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第3章
第6話 わふわふ!
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ウルグじいさんと会話していたら、なぜか急に不機嫌になったティスリだったが……アルデの実家が近くなるにつれて口数も減っていった。
怒っているからしゃべらない、というよりは緊張から沈黙しているという感じだ。
あのティスリが緊張しているなんて、その様子を目撃していても信じられないが……しかし実家が近づくにつれティスリの顔は明らかに強張っている。
別に、オレの両親は王侯貴族でもなんでもないんだから、そこまで緊張する必要はないと思うが……いやむしろ、ティスリの場合は王侯貴族のほうが緊張しないのだろうか?
その心境がいまいち分からずオレは内心で首を傾げていると、助手席のティスリは固い声で聞いてきた。
「念のため、改めて確認しますが……アルデの家族は、ご両親と妹、そして大型犬が一匹なのですね?」
「ああ、そうだぞ」
「お父様のお名前はガットさん、お母様はアサーニさん、妹さんはユイナスさん、そして犬はシバ……ってなんだか急に安直な響きですね……」
「そうか? 覚えやすくていいと思うが」
「まぁペットは別にどうでもいいのです。それでご両親は喘息を煩っていて、激しい運動や仕事は出来ないものの生活に支障が出るほどではなく、妹さんは至って健康な14歳で、今は村の学校に通う学生である……と」
「おう、間違ってないぞ。ちなみにシバは今年で5歳になるから遊びたい盛りって感じだぞ」
「だから犬はどうでもいいのです。さらにご両親の性格ですが──」
「まぁそれは会えば分かるだろ。あれが実家だ」
ティスリの話を遮って、オレは前方を指差す。
丘の上には木造二階建ての我が家があった。実家を出てから、まだ一年半も経っていないのだが妙に懐かしい気分だな。
「あれが、アルデの……」
ティスリの表情はますますこわばり、そこからは一切の無駄口がなくなる。
そんなティスリを見て、オレは苦笑を浮かべながら魔動車を実家の庭先に停めた。
「よし、それじゃあ行こうか」
「わ、分かりました……」
そしてオレたちは魔動車を降りる。
するとイの一番に出迎えてくれたのはシバだった。
「わんわんわんわん!」
シッポをぶんぶん振りながら、全速力で駆け寄ってくる。なんとも愛くるしい姿に、自分でも分かるほどオレは目尻を垂らしていた。
「おお、シバ! 元気にしてたか!」
屈んだオレに、まるでタックルでもかますかのようにシバは突っ込んで来た。そうしてオレの肩に前足を乗っけると、べろべろと顔をなめ回してくる。
「わふわふ!」
「おいおいよせって。くすぐっただろ、あはは──」
じゃれるオレとシバの後ろから、ティスリの声が聞こえてきた。
「ずいぶんと懐いているのですね。あまり見たことのない犬種ですが、何犬ですか?」
「雑種だよ。コイツの親は、猟師のマサさんが猟犬として飼ってた犬だからな、ご先祖様は狼か何かだって話だけど」
「そうなのですか。その割に、毛は茶色いのですね」
「まぁ遙か昔の話だろうから、混血しているうちに毛の色が変わったのかもな。おっと?」
シバは、不意にティスリのほうを見る。オレと話していたので気になったのだろう。するとシバはオレから離れて、ティスリの間近まで近づくと、その周囲を嗅ぎ回り始めた。
「ア、アルデ? この犬は大丈夫なのですか? 噛んだりしませんよね?」
「ああ、大丈夫だよ。今は興奮していたけど元は大人しい気性だから噛みついたりしないって」
ちょっとうろたえているティスリが珍しくて、オレは苦笑しながら答える。ティスリのほうは、犬が怖いというよりは戸惑っている感じだな。
「ティスリはペットを飼っていなかったのか?」
ペットを飼っている王侯貴族も多いと聞くが、ティスリにそんな様子はなかったのでオレは尋ねると、ティスリは頷いてきた。
「ええ……忙しくてそれどころではありませんでしたから」
「侍女に世話させてもよかったろ」
「主人がぜんぜん世話しないのであれば、それはもはや飼っているとは言えないでしょう? 侍女のペットですよ」
「ふむ、なるほど。それはまぁ確かにな」
ぜんぜん世話をせず、しかもたまにしか会えないのであれば、犬は主人と見なしてくれないだろうな。よくて、世話をしている侍女のお客様といったところだろう。
あと王城内にいた動物と言えば馬くらいだが、王女だったティスリが厩舎に出向いた話なんて聞いたことないしな。そもそも実用面を重視されている馬は、ペットとは言えないだろうし。
だからティスリは動物に慣れていないのだろう。恐る恐るといった感じでシバの頭に手を伸ばしながら言った。
「犬を間近で見るのは初めてです……」
シバは、「はっ、はっ、はっ」とにわかに興奮しながらも、ティスリの手に怖がることもなく撫でられている。
そんなシバをティスリはしげしげと見ながらつぶやいた。
「ふむ……なかなか可愛いものですね」
そんなことをいうティスリは、柔らかい表情で微笑している。なんだかすっごい珍しいものを見た気分だな。
だからオレはつぶやいていた。
「ティスリには、これからペットが必要かもしれんなぁ」
「どうしてです?」
不思議そうに首を傾げてくるティスリに、オレは思わず言っていた。
「いやだって、ペットは情操教育にいいっていうし」
「へぇ? まるでわたしの情操が未発達だとでもいいたいかのようですね?」
「自覚ないのか?」
「ありませんよ? 超絶天才美少女であるわたしの情操が未発達なわけないでしょう?」
「でもおまいさん、すぐ怒るし」
「アルデがすぐ怒らせるようなことを言うからですよ!」
などと言い合いが始まると、シバが「わふっ」と言ってティスリの服に前足を引っかける。剣呑になった雰囲気を察したのだろうか?
だからオレは慌ててシバを引き離す。
「あ! こらシバ! 土に汚れた足で抱きついたらダメだろ。ティスリの服、いくらすると思ってんだ」
「犬に服の価値など分からないでしょう? それに気にしなくていいですよ。汚れたら買い換えればいいのですから」
「簡単に言ってくれるけど、この辺に服屋なんてないからな?」
今日のティスリは、なにげにかなりがっつりおめかしをしているのだ。王城で見かけるようなドレスこそ着ていないものの、この辺を歩く平民としては目立つことこの上ないほどに高価な服を着ている。
ティスリが村を歩いていたら、輝いているかのように見えるだろう。村の若い連中が見たら魂を抜かれかねないほどに。
そんな姿をしているものだから、さすがに土埃で汚すのは気が引けるのだ。
だがシバは、ティスリにくっつきたいのか「わふわふ」と言いながら身をよじる。だからオレは「待てだ、待て」と言い含めていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん!?」
声の方を見ると、畦道の向こうから、一人の少女が駆け寄ってくる。
「おお、ユイナスか。久しぶりだな」
オレは、片手を上げて妹に声を掛けた。
怒っているからしゃべらない、というよりは緊張から沈黙しているという感じだ。
あのティスリが緊張しているなんて、その様子を目撃していても信じられないが……しかし実家が近づくにつれティスリの顔は明らかに強張っている。
別に、オレの両親は王侯貴族でもなんでもないんだから、そこまで緊張する必要はないと思うが……いやむしろ、ティスリの場合は王侯貴族のほうが緊張しないのだろうか?
その心境がいまいち分からずオレは内心で首を傾げていると、助手席のティスリは固い声で聞いてきた。
「念のため、改めて確認しますが……アルデの家族は、ご両親と妹、そして大型犬が一匹なのですね?」
「ああ、そうだぞ」
「お父様のお名前はガットさん、お母様はアサーニさん、妹さんはユイナスさん、そして犬はシバ……ってなんだか急に安直な響きですね……」
「そうか? 覚えやすくていいと思うが」
「まぁペットは別にどうでもいいのです。それでご両親は喘息を煩っていて、激しい運動や仕事は出来ないものの生活に支障が出るほどではなく、妹さんは至って健康な14歳で、今は村の学校に通う学生である……と」
「おう、間違ってないぞ。ちなみにシバは今年で5歳になるから遊びたい盛りって感じだぞ」
「だから犬はどうでもいいのです。さらにご両親の性格ですが──」
「まぁそれは会えば分かるだろ。あれが実家だ」
ティスリの話を遮って、オレは前方を指差す。
丘の上には木造二階建ての我が家があった。実家を出てから、まだ一年半も経っていないのだが妙に懐かしい気分だな。
「あれが、アルデの……」
ティスリの表情はますますこわばり、そこからは一切の無駄口がなくなる。
そんなティスリを見て、オレは苦笑を浮かべながら魔動車を実家の庭先に停めた。
「よし、それじゃあ行こうか」
「わ、分かりました……」
そしてオレたちは魔動車を降りる。
するとイの一番に出迎えてくれたのはシバだった。
「わんわんわんわん!」
シッポをぶんぶん振りながら、全速力で駆け寄ってくる。なんとも愛くるしい姿に、自分でも分かるほどオレは目尻を垂らしていた。
「おお、シバ! 元気にしてたか!」
屈んだオレに、まるでタックルでもかますかのようにシバは突っ込んで来た。そうしてオレの肩に前足を乗っけると、べろべろと顔をなめ回してくる。
「わふわふ!」
「おいおいよせって。くすぐっただろ、あはは──」
じゃれるオレとシバの後ろから、ティスリの声が聞こえてきた。
「ずいぶんと懐いているのですね。あまり見たことのない犬種ですが、何犬ですか?」
「雑種だよ。コイツの親は、猟師のマサさんが猟犬として飼ってた犬だからな、ご先祖様は狼か何かだって話だけど」
「そうなのですか。その割に、毛は茶色いのですね」
「まぁ遙か昔の話だろうから、混血しているうちに毛の色が変わったのかもな。おっと?」
シバは、不意にティスリのほうを見る。オレと話していたので気になったのだろう。するとシバはオレから離れて、ティスリの間近まで近づくと、その周囲を嗅ぎ回り始めた。
「ア、アルデ? この犬は大丈夫なのですか? 噛んだりしませんよね?」
「ああ、大丈夫だよ。今は興奮していたけど元は大人しい気性だから噛みついたりしないって」
ちょっとうろたえているティスリが珍しくて、オレは苦笑しながら答える。ティスリのほうは、犬が怖いというよりは戸惑っている感じだな。
「ティスリはペットを飼っていなかったのか?」
ペットを飼っている王侯貴族も多いと聞くが、ティスリにそんな様子はなかったのでオレは尋ねると、ティスリは頷いてきた。
「ええ……忙しくてそれどころではありませんでしたから」
「侍女に世話させてもよかったろ」
「主人がぜんぜん世話しないのであれば、それはもはや飼っているとは言えないでしょう? 侍女のペットですよ」
「ふむ、なるほど。それはまぁ確かにな」
ぜんぜん世話をせず、しかもたまにしか会えないのであれば、犬は主人と見なしてくれないだろうな。よくて、世話をしている侍女のお客様といったところだろう。
あと王城内にいた動物と言えば馬くらいだが、王女だったティスリが厩舎に出向いた話なんて聞いたことないしな。そもそも実用面を重視されている馬は、ペットとは言えないだろうし。
だからティスリは動物に慣れていないのだろう。恐る恐るといった感じでシバの頭に手を伸ばしながら言った。
「犬を間近で見るのは初めてです……」
シバは、「はっ、はっ、はっ」とにわかに興奮しながらも、ティスリの手に怖がることもなく撫でられている。
そんなシバをティスリはしげしげと見ながらつぶやいた。
「ふむ……なかなか可愛いものですね」
そんなことをいうティスリは、柔らかい表情で微笑している。なんだかすっごい珍しいものを見た気分だな。
だからオレはつぶやいていた。
「ティスリには、これからペットが必要かもしれんなぁ」
「どうしてです?」
不思議そうに首を傾げてくるティスリに、オレは思わず言っていた。
「いやだって、ペットは情操教育にいいっていうし」
「へぇ? まるでわたしの情操が未発達だとでもいいたいかのようですね?」
「自覚ないのか?」
「ありませんよ? 超絶天才美少女であるわたしの情操が未発達なわけないでしょう?」
「でもおまいさん、すぐ怒るし」
「アルデがすぐ怒らせるようなことを言うからですよ!」
などと言い合いが始まると、シバが「わふっ」と言ってティスリの服に前足を引っかける。剣呑になった雰囲気を察したのだろうか?
だからオレは慌ててシバを引き離す。
「あ! こらシバ! 土に汚れた足で抱きついたらダメだろ。ティスリの服、いくらすると思ってんだ」
「犬に服の価値など分からないでしょう? それに気にしなくていいですよ。汚れたら買い換えればいいのですから」
「簡単に言ってくれるけど、この辺に服屋なんてないからな?」
今日のティスリは、なにげにかなりがっつりおめかしをしているのだ。王城で見かけるようなドレスこそ着ていないものの、この辺を歩く平民としては目立つことこの上ないほどに高価な服を着ている。
ティスリが村を歩いていたら、輝いているかのように見えるだろう。村の若い連中が見たら魂を抜かれかねないほどに。
そんな姿をしているものだから、さすがに土埃で汚すのは気が引けるのだ。
だがシバは、ティスリにくっつきたいのか「わふわふ」と言いながら身をよじる。だからオレは「待てだ、待て」と言い含めていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
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声の方を見ると、畦道の向こうから、一人の少女が駆け寄ってくる。
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