鏡の守り人

雨替流

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第三十三話 覚悟

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 賊に見つからない様に懸命に走りそして身を潜めていた。何度転んだことか手足は傷つき、顔も着物も酷く汚れていた。

(何処さいくだ……)

 やがて賊は道をそれると、道から見えない位奥まで森を進み休息した。数人は警戒し周囲を見ていた。

 道からそれた事を伝えるにはどうするべきか考えつつ、ゆっくりと動き道へと戻れば棒切れを拾い自分の名前と進む先を道に記したのである。

「おら、自分の名前書けて良かっただな、これで気づいてくれるだよ。でもなんだな……今一つ……」

 少し躊躇った後、袖を引きちぎり棒に被せそれを地面へ刺した。貴重な着物だが緊急事態ゆえ仕方も無い。後で回収し直せば良いのだ。

「これなら分り易いだで」

 元の場所まで戻れば、状況を観察していた。小平太達が此処へ向かっている事は確実である、ならばこのままつかず離れず後を追い、目印を立ててゆけば良いのだ。

「声を出せばその場で殺すからな、脅しじゃねえぞ」
「うぅぅ……」
「泣くでねえ、そろそろ出っと。買い付け人が待ってんだ、日暮れまでには村に戻りてえ」

 荷車が乱暴に蹴られれば、泣いていた子も黙ったようだ。

 (日暮れまでには戻りてえって……結構遠いだな……あれ? 布さ足りんだか?)

 身を潜め歩き追えば間もなく、進方角を変えた。賊は人目を避けて森の中を進むようである。すずはもう片方の袖も破れば、今度はそれを裂いて棒に巻き付けたのである。

「おいおい、あまっ子。それは一体何の真似だ?」
「だっ!」

 髪の毛が総立ちになる程驚いたのは仕方も無い。前ばかり気にしていたが、いつの間にか賊の一人が背後に回っていたのである。

「ちっ! 袖がねえって事は、その調子で細かく目印にしやがったな」
「だ、だ、だ、お、おら知んねえだよ……目印ってなんの話だで……おら此処で兎さ追ってただけだで……何処さいっただかな……すばしこいだな、仕方ねえ諦めて帰るだ……」

「おいおい、とぼけても無駄だ。ん? ……おめえ随分と可愛らしいな。これは高く売れそうだ」
「だっ! とんでもねえ、離せっ!」

 後ろ手に掴まれ仲間の元に連れていかれれば、顔が歪に腫れ上がり血だらけとなった男が激しくすずを罵っていた。

「このくそがき! 自分からやって来たか! ぶっ殺してやる!」
「だ……、……まずい……」
「おい! よせ、この娘は高く売れる、それよりも問題はこれだ目印に使いやがった」

 袖が無い事を知れば皆が一斉にすずを見た。

「何処からだ」
「……ちっと手前からだで」
「嘘をつけ、道を外れた所からだろ」
「だ……」
「しかし、追手が来るとしたら馬に違いねえ。そんな目印気づいてもらえねえぞ」
「違いねえ、あまっ子残念だが期待しても無駄だ」

 すずは何も言わずに黙っていた、口を開けば余計な事を言いかねないのは自分が一番知っているからだ。

「おすずちゃん……、……こわいよ……」
「だ!」

 一馬が泣きだしそうな表情ですずの名を呼んだのである。すずは止めろと目くばを送るも遅かったようだ。

「そうか、知り合いだったな。なぁ、このあまっ子殺さねえ代わりににこのガキ殺しても構ねえか?」
「あぁ? 売り物だぞ、ぬかしてんじゃねえ」
「おらよ、此処までされたらどうにも気が治まんねえ。はらわた煮えくりかえってんだ」

「ちっ! しゃぁねえ、だけどその分おめえの取り分から引くからな」
「構わねえよ」
「だ! やめるだ、そんなことしても何にもなんねえ!」

 荷車から降ろされた一馬は自分が殺される事を知り、泣き叫ぶだけである。

「だ、だ、だ、ほんとに止めるだ!」
「おすずちゃん! 助けて!」

 逃げ場のない急傾斜前に連れて行ったのは、殺した後にそこから突き落とす為であろう。男は刀を抜くと鬼の形相を見せたのであった。

「あまっこ! よく見ておけ! このガキはおめえの所為で死ぬんだ、可哀そうにな」
「やだぁぁぁ!」

 どうすべきか考えようにも頭の中は真っ白であった。間もなく男の刀が動きを見せたのであった。

「だぁぁぁぁ! やめろぉぉ!!」

 山中に響く程の大声であった。目印と足跡を追った小平太たちはその声を聞き場所を突き止めた所である。

 すずの手を後ろ手に掴んでいる男の爪先を思い切り踏みつけて身を屈めれば、男の手から離れ一目散に走り、一馬を突き飛ばしたのである。

 しかし危機を脱した一馬に対し自分は急斜面を転がり落ちてしまったのである。

「だっぁ! ぐぁっ! ぐっっ! うっ……うぅぅぅ!」

 急斜面を勢いよく転がれば、何かの拍子に身体は宙へ浮き地面へと何度も叩きつけられた。下まで転げ落ちようやく止まったものの、経験の無い強烈な痛みが腰の辺りに広がっていた。

「うぅぅ……いでえぇ……い、岩にでも……うぅぅ……あ、当たっただか……うぅぅっ、いでぇ……足もやっちまっただ……」

 右手指のほとんどと足首が折れあらぬ方を向いていた、腕を見れば裂傷と擦り傷で血だらけだが、そんな傷はどうでも良かった。問題は背中と腰に広がる得体の知れない強烈な痛みの原因である。

 自分を落ち着かせ、恐る恐る手を伸ばし痛む箇所を探れば、あろう事か大人の親指程もある枝の様なものが背中に刺さっていた、恐々と腹を確かめれば貫通はしていないようだが、かなり深くまで刺さっている事は解った。

(……とんでもねえことになっただ、いでぇ、どうすんだ、一馬様助けねえと……うぅぅ、藤十郎様とお琴様が悲しむだ……うぅ、いでぇ)

 渾身の力で身体を動かすも、強烈な痛みに襲われていた。

(……いでぇ……だ、だめだ……動けねえ……藤十郎様……お琴様……おら、助けに行くのさ無理だ……だども、どうすんだ……何とかしねえと……小平太様……早くきてくれ……)

 徐々に意識が薄れてゆく中で自分の死を覚悟し始めれば、黒丸が今までになく絡んできた理由を知った。

(そっか、それでおらの事止めていただか……教えてくれてたんだな……、……だども、おら世話になった藤十郎様とお琴様に悲しい思いさせたくなかっただよ……仕方ねえだよ……)

 間もなくして、崖上が騒がしく成り始めた事で、小平太達が助けに来てくれた事を知ったのであった。

「……こ、小平太様だ……」

(皆来てくれただか、いっぱいいるだな……これでお子達は安心だで……おらの目印さ役にたって良かっただ……ぐぅぅぅ……いでぇ……なんだ、震えが止まらねえ……寒いだよ)

 安心した事で気が抜けたのか、急激に寒気に襲われれば意識も遠のき始めてしまったのである。

(一馬様助かっただよな……藤十郎様もお琴様も悲しまねえで済むだな……だども……小平太様……おら、もう駄目かもわかんねえ……)
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