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第4章
第8話 なんかそれは面倒だなぁ……
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アルデたちが天幕に入ると、その中は魔動車と同じくヒンヤリしていた。
椅子やテーブルは組み立て式のようだが、オレたちがキャンプで購入したヤツよりも重厚かつ立派だ。さらには、ちょっとした本棚に姿鏡にソファにと、結構な数の調度品がある。これらをぜんぶ運んできたってことは……引っ越し並みの移動になったろうな。
オレはそんなことを考えつつ真ん中の椅子に着席すると、両隣にティスリとユイナスがそれぞれ座る。そしてリリィと呼ばれた貴族の少女は……どうしてかティスリの隣に座った。
こういう場合、普通は正面に座るのでは? とオレが首を傾げていたら、ティスリがスッと立ち上がり、なぜか正面の席に移動する。
するとリリィも、ニコニコ笑いながらティスリの横に着席した──と思ったらまたティスリが席を立ち、何食わぬ顔でオレの隣に戻ってきた。
「おまいら……何してんの?」
意味不明なその行動にオレが呆れていると、リリィがぬぐぐ……と唸っていた。
「お、おのれ……アルデ・ラーマめ……」
しかもなぜかオレが睨まれているので、オレはちょっと引きながらも聞いてみる。
「あの……なぜオレを睨むんです?」
するとリリィはいきなりキレた。
「なぜ? なぜですって……!? それはもちろんあなたがお姉様の隣に座っているからですわよ!」
「は、はぁ……?」
「そもそもお姉様が王宮を去ったのも、わたしがこんな田舎くんだりまで来たのも、何もかもあなたが──」
わなわな震えるリリィに、ティスリが声を掛けた。
「リリィ」
するとリリィはビシィッと姿勢を正す。
「はい、なんでしょうお姉様!」
「この二人は、わたしにとって大切な方々です」
「たたた、大切!?」
「この意味、分かりますね?」
「でででですがお姉様! ユイナスはともかくこのまおと──いえアルデ・ラーマは男ですよ!?」
「それがどうかしましたか? わたしの護衛を無下に扱うというのなら──」
「無下になんて致しませんわ! 貴族相当の接遇を持って相対しますわ!」
などとリリィは言っているが、しかしその敵意は消えそうにない。それと、なんでユイナスはともかくオレはダメなんだ? 同じ平民で、しかも兄妹だってのに……これは男女差別ではなかろうか?
オレがちょっと落ち込んでいると、ティスリがため息を付いてからリリィに言った。
「それにしても……ラーフルは来るだろうと思っていましたが、まさかあなたまでとは」
「だって! 居ても経ってもいられなかったんですもの!」
「ラーフルはどうしているんですか?」
「領主代行に励んでいると思いますわ」
「そう……ここには来ていないのですね?」
「もちろんです。お姉様が与えられた使命を放棄するだなんてあり得ません」
「そうですか……それであなた、学校は?」
「いいい、いやですわねお姉様? 今は夏休みですわよ?」
「夏休みが始まってすぐ来たにしては、ずいぶんと早い到着ですね」
「ままま魔動車がありましたから! これもお姉様のおかげですワ!?」
「……ユイナスさんとの約束がありますから、帰れとはいいません。が、これでもし単位を落としたら……分かっていますね?」
「ももも、もちろんですワ!? 単位を落とすだなんて、このわたしがするはずないですワ!」
なんだか焦りまくっているリリィは、これ以上、学校の話はしたくないのかオレに話を向けてきた。
「さ、さて! 改めてではありますが、お久しぶりですわねアルデ・ラーマ!」
リリィのそんな台詞に、オレは首を傾げる。
「えっと……どこかでお会いしましたっけ?」
「お、覚えてないんですの!?」
「はぁ……すみません……」
オレが頭を下げると、リリィはイライラを募らせた表情で言ってきた。
「あなたが投獄されているときに会っているでしょう!? あと空中庭園でも!」
リリィがそう言うと、オレが何かをしゃべる前に、ユイナスが驚きの声を上げた。
「投獄!? お兄ちゃん、いったい何したの!?」
「あ、ああ……それはだな……」
王都での出来事は、今もユイナスには詳しく話していない。そもそも、なんであんなことになったのか、オレもいまいちよく分かっていないし、状況だけ説明すると、ティスリに対するユイナスの心証がさらに悪くなるだろうしで。
だからオレは辻褄合わせを試みる。
「えっとな……どうやらオレ、ティスリを誘拐したと勘違いされたようでさ……そうだよな、ティスリ」
ユイナスに嫌われたくないティスリも、すぐにオレの意図を理解した。
「え、ええ……そうなのです。王宮のほうからわたしを追放したというのに、まったく酷い話ですよね」
そうしてティスリはリリィを見た。
するとリリィは、ティスリの意図を汲んだのか頷いた。ちょっと不服そうではあったが。
「そ、その節はご迷惑をおかけ致しましたわ……まさかアルデ・ラーマが、お姉様が見込んだ護衛だとは露知らず……様々な行き違いがあって、彼を投獄してしまいましたの」
するとユイナスは、憮然としながらリリィに言った。
「勘違いで投獄するとか……あんたら貴族は、わたしたちをなんだと思ってるのよ……!」
「ぐっ……か、返す言葉もありませんですわ……」
あの件に、リリィがどれほど関わっていたのか定かではないが、すべての責任を彼女一人に押しつけるのも悪い気がするな。
だからオレは助け船を出すことにした。
「ユイナス、いずれにしても終わったことだし、あの件があったから、オレはティスリの護衛を続けられているとも言えるしな。それで給金がアップして、オレたち家族も潤ってるんだから結果オーライだろ」
「………………」
しかしユイナスは、ひっじょーに面白くなさそうな顔をする。
う、う~~~ん……?
ユイナスはいったい何が不満なんだ? 生活の質が上がっているのは事実だし、それがティスリのおかげだってのも毎回説明しているんだが……
オレが頭を悩ませていると、ユイナスは別の話を切り出してきた。
「それと、ティスリが王宮を追放されたってどういうこと? つまりティスリはもう王女じゃないの?」
そういや……なぜティスリが王宮を追放されたのか、詳しい話を聞いてなかったな。本人は平民だと言い張っているが、国の扱いとしては未だに王女のようだし。
なのでオレも気になってティスリに視線をむけると、ティスリはつまらなさそうにつぶやいた。
「わたしが王女として様々な改革をした結果、貴族に大きな不満が溜まっていたのです。だからお父──いえ陛下には、野に下れと言われました。なのでわたしは平民になったのですよ」
まぁ確かに、衛士をやっていたころ、表だっての批判こそなかったものの、ティスリに不満を持つ貴族も少なくなかったと思うが……
とはいえティスリのおかげで、この国はあらゆる面で発展したのも事実のはず。だというのに王宮追放までするものなのか?
だからオレはティスリに聞いた。
「いやけど追放までする必要なくね? ほとぼりが冷めたくらいに復職させるって手もあったんじゃ」
「………………それは……そうかもですが……」
言葉を濁すティスリを見て、オレはなんとなく察した。
「あー……お前。もしかして、本当は追放なんてされてないの、最初から分かってただろ?」
「………………」
「なのにヘソを曲げて王宮を飛び出したりとか」
するとオレは、ティスリに一瞬だけギロリと睨まれる。ユイナスの手前、おおっぴらに癇癪を起こしたりは出来ないようだが。
その代わりにティスリは、咳払いしてから弁明を始める。
「陛下の意向は、わたしには理解しかねますね。少なくともわたしは、王宮を追放されたと考えて、今ここにいるのです」
するとユイナスが難しそうな顔をリリィに向けた。
「つまり……どういうことなのよ? ティスリは王女なの、平民なの?」
「もちろん、お姉様の身分は王女ですわ。そこはまったくもって揺らぎませんよ」
するとティスリは、ちょっとふてくされたような表情をリリィに向ける。
「言っておきますが、例えわたしの身分が王女のままであろうとも、わたしは王宮に帰るつもりはありませんからね?」
「ええ、分かっておりますわ」
満面の笑顔で頷くリリィに、ティスリは怪訝な顔をする。
「分かってるって……ではあなたは、なんのためにわたしを追ってきたのです?」
「それはもちろん、いつ何時もお姉様のお側に侍るためですわ!!」
そしてリリィは拳を握りしめ、さらには立ち上がると身を乗り出してくる。
「お姉様のあるところ、そこがすなわちわたしの居場所なのですから! だからお姉様がどこにいようとも、わたしは別に構わないのです! それが王宮であろうとも農村であろうとも外国であろうとも、例え奈落の底であろうとも! わたしは常に、お姉様のお側におりましてよ!!」
「……………………」
力説するリリィに視線を向けるティスリは、心底うんざりした顔になっていた。
だがしかしリリィは、そんな、あからさま過ぎるティスリの表情をものともせず、さらに持論を展開する。
「それに、大貴族であるわたしがお側に仕えたほうが、お姉様にとっても有益だと思いますの」
「………………有益、とは?」
ティスリは、もうほんと、いっそ清々しいまでに、「あなたがわたしの側にいて有益になることなど一つもありません」と言外に語っているのだが、リリィはまったく意に介さず話を続ける。
ある意味すげぇな、このコ……
「お姉様、これまでにも、平民の身分ではご不便だったことはありませんでしたか?」
「平民の身分で……?」
「ええ、例えば領主を捉えるときなどですわ。もしお姉様が平民のまま戦っていたら、さらに大事になっていたのではないでしょうか?」
「………………」
そう指摘され、ティスリはむっつりと黙る。
確かにあのとき、ティスリが身分を明かしたのは、あれ以上の戦闘行為を防ぐためだった。そうしなければ、無理やり起動していたゴーレムが暴走しかねなかったし、さらには、混乱した観客がどうなっていたかも分からない。
群衆が一気に動けば、押し合いへし合いになって怪我人が出たり、下手をしたら死ぬことだってあるのだから。
だからティスリは、あの場を即座に収束させるため、自分が王女であると名乗りを上げたわけだ。
その結果、その場は収束したが、ティスリは早々に領都を立ち去らねばならなくなった。さらには、せっかく友達になれた(かもしれない)グレナダ姉弟ともすぐ別れる羽目になった。
別の例で言えば、ティスリの鎧を城に送るだけでも大事になった。あとオレの給金を振り込むときなんかも。
オレがそんなことを振り返っていたら、リリィは片手で自分の胸を押さえて言った。
「領主を捉えるとき、もしわたしがお側に仕えていたら、お姉様はどうなさっていましたか?」
「………………」
ティスリは黙ったままだが、しかしその答えは平民のオレでも分かる。
もしあのときリリィが側にいたら、リリィの名前で領主を捕らえることも出来ただろう。
リリィは確かテレジア家直系のはず。テレジア家は、王族ではないものの、その王族を除けば序列第一位に君臨する大貴族だ。そしてこの国には、王族は現陛下とティスリしかいない。
つまりテレジア家嫡女であるリリィに異を唱えられる人間は、陛下とティスリ以外に存在しないわけだ。
あとはまぁ、序列2位~5位くらいまでの貴族が示し合わせて反旗を翻す──なんてことでもしない限りは、テレジア家には対抗できないだろうが、そんなことはまず起こらないだろうし。
そしてそのことは、ティスリが一番よく分かっているはずだ。
つまりティスリの王族という身分は、お忍びで行動しようと思うと何かと重いのだ。
もちろん大貴族の身分も重いに変わりないが、リリィがそれを肩代わりしてくれるというのなら、ティスリにとっては悪い話ではない。
だからティスリは、長い長いため息をついてから……言った。
「分かりました……あなたがわたしの側にいることを許します」
「お、お姉様……! ありがたき幸せ──ぐへっ!」
感極まったリリィが、テーブルを飛び越えティスリに飛びつこうとしたのだが、ティスリはひらりと交わす。
だからリリィはそのまま地面にダイブして、潰れた蛙のような声を出した……痛そう。
そうしてティスリは、リリィを見下ろすとぴしゃりと言い放つ。
「ですが、むやみやたらとわたしの体に触れてはなりません!」
「そ、そんな──」
「いいですね!?」
「わ、分かりました……」
ティスリがギロリと睨むものだから、リリィは涙目になりながらも頷くしかなかったようだ。
ふむ……となると……
今後、旅に出ることになるとしたら、リリィも付いてくるということだろうか?
だとしたら……
なんかそれは面倒だなぁ……とオレもため息をつくのだった。
椅子やテーブルは組み立て式のようだが、オレたちがキャンプで購入したヤツよりも重厚かつ立派だ。さらには、ちょっとした本棚に姿鏡にソファにと、結構な数の調度品がある。これらをぜんぶ運んできたってことは……引っ越し並みの移動になったろうな。
オレはそんなことを考えつつ真ん中の椅子に着席すると、両隣にティスリとユイナスがそれぞれ座る。そしてリリィと呼ばれた貴族の少女は……どうしてかティスリの隣に座った。
こういう場合、普通は正面に座るのでは? とオレが首を傾げていたら、ティスリがスッと立ち上がり、なぜか正面の席に移動する。
するとリリィも、ニコニコ笑いながらティスリの横に着席した──と思ったらまたティスリが席を立ち、何食わぬ顔でオレの隣に戻ってきた。
「おまいら……何してんの?」
意味不明なその行動にオレが呆れていると、リリィがぬぐぐ……と唸っていた。
「お、おのれ……アルデ・ラーマめ……」
しかもなぜかオレが睨まれているので、オレはちょっと引きながらも聞いてみる。
「あの……なぜオレを睨むんです?」
するとリリィはいきなりキレた。
「なぜ? なぜですって……!? それはもちろんあなたがお姉様の隣に座っているからですわよ!」
「は、はぁ……?」
「そもそもお姉様が王宮を去ったのも、わたしがこんな田舎くんだりまで来たのも、何もかもあなたが──」
わなわな震えるリリィに、ティスリが声を掛けた。
「リリィ」
するとリリィはビシィッと姿勢を正す。
「はい、なんでしょうお姉様!」
「この二人は、わたしにとって大切な方々です」
「たたた、大切!?」
「この意味、分かりますね?」
「でででですがお姉様! ユイナスはともかくこのまおと──いえアルデ・ラーマは男ですよ!?」
「それがどうかしましたか? わたしの護衛を無下に扱うというのなら──」
「無下になんて致しませんわ! 貴族相当の接遇を持って相対しますわ!」
などとリリィは言っているが、しかしその敵意は消えそうにない。それと、なんでユイナスはともかくオレはダメなんだ? 同じ平民で、しかも兄妹だってのに……これは男女差別ではなかろうか?
オレがちょっと落ち込んでいると、ティスリがため息を付いてからリリィに言った。
「それにしても……ラーフルは来るだろうと思っていましたが、まさかあなたまでとは」
「だって! 居ても経ってもいられなかったんですもの!」
「ラーフルはどうしているんですか?」
「領主代行に励んでいると思いますわ」
「そう……ここには来ていないのですね?」
「もちろんです。お姉様が与えられた使命を放棄するだなんてあり得ません」
「そうですか……それであなた、学校は?」
「いいい、いやですわねお姉様? 今は夏休みですわよ?」
「夏休みが始まってすぐ来たにしては、ずいぶんと早い到着ですね」
「ままま魔動車がありましたから! これもお姉様のおかげですワ!?」
「……ユイナスさんとの約束がありますから、帰れとはいいません。が、これでもし単位を落としたら……分かっていますね?」
「ももも、もちろんですワ!? 単位を落とすだなんて、このわたしがするはずないですワ!」
なんだか焦りまくっているリリィは、これ以上、学校の話はしたくないのかオレに話を向けてきた。
「さ、さて! 改めてではありますが、お久しぶりですわねアルデ・ラーマ!」
リリィのそんな台詞に、オレは首を傾げる。
「えっと……どこかでお会いしましたっけ?」
「お、覚えてないんですの!?」
「はぁ……すみません……」
オレが頭を下げると、リリィはイライラを募らせた表情で言ってきた。
「あなたが投獄されているときに会っているでしょう!? あと空中庭園でも!」
リリィがそう言うと、オレが何かをしゃべる前に、ユイナスが驚きの声を上げた。
「投獄!? お兄ちゃん、いったい何したの!?」
「あ、ああ……それはだな……」
王都での出来事は、今もユイナスには詳しく話していない。そもそも、なんであんなことになったのか、オレもいまいちよく分かっていないし、状況だけ説明すると、ティスリに対するユイナスの心証がさらに悪くなるだろうしで。
だからオレは辻褄合わせを試みる。
「えっとな……どうやらオレ、ティスリを誘拐したと勘違いされたようでさ……そうだよな、ティスリ」
ユイナスに嫌われたくないティスリも、すぐにオレの意図を理解した。
「え、ええ……そうなのです。王宮のほうからわたしを追放したというのに、まったく酷い話ですよね」
そうしてティスリはリリィを見た。
するとリリィは、ティスリの意図を汲んだのか頷いた。ちょっと不服そうではあったが。
「そ、その節はご迷惑をおかけ致しましたわ……まさかアルデ・ラーマが、お姉様が見込んだ護衛だとは露知らず……様々な行き違いがあって、彼を投獄してしまいましたの」
するとユイナスは、憮然としながらリリィに言った。
「勘違いで投獄するとか……あんたら貴族は、わたしたちをなんだと思ってるのよ……!」
「ぐっ……か、返す言葉もありませんですわ……」
あの件に、リリィがどれほど関わっていたのか定かではないが、すべての責任を彼女一人に押しつけるのも悪い気がするな。
だからオレは助け船を出すことにした。
「ユイナス、いずれにしても終わったことだし、あの件があったから、オレはティスリの護衛を続けられているとも言えるしな。それで給金がアップして、オレたち家族も潤ってるんだから結果オーライだろ」
「………………」
しかしユイナスは、ひっじょーに面白くなさそうな顔をする。
う、う~~~ん……?
ユイナスはいったい何が不満なんだ? 生活の質が上がっているのは事実だし、それがティスリのおかげだってのも毎回説明しているんだが……
オレが頭を悩ませていると、ユイナスは別の話を切り出してきた。
「それと、ティスリが王宮を追放されたってどういうこと? つまりティスリはもう王女じゃないの?」
そういや……なぜティスリが王宮を追放されたのか、詳しい話を聞いてなかったな。本人は平民だと言い張っているが、国の扱いとしては未だに王女のようだし。
なのでオレも気になってティスリに視線をむけると、ティスリはつまらなさそうにつぶやいた。
「わたしが王女として様々な改革をした結果、貴族に大きな不満が溜まっていたのです。だからお父──いえ陛下には、野に下れと言われました。なのでわたしは平民になったのですよ」
まぁ確かに、衛士をやっていたころ、表だっての批判こそなかったものの、ティスリに不満を持つ貴族も少なくなかったと思うが……
とはいえティスリのおかげで、この国はあらゆる面で発展したのも事実のはず。だというのに王宮追放までするものなのか?
だからオレはティスリに聞いた。
「いやけど追放までする必要なくね? ほとぼりが冷めたくらいに復職させるって手もあったんじゃ」
「………………それは……そうかもですが……」
言葉を濁すティスリを見て、オレはなんとなく察した。
「あー……お前。もしかして、本当は追放なんてされてないの、最初から分かってただろ?」
「………………」
「なのにヘソを曲げて王宮を飛び出したりとか」
するとオレは、ティスリに一瞬だけギロリと睨まれる。ユイナスの手前、おおっぴらに癇癪を起こしたりは出来ないようだが。
その代わりにティスリは、咳払いしてから弁明を始める。
「陛下の意向は、わたしには理解しかねますね。少なくともわたしは、王宮を追放されたと考えて、今ここにいるのです」
するとユイナスが難しそうな顔をリリィに向けた。
「つまり……どういうことなのよ? ティスリは王女なの、平民なの?」
「もちろん、お姉様の身分は王女ですわ。そこはまったくもって揺らぎませんよ」
するとティスリは、ちょっとふてくされたような表情をリリィに向ける。
「言っておきますが、例えわたしの身分が王女のままであろうとも、わたしは王宮に帰るつもりはありませんからね?」
「ええ、分かっておりますわ」
満面の笑顔で頷くリリィに、ティスリは怪訝な顔をする。
「分かってるって……ではあなたは、なんのためにわたしを追ってきたのです?」
「それはもちろん、いつ何時もお姉様のお側に侍るためですわ!!」
そしてリリィは拳を握りしめ、さらには立ち上がると身を乗り出してくる。
「お姉様のあるところ、そこがすなわちわたしの居場所なのですから! だからお姉様がどこにいようとも、わたしは別に構わないのです! それが王宮であろうとも農村であろうとも外国であろうとも、例え奈落の底であろうとも! わたしは常に、お姉様のお側におりましてよ!!」
「……………………」
力説するリリィに視線を向けるティスリは、心底うんざりした顔になっていた。
だがしかしリリィは、そんな、あからさま過ぎるティスリの表情をものともせず、さらに持論を展開する。
「それに、大貴族であるわたしがお側に仕えたほうが、お姉様にとっても有益だと思いますの」
「………………有益、とは?」
ティスリは、もうほんと、いっそ清々しいまでに、「あなたがわたしの側にいて有益になることなど一つもありません」と言外に語っているのだが、リリィはまったく意に介さず話を続ける。
ある意味すげぇな、このコ……
「お姉様、これまでにも、平民の身分ではご不便だったことはありませんでしたか?」
「平民の身分で……?」
「ええ、例えば領主を捉えるときなどですわ。もしお姉様が平民のまま戦っていたら、さらに大事になっていたのではないでしょうか?」
「………………」
そう指摘され、ティスリはむっつりと黙る。
確かにあのとき、ティスリが身分を明かしたのは、あれ以上の戦闘行為を防ぐためだった。そうしなければ、無理やり起動していたゴーレムが暴走しかねなかったし、さらには、混乱した観客がどうなっていたかも分からない。
群衆が一気に動けば、押し合いへし合いになって怪我人が出たり、下手をしたら死ぬことだってあるのだから。
だからティスリは、あの場を即座に収束させるため、自分が王女であると名乗りを上げたわけだ。
その結果、その場は収束したが、ティスリは早々に領都を立ち去らねばならなくなった。さらには、せっかく友達になれた(かもしれない)グレナダ姉弟ともすぐ別れる羽目になった。
別の例で言えば、ティスリの鎧を城に送るだけでも大事になった。あとオレの給金を振り込むときなんかも。
オレがそんなことを振り返っていたら、リリィは片手で自分の胸を押さえて言った。
「領主を捉えるとき、もしわたしがお側に仕えていたら、お姉様はどうなさっていましたか?」
「………………」
ティスリは黙ったままだが、しかしその答えは平民のオレでも分かる。
もしあのときリリィが側にいたら、リリィの名前で領主を捕らえることも出来ただろう。
リリィは確かテレジア家直系のはず。テレジア家は、王族ではないものの、その王族を除けば序列第一位に君臨する大貴族だ。そしてこの国には、王族は現陛下とティスリしかいない。
つまりテレジア家嫡女であるリリィに異を唱えられる人間は、陛下とティスリ以外に存在しないわけだ。
あとはまぁ、序列2位~5位くらいまでの貴族が示し合わせて反旗を翻す──なんてことでもしない限りは、テレジア家には対抗できないだろうが、そんなことはまず起こらないだろうし。
そしてそのことは、ティスリが一番よく分かっているはずだ。
つまりティスリの王族という身分は、お忍びで行動しようと思うと何かと重いのだ。
もちろん大貴族の身分も重いに変わりないが、リリィがそれを肩代わりしてくれるというのなら、ティスリにとっては悪い話ではない。
だからティスリは、長い長いため息をついてから……言った。
「分かりました……あなたがわたしの側にいることを許します」
「お、お姉様……! ありがたき幸せ──ぐへっ!」
感極まったリリィが、テーブルを飛び越えティスリに飛びつこうとしたのだが、ティスリはひらりと交わす。
だからリリィはそのまま地面にダイブして、潰れた蛙のような声を出した……痛そう。
そうしてティスリは、リリィを見下ろすとぴしゃりと言い放つ。
「ですが、むやみやたらとわたしの体に触れてはなりません!」
「そ、そんな──」
「いいですね!?」
「わ、分かりました……」
ティスリがギロリと睨むものだから、リリィは涙目になりながらも頷くしかなかったようだ。
ふむ……となると……
今後、旅に出ることになるとしたら、リリィも付いてくるということだろうか?
だとしたら……
なんかそれは面倒だなぁ……とオレもため息をつくのだった。
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kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
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異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
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