天狗の花嫁

明樹

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誓いの印

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東京に行く話を聞いた翌日、お父さんとお母さんが仕事に行くとすぐに、僕は家を出ようとした。
玄関で靴を履いていると、おばあちゃんが僕のリュックを持って来た。


「それ、なあに?」
「この中に、おにぎりやらお菓子やらお茶が入っとる。今日は一日中、銀ちゃんと遊んどいで」
「うん!ありがとっ。じゃあ、行ってきまーす」
「気をつけてな」


僕はリュックを背負って、少しだけ早歩きで歩いた。おばあちゃんのおにぎりが潰れちゃったら大変だもんね…。


いつものように銀ちゃんを呼んで、あの広場まで連れて行ってもらった。
僕は普通にしてたつもりだけど、やっぱり元気が出なくて、銀ちゃんが心配して何度も「大丈夫か?」って聞いてきた。


もう、銀ちゃんといっぱい遊べるのは、今日で最後かもしれないから、楽しく過ごさなきゃ…。


そう思って、僕は笑顔でリュックを持ち上げてみせる。


「銀ちゃん、今日はおにぎりやお菓子をいっぱい持って来たの。後で、一緒に食べようねっ」
「凛の祖母のおにぎりか?楽しみだな」
「よかった。何して遊ぶ?」


僕は、銀ちゃんの手を両手で握って、にこにこと笑った。笑ってないと、涙が溢れそうになるから…。



そしていっぱい遊んで、いっぱい食べて、いっぱい話して……、僕の様子がおかしい事に、やっぱり銀ちゃんは気付いてた。





後少ししたら帰らないといけない時間で、真夏の暑い時期でも涼しいこの場所に、ひんやりとした風が吹き抜けた。


「凛、何かあったのか?」


銀ちゃんが僕の前に膝をついて、僕の肩を掴んで聞いてくる。


「銀ちゃん…、あのね、凛、あとちょっとしたら、東京に行くの…。もう、銀ちゃんに会えない…。うっ、ぐす…っ、銀ちゃん、と離れたくない、けど…、家族は一緒に、いないと…駄目だっ、て…。ふぅ…っ、ぐすっ」
「そうか…、だから元気がなかったんだな…」
「うっ、うわぁんっ!でも、ほんとは銀ちゃんと離れたくないっ、銀ちゃんと一緒にいたいよ…っ」


銀ちゃんが僕の腕を引くと、向かい合わせで膝に乗せて僕を抱きしめた。泣きじゃくる僕の耳のそばで「凛…凛…」と囁き続ける。
だんだんと落ち着いてきた僕の耳に口を付けて、銀ちゃんは静かに話し出した。


「凛…、よく聞くんだ。俺も、今年10才になるから、遠くに修行に行かなきゃならない。だから俺も、近いうちにここからいなくなる。でも、頑張って修行して、必ず迎えに来る。だから、凛も東京で頑張るんだ」
「…修行?」
「まあ、勉強みたいなもんだな…」
「天狗の学校?銀ちゃんも、遠くの学校に行くの?じゃあ、お正月や夏休みに帰って来ても、もう会えないのっ?」


僕は、銀ちゃんに会えなくなる事がすごく悲しくて、肩を震わせて次から次へと涙を流し続けた。


「凛…、大丈夫だ。俺は、凛が好きだ。凛も、いつも俺を大好きだと言って、頬にキスしてくれるだろ…?ふふ、そんな凛が可愛くて大好きなんだ。凛…大きくなったら、俺の花嫁になってくれるか?俺は、必ず強い天狗になっておまえを迎えに来るから…」
「花嫁…?お嫁さんのこと?凛、銀ちゃんのお嫁さんになれるの?じ、じゃあ、なる!銀ちゃんのお嫁さんになる!」


銀ちゃんは、見上げた僕の顔を両手で包んでおでこをこつんと合わせた。


「じゃあ約束だ、凛。おまえは、俺の花嫁だ。今から凛が俺の花嫁だという契約を結ぶ…。いいか?」
「うんっ、約束だよ。契約って…どうするの?」
「目を閉じて…凛。俺がいいと言うまで、開けたら駄目だ」
「わかった」


僕は、銀ちゃんに言われた通りに、ぎゅっと目を閉じた。すると僕の唇に、ふにゃりとした柔らかいものが押し当てられる。びっくりして、少し開いた口の隙間から、ぬるりとした温かいものが入ってきた。それと同時に、口の中に苦いような変な味が広がる。
驚いて開きそうになる瞼に力を入れながら、これって、銀ちゃんに口と口のちゅうをされてるの?と気付いた。


驚いたけど、銀ちゃんなら全然嫌じゃない。僕は身体の力を抜いて、口の中の銀ちゃんの舌に、そっと舌で触れてみた。
一瞬、銀ちゃんの動きが止まったけど、僕の舌をちろりと舐めて、ゆっくりと顔を離していく。
銀ちゃんの濡れて光る唇をぼんやりと眺めていると、くすりと笑いながら「凛…」と僕を呼ぶ優しい声が聞こえてきた。


僕は、はっとして銀ちゃんを見る。


「凛、見てみろ。俺のここに、桜の花びらみたいな印があるだろ…?凛の身体の同じ所にも、同じ印がある」


僕は、銀ちゃんが服を捲って見せてくれた印を見て、慌ててTシャツの襟を引っ張って、覗き込んだ。
銀ちゃんと同じ左胸の所に、赤い桜の花びらの形がくっきりと付いていた。


「銀ちゃん!見て!凛にも付いてるっ」


僕が襟を引っ張った隙間から、僕の胸を覗いた銀ちゃんは大きく頷いて、もう一度、僕をぎゅっと抱きしめた。


「これで、凛が俺の花嫁だという契約が出来た。凛、いつか必ず迎えに行くから、待っていてくれよ…」
「うんっ、待ってる…」


僕は、銀ちゃんとまた会う約束が出来たことが嬉しくて、寂しくて重かった気持ちが、軽くなったような気がしていた。




後に、この約束をした事で、あんな面倒臭いことなるなんて思いもよらなかった……。
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