72 / 185
第2章
第28話 このわたしの庇護下にある者たちを傷つけた罪……万死に値します
しおりを挟む
アルデたちは、途中で拾った三馬鹿に道案内させながら、飛行魔法の結界内で状況も白状させた。
結論から言えば……この三馬鹿は、黒幕に体よく使われていただけのようだ。
そもそも、酒場でフォッテスに声を掛けたのも計画の内だったらしい。ナンパを装ってフォッテスを脅し、ベラトの武術大会出場を取りやめさせるか、最低でも出鼻をくじくかしたかったようだ。
だというのに、フォッテスが結構な美人だったものだから、本当のナンパに切り替えたそうで……やっぱ馬鹿だな、こいつら。
訓練場に出向いたのも、ベラト本人に脅しが効くか否かを見極めるためだったようだ。まぁそこで今度はティスリに焼かれるわけだが。
だからオレは、根本的な疑問を口にした。
「ってかなんでお前らは、ベラトの大会出場を邪魔してるんだよ」
それを聞いたリーダー格の馬鹿──どうやらこいつら兄弟のようで、その長兄が答えてくる。
「それはアイツが予想外の優勝候補になったからだ」
「予想外の? どういう意味だ」
「アイツに上位入賞されたら、困るお方がいるんだよ」
「誰だよソイツは」
「オレたちは知らない」
「お前、この後に及んで──」
「ほ、本当だ! オレたちは会ったこともないんだ! ただ依頼を受けて、あのベラトって男をちょっと脅してただけなんだって! そうすりゃ上位入賞させてくれるっていうから……!」
「はぁ? 依頼を受けたら上位入賞させるって……そんなの八百長でもしなくちゃ無理だろ?」
「そ、それは……そうだが……」
長兄が口ごもっていると、狭い水路を勢いよく飛ばしているティスリが言ってきた。
「事実、八百長をしているのでしょう」
「どういうことだ?」
「黒幕は、上位入賞者をコントロールしたいのでしょうね」
「はぁ……? そりゃまたなんために?」
「どうせ、ロクでもないことを考えているのでしょう? 闇賭博か何かを」
ティスリの問いかけに、三馬鹿は気まずそうに顔を逸らす。
ようやく合点がいったオレはティスリに言った。
「なるほど。だから順位を意図通りに操作したいってわけか。だというのに、黒幕の息が掛かっていない選手がいては困ると?」
「そういうことでしょうね」
「そうすると、黒幕ってのはこの地域のマフィアか何かということか?」
「そうですね、あるいは……」
ティスリは剣呑な顔つきになって押し黙る。何かを考え込んでいる様子だった。
地下水路の幅もだんだん狭くなってきて、にもかかわらず飛行魔法は高速のまま縦横無尽に飛び回るものだから、三馬鹿たちは悲鳴を上げっぱなしになって、自白させるどころではなくなっていた。
ティスリもさきほど以上には、自分の推察を話さない。
そんな感じで数階分の地下に潜ると、ようやく目的地へと付いたようだ。
「こ、ここだ……ここが制御室…………うぷっ、レロレロレロ……」
飛行に酔った長兄が大変見苦しい状態になっているが、今はそれどころではない。目の前には鋼鉄の扉が固く閉じられていて、その中から剣戟の音が聞こえている。
「まずい! すでに戦っているみたいだぞ!」
オレがティスリを見ると、ティスリは無詠唱で魔法を放つ。
「爆破!」
三馬鹿を黒焦げにした魔法は、壁にぶち当たると、鉄の扉どころか壁ごと抉って大穴を開けた。どうやら三馬鹿に対しては手加減をしていたようだ。
「な、なんだ!?」
急に壁が瓦解して、中にいた全員がこちらに向いた。
「ベラトさん!」
そんな状況もお構いなしに、ティスリは制御室へと飛び込む。指輪もあるし問題ないとは思うが、一応オレは周囲に注意を払いながらティスリを追った。
制御室内にいるのは、黒づくめが三人に剣士風の男が一人。その剣士がベラトと戦っていたようだ。ベラトはその男から少し離れて片腕で剣を構えている。左腕は負傷したようでだらんと下げて、出血もしていた。さらにその後ろでは、フォッテスが涙ぐんだ瞳をこちらに向けている。
オレは、敵さんに注意しながらティスリに追いつく。
「ティスリ、ベラトの状態はどうだ?」
「……おそらく折られていますね。止血もしないと。いま回復魔法を施します」
ベラトが押さえている腕にティスリが手を添えるが、しかしベラトは言ってきた。
「ぼくは大丈夫です。それより連中を……!」
ベラトのその言葉に、オレは頷く。
「そうだな。お前をそこまで追い込んだなら、多少は手応えのあるヤツなんだろうし」
「アルデさん、あの男、妙な動きをしてきます! 唐突に尋常でない加速をするんです! もしかすると魔法かも……」
「ほぅ……魔法士には見えんが、魔具か何かかな?」
オレが視線を剣士に向けると、剣士はオレを睨みながら、背後の黒づくめに言った。
「その男はオレがやる。お前達は女をやれ」
黒づくめ達は無言で頷くと剣を構える。
ティスリも、そんな連中を無表情で見つめていた。
「では……ベラトさん、少し待っていてください。すぐ終わらせます」
そしてティスリが、ゆっくりと歩き出す。
「このわたしの庇護下にある者たちを傷つけた罪……万死に値します。が、むしろラクに死ねるとは思わない事ですね……」
低い声でそんなことを言うティスリ。
ティスリはさっさと先行するので、護衛でもある(はずの)オレは後ろ姿しか見えないが……
アイツ……まぢで怒ってやがるな。
「お、おいティスリ……消し炭にするんじゃないぞ?」
「分かっています。それと──」
そのすぐ後に、ティスリの声が頭に響いた。
(──あの男は逃がしなさい)
どうやら魔法で、オレだけに声を届けているらしい。
(すでに発信魔法を仕掛けてあります。あの男の足取りから、黒幕を割り出します)
「……なるほど。了解だ」
怒りで我を忘れているかと思いきや、さすがは天才なだけあって冷静だな。
オレは剣を抜き放ち……そして気づく。
今のオレは守護の指輪を装備しているわけで、だとしたらあの男、斬りかかってきた途端に黒焦げじゃないか? そんなことになったら逃げるに逃げれんだろう。
「な、なぁ……ティスリ……」
そのことをオレがティスリに伝えようとするも、ティスリはすでに黒づくめどもの目前だし……
仕方がないので、オレは剣士の男と適度な距離を取った。
この状況で、いったん剣を収めて指輪を取るわけにもいかんしなぁ……
やむを得ない。なんとか会話で時間稼ぎをしてみるか。ティスリがあっちを片付けたら剣士も逃げるだろうし。
「さて、と。お前が洗いざらい話してくれるなら、オレはラクなんだが?」
「言うと思うか?」
「言わないだろうなぁ。でもそこをナントカ?」
「馬鹿にしているのか? いや……お前が馬鹿なのか」
「いやいや、オレはお前のためを思っていっているんだぞ? 切り結ぶことなく黒焦げになるのはイヤだろ?」
「……どういう意味だ」
お? なんか男が警戒してるぞ。
だとしたら無理に会話を引き延ばすよりも、正直になったほうが得策ではなかろうか。
オレは、ゆっくりと横に移動しながら言った。
「オレはとある魔具を装備していてね。それに気づかず突っ込んで来て見ろ。お前さん、戦う前から黒焦げだぞ」
「…………ハッタリだ」
「ハッタリなもんかよ。なら魔具の存在を見極めるまで、じっくり観察してみればいい。オレは手出ししないぜ?」
「…………いったい、何を考えている」
「お前さんの身を案じているだけだってまぢで。こんなところで、後遺症が残るほどの怪我はしたくあるまい?」
「………………」
剣士の男が黙ると、そのタイミングで、向こうから悲鳴が聞こえてきた。
ちらりと見ると、ティスリが魔法で黒づくめ三人を切り刻んでいた。どうやら守護の指輪を使ったのではなく、自らの手で痛めつけているようだ……痛そう。
それを見た剣士の男が目を見開く。
「なっ……魔法士!?」
驚く男にオレが告げる。
「さて、これで二対一だな。ご覧の通り、アイツは近接戦闘も出来る魔法士だ。もうお前に勝ち目はないぞ」
「くっ……!」
オレがそう言うと、男は躊躇することなく背中を向ける。
そしてそのまま、ティスリが開けた壁の大穴から逃げていった。
「ふぅ……上手くいったか」
オレはしゃべりながら、男との立ち位置を微妙に変えていたのだ。男が出入口から逃げやすいように。
その思惑が上手くいき、オレは胸を撫で下ろす。
「おーいティスリ。こっちは終わったぞ。そっちはどうだ?」
「問題ありません」
「……ヤってないよな?」
「当たり前です。この男達には尋問もしなければなりませんから、ちょっと触っただけで激痛が走る程度の怪我にしておきました。向こう一ヵ月は痛むでしょうけれども」
「もはや、それは尋問じゃなくて拷問だよ……」
黒づくめ達が情けない声で「た、頼む……回復魔法を……」などと言っているが、ティスリは無視を決め込みベラトの元へと戻る。
ベラトの元にはフォッテスも駆け寄っていて、自身のスカートを破って、負傷したベラトの腕に巻いて止血をしていた。
そんなフォッテスが、涙目になりながら言ってくる。
「ティスリさんにアルデさん……本当にありがとうございます! お二人が来てくれなかったら、今頃どうなっていたか……!」
そんなフォッテスに、ティスリが優しい顔を向けた。
「構いません。むしろ、この状況下でよくネックレスのことを思い出しましたね。素晴らしい機転ですよ」
「そ、そんな……わたしは何も出来なくて……あっ、それよりベラトの怪我を見て頂けないでしょうか!?」
「もちろんです。ベラト、どんな状況でやられたのですか?」
ティスリがベラトに問いかけると、ベラトは悔しそうに説明を始める。
「レイピアの突きを食らってしまって……交わしきれずに、左腕に受けました」
「なるほど……ということは、剣先が骨に達して折れたのでしょう。ならまずは骨を繋ぎましょうか」
そしてティスリは回復魔法を掛ける。ベラトの傷口付近が緑色に光り出した。
しばらく治療を見守っていたオレたちだったが、やがてフォッテスがティスリに言った。
「ティスリさん……ベラトの怪我は、大会初日までに治るでしょうか……?」
そう言えば、連中はベラトの大会出場を阻止したくてこんな蛮行に出たんだよな。あの剣士があっさり引き下がったのも、ベラトに怪我を負わせることができたからだろう。
普通、骨を折るほどの怪我をしたら全治まで何ヶ月もかかるから、二週間後には本戦が始まる武術大会にはとてもじゃないが間に合わない。
だがティスリは平然と言ってきた。
「大丈夫です。わたしが毎日回復魔法を掛ければ、一週間もあれば全治できます」
「ほ、本当ですか……!?」
「ええ、本当です。ただその間はトレーニングが出来ませんが……」
ティスリの説明を聞いて、オレはティスリに確認する。
「腕以外のトレーニングはやってもいいのか?」
「腕を固定すれば、日常生活は普通に過ごして頂いて構いませんが、激しい運動はダメです。例えば、早足での散歩くらいなら構いませんが……」
「ふむ……なら向こう一週間は、体がなまらない程度の運動にしておいて、治ったら急いで調整って感じだな」
本来なら、残り二週間はじっくり調整したいところではあるがやむを得ない。そもそも、骨折がこれほど早く治ること自体があり得ないのだからな。
ティスリの説明を聞き終えて、ベラトさんが困った顔で言ってきた。
「しかし……これはぼくの実力不足が招いた結果ですし、ぼくたちには、そこまでの治療費は支払えません……」
そんなベラトに、ティスリがため息をついてから言った。
「ベラトさん、あなたは人の好意を素直に受け取れないところが欠点ですよ」
「で、ですが……本来、回復魔法を連日施術してもらうなんて……」
「それは、ちまたの魔法士が無能だからに過ぎません」
「む、無能……?」
普通、魔法士ともなれば、どんなヤツでも持てはやされるというのに、ティスリが無能呼ばわりするものだから、ベラトとフォッテスはあっけにとられていた。
そんな二人の驚きなどお構いなしにティスリが説明を続ける。
「世間で回復魔法に高値が付くのは、ひとえに術者達の魔力が足りないせいです。にもかかわらず、術者達は魔力を増やす鍛錬もせず、今の地位にかまけて安穏としている──無能呼ばわりされても文句は言えないでしょう?」
そんな説明に、ベラトは「は、はぁ……」と曖昧に答えるしかなくなっていた。
「それと比べてわたしには魔力が有り余っています。ベラトさんに毎日魔法を掛けたところで痛くも痒くもありません。ですので支払いなどとケチくさいことは言わないでください。むしろ不愉快です」
「も、申し訳ありません……」
不愉快とまで言われて、ベラトは頭を下げるしかなくなる。
まったく……ティスリも、もうちょっと言いようがあるだろうに。
オレが苦笑していると、ティスリは、自分でも言いすぎたと気づいたのか、取って付けたように話を続けた。
「も、もし……それでも引け目を感じるというのなら、差し迫った日程でもコンディションを整えて、そして上位入賞を果たしてください。わたしにとって、それが何よりもの報酬です」
「まったく……最初から、そう言っておけばいいのに」
オレが思わずそんなことをつぶやくと、ティスリがジロリとこちらを睨んできた。頬を少し赤らめているところを見ると照れくさいらしい。
ティスリに睨まれたオレは肩をすくめたが、生真面目なベラトは、感無量な面持ちで頷いた。
「分かりました──ティスリさん、アルデさん、何から何まで本当にありがとうございます! この怪我を早く治して、ぼく、絶対にがんばります!」
「ええ、そうしてください。上位入賞は当然として、目標は二位ですよ」
なぜ目標を優勝にしないのか不思議に思ったオレはティスリに聞いた。
「なんで二位なんだよ。どうせなら目指すは優勝だろ?」
「優勝はあり得ないからです」
「はぁ? なんでだよ?」
「なぜなら──」
そしてティスリは、絶対に悪巧みをしているであろう笑顔をオレに向ける。
「──あなたも大会出場するからですよ、アルデ」
結論から言えば……この三馬鹿は、黒幕に体よく使われていただけのようだ。
そもそも、酒場でフォッテスに声を掛けたのも計画の内だったらしい。ナンパを装ってフォッテスを脅し、ベラトの武術大会出場を取りやめさせるか、最低でも出鼻をくじくかしたかったようだ。
だというのに、フォッテスが結構な美人だったものだから、本当のナンパに切り替えたそうで……やっぱ馬鹿だな、こいつら。
訓練場に出向いたのも、ベラト本人に脅しが効くか否かを見極めるためだったようだ。まぁそこで今度はティスリに焼かれるわけだが。
だからオレは、根本的な疑問を口にした。
「ってかなんでお前らは、ベラトの大会出場を邪魔してるんだよ」
それを聞いたリーダー格の馬鹿──どうやらこいつら兄弟のようで、その長兄が答えてくる。
「それはアイツが予想外の優勝候補になったからだ」
「予想外の? どういう意味だ」
「アイツに上位入賞されたら、困るお方がいるんだよ」
「誰だよソイツは」
「オレたちは知らない」
「お前、この後に及んで──」
「ほ、本当だ! オレたちは会ったこともないんだ! ただ依頼を受けて、あのベラトって男をちょっと脅してただけなんだって! そうすりゃ上位入賞させてくれるっていうから……!」
「はぁ? 依頼を受けたら上位入賞させるって……そんなの八百長でもしなくちゃ無理だろ?」
「そ、それは……そうだが……」
長兄が口ごもっていると、狭い水路を勢いよく飛ばしているティスリが言ってきた。
「事実、八百長をしているのでしょう」
「どういうことだ?」
「黒幕は、上位入賞者をコントロールしたいのでしょうね」
「はぁ……? そりゃまたなんために?」
「どうせ、ロクでもないことを考えているのでしょう? 闇賭博か何かを」
ティスリの問いかけに、三馬鹿は気まずそうに顔を逸らす。
ようやく合点がいったオレはティスリに言った。
「なるほど。だから順位を意図通りに操作したいってわけか。だというのに、黒幕の息が掛かっていない選手がいては困ると?」
「そういうことでしょうね」
「そうすると、黒幕ってのはこの地域のマフィアか何かということか?」
「そうですね、あるいは……」
ティスリは剣呑な顔つきになって押し黙る。何かを考え込んでいる様子だった。
地下水路の幅もだんだん狭くなってきて、にもかかわらず飛行魔法は高速のまま縦横無尽に飛び回るものだから、三馬鹿たちは悲鳴を上げっぱなしになって、自白させるどころではなくなっていた。
ティスリもさきほど以上には、自分の推察を話さない。
そんな感じで数階分の地下に潜ると、ようやく目的地へと付いたようだ。
「こ、ここだ……ここが制御室…………うぷっ、レロレロレロ……」
飛行に酔った長兄が大変見苦しい状態になっているが、今はそれどころではない。目の前には鋼鉄の扉が固く閉じられていて、その中から剣戟の音が聞こえている。
「まずい! すでに戦っているみたいだぞ!」
オレがティスリを見ると、ティスリは無詠唱で魔法を放つ。
「爆破!」
三馬鹿を黒焦げにした魔法は、壁にぶち当たると、鉄の扉どころか壁ごと抉って大穴を開けた。どうやら三馬鹿に対しては手加減をしていたようだ。
「な、なんだ!?」
急に壁が瓦解して、中にいた全員がこちらに向いた。
「ベラトさん!」
そんな状況もお構いなしに、ティスリは制御室へと飛び込む。指輪もあるし問題ないとは思うが、一応オレは周囲に注意を払いながらティスリを追った。
制御室内にいるのは、黒づくめが三人に剣士風の男が一人。その剣士がベラトと戦っていたようだ。ベラトはその男から少し離れて片腕で剣を構えている。左腕は負傷したようでだらんと下げて、出血もしていた。さらにその後ろでは、フォッテスが涙ぐんだ瞳をこちらに向けている。
オレは、敵さんに注意しながらティスリに追いつく。
「ティスリ、ベラトの状態はどうだ?」
「……おそらく折られていますね。止血もしないと。いま回復魔法を施します」
ベラトが押さえている腕にティスリが手を添えるが、しかしベラトは言ってきた。
「ぼくは大丈夫です。それより連中を……!」
ベラトのその言葉に、オレは頷く。
「そうだな。お前をそこまで追い込んだなら、多少は手応えのあるヤツなんだろうし」
「アルデさん、あの男、妙な動きをしてきます! 唐突に尋常でない加速をするんです! もしかすると魔法かも……」
「ほぅ……魔法士には見えんが、魔具か何かかな?」
オレが視線を剣士に向けると、剣士はオレを睨みながら、背後の黒づくめに言った。
「その男はオレがやる。お前達は女をやれ」
黒づくめ達は無言で頷くと剣を構える。
ティスリも、そんな連中を無表情で見つめていた。
「では……ベラトさん、少し待っていてください。すぐ終わらせます」
そしてティスリが、ゆっくりと歩き出す。
「このわたしの庇護下にある者たちを傷つけた罪……万死に値します。が、むしろラクに死ねるとは思わない事ですね……」
低い声でそんなことを言うティスリ。
ティスリはさっさと先行するので、護衛でもある(はずの)オレは後ろ姿しか見えないが……
アイツ……まぢで怒ってやがるな。
「お、おいティスリ……消し炭にするんじゃないぞ?」
「分かっています。それと──」
そのすぐ後に、ティスリの声が頭に響いた。
(──あの男は逃がしなさい)
どうやら魔法で、オレだけに声を届けているらしい。
(すでに発信魔法を仕掛けてあります。あの男の足取りから、黒幕を割り出します)
「……なるほど。了解だ」
怒りで我を忘れているかと思いきや、さすがは天才なだけあって冷静だな。
オレは剣を抜き放ち……そして気づく。
今のオレは守護の指輪を装備しているわけで、だとしたらあの男、斬りかかってきた途端に黒焦げじゃないか? そんなことになったら逃げるに逃げれんだろう。
「な、なぁ……ティスリ……」
そのことをオレがティスリに伝えようとするも、ティスリはすでに黒づくめどもの目前だし……
仕方がないので、オレは剣士の男と適度な距離を取った。
この状況で、いったん剣を収めて指輪を取るわけにもいかんしなぁ……
やむを得ない。なんとか会話で時間稼ぎをしてみるか。ティスリがあっちを片付けたら剣士も逃げるだろうし。
「さて、と。お前が洗いざらい話してくれるなら、オレはラクなんだが?」
「言うと思うか?」
「言わないだろうなぁ。でもそこをナントカ?」
「馬鹿にしているのか? いや……お前が馬鹿なのか」
「いやいや、オレはお前のためを思っていっているんだぞ? 切り結ぶことなく黒焦げになるのはイヤだろ?」
「……どういう意味だ」
お? なんか男が警戒してるぞ。
だとしたら無理に会話を引き延ばすよりも、正直になったほうが得策ではなかろうか。
オレは、ゆっくりと横に移動しながら言った。
「オレはとある魔具を装備していてね。それに気づかず突っ込んで来て見ろ。お前さん、戦う前から黒焦げだぞ」
「…………ハッタリだ」
「ハッタリなもんかよ。なら魔具の存在を見極めるまで、じっくり観察してみればいい。オレは手出ししないぜ?」
「…………いったい、何を考えている」
「お前さんの身を案じているだけだってまぢで。こんなところで、後遺症が残るほどの怪我はしたくあるまい?」
「………………」
剣士の男が黙ると、そのタイミングで、向こうから悲鳴が聞こえてきた。
ちらりと見ると、ティスリが魔法で黒づくめ三人を切り刻んでいた。どうやら守護の指輪を使ったのではなく、自らの手で痛めつけているようだ……痛そう。
それを見た剣士の男が目を見開く。
「なっ……魔法士!?」
驚く男にオレが告げる。
「さて、これで二対一だな。ご覧の通り、アイツは近接戦闘も出来る魔法士だ。もうお前に勝ち目はないぞ」
「くっ……!」
オレがそう言うと、男は躊躇することなく背中を向ける。
そしてそのまま、ティスリが開けた壁の大穴から逃げていった。
「ふぅ……上手くいったか」
オレはしゃべりながら、男との立ち位置を微妙に変えていたのだ。男が出入口から逃げやすいように。
その思惑が上手くいき、オレは胸を撫で下ろす。
「おーいティスリ。こっちは終わったぞ。そっちはどうだ?」
「問題ありません」
「……ヤってないよな?」
「当たり前です。この男達には尋問もしなければなりませんから、ちょっと触っただけで激痛が走る程度の怪我にしておきました。向こう一ヵ月は痛むでしょうけれども」
「もはや、それは尋問じゃなくて拷問だよ……」
黒づくめ達が情けない声で「た、頼む……回復魔法を……」などと言っているが、ティスリは無視を決め込みベラトの元へと戻る。
ベラトの元にはフォッテスも駆け寄っていて、自身のスカートを破って、負傷したベラトの腕に巻いて止血をしていた。
そんなフォッテスが、涙目になりながら言ってくる。
「ティスリさんにアルデさん……本当にありがとうございます! お二人が来てくれなかったら、今頃どうなっていたか……!」
そんなフォッテスに、ティスリが優しい顔を向けた。
「構いません。むしろ、この状況下でよくネックレスのことを思い出しましたね。素晴らしい機転ですよ」
「そ、そんな……わたしは何も出来なくて……あっ、それよりベラトの怪我を見て頂けないでしょうか!?」
「もちろんです。ベラト、どんな状況でやられたのですか?」
ティスリがベラトに問いかけると、ベラトは悔しそうに説明を始める。
「レイピアの突きを食らってしまって……交わしきれずに、左腕に受けました」
「なるほど……ということは、剣先が骨に達して折れたのでしょう。ならまずは骨を繋ぎましょうか」
そしてティスリは回復魔法を掛ける。ベラトの傷口付近が緑色に光り出した。
しばらく治療を見守っていたオレたちだったが、やがてフォッテスがティスリに言った。
「ティスリさん……ベラトの怪我は、大会初日までに治るでしょうか……?」
そう言えば、連中はベラトの大会出場を阻止したくてこんな蛮行に出たんだよな。あの剣士があっさり引き下がったのも、ベラトに怪我を負わせることができたからだろう。
普通、骨を折るほどの怪我をしたら全治まで何ヶ月もかかるから、二週間後には本戦が始まる武術大会にはとてもじゃないが間に合わない。
だがティスリは平然と言ってきた。
「大丈夫です。わたしが毎日回復魔法を掛ければ、一週間もあれば全治できます」
「ほ、本当ですか……!?」
「ええ、本当です。ただその間はトレーニングが出来ませんが……」
ティスリの説明を聞いて、オレはティスリに確認する。
「腕以外のトレーニングはやってもいいのか?」
「腕を固定すれば、日常生活は普通に過ごして頂いて構いませんが、激しい運動はダメです。例えば、早足での散歩くらいなら構いませんが……」
「ふむ……なら向こう一週間は、体がなまらない程度の運動にしておいて、治ったら急いで調整って感じだな」
本来なら、残り二週間はじっくり調整したいところではあるがやむを得ない。そもそも、骨折がこれほど早く治ること自体があり得ないのだからな。
ティスリの説明を聞き終えて、ベラトさんが困った顔で言ってきた。
「しかし……これはぼくの実力不足が招いた結果ですし、ぼくたちには、そこまでの治療費は支払えません……」
そんなベラトに、ティスリがため息をついてから言った。
「ベラトさん、あなたは人の好意を素直に受け取れないところが欠点ですよ」
「で、ですが……本来、回復魔法を連日施術してもらうなんて……」
「それは、ちまたの魔法士が無能だからに過ぎません」
「む、無能……?」
普通、魔法士ともなれば、どんなヤツでも持てはやされるというのに、ティスリが無能呼ばわりするものだから、ベラトとフォッテスはあっけにとられていた。
そんな二人の驚きなどお構いなしにティスリが説明を続ける。
「世間で回復魔法に高値が付くのは、ひとえに術者達の魔力が足りないせいです。にもかかわらず、術者達は魔力を増やす鍛錬もせず、今の地位にかまけて安穏としている──無能呼ばわりされても文句は言えないでしょう?」
そんな説明に、ベラトは「は、はぁ……」と曖昧に答えるしかなくなっていた。
「それと比べてわたしには魔力が有り余っています。ベラトさんに毎日魔法を掛けたところで痛くも痒くもありません。ですので支払いなどとケチくさいことは言わないでください。むしろ不愉快です」
「も、申し訳ありません……」
不愉快とまで言われて、ベラトは頭を下げるしかなくなる。
まったく……ティスリも、もうちょっと言いようがあるだろうに。
オレが苦笑していると、ティスリは、自分でも言いすぎたと気づいたのか、取って付けたように話を続けた。
「も、もし……それでも引け目を感じるというのなら、差し迫った日程でもコンディションを整えて、そして上位入賞を果たしてください。わたしにとって、それが何よりもの報酬です」
「まったく……最初から、そう言っておけばいいのに」
オレが思わずそんなことをつぶやくと、ティスリがジロリとこちらを睨んできた。頬を少し赤らめているところを見ると照れくさいらしい。
ティスリに睨まれたオレは肩をすくめたが、生真面目なベラトは、感無量な面持ちで頷いた。
「分かりました──ティスリさん、アルデさん、何から何まで本当にありがとうございます! この怪我を早く治して、ぼく、絶対にがんばります!」
「ええ、そうしてください。上位入賞は当然として、目標は二位ですよ」
なぜ目標を優勝にしないのか不思議に思ったオレはティスリに聞いた。
「なんで二位なんだよ。どうせなら目指すは優勝だろ?」
「優勝はあり得ないからです」
「はぁ? なんでだよ?」
「なぜなら──」
そしてティスリは、絶対に悪巧みをしているであろう笑顔をオレに向ける。
「──あなたも大会出場するからですよ、アルデ」
1
お気に入りに追加
372
あなたにおすすめの小説
王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」
公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。
血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい
斑目 ごたく
ファンタジー
「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。
さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。
失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。
彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。
そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。
彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。
そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。
やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。
これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。
火・木・土曜日20:10、定期更新中。
この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。
飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。
隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。
だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。
そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる