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第2章

第7話 アルデの頬をちょっとつねってみました

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 夕食も終わり、ティスリわたしとアルデは、折りたたみ式のリクライニングチェアを並べて星空を見ていました。

 焚き火も照明魔法も消すと次第に目が慣れてきて、満点の星空をはっきりと見ることができます。

 だからわたしは思わずつぶやいていました。

「すごい……こんな星空、初めて見ました」

 するとアルデが言ってきます。

「新月なら、もっとたくさんの星が見えるだろうけどな」

「これでも十分ですよ。王城のバルコニーでは、これほどの星空は見られませんからね」

「王都は夜も明るいからな。とくに王城のある貴族街のほうは」

「ですね……」

 この星空は、今までだってわたしの上にずっと存在していたというのに、わたしは気に留めることも見上げることもしていませんでした。日々の公務に忙殺されて。

「なんだか、今まで損をしていた気分です」

 わたしがそんなことをつぶやくと、アルデが苦笑を向けてきました。

「なら、これからそれを取り返せばいいじゃんか。時間はたっぷりあるんだから」

 そんなことを言われて──わたしは、なんだかくすぐったい気持ちになりました。

「そうですね。確かに……時間はたっぷりありますものね」

 もう公務に追われることもなければ、他国の王族を接待することもしなくていいのですから。

「アルデたち平民は、こういう風景をよく見るのですか?」

「まぁな。何しろ田舎には、魔法士もいなければ魔具だってないから、光源なんてランタンくらいだし、そうなると夜は月と星が引き立つよ」

「そうですか。でも、魔法の光でどれほど明るく華やかにしたところで、この星空には叶いません」

「そうかもなぁ」

「どんなに豪奢な王城や宮殿よりも、折り畳み椅子に座って空を見上げるほうが感動できるだなんて……なんだか皮肉な話です」

「ま、オレたち平民からしたら、煌々と照らされた建物は憧れなんだぜ? 結局、どちらも無いものねだりをしているだけかもな」

「ふふ……そうかもですね」

 アルデとそんなことを話しているうちに、気づけば夜も更けてきて、わたしたちは就寝することにしました。時間の過ぎるのがあっという間なのは、ゆっくりしていても忙しなくしていても、あまり違いはないようですね。

「ティスリ、寝袋の使い方は分かるか?」

「ええ、大丈夫です」

「夜は冷えるから、きっちりくるまって寝ろよ」

「分かっていますよ。ではお休みなさい」

 そうしてわたしは、自分のテントに入って寝袋に包まれました。

 ふぅ……今日はなんだか、とても貴重な体験をしましたね。これからも、こんな体験が続くのでしょうか。

「きっと……アルデと一緒にいればこの先も……」

 そんなつぶやきにわたしは──

 ──急に、寝袋の中が熱くなって思わず起き上がりました。

「い、今……わたしは一体何を言いましたか……!?」

 周囲を見回しても、テントの布地しか視界に入りません。

 まさか……今のつぶやきが聞こえたりはしていないですよね?

 しかし……すぐ隣にはアルデのテントがあるわけですし……

「そ、そういえば……」

 そしてわたしは、さらなる事実に気づきます。

 テントの組み立てに思いのほか熱中してしまい、アルデのテントはすぐ隣に設営してしまっていたのです……!

 鍵もない部屋で、こんな間近にテントを張ったら……それはもう枕を並べて寝ているのにも等しいのでは!?

 今は守護の指輪も装備していますから、万が一にでも間違いが起こればアルデが黒焦げになるだけですが、しかしそこは気分の問題というか……!

 そんな考えが浮かんできたが最後、わたしの体はますます火照ってしまいました。

「こ、こんな心境では眠れません……」

 わたしは、テントの距離を離そうと思って外に出ますが、一人で行うにはちょっと面倒そうです。

 なのでわたしはアルデのテントの前で声を掛けました。

「アルデ、少しいいですか?」

 しかしアルデの声は聞こえてきません。

「アルデ? もしかしてもう寝たのですか?」

 お互いがテントに入ってから、まだ数分しか経っていないというのに?

「アルデ、ちょっと中に入りますよ?」

 わたしはテントの出入口に垂れ下がっている虫除けの帆布を手でけて、中を覗き込みます。

 すると……アルデは高いびきをかいて寝ていました。

「こ、この男は……もう寝入ったというのですか……?」

 寝たふりをしているようには見えません。わたしはテントに入り込むと、アルデの頬を念のためにペチペチ叩いてみました。

 しかし、いっこうに起きる気配はありません。

「頭の構造がシンプルだと……寝付きもよいようですね」

 のんきなアホ面で寝入るアルデを見て、わたしはため息をつきました。

 寝袋の上から全身を揺すってもみましたが、呻き声すら上げません。

 まぁ……ここまで良く寝入っているのなら、わたしが心配するような事態にはならないでしょうけれども。

「まったく……この男は。人の気も知らないで……」

 アルデが黒焦げになったりしたら、この先いろいろ支障が出そうだと思って、眠い目をこすって起きてきたというのに……

 わたしはなんだか面白くなくなって、アルデの頬をちょっとつねってみました。

 するとアルデは、若干顔をしかめましたが、顔を少し動かしてわたしの指先から逃れると、すぐに安らかな寝顔になります。

「……いったい、どれくらい刺激を与えたら起きるのかしら?」

 見事なアルデの寝入り具合に、わたしは好奇心を刺激されます。

 今度は指先で、アルデの片目をちょっとこじ開けてみるものの……白目が見えただけで起きる気配はありません。

 鼻をつまんでみると、さすがに「う~ん……」と呻き声は上げましたが、その後は口で呼吸して事なきを得ました。

「この男の神経は、いったいどうなっているのですか……!?」

 わずか数分で寝付き、さらにここまでやっても起きないとは。わたしは驚きを通り越して呆れてきます。

「ならば、これならどうです……!」

 わたしは寝袋の留め具を取ると、アルデの脇腹を突きます。いわゆるくすぐりというヤツですが、しかしアルデはまったくの無反応で、ぐーすか寝息を立てるだけです。

「し、信じられません……!」

 ここまでやっても起きないだなんて、やはりこの男には神経が存在していないのでしょう。

 というより、人の気配がこんな間近にあるというのに目覚めないのは、護衛も従者も失格なのでは? 王都の旅館であっさりさらわれたのも頷けるというものです。

「はぁ……もういいです」

 わたしは諦めて、その場でごろんと仰向けになりました。

「どうしてこのわたしが……こんな男のためにヤキモキしなければならないのですか……」

 ……いえ、別にヤキモキなんてしてませんけどね?

 ただ、あるじとその従者が枕を並べて寝るかのような距離感では、他の者に示しが付かないと思っただけですからね?

 ……別に、他の者なんていませんけれども。

 まったくアルデは……

 この男と知り合ってから、信じられないことの連続です……

 少しはわたしの気苦労を……分かって欲しいものですね………………

 ……………………。

 …………。

 ……。

 ・

 ・

 ・

「はっ……!?」

 あ、あれ……?

 わたし今……寝てましたか?

 っていうか……寒いです。

 どうして寝袋に入っていないのでしょう……?

 そして……

 なんでアルデが寝袋にくるまってるんですか。主のわたしを差し置いて。

「アルデ……寒いです……」

 しかし声を掛けても、アルデはいっこうに起きません。

「ちょっとアルデ? 寒いですってば……」

 揺すっても起きません。

「その寝袋を……わたしによこしなさい……」

 アルデの寝袋を引っ張りますが……重くて動かせそうにありません……

「ならばこれでどうです……浮遊トリスティエ

 わたしが魔法を発現すると、アルデが宙に浮かび、寝袋がスルスルと脱げていきました。

「これでよし……と……」

 そしてわたしは寝袋に入ると、心地よい眠りについたのでした。
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