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ヴァレールは観客に見えるように右手を頭上に掲げ、ナイフをそこに滑らせる。
赤い線が伸び、そこから一拍遅れて生命の潮が流れ出る。
男たちはその様に息を飲み、女たちは悲鳴を上げた。
「た、大変ッ!」
リュマはヴァレールの腕に縋りつくようにして引き下ろす。
そしてそこに自らの手を乗せた。
まばゆい閃光がその手より発せられる。
「すまないね、コレが一番手っ取り早いんだ」
「も、もうっ! びっくりしたんだからっ!」
そんなやり取りをした後で、ヴァレールはその傷がついた手を再び観客に向けた。
いや、正しくは傷があった手だ。
再び天高く掲げられたその手には、傷など少しも見受けられなかったのだから。
「ち、治癒の魔術……?」
誰かがそう呟き、王太子は鷹揚に頷く。
治癒の魔術とはとうに失伝した神の御業。
かの聖女が民草を救うために使っていた、と伝承が残るのみ。
嘘か真か、死者の蘇生すら可能だったという。
その伝説が目の前に顕れた。
そこで初めて観客たちは合点がいった。
確かに『伝説』の体現者なら、ワーズの王の傍らに侍るのも頷ける。
「今ここに私は宣言する! 伝説の再来を! そしてこの混迷した国の改革の日が来たことを!」
その声は、確かに王者の威厳を感じさせるものだった。
「そして私たちには頼もしい仲間がいる! いずれも劣らぬ、民草の為に立ち上がった勇者たち!」
一体いつ準備をしたのか、王太子の背後から数人の若人たちが並び出た。
宰相の、騎士団長の、枢機卿の麗しい子息たち。
それらがリュマに微笑みを投げかけた後、王太子の声に習い礼をする。
「この国に変革の時が来たのだッ! 私は彼らと共に戦うことを誓おう!」
ヴァレールは剣を抜き放ち、それを婚約者――だったティアーヌへと向ける。
古き者との決別、悪しき者との決別。
見る者にそんな構図を植え付けるかのように。
侯爵令嬢ティアーヌは、完ぺきなまでに「貴族の淑女」だった。
儀礼に精通し、身分を尊み、一部の隙も無い。
あの王太子の傍らの平民少女とは対極に位置する存在だろう。
「彼女、リュマは伝説の再来! かの聖女様の生まれ変わりなのだ! ティアーヌ、お前は『聖女の教え』をないがしろにし、平民を見下し、彼女を傷つけた!」
その怒号を契機として、ティアーヌの周りも俄かに騒がしくなる。
居並ぶ観衆を押しのけ、武装した男たちが現れたのである。
それらの顔に見覚えのある生徒たちもいた。
王太子ヴァレールと日頃から政治談議をしている友人たち。
『清流派』を名乗る若い理想家だ。
「さあ、聖女を貶めたこと。何か申し開きはあるか! 侯爵令嬢ティアーヌ?」
◆
侯爵令嬢ティアーヌは微笑みを絶やさず、内心で頭を抱えてた。
なんだこの茶番は、と。
挙句拘束でもするつもりか、取り巻きを使ってコチラを取り囲む始末だ。
(どう収集を付けよう……?)
さすがに淑女の領分を超えている。
どうあがいてもコチラも無傷では居られないだろう。
おまけに『聖女』なんて言い出したら、他国にも拠点を持つ教会をも巻き込んだ大事になること必須である。
そう考えるといっそ今すぐ助走をつけて王太子の頬を殴りつけてやりたい気分だ。
(それにしてもあれよね、一番バカバカしいのは……)
ちらり、とティアーヌは壇上の王子の顔を見た。
「さあ、慈悲を望むのならばこの場で罪を認めろ」
すっかり勝ち誇った顔でコチラを見下している。
「聖女の生まれ変わりリュマに首を垂れるが良い」
そしてそんなあり得ないことを言っている。
――聖女の生まれ変わり。
(それ私なんですけど……)
こんな馬鹿は200年前の記憶を掘り起こしても終ぞいなかった。
赤い線が伸び、そこから一拍遅れて生命の潮が流れ出る。
男たちはその様に息を飲み、女たちは悲鳴を上げた。
「た、大変ッ!」
リュマはヴァレールの腕に縋りつくようにして引き下ろす。
そしてそこに自らの手を乗せた。
まばゆい閃光がその手より発せられる。
「すまないね、コレが一番手っ取り早いんだ」
「も、もうっ! びっくりしたんだからっ!」
そんなやり取りをした後で、ヴァレールはその傷がついた手を再び観客に向けた。
いや、正しくは傷があった手だ。
再び天高く掲げられたその手には、傷など少しも見受けられなかったのだから。
「ち、治癒の魔術……?」
誰かがそう呟き、王太子は鷹揚に頷く。
治癒の魔術とはとうに失伝した神の御業。
かの聖女が民草を救うために使っていた、と伝承が残るのみ。
嘘か真か、死者の蘇生すら可能だったという。
その伝説が目の前に顕れた。
そこで初めて観客たちは合点がいった。
確かに『伝説』の体現者なら、ワーズの王の傍らに侍るのも頷ける。
「今ここに私は宣言する! 伝説の再来を! そしてこの混迷した国の改革の日が来たことを!」
その声は、確かに王者の威厳を感じさせるものだった。
「そして私たちには頼もしい仲間がいる! いずれも劣らぬ、民草の為に立ち上がった勇者たち!」
一体いつ準備をしたのか、王太子の背後から数人の若人たちが並び出た。
宰相の、騎士団長の、枢機卿の麗しい子息たち。
それらがリュマに微笑みを投げかけた後、王太子の声に習い礼をする。
「この国に変革の時が来たのだッ! 私は彼らと共に戦うことを誓おう!」
ヴァレールは剣を抜き放ち、それを婚約者――だったティアーヌへと向ける。
古き者との決別、悪しき者との決別。
見る者にそんな構図を植え付けるかのように。
侯爵令嬢ティアーヌは、完ぺきなまでに「貴族の淑女」だった。
儀礼に精通し、身分を尊み、一部の隙も無い。
あの王太子の傍らの平民少女とは対極に位置する存在だろう。
「彼女、リュマは伝説の再来! かの聖女様の生まれ変わりなのだ! ティアーヌ、お前は『聖女の教え』をないがしろにし、平民を見下し、彼女を傷つけた!」
その怒号を契機として、ティアーヌの周りも俄かに騒がしくなる。
居並ぶ観衆を押しのけ、武装した男たちが現れたのである。
それらの顔に見覚えのある生徒たちもいた。
王太子ヴァレールと日頃から政治談議をしている友人たち。
『清流派』を名乗る若い理想家だ。
「さあ、聖女を貶めたこと。何か申し開きはあるか! 侯爵令嬢ティアーヌ?」
◆
侯爵令嬢ティアーヌは微笑みを絶やさず、内心で頭を抱えてた。
なんだこの茶番は、と。
挙句拘束でもするつもりか、取り巻きを使ってコチラを取り囲む始末だ。
(どう収集を付けよう……?)
さすがに淑女の領分を超えている。
どうあがいてもコチラも無傷では居られないだろう。
おまけに『聖女』なんて言い出したら、他国にも拠点を持つ教会をも巻き込んだ大事になること必須である。
そう考えるといっそ今すぐ助走をつけて王太子の頬を殴りつけてやりたい気分だ。
(それにしてもあれよね、一番バカバカしいのは……)
ちらり、とティアーヌは壇上の王子の顔を見た。
「さあ、慈悲を望むのならばこの場で罪を認めろ」
すっかり勝ち誇った顔でコチラを見下している。
「聖女の生まれ変わりリュマに首を垂れるが良い」
そしてそんなあり得ないことを言っている。
――聖女の生まれ変わり。
(それ私なんですけど……)
こんな馬鹿は200年前の記憶を掘り起こしても終ぞいなかった。
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