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第2章
第14話 ま、まさか……謀られたのか……?
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ラーフルは、王女殿下の向かわれた先を推察したのち、自身も南西の国境部隊の元へと出向いていた。
しかしそこでの報告を聞き、わたしは愕然とする。
「殿下の痕跡すら見つからないだと……!?」
南西国境に最も近い都市にある軍事基地の作戦本部で、通信兵からもたらされたその報告に、わたしは座席を立ち上がって言った。
「ど、どういうことだ!? もしかすると、すでに国境を越えてしまったのではないか!?」
「いえ、その可能性は低いと思われます」
「どうしてだ……!」
「もし殿下が、バクーニン王国に亡命された際は、内々に連絡をして頂ける手はずになっているからであります」
バクーニン王国は、我が国から南西に位置する国で国境も接し、かつ友好国でもある。殿下の亡命先と目されている王国だから、通信兵が言ったように、もしも殿下が亡命されたときには連絡が入る手はずになっている。
だがその連絡がないのだとしたら……わたしはいくつかの可能性を思い浮かべた。
まず真っ先に考えられるのは、殿下がバクーニン王国の連絡を止めていること。内密に連絡が入るとはいえ相手は殿下だ。その圧倒的な武力と知略の前では、友好国とはいえ、連絡を入れることさえ出来ない可能性がある。そもそもかの王国が友好を保ちたい相手は殿下本人なのだから。
次に殿下は、亡命と言ってもバクーニン王族を頼っていない可能性もある。あの王国には、殿下の捜索までは依頼していない。だから殿下が市井に紛れているとしたら発見のしようがないのだ。そもそも殿下個人の資金力は、下手をすると我が国の国家予算より潤沢なのだから、他王族に頼らなくてもやっていけるわけで……
そして、殿下はまだ我が国に潜んでいる可能性も見逃せない。だがこの南西方面は大々的なローラー作戦が展開されている。だというのに捕捉できないというのは……
いや……そもそもとして、だ。
魔動車を駆る男女二人組だなんて目立つことこの上ないというのに、その目撃情報が一切ないのはおかしい。現に、鎧を預けたという地方都市までは目撃情報があったのに、そこから情報が途絶えているのだ。糸でも切れたかのように、ぷっつりと。
捜索当初は、我々の捜索が掛かることを殿下が予見して、魔法的な処置により行方を隠しているのか、魔動車を放棄したのかと思ったが……
であったとしても、殿下の容姿は凄まじく人目を引くのだ。市井で飲食でもしていれば、大勢の記憶に残るはず。
記憶操作系の魔法は人体に害のある魔法で、殿下が発現したところでそれは変わらない。だから自分の行方をくらませるためだけに、出会った臣民の記憶を片っ端から操作するとも思えない。
殿下は、お隠れになって飲食をしているという意見も出たが、殿下がそこまでして行方をくらませる必要性はないとわたしは考えていた。なぜなら、仮に我々が追いついたとしても、殿下がその気になればすぐに追い払えるのだから。だから不自由な思いまでして逃げる理由がないのだ。
であるならば……もしかすると……
わたしは、顔から血の気が引いていくことに気づいていた。
「ま、まさか……謀られたのか……?」
よくよく考えてみれば……たかが鎧を預けるためだけに痕跡を残すなんて殿下らしくない。
いや、仮に鎧が邪魔だったのは本当だとしても、殿下なら、一つの行動でいくつもの実利を得ようとするだろう。
だとしたら、バクーニン王国に亡命しようと思わせたこと、それ自体が撹乱だったのか……!?
「なんてことだ……!」
わたしは、作戦本部の中で暗澹たる気分になった。
将校の一人が声を掛けてくる。
「ラーフル殿。何か気づいたことでもありますかな?」
わたしはその将校に視線を向ける。
バクーニン王国とは友好関係が長いから、この国境部隊には、そこまでの精鋭は配置されていない。それを束ねる将校は退役を目前にした人間が多く、退役までのんびりさせてやろうという雰囲気だ。
だからこの将校もあまり切羽詰まった感じはなく、よく言えば実直、悪く言えば暢気だった。
王女殿下が出奔されていることが、いったいどれほど重大事なのかもよく分かっていないのだろう。ちょっとやんちゃな孫娘を連れ戻す程度と考えているのかもしれない。
わたしは、目の前が暗くなるのを感じながらも……そんな好々爺とした将校に言った。
「貴殿には、引き続きこのあたり一体の捜索をお願いしたい」
「了解しました。ということは、ラーフル殿はどこかに行かれるのですか?」
「ああ……わたしは一度、王城に戻ってリリィ様の指示を仰がねばならなくなった」
指示を仰ぐというよりも、叱責を受けるだけになりそうだが……
「了解しました。ではこの場は我らが引き受けます。殿下を発見次第、すぐに報告しましょう」
「ああ……よろしく頼む……」
おそらく、この南西方面で殿下を発見することはないだろうが……
だからわたしは、リリィ様に報告をすれば、下手をすると親衛隊長を解任されてしまうかもしれないな。
殿下に任命された役職とはいえ、殿下不在の今、その人事権はリリィ様に移っている。
それに……殿下を最初に謀ったのはわたしだ。
旅館で嘘の手紙を置いたのだから。
当然だが殿下は、あの手紙が仕組まれたものであることなど看破されているだろう。
それに気づいたからこそ、アルデ・ラーマと行動を共にしているのだろうから。
となれば、あのとき、直接対面したわたしに欺されたと考えるのが自然だろう。今は状況証拠であったとしても、あの手紙を殿下がまだ持っていたとしたら、筆跡鑑定をすればバレてしまう。
であるならば、殿下はわたしを許してはくれないだろう。
つまり、もし殿下が復職されたとしても、わたしにはもう居場所はないわけで……
「遅かれ早かれ、懲戒処分ということか……」
作戦本部を出ながら、わたしは真っ黒に染まったかのような息を吐いた。
返す返すも、陛下が我々に無断で短慮など起こさなければ……
リリィ様ではないが、わたしも陛下を殴りたくなっていた。
しかしそこでの報告を聞き、わたしは愕然とする。
「殿下の痕跡すら見つからないだと……!?」
南西国境に最も近い都市にある軍事基地の作戦本部で、通信兵からもたらされたその報告に、わたしは座席を立ち上がって言った。
「ど、どういうことだ!? もしかすると、すでに国境を越えてしまったのではないか!?」
「いえ、その可能性は低いと思われます」
「どうしてだ……!」
「もし殿下が、バクーニン王国に亡命された際は、内々に連絡をして頂ける手はずになっているからであります」
バクーニン王国は、我が国から南西に位置する国で国境も接し、かつ友好国でもある。殿下の亡命先と目されている王国だから、通信兵が言ったように、もしも殿下が亡命されたときには連絡が入る手はずになっている。
だがその連絡がないのだとしたら……わたしはいくつかの可能性を思い浮かべた。
まず真っ先に考えられるのは、殿下がバクーニン王国の連絡を止めていること。内密に連絡が入るとはいえ相手は殿下だ。その圧倒的な武力と知略の前では、友好国とはいえ、連絡を入れることさえ出来ない可能性がある。そもそもかの王国が友好を保ちたい相手は殿下本人なのだから。
次に殿下は、亡命と言ってもバクーニン王族を頼っていない可能性もある。あの王国には、殿下の捜索までは依頼していない。だから殿下が市井に紛れているとしたら発見のしようがないのだ。そもそも殿下個人の資金力は、下手をすると我が国の国家予算より潤沢なのだから、他王族に頼らなくてもやっていけるわけで……
そして、殿下はまだ我が国に潜んでいる可能性も見逃せない。だがこの南西方面は大々的なローラー作戦が展開されている。だというのに捕捉できないというのは……
いや……そもそもとして、だ。
魔動車を駆る男女二人組だなんて目立つことこの上ないというのに、その目撃情報が一切ないのはおかしい。現に、鎧を預けたという地方都市までは目撃情報があったのに、そこから情報が途絶えているのだ。糸でも切れたかのように、ぷっつりと。
捜索当初は、我々の捜索が掛かることを殿下が予見して、魔法的な処置により行方を隠しているのか、魔動車を放棄したのかと思ったが……
であったとしても、殿下の容姿は凄まじく人目を引くのだ。市井で飲食でもしていれば、大勢の記憶に残るはず。
記憶操作系の魔法は人体に害のある魔法で、殿下が発現したところでそれは変わらない。だから自分の行方をくらませるためだけに、出会った臣民の記憶を片っ端から操作するとも思えない。
殿下は、お隠れになって飲食をしているという意見も出たが、殿下がそこまでして行方をくらませる必要性はないとわたしは考えていた。なぜなら、仮に我々が追いついたとしても、殿下がその気になればすぐに追い払えるのだから。だから不自由な思いまでして逃げる理由がないのだ。
であるならば……もしかすると……
わたしは、顔から血の気が引いていくことに気づいていた。
「ま、まさか……謀られたのか……?」
よくよく考えてみれば……たかが鎧を預けるためだけに痕跡を残すなんて殿下らしくない。
いや、仮に鎧が邪魔だったのは本当だとしても、殿下なら、一つの行動でいくつもの実利を得ようとするだろう。
だとしたら、バクーニン王国に亡命しようと思わせたこと、それ自体が撹乱だったのか……!?
「なんてことだ……!」
わたしは、作戦本部の中で暗澹たる気分になった。
将校の一人が声を掛けてくる。
「ラーフル殿。何か気づいたことでもありますかな?」
わたしはその将校に視線を向ける。
バクーニン王国とは友好関係が長いから、この国境部隊には、そこまでの精鋭は配置されていない。それを束ねる将校は退役を目前にした人間が多く、退役までのんびりさせてやろうという雰囲気だ。
だからこの将校もあまり切羽詰まった感じはなく、よく言えば実直、悪く言えば暢気だった。
王女殿下が出奔されていることが、いったいどれほど重大事なのかもよく分かっていないのだろう。ちょっとやんちゃな孫娘を連れ戻す程度と考えているのかもしれない。
わたしは、目の前が暗くなるのを感じながらも……そんな好々爺とした将校に言った。
「貴殿には、引き続きこのあたり一体の捜索をお願いしたい」
「了解しました。ということは、ラーフル殿はどこかに行かれるのですか?」
「ああ……わたしは一度、王城に戻ってリリィ様の指示を仰がねばならなくなった」
指示を仰ぐというよりも、叱責を受けるだけになりそうだが……
「了解しました。ではこの場は我らが引き受けます。殿下を発見次第、すぐに報告しましょう」
「ああ……よろしく頼む……」
おそらく、この南西方面で殿下を発見することはないだろうが……
だからわたしは、リリィ様に報告をすれば、下手をすると親衛隊長を解任されてしまうかもしれないな。
殿下に任命された役職とはいえ、殿下不在の今、その人事権はリリィ様に移っている。
それに……殿下を最初に謀ったのはわたしだ。
旅館で嘘の手紙を置いたのだから。
当然だが殿下は、あの手紙が仕組まれたものであることなど看破されているだろう。
それに気づいたからこそ、アルデ・ラーマと行動を共にしているのだろうから。
となれば、あのとき、直接対面したわたしに欺されたと考えるのが自然だろう。今は状況証拠であったとしても、あの手紙を殿下がまだ持っていたとしたら、筆跡鑑定をすればバレてしまう。
であるならば、殿下はわたしを許してはくれないだろう。
つまり、もし殿下が復職されたとしても、わたしにはもう居場所はないわけで……
「遅かれ早かれ、懲戒処分ということか……」
作戦本部を出ながら、わたしは真っ黒に染まったかのような息を吐いた。
返す返すも、陛下が我々に無断で短慮など起こさなければ……
リリィ様ではないが、わたしも陛下を殴りたくなっていた。
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