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第2章
エピローグ あっという間に夜は更けていったのでした
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ティスリが元領主を成敗した影響で、武術大会は多少の混乱は来したものの、残り試合は通常通り開催されることになりました。
大会側が全試合の魔法検知ログを確認したところ、不正を働いた相手選手は、アルデとの試合以外では魔法を使っていなかったことも大会進行の要因でした。
そうして決勝戦にはベラトさんが進出し、アルデと対戦しました。
「はぁ……アルデさんには足元にも及びませんでした……分かってはいましたが」
祝勝会が始まるや否や、ベラトさんが肩を落としてぼやきます。
武術大会の閉会式が終わった後、わたしは二人の健闘を称えて祝勝会を提案しました。場所は旅館に入っているレストランの個室です。
この都ではわたしの身分がバレてしまいましたので、街中で飲み交わすわけにもいかなくなってしまいましたからね。元領主のせいで窮屈な思いを強いられるなんて、本当に迷惑な話です。
招待したグレナダ姉弟も、わたしと会うなり最敬礼をしてくるので、それをやめさせるのに少々時間がかかりましたし。
わたしがそんなことを振り返っていたら、アルデがベラトさんに言いました。
「ま、オレの出場はイレギュラーだったんだから、ベラトは実質優勝と言っても過言じゃないだろ」
しかしベラトさんは、首を横に振ります。
「とは言っても、あまりに不甲斐ない決勝戦でしたし、もっと精進しないと……」
決勝戦では、ベラトさんはアルデの胸を借りるという感じでしたからね。あの手のひら返しがお上手な実況者にも、ベラトさんは散々に言われていましたし。
ですがそれはベラトさんが弱いからではなく、アルデが強すぎるからなのですが。
だからわたしもベラトさんを励まします。
「わたしは、武術の世界大会を何度も見てきましたが、世界大会出場者と比べてもアルデの強さは別格です。その優勝者とて、アルデに一太刀浴びせられるか怪しいくらいですから、ベラトさんが気落ちする必要はないのですよ」
そんなことを言うと、ベラトさんは唖然とします。だから先に声を上げたのはアルデのほうでした。
「え? オレってそんなに強かったの?」
む……しまった。
アルデを持ち上げるようなことを言ってしまいましたが……まぁ致し方ありません。わたしは渋々ながらも頷きました。
「剣術だけなら……アルデは世界一と言ってもいいでしょう。剣術だけならば、ですが」
「まぢかよ。世間の剣士って、そんなに弱かったのか」
驚きのあまりなのか、嫌みが通じないのでわたしは言い直します。
「あくまでも剣術だけ、ですからね? 魔法と組み合わせて対戦するならば、アルデなんてあっという間に黒焦げなのですから──」
「へいへい分かってるよ。総合的にはおまいさんが一番強いんだろ」
「そういうことを言いたいわけではなく、剣術に優れているからといって油断していると、足元を掬われかねないから──」
わたしがアルデに注意していると、フォッテスさんが小さく笑っていました。
「フォッテスさん、どうしたのですか?」
「あ、いえ! 失礼致しました! なんでもありません!」
わたしが王女だと知ったからだと思いますが、フォッテスさんはさきほどからガチガチに緊張したままなのですよね。ベラトさんはすぐ元通りになったというのに。
「フォッテスさん、そうかしこまらないでください。さきほど言った通り、ここにいるわたしは、ただの平民であるティスリなのですから」
「そ、そうですよね! 失礼致しました!」
カチコチになって頭を下げてくるフォッテスさんに、わたしは小さくため息をつきます──すると、アルデがフォッテスさんに言いました。
「そう緊張するなって。王女だからって気兼ねしてると、ティスリは寂しがるからさ」
思いも寄らぬことを言われ、わたしの顔がカッと熱くなりました。
「だっ! 誰が寂しがっているというのですか!」
「誰も何もおまいさんしかいないだろ」
「わたしが寂しがるわけないでしょう!?」
「そうか? けどフォッテスにビビられる度に、悲しそうな顔をしてるじゃんか」
「そんな顔してません! それはあなたの思い込みというものです!」
「そうかぁ?」
「そうなのです! 人間、自分が見たいようにしか見ない生き物なのです! だからあなたのその先入観が、わたしの表情をねつ造しているだけで──」
などと言い合っていたら、またもやフォッテスさんが小さく吹き出していました。
今の会話のどこに笑える要素があったのか……わたしが首を傾げているとフォッテスさんが言ってきました。
わたしを王女だと知る前の、これまで通りの口調で。
「すみません殿──いえティスリさん。お二人って、本当に仲良しだなと思って」
意味不明なその解釈に、なぜか、わたしの顔はますます熱くなります。
「いまケンカしていたでしょう!? なのにどうして仲良しなのですか!」
「だって、ケンカするほど仲がいいと言いますし」
「それもあなたの思い込みというものです! ケンカするほど仲がいいなんて戯れ言が真実であるならば、昨今の離婚増加に説明が──」
「まぁまぁティスリ、そーゆー話はいいから」
わたしが、我が国の離婚増加についてとうとうと語ろうとしたら、アルデが口を挟んできます。
「おまいさん、ベラトに渡したいものがあったんだろ」
「む……そ、そうでしたね……」
アルデがぜんぜん気にしていないのに、自分だけムキになったらますます怪しまれると判断したわたしは、なんとか溜飲を下げると、持参していた書状をベラトさんに渡しました。
「わたしの紹介状です。これを持参して王宮を訪ねれば、衛士登用の可能性がぐっと高まるでしょう」
『えっ!?』
わたしの説明に、グレナダ姉弟の驚く声が重なりました。
「もっとも、座学試験は受けてもらう必要がありますが。その勉強は進んでいるのですか?」
わたしが尋ねると、ベラトさんは戸惑いながらも頷きました。
「あ、はい……領都では剣術の稽古に専念していましたが、故郷にいた頃は勉強もしていました。合格ラインには達していると思うのですが……」
「であれば王都に向かいなさい。実技はわたしのお墨付きですから免除されるでしょう。さらに、わたしの推薦で衛士になったならば、アルデのようにいじめられることもないはずです」
ベラトさんが姉に視線を送ると、フォッテスさんは力強く頷きました。
「武術大会で活躍して、こういう展開が目当てだったんだから、願ったり叶ったりじゃない。まさか、王女殿下の推薦を頂けるとまでは思っていなかったけどね」
「そ、そうだね……」
そうしてベラトさんは書状を受け取りました。
「何から何まで、本当にありがとうございます。ぼくは、この国のために全力で頑張ろうと思います」
「そうしてください。まっとうな人材が活躍するのは、わたしのためでもあるのですから。このあとすぐ王都に向かうのですか?」
「いえ……姉は故郷に帰りますので、それを送ってから、ぼく単身で王都に向かうことになると思います」
「そうですか。なら問題ないと思いますが、もし王宮に出向いたとき、わたしの行き先を聞かれたら、適当なことを言って誤魔化してもらえると助かります」
「え? ええ……それは構いませんが、どうしてですか?」
そう言えば、わたしが王宮を追放したことは、グレナダ姉弟には説明していませんでしたね。だからといって本当のことを言ったら引き留められてしまうかもしれません。
なのでわたしは、適当な嘘をでっち上げることにしました。
「各地のお忍び視察ですからね。王宮にも、わたしが向かう場所は秘密なのです。どこから情報が漏れるか分かりませんから」
「なるほど、分かりました」
ここ領都での騒ぎは数日内に王宮にも伝わるでしょうから、おそらく、親衛隊長のラーフルあたりは、わたしたちの目的地に見当を付けるでしょうけれども、別にバレたからといって大きな支障はありません。
ただ……もしラーフルがわたしの元にまで来てしまったら、小うるさくはあるでしょうけれども……はぁ……
わたしが、そのときのことを想像してちょっと憂鬱になっていたら、フォッテスさんが言ってきました。
「そうだ、この指輪はお返ししておきますね」
そう言って、指から守護の指輪を取り外しますが、わたしは首を横に振りました。
「いえ、それは差し上げますよ」
「えっ!? で、でも──」
戸惑うフォッテスさんに、わたしは慌てて言葉をかぶせます。
「別に大切なものではありませんから! 思い出とかも詰まってませんよ!?」
「あ、いえ……そういうことではなくて……」
フォッテスさんが、躊躇いがちに言ってきました。
「これほど貴重な魔具を、おいそれともらってしまってもいいものかと……」
「構いません。すでに新しい指輪も作りましたし」
わたしは守護の指輪を二つ、ポケットから取り出しました。
それを見て、グレナダ姉弟は唖然とした様子でした。ベラトさんが、言葉も途切れ途切れに言ってきます。
「魔具って……それがどんな効果であったとしても……とても貴重なものなんですよね……?」
「ええまぁ。世間的にはそのような扱いですね」
「そ、それを、こんな短期間に作れるものなんですか……?」
「普通は作れませんけど、わたしなら余裕です。この程度の魔具なら、一晩で作れます」
「ひ……ひとばんで……」
「あ、ですが、わたしの魔具が市場に出回ってしまうと、世界のパワーバランスが崩れてしまいますから──」
「せ、せかいの!?」
「──ええ。ですから売却するのは元より、他人に譲渡するのもやめてくださいね。この魔具は、わたしが認めた人間にしか下賜していないのですから」
「お、王女殿下から頂いた魔具を他人に譲渡するなんて、あり得ませんよ……」
グレナダ姉弟は、半ば呆然としながら守護の指輪を見つめます。その間に、わたしはアルデに指輪の一つを向けました。
「アルデには渡しそびれていましたね。改めて作ったので填めておいてください」
「お、おお……分かったけどさ」
指輪の希少性に今さら驚くはずもないアルデは、しかしあっけにとられた表情になりながら、指輪を受け取ります。
わたしは不思議に思ってアルデに聞きました。
「アルデまでどうしたのです? ただでさえマヌケ面だというのに、今はそれに拍車が掛かっていますよ?」
「余計なお世話だっつーの……ってかさ」
「なんです?」
「お前って……オレのこと認めてたんだなーと思って」
「………………は!?」
またも思いも寄らぬことを言われ、わたしは一瞬、言葉に詰まります。
だからアルデが、勝手に話を続けてしまいました。
「まぁでもよく考えてみれば、認めてない相手を従者に選んだりしないもんな。ま、ある程度は分かっていたけど、こうして言葉にされると、なんだか照れくさいものだな」
「ななな、何を言っているのですかあなたは!?」
わたしは勢いよく席を立ちます!
「いったいどうして、そんな勘違いをしているのですか!?」
「勘違いも何も、今お前が『わたしが認めた人間にしか下賜していない』っていったじゃんか」
「そ、それは言いましたが──」
「なら、お前お手製の魔具を三回も下賜されているオレは、普通の三倍は認められているってことだろ?」
「ど、どんな理屈ですかそれは!?」
「どんなって……誰が見たってそう思うよ、なぁ?」
アルデがグレナダ姉弟に視線を向けると、ベラトさんは困り顔で曖昧に笑うだけでしたが、フォッテスさんはニンマリしてます。
あ、あの笑みは……
わたしがイヤな予感を覚えると、案の定、フォッテスさんが言ってきました。
「はい。誰が見たって、ティスリさんはアルデさんを認めまくってますよ」
「まくってなどいませんが!?」
分が悪いと踏んだわたしは、ベラトさんに話を振ります。
「ベラトさんはどう思うのですか!?」
「えっ! ぼ、ぼくですか!?」
「そうです! ベラトさんは、別にわたしがアルデを認めているなんて思いませんよね!!」
そう言ってベラトさんを睨みますが、しかしベラトさんは頬を掻きながら視線を逸らしました。
「ぼくは……そもそも、人と人が認め合うのは素晴らしいと思うんですが……あ、そもそもアルデさんはどうなんですか!?」
返答に窮したのか、ベラトさんは突然アルデに話を戻しました。
するとアルデは、恥ずかしげもなく言い切ります。
「もちろん、ティスリのことは認めているぞ。頭の良さも戦いの強さも断トツだしな」
「なっ──!?」
そんなことを言われて──わたしは、顔どころか全身が熱く火照るのを自覚します。
「ただまぁ……もうちょっと、素直になれないものかとは思うが」
などと余計なことを言ってくるので、全身の火照りは一気に怒りへと変わりました!
「あなたはどうして、いつもいつも余計なことを言うのです!? わたしが素直じゃないのではなく、あなたが無神経なのですよ!!」
そんなことを言い合っていたら、あっという間に夜は更けていったのでした──
(第3章につづく。番外編もあるよ)
大会側が全試合の魔法検知ログを確認したところ、不正を働いた相手選手は、アルデとの試合以外では魔法を使っていなかったことも大会進行の要因でした。
そうして決勝戦にはベラトさんが進出し、アルデと対戦しました。
「はぁ……アルデさんには足元にも及びませんでした……分かってはいましたが」
祝勝会が始まるや否や、ベラトさんが肩を落としてぼやきます。
武術大会の閉会式が終わった後、わたしは二人の健闘を称えて祝勝会を提案しました。場所は旅館に入っているレストランの個室です。
この都ではわたしの身分がバレてしまいましたので、街中で飲み交わすわけにもいかなくなってしまいましたからね。元領主のせいで窮屈な思いを強いられるなんて、本当に迷惑な話です。
招待したグレナダ姉弟も、わたしと会うなり最敬礼をしてくるので、それをやめさせるのに少々時間がかかりましたし。
わたしがそんなことを振り返っていたら、アルデがベラトさんに言いました。
「ま、オレの出場はイレギュラーだったんだから、ベラトは実質優勝と言っても過言じゃないだろ」
しかしベラトさんは、首を横に振ります。
「とは言っても、あまりに不甲斐ない決勝戦でしたし、もっと精進しないと……」
決勝戦では、ベラトさんはアルデの胸を借りるという感じでしたからね。あの手のひら返しがお上手な実況者にも、ベラトさんは散々に言われていましたし。
ですがそれはベラトさんが弱いからではなく、アルデが強すぎるからなのですが。
だからわたしもベラトさんを励まします。
「わたしは、武術の世界大会を何度も見てきましたが、世界大会出場者と比べてもアルデの強さは別格です。その優勝者とて、アルデに一太刀浴びせられるか怪しいくらいですから、ベラトさんが気落ちする必要はないのですよ」
そんなことを言うと、ベラトさんは唖然とします。だから先に声を上げたのはアルデのほうでした。
「え? オレってそんなに強かったの?」
む……しまった。
アルデを持ち上げるようなことを言ってしまいましたが……まぁ致し方ありません。わたしは渋々ながらも頷きました。
「剣術だけなら……アルデは世界一と言ってもいいでしょう。剣術だけならば、ですが」
「まぢかよ。世間の剣士って、そんなに弱かったのか」
驚きのあまりなのか、嫌みが通じないのでわたしは言い直します。
「あくまでも剣術だけ、ですからね? 魔法と組み合わせて対戦するならば、アルデなんてあっという間に黒焦げなのですから──」
「へいへい分かってるよ。総合的にはおまいさんが一番強いんだろ」
「そういうことを言いたいわけではなく、剣術に優れているからといって油断していると、足元を掬われかねないから──」
わたしがアルデに注意していると、フォッテスさんが小さく笑っていました。
「フォッテスさん、どうしたのですか?」
「あ、いえ! 失礼致しました! なんでもありません!」
わたしが王女だと知ったからだと思いますが、フォッテスさんはさきほどからガチガチに緊張したままなのですよね。ベラトさんはすぐ元通りになったというのに。
「フォッテスさん、そうかしこまらないでください。さきほど言った通り、ここにいるわたしは、ただの平民であるティスリなのですから」
「そ、そうですよね! 失礼致しました!」
カチコチになって頭を下げてくるフォッテスさんに、わたしは小さくため息をつきます──すると、アルデがフォッテスさんに言いました。
「そう緊張するなって。王女だからって気兼ねしてると、ティスリは寂しがるからさ」
思いも寄らぬことを言われ、わたしの顔がカッと熱くなりました。
「だっ! 誰が寂しがっているというのですか!」
「誰も何もおまいさんしかいないだろ」
「わたしが寂しがるわけないでしょう!?」
「そうか? けどフォッテスにビビられる度に、悲しそうな顔をしてるじゃんか」
「そんな顔してません! それはあなたの思い込みというものです!」
「そうかぁ?」
「そうなのです! 人間、自分が見たいようにしか見ない生き物なのです! だからあなたのその先入観が、わたしの表情をねつ造しているだけで──」
などと言い合っていたら、またもやフォッテスさんが小さく吹き出していました。
今の会話のどこに笑える要素があったのか……わたしが首を傾げているとフォッテスさんが言ってきました。
わたしを王女だと知る前の、これまで通りの口調で。
「すみません殿──いえティスリさん。お二人って、本当に仲良しだなと思って」
意味不明なその解釈に、なぜか、わたしの顔はますます熱くなります。
「いまケンカしていたでしょう!? なのにどうして仲良しなのですか!」
「だって、ケンカするほど仲がいいと言いますし」
「それもあなたの思い込みというものです! ケンカするほど仲がいいなんて戯れ言が真実であるならば、昨今の離婚増加に説明が──」
「まぁまぁティスリ、そーゆー話はいいから」
わたしが、我が国の離婚増加についてとうとうと語ろうとしたら、アルデが口を挟んできます。
「おまいさん、ベラトに渡したいものがあったんだろ」
「む……そ、そうでしたね……」
アルデがぜんぜん気にしていないのに、自分だけムキになったらますます怪しまれると判断したわたしは、なんとか溜飲を下げると、持参していた書状をベラトさんに渡しました。
「わたしの紹介状です。これを持参して王宮を訪ねれば、衛士登用の可能性がぐっと高まるでしょう」
『えっ!?』
わたしの説明に、グレナダ姉弟の驚く声が重なりました。
「もっとも、座学試験は受けてもらう必要がありますが。その勉強は進んでいるのですか?」
わたしが尋ねると、ベラトさんは戸惑いながらも頷きました。
「あ、はい……領都では剣術の稽古に専念していましたが、故郷にいた頃は勉強もしていました。合格ラインには達していると思うのですが……」
「であれば王都に向かいなさい。実技はわたしのお墨付きですから免除されるでしょう。さらに、わたしの推薦で衛士になったならば、アルデのようにいじめられることもないはずです」
ベラトさんが姉に視線を送ると、フォッテスさんは力強く頷きました。
「武術大会で活躍して、こういう展開が目当てだったんだから、願ったり叶ったりじゃない。まさか、王女殿下の推薦を頂けるとまでは思っていなかったけどね」
「そ、そうだね……」
そうしてベラトさんは書状を受け取りました。
「何から何まで、本当にありがとうございます。ぼくは、この国のために全力で頑張ろうと思います」
「そうしてください。まっとうな人材が活躍するのは、わたしのためでもあるのですから。このあとすぐ王都に向かうのですか?」
「いえ……姉は故郷に帰りますので、それを送ってから、ぼく単身で王都に向かうことになると思います」
「そうですか。なら問題ないと思いますが、もし王宮に出向いたとき、わたしの行き先を聞かれたら、適当なことを言って誤魔化してもらえると助かります」
「え? ええ……それは構いませんが、どうしてですか?」
そう言えば、わたしが王宮を追放したことは、グレナダ姉弟には説明していませんでしたね。だからといって本当のことを言ったら引き留められてしまうかもしれません。
なのでわたしは、適当な嘘をでっち上げることにしました。
「各地のお忍び視察ですからね。王宮にも、わたしが向かう場所は秘密なのです。どこから情報が漏れるか分かりませんから」
「なるほど、分かりました」
ここ領都での騒ぎは数日内に王宮にも伝わるでしょうから、おそらく、親衛隊長のラーフルあたりは、わたしたちの目的地に見当を付けるでしょうけれども、別にバレたからといって大きな支障はありません。
ただ……もしラーフルがわたしの元にまで来てしまったら、小うるさくはあるでしょうけれども……はぁ……
わたしが、そのときのことを想像してちょっと憂鬱になっていたら、フォッテスさんが言ってきました。
「そうだ、この指輪はお返ししておきますね」
そう言って、指から守護の指輪を取り外しますが、わたしは首を横に振りました。
「いえ、それは差し上げますよ」
「えっ!? で、でも──」
戸惑うフォッテスさんに、わたしは慌てて言葉をかぶせます。
「別に大切なものではありませんから! 思い出とかも詰まってませんよ!?」
「あ、いえ……そういうことではなくて……」
フォッテスさんが、躊躇いがちに言ってきました。
「これほど貴重な魔具を、おいそれともらってしまってもいいものかと……」
「構いません。すでに新しい指輪も作りましたし」
わたしは守護の指輪を二つ、ポケットから取り出しました。
それを見て、グレナダ姉弟は唖然とした様子でした。ベラトさんが、言葉も途切れ途切れに言ってきます。
「魔具って……それがどんな効果であったとしても……とても貴重なものなんですよね……?」
「ええまぁ。世間的にはそのような扱いですね」
「そ、それを、こんな短期間に作れるものなんですか……?」
「普通は作れませんけど、わたしなら余裕です。この程度の魔具なら、一晩で作れます」
「ひ……ひとばんで……」
「あ、ですが、わたしの魔具が市場に出回ってしまうと、世界のパワーバランスが崩れてしまいますから──」
「せ、せかいの!?」
「──ええ。ですから売却するのは元より、他人に譲渡するのもやめてくださいね。この魔具は、わたしが認めた人間にしか下賜していないのですから」
「お、王女殿下から頂いた魔具を他人に譲渡するなんて、あり得ませんよ……」
グレナダ姉弟は、半ば呆然としながら守護の指輪を見つめます。その間に、わたしはアルデに指輪の一つを向けました。
「アルデには渡しそびれていましたね。改めて作ったので填めておいてください」
「お、おお……分かったけどさ」
指輪の希少性に今さら驚くはずもないアルデは、しかしあっけにとられた表情になりながら、指輪を受け取ります。
わたしは不思議に思ってアルデに聞きました。
「アルデまでどうしたのです? ただでさえマヌケ面だというのに、今はそれに拍車が掛かっていますよ?」
「余計なお世話だっつーの……ってかさ」
「なんです?」
「お前って……オレのこと認めてたんだなーと思って」
「………………は!?」
またも思いも寄らぬことを言われ、わたしは一瞬、言葉に詰まります。
だからアルデが、勝手に話を続けてしまいました。
「まぁでもよく考えてみれば、認めてない相手を従者に選んだりしないもんな。ま、ある程度は分かっていたけど、こうして言葉にされると、なんだか照れくさいものだな」
「ななな、何を言っているのですかあなたは!?」
わたしは勢いよく席を立ちます!
「いったいどうして、そんな勘違いをしているのですか!?」
「勘違いも何も、今お前が『わたしが認めた人間にしか下賜していない』っていったじゃんか」
「そ、それは言いましたが──」
「なら、お前お手製の魔具を三回も下賜されているオレは、普通の三倍は認められているってことだろ?」
「ど、どんな理屈ですかそれは!?」
「どんなって……誰が見たってそう思うよ、なぁ?」
アルデがグレナダ姉弟に視線を向けると、ベラトさんは困り顔で曖昧に笑うだけでしたが、フォッテスさんはニンマリしてます。
あ、あの笑みは……
わたしがイヤな予感を覚えると、案の定、フォッテスさんが言ってきました。
「はい。誰が見たって、ティスリさんはアルデさんを認めまくってますよ」
「まくってなどいませんが!?」
分が悪いと踏んだわたしは、ベラトさんに話を振ります。
「ベラトさんはどう思うのですか!?」
「えっ! ぼ、ぼくですか!?」
「そうです! ベラトさんは、別にわたしがアルデを認めているなんて思いませんよね!!」
そう言ってベラトさんを睨みますが、しかしベラトさんは頬を掻きながら視線を逸らしました。
「ぼくは……そもそも、人と人が認め合うのは素晴らしいと思うんですが……あ、そもそもアルデさんはどうなんですか!?」
返答に窮したのか、ベラトさんは突然アルデに話を戻しました。
するとアルデは、恥ずかしげもなく言い切ります。
「もちろん、ティスリのことは認めているぞ。頭の良さも戦いの強さも断トツだしな」
「なっ──!?」
そんなことを言われて──わたしは、顔どころか全身が熱く火照るのを自覚します。
「ただまぁ……もうちょっと、素直になれないものかとは思うが」
などと余計なことを言ってくるので、全身の火照りは一気に怒りへと変わりました!
「あなたはどうして、いつもいつも余計なことを言うのです!? わたしが素直じゃないのではなく、あなたが無神経なのですよ!!」
そんなことを言い合っていたら、あっという間に夜は更けていったのでした──
(第3章につづく。番外編もあるよ)
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彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
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