけないでしょう?」
「オレは、長年この島を拠点とするカポーネ組の一員だぞ!?」
「だから知りませんてば」
そうしてティスリは、ちょっと呪文を唱えたかと思ったら、千本引きの鉄格子箱がバラバラに解体されて、その廃材が宙に浮かんだ。
「な、なんだ!?」
物が空中に浮かぶなどという超常現象なんて、庶民というかヤクザだって見たこともないだろうから、店主が度肝を抜かれて尻もちを付く。
「ほら。やっぱりクジが繋がっていないじゃないですか」
そうして空中に広げられた紐は、どれも駄菓子に繋がっているばかりで、高額景品には繋がっていなかった。
「さきほど当たったという話も、どうせサクラだったのでしょう」
なるほどな。定期的にサクラが高額景品を引き当てることで、客には本当にアタリが出ると錯覚させるわけか。まったく姑息な真似を……
しかしぜんぜん懲りない店主は、尻もちを付きながらもさらに凄みを利かせる。
「テメェの顔は覚えたからな! 枕を高くして寝られると思うなよ!?」
ああもう……ティスリ相手になんてことを……
オレは、もはや店主の身を案じてヒヤヒヤしだす。
あともちろん、オレ達の誰一人として、店主の凄みにビビる様子はない。
ユイナスはさっきから「さすがお兄ちゃん!」などと言ってオレに絡みついてきてるし、ミアは静観しているが怖がっている様子はない。
あとナーヴィンはうっとりとした感じでティスリを見つめていて「ティスリさんすげぇ! 悪事を許さないその気構え、ステキです!」と褒め称えていた。
そしてリリィはというと、呆れた様子でティスリに言った。
「さて……このあとどうしましょうか、お姉様。このナントカという犯罪組織ごと検挙しますか?」
「そういったことは、この地の領主に任せるとしましょう」
「ではこの男は?」
「そうですね……」
そうしてティスリは、店主を見下ろす。
ここにきて店主はようやく、ティスリの底知れぬ何かを感じ取ったのか真っ青になる。
たぶんだが、ティスリの目元は陰に隠れ、さらにはその背景に『ズゴゴゴゴ……!』という音まで見えているに違いない。
可哀想に……ってかそもそも、お仲間五人を倒された時点で気づくべきだったと思うが。
「ままま、待ってくれ!」
そうして店主は血相を変えた。
「オ、オレが悪かった! さっきの話も嘘だ! おまえらを襲ったりなんてしねぇ!」
「そこは別に気にしていません。返り討ちにすればいいだけですから」
「返り討ち!?」
そうしてティスリは、無詠唱で何かの魔法を発現させる。
ぼん!
すると店主の真横に、大穴が空いた。
「………………!!」
そして店主の口も大穴が空いた、かのように開かれる。
「わたしは魔法士ですから、あなた方が何人来ようとも問題にもなりません。ですので襲撃したいのならどうぞご自由に」
ティスリがそんなことを言っていたら、人混みを掻き分けて、数人の憲兵隊がやってきた。どうやら見物客の誰かが知らせてくれたようだ。
「これはいったいなんの騒ぎ──!?」
やってきた憲兵隊に向かって、リリィが自分ちの紋章を見せつける。どこの家なのかまでは分からなかったとしても、紋章を持つ者が貴族であることは分かる。
憲兵隊達は、リリィに向かって一斉に片膝を付いて最敬礼をした。
「わたしはリリィ・テレジア。今日はお忍びで、平民の祭りというものを視察していたのですが、そこの屋台が不正をしていたので注意したのですわ」
リリィに指を指された店主は「え、え……?」と呆けた顔をするばかり。
「あとの対応はあなた方に任せますから、今後、このようなことがないよう気をつけなさい」
すると憲兵隊は「はっ! 大変申し訳ありませんでした!!」と勢い良く答えてくる。
当然、周囲からはめちゃくちゃ注目されているが……まぁ注目されているのがティスリではなくリリィなのでよしとしよう。
同じ事を思ったのか、いつの間にかオレの隣に来ていたティスリがぽつりと言った。
「ふむ……リリィもたまには役に立ちますね」
そんなティスリに、オレは苦笑を向ける。
「なら、それをリリィに伝えてやったらどうだ?」
するとティスリは、つんっとすまし顔で答えてきた。
「イヤですよ。そんなことしたら、調子に乗るだけです」
まったく……こんなところまで素直じゃないとは。
オレが内心で肩をすくめていると、またぞろユイナスがオレ達の間に割って入ってきて「ちょっとティスリ! お兄ちゃんと何ヒソヒソ話してるのよ!?」と文句を言ってきて、ティスリをワタワタさせる──
──とまぁ、こんな感じで。
王族と貴族と平民という不思議な組み合わせでありながらも、オレ達は一緒に夏祭りを楽しむのだった。
(番外編おしまい。第5章につづく)
「これはどういうゲームですか?」
輪投げ屋に目を留めたティスリは、オレに聞いてくる。どうやら、食べ物以外の屋台は調べていなかったようだ。
「これは、向こうに並んでいる景品に向かって、あの輪っかを投げるゲームだよ。輪っかをくぐれば景品がもらえるってわけ」
「なるほど。こういう競技もあるのですね」
「競技というよりお遊びって感じだが……やってみるか?」
輪投げ屋は盛況で、子共は元よりカップルも楽しんでいたから、オレ達がやっても不自然じゃないだろう。
「そうですね……何事も経験ですからやってみましょうか」
ということでオレ達全員で輪投げを始める。
「おぉ……? これ、けっこう難しいな」
オレが輪投げを投げてみると、意図しない方向にすっ飛んでいった。そんなオレに、ミアが意外そうに言ってくる。
「あれ? アルデがこういうのを外すなんて意外だね」
「オレ、飛び道具は苦手なんだよな。狩猟とかでも、もっぱら接近戦で狩ってたし」
「そうだったんだ……っていうか、狩猟で接近戦なんて危険だからやめなよ……」
「でもそっちのほうがラクなんだよ」
などと話していたら、ユイナスがオレとミアの間に割って入ってきた。
「お兄ちゃんは、常に接近していたほうがいいってことだよね!」
「いや今は暑いから接近すんな」
「なんでよ!? 涼しい浴衣なんだからいいじゃない!」
「その通気性が台無しだろ、いいから離れろって」
そう言いながらユイナスを引き離していると、ティスリが独り言をいっていた。
「ふむ、なるほど……この輪っか、思いのほか軽いことが、この競技を難しくしているということですか。かすかな空気の流れに影響を受けてしまいますね」
どうやらティスリも、一投目は大きく外したようだ。っていうか、たかが輪投げでそんな真剣に考え込まなくてもいいと思うが。
そのティスリは数秒ほど黙考して、なんどか輪投げのスイング練習をしたのちに、二投目を放り投げた。
「おっ。今度は見事に景品をくぐったな」
「ええ、空気抵抗を考慮に入れたのがよかったようです」
なんか大げさなことをいうティスリだったが──
──その言葉は大げさでも何でもなく、本当に、空気抵抗を考えて投げていることをオレ達は見せつけられる。
なぜならば二投目以降、ティスリはすべての景品を命中させたのだ。
「す、すげぇ……!」
それを見ていたナーヴィンが簡単の声を漏らす。そしてリリィのほうはなぜか誇らしげだった。
「ふふん! お姉様なら当然ですわ!」
もちろん、周囲の客も目を丸くしていたのは言うまでもない。
そして店主さんは、朗らかに笑っていた。
「いやぁ! お嬢ちゃんすげぇな! 完敗だぜ完敗!」
そう言いながら、景品の駄菓子なんかを手渡してくる。
ティスリは礼を言って景品を受け取ったが、駄菓子をもらっても手荷物になるだけだし、だからか近くにいた子供達にあげていた。子供達は大喜びで「お姉ちゃん、ありがとう!」と言ってから去って行く。
おお……ティスリが子供と絡んでるなんて初めて見たかも。なんか新鮮だ。ああしていれば、優しいお姉さんにしか見えないなぁ。
「なんですかアルデ。ぽかんとして」
「え、いやいや、なんでもないぞ?」
そんなことをティスリに言ったら、またぞろ不機嫌になりかねないのでオレは黙っていたが。
輪投げ屋を後にしてからも、いくつかの屋台を覗いていると、ティスリがふと足を止める。
「アルデ……あれはクジ引きの屋台ですか?」
「ん? ああ。あれは千本引きといって、たくさんの紐から一本を選んで引いて、持ち上がった景品をもらうという遊びだよ……ってか、景品がずいぶんと豪華だな」
鉄格子のごっつい箱に守られた景品は、駄菓子に混じって大人が欲しがるようなものが入っていた。値打ちのありそうな装飾品や反物、さらには宝石類まで吊されている……ってか現金まで入ってるじゃないか!
あれは屋台の域を超えてるだろ? どうりで子供より大人が群がっているわけだ。
オレと同じ感想だったのか、ナーヴィンもぼやいた。
「ずいぶんと阿漕な商売やってんな。あれ、本当に当たるのか?」
そんなナーヴィンに、近くにいた客が言ってくる。
「いやそれが、さっき大当たりが出たんだよ。現金を引き当ててな。オレもこの目で見た」
「え、まぢか? だったら運試しで一回やってみるのもありか……」
乗り気になってしまうナーヴィンは放っておくとして、オレはティスリに聞いた。
「どうする? 気になるのならちょっと見ていくか?」
「ええ、そうしましょう」
そうしてオレ達は、千本引き屋の前にやってくる。
すると、なんか柄の悪そうな店主が色めき立った。
「おお! べっぴん揃いじゃねーか! どうだい嬢ちゃんたち、サービスしとくから一回やってけよ!」
しかしティスリは、その店主にはなんの反応もせず、千本引きの紐をじーっと見つめている。
そんな態度が気に障ったのか、店主がムッとしながら言ってきた。
「なんだ無視かよ。冷やかしなら帰れ」
そんな店主を、ティスリがジロリと睨んだ。
「店主」
「なんだよ?」
「なぜ、高額景品と紐が繋がっていないのです?」
「はぁ!?」
いきなり難癖を付けられた店主は──いやまぁティスリがそう言っているということは難癖ではないわけだが、店主にとってはそう聞こえたのだろう。
だから店主が、凄みを利かせた感じで言ってきた。
「てめぇ! オレのしのぎに文句を付けるつもりか!?」
「文句ではなく事実を言っているのです」
「はっ! 証拠も無しに事実と言われてもなぁ!」
そうして店主が手招きする仕草をしてみれば、店の裏から、さも柄の悪そうな連中が五人ほど現れた。
もちろん、屋台の前にいた客は一目散に逃げていく。
「おい嬢ちゃん、どうしてくれるんだ。客がいなくなったじゃねーか!」
「お客さんがいなくなったのは、柄の悪いお仲間をあなたが呼んだからでしょう?」
「あーあーあー、知らねぇな! 営業妨害もいいところだ! この落とし前はキッチリ付けてもらおうじゃねぇか! その体でな!」
と言うが否や、聞く耳を持たずに周囲の男達が殴りかかってきたので──
──とりあえずオレは、五人のみぞおちにグーパンして寝かせた。
「………………は?」
目を丸くする店主。
そんな店主を見ながら、オレはティスリに聞いた。
「店主も寝かせとくか?」
「そうですね……」
思案顔になるティスリに、店主が悲鳴じみた声を上げる。
「ま、待て待て待て!? テメエら、いったい誰に手を上げたのか分かっているのか!?」
「知るわけないでしょう?」
「オレは、長年この島を拠点とするカポーネ組の一員だぞ!?」
「だから知りませんてば」
そうしてティスリは、ちょっと呪文を唱えたかと思ったら、千本引きの鉄格子箱がバラバラに解体されて、その廃材が宙に浮かんだ。
「な、なんだ!?」
物が空中に浮かぶなどという超常現象なんて、庶民というかヤクザだって見たこともないだろうから、店主が度肝を抜かれて尻もちを付く。
「ほら。やっぱりクジが繋がっていないじゃないですか」
そうして空中に広げられた紐は、どれも駄菓子に繋がっているばかりで、高額景品には繋がっていなかった。
「さきほど当たったという話も、どうせサクラだったのでしょう」
なるほどな。定期的にサクラが高額景品を引き当てることで、客には本当にアタリが出ると錯覚させるわけか。まったく姑息な真似を……
しかしぜんぜん懲りない店主は、尻もちを付きながらもさらに凄みを利かせる。
「テメェの顔は覚えたからな! 枕を高くして寝られると思うなよ!?」
ああもう……ティスリ相手になんてことを……
オレは、もはや店主の身を案じてヒヤヒヤしだす。
あともちろん、オレ達の誰一人として、店主の凄みにビビる様子はない。
ユイナスはさっきから「さすがお兄ちゃん!」などと言ってオレに絡みついてきてるし、ミアは静観しているが怖がっている様子はない。
あとナーヴィンはうっとりとした感じでティスリを見つめていて「ティスリさんすげぇ! 悪事を許さないその気構え、ステキです!」と褒め称えていた。
そしてリリィはというと、呆れた様子でティスリに言った。
「さて……このあとどうしましょうか、お姉様。このナントカという犯罪組織ごと検挙しますか?」
「そういったことは、この地の領主に任せるとしましょう」
「ではこの男は?」
「そうですね……」
そうしてティスリは、店主を見下ろす。
ここにきて店主はようやく、ティスリの底知れぬ何かを感じ取ったのか真っ青になる。
たぶんだが、ティスリの目元は陰に隠れ、さらにはその背景に『ズゴゴゴゴ……!』という音まで見えているに違いない。
可哀想に……ってかそもそも、お仲間五人を倒された時点で気づくべきだったと思うが。
「ままま、待ってくれ!」
そうして店主は血相を変えた。
「オ、オレが悪かった! さっきの話も嘘だ! おまえらを襲ったりなんてしねぇ!」
「そこは別に気にしていません。返り討ちにすればいいだけですから」
「返り討ち!?」
そうしてティスリは、無詠唱で何かの魔法を発現させる。
ぼん!
すると店主の真横に、大穴が空いた。
「………………!!」
そして店主の口も大穴が空いた、かのように開かれる。
「わたしは魔法士ですから、あなた方が何人来ようとも問題にもなりません。ですので襲撃したいのならどうぞご自由に」
ティスリがそんなことを言っていたら、人混みを掻き分けて、数人の憲兵隊がやってきた。どうやら見物客の誰かが知らせてくれたようだ。
「これはいったいなんの騒ぎ──!?」
やってきた憲兵隊に向かって、リリィが自分ちの紋章を見せつける。どこの家なのかまでは分からなかったとしても、紋章を持つ者が貴族であることは分かる。
憲兵隊達は、リリィに向かって一斉に片膝を付いて最敬礼をした。
「わたしはリリィ・テレジア。今日はお忍びで、平民の祭りというものを視察していたのですが、そこの屋台が不正をしていたので注意したのですわ」
リリィに指を指された店主は「え、え……?」と呆けた顔をするばかり。
「あとの対応はあなた方に任せますから、今後、このようなことがないよう気をつけなさい」
すると憲兵隊は「はっ! 大変申し訳ありませんでした!!」と勢い良く答えてくる。
当然、周囲からはめちゃくちゃ注目されているが……まぁ注目されているのがティスリではなくリリィなのでよしとしよう。
同じ事を思ったのか、いつの間にかオレの隣に来ていたティスリがぽつりと言った。
「ふむ……リリィもたまには役に立ちますね」
そんなティスリに、オレは苦笑を向ける。
「なら、それをリリィに伝えてやったらどうだ?」
するとティスリは、つんっとすまし顔で答えてきた。
「イヤですよ。そんなことしたら、調子に乗るだけです」
まったく……こんなところまで素直じゃないとは。
オレが内心で肩をすくめていると、またぞろユイナスがオレ達の間に割って入ってきて「ちょっとティスリ! お兄ちゃんと何ヒソヒソ話してるのよ!?」と文句を言ってきて、ティスリをワタワタさせる──
──とまぁ、こんな感じで。
王族と貴族と平民という不思議な組み合わせでありながらも、オレ達は一緒に夏祭りを楽しむのだった。
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