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第3章
第18話 護衛として
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一戦交えたかのような疲れを感じながらもアルデは、ティスリとともにミアんちを後にする。
その後、村の中央広場に戻って商店なんかを案内したのだが、村で作っている商品なんかを説明しても、ティスリは「へぇ、そうですか……」などと素っ気ない態度だった。
商店を案内し終えると、もはや話題もなくなってしまい、麦畑を突っ切る畦道を、オレたちは当てもなく歩いていたのだが……
「な、なぁティスリ……オレ、何かしたっけか?」
ミア宅を出てからというもの、ずっと不機嫌そうなティスリに、意を決してオレは話しかけた。
するとティスリは、オレを睨んでくるのも一瞬で、あとはすまし顔でそっぽを向いた。
「別に? それとも、わたしを怒らせるような心当たりでもあるのですか?」
「いや、まったくないから聞いてるんだが……」
「ないならいいじゃないですか」
「でもお前、なんか怒ってるじゃん」
「怒ってなどいませんが? いつも温厚なわたしが、理由もなく怒るはずもないでしょう?」
「お、温厚って、お前……」
ティスリが自身のことを本気で温厚だと思っているのなら、親類縁者に友人知人、全員にいちど自分の評価を聞いて回った方がいいとオレは思うわけだが、しかしティスリにギロリと睨まれたので口をつぐんだ。
「何か、言いたいことでも?」
「いえ、特に何もありません……!」
とまぁこんな調子でギスギスしたまま、麦畑の中をオレたちは歩く。
昼下がりの空は蒼天で、地平線の彼方まで黄金色の麦畑が続き、開放感が溢れまくっているというのに……なんとも息が詰まるなぁ……
何かに付けティスリが怒るのはいつものことだが……しかしこんな、取り付く島もないような感じは初めてなんだが……
せめてもの救いは、シバが「へっへっへっ」と言いながら散歩を楽しんでいることくらいか。もうこうなったら、シバだけを見つめながらこの場を乗り切ることにしよう……
などと考えていたら、そのシバが足を止めて、畦道の先を見つめて「わふっ」と鳴いた。
オレも向こうに視線を送ると、麦畑から畦道に、荷馬車が入ってきたのが見えた。収穫した小麦を運ぶためだろう。
その荷馬車は徐々に大きくなっていき、やがて、誰が御者をやっているのかも分かるようになる。
向こうも同じだったようで、御者が大きく手を振り始めた。
「お~い! アルデじゃないかぁ~。帰ってきてたのかぁ~」
御者をやっていた男は、学校時代の友達だったナーヴィン・ベレルクだった。
刈り上げた短髪に、垂れ目でヘラヘラ笑っている感じなのは学生時代のままだが、けっこう日に焼けてガタイも一回り大きくなっているな。農作業で筋肉が付いた影響なのだろうが……っていうかアイツ、なんで農業やってんだ?
オレは、荷馬車と共にやってきたナーヴィンに話しかけた。
「お前、なんで村にいるんだ? 『村を出て一旗揚げてやる』って言って、オレと一緒に村を出ただろ」
「いやそれがさぁ、外の世界は厳しかったわ」
ナーヴィンは、御者台を降りながら話を始めようとするがしかし、その言葉が止まる。
固まったナーヴィンの視線の先には、ティスリがいた。それでオレは状況を察する。
「ああ、この人はティスリ・レイドといって、今のオレの雇用主だ」
オレの簡単な説明に、さきほどまでの不機嫌はどこへやら、ティスリは微笑みながら「よろしくお願いします」と会釈をした。
するとナーヴィンが、見るからにうろたえる。
「おおお、お貴族様ですか!?」
まぁこんな田舎の村にいたら、貴族と相対するなんて村長以外あり得ないだろうから、驚くのも無理はない。もっともティスリは、お貴族様どころか王族様なのだが。
だがもちろん、ナーヴィンにティスリの正体を明かせるはずもないので、オレはいつものように事情を説明する。
「ティスリは政商の娘で、だから平民だよ」
オレが村に帰ってきた理由も交えて説明するのもこれで何度目か……なんだか面倒になってきたなぁ。オレが帰郷した程度ならみんなも騒がないだろうけれど、何しろティスリは見た目からして目立つし。明日にでも、村の回覧板で事情説明でもしておくかな?
一通りの説明を終えると、ナーヴィンがため息交じりに言ってきた。
「やっぱり、お前も大変な思いをしたんだな」
「やっぱりというと、ナーヴィンもか?」
「ああ。村を出てみたものの、どこにいってもありつける仕事は冒険者くらいしかなくてな。あとはキツい土木作業とか。お前と違って戦いなんてできないし、だから村に帰ってきたんだよ」
「なるほどなぁ……」
まぁナーヴィンに至っては、村を出る前からなんとなく分かっていたことではあるが。頭がよければ、それこそ商人見習いとして仕事に就けたかもしれないが、ナーヴィンは算術の成績も悪かったしな。
……まぁ、人のことは言えないが。
学生時代を思い出してちょっとしみじみしていると、ナーヴィンが鼻息荒く言ってくる。
「ってかオレのことはどうでもいいんだよ! こちらのお方は、本当に平民なんだな!?」
なぜティスリのことを改めて確認してきたのか分からなかったので、オレは曖昧に答える。ティスリの身分を疑っているわけもないと思うが……
「ああ……身なりがいいから、パッと見貴族に見えるかもだが平民だよ。政商なだけあって、身なりとか立ち振る舞いとかが貴族っぽいだけだ」
「そ、そうか! な、ならティスリさん!」
そしてナーヴィンは、興奮しきった顔つきをティスリに向けた。
「今度ぜひ、お食事でもいかがでしょう!?」
そんなナーヴィンに、ティスリは「は、はぁ……?」と小首を傾げ、ちょっと困った感じでオレを見てくる。
ナーヴィンのヤツ……もしかして、ティスリに一目惚れしたのか?
ナーヴィンは、学生時代から惚れっぽいヤツだったのだ。
惚れっぽいだけならまだいいんだが、いちど思い込むと猪突猛進な性格でもあるから、だから同世代の女子10人全員に声を掛け、しかも同時に口説いた結果──学校中の女子から、まるでゴミを見るかのように扱われたのをもう忘れたのだろうか?
「ナーヴィン、お前は相変わらずだな……」
だからオレは、ため息をついてからナーヴィンに言った。
「却下だ却下。ティスリとお前を食事に行かせられるわけないだろ」
するとナーヴィンは不服そうに言ってくる。
「なんでだよ? あ……ティスリさんはすでにご結婚を?」
「いやそうではないが……」
「なら問題ないだろ!? オレもティスリさんも独身で、平民同士なんだから!」
いや問題大ありなんだよ。ティスリの正体は王族で、王位継承権第一位のお姫様なんだぞ?
いっそティスリの身分を明かしてしまおうかとも考えたが……しかしコイツ、口も軽いんだよなぁ……
あとどう考えても、ナーヴィンがティスリを御せる──もとい釣り合いが取れるとも思えないし。
振り回されたあげく、ボロ雑巾のようにぶっ倒れるのが落ちだろう。
などと考えていたら、ティスリに小脇を突かれた。
「ちょっとアルデ。あなたいったい何を考えていたのです?」
「……!?」
コ、コイツ……もしかして人の心まで読めるのか……!?
オレは内心で冷や汗を掻きながらも平静を装う。
「も、もちろん、ナーヴィンをどうやってなだめようかと──あ」
と、そこで、オレはついさっき、ミアが言っていたことを思い出す。
「そうだナーヴィン、ティスリと食事したいんだったら、明日、ミアんちで飲み会することになったから、そこに来いよ。ティスリも参加するから」
「飲み会? オレは聞いてないぞ」
「そりゃそうだ。さっき決めたばかりだからな」
ナーヴィンは、いちど言い出すと聞かない子供のような性格だから、単純に断ってもダメなのだ。さりとて放っておいたら、遠からずティスリの逆鱗に触れて、黒焦げになることは間違いない。
如何に軽薄な──もといお気楽なナーヴィンと言えども、黒焦げになるのは友人として忍びない。
ということでオレは、妥協点として飲み会を提案したわけだ。もともとティスリは、なぜかオレの交友関係を知りたがっていたわけだし、その一人がナーヴィンということなら、穏便に済ませてくれるだろう。
「護衛として、お前とティスリだけで食事させるのは認められないが、飲み会だったらいいぞ。オレも同席するからな」
「………………おいアルデ、ちょっとこっちに来てくれ」
ナーヴィンを黒焦げにしないための提案だというのに、コイツは不満そうな顔つきでオレを手招きする。
「なんだよ?」
「いいからちょっと、こっちに来いって」
そしてオレは、荷馬車の裏に連れてこられる。その場に座っていたお利口さんなシバと共に。ティスリは荷馬車の前に立っているままだ。
ティスリには聞かせたくない話なのか?
オレが眉をひそめていると、ナーヴィンが小声で言ってきた。
「お前、もしかしてティスリさんに惚れてるのか?」
「………………はぁ?」
唐突なその物言いように、オレは呆れ顔になるしかない。
思い返せば、ユイナスにも似たようなことを言われたし──惚れる惚れないの立場は逆だったが──いずれにしても男女二人で旅をしていると、それだけであらぬ勘違いをされるのかもな。今は指輪もしていないというのに。
だからオレは、ため息をついてからナーヴィンに言った。
「んなわけあるか。オレは職務をまっとうしているだけだ」
「職務って護衛の? オレがティスリさんを傷つけるわけないだろ?」
「オレのメインの職務は男避けなんだよ」
「はぁ? どういうことだそれは」
「アイツ、見た目だけはいいから──」
「いやお前、見た目がいいなんてもんじゃないだろ? オレは、生まれてこの方、あんな美人を見たことも思い描いたこともないぞ……! しかもスタイルも抜群で、小柄なのにあの豊満なお胸! それでいて腰のくびれといったら──」
「お前は見た目に欺されすぎだ。言っておくが、アイツ、オレより強いからな?」
「へ? そんなバカな──」
「魔法士でもあるんだよ、ティスリは」
「魔法士!? まぢか!?」
「ああ、大まぢだ。剣術ならオレも負けないが、魔法を使われたらひとたまりもない。だから──」
「すげぇ! ますます気に入った!」
「いやだから、お前が気に入ったからといったって、どうこうできる相手じゃないって話なんだよ! 怒らせたら一瞬で黒焦げだぞ……!?」
「オレが、美少女を怒らせるわけないだろ!」
「どの口が言うんだ!? お前、未だに女子から敵視されてるだろ!」
「だから村を出ようとしたんじゃないか!」
「自業自得だっての!」
「もうあんな過ちは犯さないって!」
「あのぅ……」
いつの間にか、ナーヴィンとの言い合いがヒートアップしてしまい、どうやらティスリにまで聞こえていたようだ。
気づけばティスリも、オレたちの近くにまでやってきていた。
そしてティスリは、外向きの笑顔をナーヴィンに向ける。
「アルデの言うとおり、明日の食事会にご参加されるのでしたら、わたしもそこで懇親を深めたいと思うのですが、どうでしょう?」
「はい! ぜひにお願いします!!」
今さっきまで渋っていたはずのナーヴィンは、ティスリに言われるや否や素直に頷く。
……ったく、相変わらずだなコイツは。ナーヴィンの身を案じて忠告しているというのに、オレの忠告は全無視かよ。
オレがいささか腹を立てていると、ナーヴィンに向かって、ティスリがさらに言った。
「アルデのこと、どうか気を悪くしないでくださいね。彼は、職務に忠実過ぎるところがあるので」
するとナーヴィンは、直立不動の体勢で答えた。
「もちろんです! コイツが石頭なのは昔からですよ!」
「そうですか。気を悪くされていないのならよかったです」
そうしてそのまま、ティスリは外向きの笑顔をオレに向ける。
ティスリのその笑顔を見て──オレは鳥肌を立てた。
「ではそろそろ戻りましょうか、アルデ」
「え? あ、ああ……」
「護衛として、自宅までしっかりとエスコートしてくださいね」
「そりゃあ……言われるまでもないというか……」
ってか………………ティスリの怒りが……最大値なんだが?
な、なんでだよ……!?
オレは男避けとしてしっかり役立って見せただろ……!
それとも飲み会に、ナーヴィンを参加させることすらダメだったのか!?
しかしティスリは、焦るオレにはそれ以上構うことなく、ナーヴィンに向かって言った。
「それではナーヴィンさん、明日を楽しみにしていますね」
「はい! こちらこそ!!」
そうしてティスリはきびすを返し、スタスタと行ってしまう。
その小さな背中は、完全に、オレのエスコートを拒否しているかのようだった……
その後、村の中央広場に戻って商店なんかを案内したのだが、村で作っている商品なんかを説明しても、ティスリは「へぇ、そうですか……」などと素っ気ない態度だった。
商店を案内し終えると、もはや話題もなくなってしまい、麦畑を突っ切る畦道を、オレたちは当てもなく歩いていたのだが……
「な、なぁティスリ……オレ、何かしたっけか?」
ミア宅を出てからというもの、ずっと不機嫌そうなティスリに、意を決してオレは話しかけた。
するとティスリは、オレを睨んでくるのも一瞬で、あとはすまし顔でそっぽを向いた。
「別に? それとも、わたしを怒らせるような心当たりでもあるのですか?」
「いや、まったくないから聞いてるんだが……」
「ないならいいじゃないですか」
「でもお前、なんか怒ってるじゃん」
「怒ってなどいませんが? いつも温厚なわたしが、理由もなく怒るはずもないでしょう?」
「お、温厚って、お前……」
ティスリが自身のことを本気で温厚だと思っているのなら、親類縁者に友人知人、全員にいちど自分の評価を聞いて回った方がいいとオレは思うわけだが、しかしティスリにギロリと睨まれたので口をつぐんだ。
「何か、言いたいことでも?」
「いえ、特に何もありません……!」
とまぁこんな調子でギスギスしたまま、麦畑の中をオレたちは歩く。
昼下がりの空は蒼天で、地平線の彼方まで黄金色の麦畑が続き、開放感が溢れまくっているというのに……なんとも息が詰まるなぁ……
何かに付けティスリが怒るのはいつものことだが……しかしこんな、取り付く島もないような感じは初めてなんだが……
せめてもの救いは、シバが「へっへっへっ」と言いながら散歩を楽しんでいることくらいか。もうこうなったら、シバだけを見つめながらこの場を乗り切ることにしよう……
などと考えていたら、そのシバが足を止めて、畦道の先を見つめて「わふっ」と鳴いた。
オレも向こうに視線を送ると、麦畑から畦道に、荷馬車が入ってきたのが見えた。収穫した小麦を運ぶためだろう。
その荷馬車は徐々に大きくなっていき、やがて、誰が御者をやっているのかも分かるようになる。
向こうも同じだったようで、御者が大きく手を振り始めた。
「お~い! アルデじゃないかぁ~。帰ってきてたのかぁ~」
御者をやっていた男は、学校時代の友達だったナーヴィン・ベレルクだった。
刈り上げた短髪に、垂れ目でヘラヘラ笑っている感じなのは学生時代のままだが、けっこう日に焼けてガタイも一回り大きくなっているな。農作業で筋肉が付いた影響なのだろうが……っていうかアイツ、なんで農業やってんだ?
オレは、荷馬車と共にやってきたナーヴィンに話しかけた。
「お前、なんで村にいるんだ? 『村を出て一旗揚げてやる』って言って、オレと一緒に村を出ただろ」
「いやそれがさぁ、外の世界は厳しかったわ」
ナーヴィンは、御者台を降りながら話を始めようとするがしかし、その言葉が止まる。
固まったナーヴィンの視線の先には、ティスリがいた。それでオレは状況を察する。
「ああ、この人はティスリ・レイドといって、今のオレの雇用主だ」
オレの簡単な説明に、さきほどまでの不機嫌はどこへやら、ティスリは微笑みながら「よろしくお願いします」と会釈をした。
するとナーヴィンが、見るからにうろたえる。
「おおお、お貴族様ですか!?」
まぁこんな田舎の村にいたら、貴族と相対するなんて村長以外あり得ないだろうから、驚くのも無理はない。もっともティスリは、お貴族様どころか王族様なのだが。
だがもちろん、ナーヴィンにティスリの正体を明かせるはずもないので、オレはいつものように事情を説明する。
「ティスリは政商の娘で、だから平民だよ」
オレが村に帰ってきた理由も交えて説明するのもこれで何度目か……なんだか面倒になってきたなぁ。オレが帰郷した程度ならみんなも騒がないだろうけれど、何しろティスリは見た目からして目立つし。明日にでも、村の回覧板で事情説明でもしておくかな?
一通りの説明を終えると、ナーヴィンがため息交じりに言ってきた。
「やっぱり、お前も大変な思いをしたんだな」
「やっぱりというと、ナーヴィンもか?」
「ああ。村を出てみたものの、どこにいってもありつける仕事は冒険者くらいしかなくてな。あとはキツい土木作業とか。お前と違って戦いなんてできないし、だから村に帰ってきたんだよ」
「なるほどなぁ……」
まぁナーヴィンに至っては、村を出る前からなんとなく分かっていたことではあるが。頭がよければ、それこそ商人見習いとして仕事に就けたかもしれないが、ナーヴィンは算術の成績も悪かったしな。
……まぁ、人のことは言えないが。
学生時代を思い出してちょっとしみじみしていると、ナーヴィンが鼻息荒く言ってくる。
「ってかオレのことはどうでもいいんだよ! こちらのお方は、本当に平民なんだな!?」
なぜティスリのことを改めて確認してきたのか分からなかったので、オレは曖昧に答える。ティスリの身分を疑っているわけもないと思うが……
「ああ……身なりがいいから、パッと見貴族に見えるかもだが平民だよ。政商なだけあって、身なりとか立ち振る舞いとかが貴族っぽいだけだ」
「そ、そうか! な、ならティスリさん!」
そしてナーヴィンは、興奮しきった顔つきをティスリに向けた。
「今度ぜひ、お食事でもいかがでしょう!?」
そんなナーヴィンに、ティスリは「は、はぁ……?」と小首を傾げ、ちょっと困った感じでオレを見てくる。
ナーヴィンのヤツ……もしかして、ティスリに一目惚れしたのか?
ナーヴィンは、学生時代から惚れっぽいヤツだったのだ。
惚れっぽいだけならまだいいんだが、いちど思い込むと猪突猛進な性格でもあるから、だから同世代の女子10人全員に声を掛け、しかも同時に口説いた結果──学校中の女子から、まるでゴミを見るかのように扱われたのをもう忘れたのだろうか?
「ナーヴィン、お前は相変わらずだな……」
だからオレは、ため息をついてからナーヴィンに言った。
「却下だ却下。ティスリとお前を食事に行かせられるわけないだろ」
するとナーヴィンは不服そうに言ってくる。
「なんでだよ? あ……ティスリさんはすでにご結婚を?」
「いやそうではないが……」
「なら問題ないだろ!? オレもティスリさんも独身で、平民同士なんだから!」
いや問題大ありなんだよ。ティスリの正体は王族で、王位継承権第一位のお姫様なんだぞ?
いっそティスリの身分を明かしてしまおうかとも考えたが……しかしコイツ、口も軽いんだよなぁ……
あとどう考えても、ナーヴィンがティスリを御せる──もとい釣り合いが取れるとも思えないし。
振り回されたあげく、ボロ雑巾のようにぶっ倒れるのが落ちだろう。
などと考えていたら、ティスリに小脇を突かれた。
「ちょっとアルデ。あなたいったい何を考えていたのです?」
「……!?」
コ、コイツ……もしかして人の心まで読めるのか……!?
オレは内心で冷や汗を掻きながらも平静を装う。
「も、もちろん、ナーヴィンをどうやってなだめようかと──あ」
と、そこで、オレはついさっき、ミアが言っていたことを思い出す。
「そうだナーヴィン、ティスリと食事したいんだったら、明日、ミアんちで飲み会することになったから、そこに来いよ。ティスリも参加するから」
「飲み会? オレは聞いてないぞ」
「そりゃそうだ。さっき決めたばかりだからな」
ナーヴィンは、いちど言い出すと聞かない子供のような性格だから、単純に断ってもダメなのだ。さりとて放っておいたら、遠からずティスリの逆鱗に触れて、黒焦げになることは間違いない。
如何に軽薄な──もといお気楽なナーヴィンと言えども、黒焦げになるのは友人として忍びない。
ということでオレは、妥協点として飲み会を提案したわけだ。もともとティスリは、なぜかオレの交友関係を知りたがっていたわけだし、その一人がナーヴィンということなら、穏便に済ませてくれるだろう。
「護衛として、お前とティスリだけで食事させるのは認められないが、飲み会だったらいいぞ。オレも同席するからな」
「………………おいアルデ、ちょっとこっちに来てくれ」
ナーヴィンを黒焦げにしないための提案だというのに、コイツは不満そうな顔つきでオレを手招きする。
「なんだよ?」
「いいからちょっと、こっちに来いって」
そしてオレは、荷馬車の裏に連れてこられる。その場に座っていたお利口さんなシバと共に。ティスリは荷馬車の前に立っているままだ。
ティスリには聞かせたくない話なのか?
オレが眉をひそめていると、ナーヴィンが小声で言ってきた。
「お前、もしかしてティスリさんに惚れてるのか?」
「………………はぁ?」
唐突なその物言いように、オレは呆れ顔になるしかない。
思い返せば、ユイナスにも似たようなことを言われたし──惚れる惚れないの立場は逆だったが──いずれにしても男女二人で旅をしていると、それだけであらぬ勘違いをされるのかもな。今は指輪もしていないというのに。
だからオレは、ため息をついてからナーヴィンに言った。
「んなわけあるか。オレは職務をまっとうしているだけだ」
「職務って護衛の? オレがティスリさんを傷つけるわけないだろ?」
「オレのメインの職務は男避けなんだよ」
「はぁ? どういうことだそれは」
「アイツ、見た目だけはいいから──」
「いやお前、見た目がいいなんてもんじゃないだろ? オレは、生まれてこの方、あんな美人を見たことも思い描いたこともないぞ……! しかもスタイルも抜群で、小柄なのにあの豊満なお胸! それでいて腰のくびれといったら──」
「お前は見た目に欺されすぎだ。言っておくが、アイツ、オレより強いからな?」
「へ? そんなバカな──」
「魔法士でもあるんだよ、ティスリは」
「魔法士!? まぢか!?」
「ああ、大まぢだ。剣術ならオレも負けないが、魔法を使われたらひとたまりもない。だから──」
「すげぇ! ますます気に入った!」
「いやだから、お前が気に入ったからといったって、どうこうできる相手じゃないって話なんだよ! 怒らせたら一瞬で黒焦げだぞ……!?」
「オレが、美少女を怒らせるわけないだろ!」
「どの口が言うんだ!? お前、未だに女子から敵視されてるだろ!」
「だから村を出ようとしたんじゃないか!」
「自業自得だっての!」
「もうあんな過ちは犯さないって!」
「あのぅ……」
いつの間にか、ナーヴィンとの言い合いがヒートアップしてしまい、どうやらティスリにまで聞こえていたようだ。
気づけばティスリも、オレたちの近くにまでやってきていた。
そしてティスリは、外向きの笑顔をナーヴィンに向ける。
「アルデの言うとおり、明日の食事会にご参加されるのでしたら、わたしもそこで懇親を深めたいと思うのですが、どうでしょう?」
「はい! ぜひにお願いします!!」
今さっきまで渋っていたはずのナーヴィンは、ティスリに言われるや否や素直に頷く。
……ったく、相変わらずだなコイツは。ナーヴィンの身を案じて忠告しているというのに、オレの忠告は全無視かよ。
オレがいささか腹を立てていると、ナーヴィンに向かって、ティスリがさらに言った。
「アルデのこと、どうか気を悪くしないでくださいね。彼は、職務に忠実過ぎるところがあるので」
するとナーヴィンは、直立不動の体勢で答えた。
「もちろんです! コイツが石頭なのは昔からですよ!」
「そうですか。気を悪くされていないのならよかったです」
そうしてそのまま、ティスリは外向きの笑顔をオレに向ける。
ティスリのその笑顔を見て──オレは鳥肌を立てた。
「ではそろそろ戻りましょうか、アルデ」
「え? あ、ああ……」
「護衛として、自宅までしっかりとエスコートしてくださいね」
「そりゃあ……言われるまでもないというか……」
ってか………………ティスリの怒りが……最大値なんだが?
な、なんでだよ……!?
オレは男避けとしてしっかり役立って見せただろ……!
それとも飲み会に、ナーヴィンを参加させることすらダメだったのか!?
しかしティスリは、焦るオレにはそれ以上構うことなく、ナーヴィンに向かって言った。
「それではナーヴィンさん、明日を楽しみにしていますね」
「はい! こちらこそ!!」
そうしてティスリはきびすを返し、スタスタと行ってしまう。
その小さな背中は、完全に、オレのエスコートを拒否しているかのようだった……
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