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5. 月夜の吸血鬼

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 瞬時に目の前に移動した青年を上から下まで流し見る。

 ルナはまだ幼いが、そんな芸当が出来る人間がいないことくらいは分かる。


「私は魔物だ。こんなことは何でもない」

「まもの……?」


 再び問うように呟くと、青年は自嘲気味に言う。


「人の血を喰らう化け物、と言えば分かるか?」


 化け物……

 その言葉はルナにも理解出来た。

 それでも、今目の前にいる青年がそんな恐ろしい存在とは思えない。

 月光を従えたような姿は美しい。

 しかし、そう思ったのはその美しさ故ではなく、その洗礼された美しさの影に隠れているものを、子供の感性で敏感に感じ取っていたからだった。

 それが何なのかはっきりとは理解できなかったが、ルナは無意識のうちに訊いていた。


「泣いてるの……?」


 静かな間があった。

 青年は眉を顰めた後、涼やかに問う。


「その目は硝子玉か?」

「ううん、違うわ」


 ルナは首を横に振る。

 冴え冴えとした顔には一筋の涙も見えない。

 なのに、深い悲しみだけは伝わってきて、ルナの心は沈んでいく。 


「薬草を摘みに来たの」


 沈む心を浮上させたくて、ルナは不自然に話題を変えた。青年の言葉を待たずに続ける。


「湖の周りに咲いてる黄色い花が、み~んなそうなのよ」


 無理に笑みを作って得意げに話すルナの瞳を、青年はひたと見つめる。


「寝込んでいる弟の為とは感心だね……」

「どうして分かるの!?」

「魔物だと言っただろう、大概のことは分かる」


 人前ではもっと人間らしく振る舞う彼だが、今夜は進んで魔物らしいことをした。

 そんな自身を苦く笑いつつも、ぱっと湖の方へ向けて手を払う。


「それだけあれば足りるか?」 

「え……?」


 視線を泳がせてから籠に目をやると、まだ少ししか摘んでいなかった筈なのに、籠の中が黄色い花で満たされている。


「すごい、すごいわ!」


 ルナは感激し、目を輝かせて礼を言う。

 そして、息を弾ませるように言葉を続けた。


「お母さんがね、ご本を読んでくれたのよ!」

「本?」


 唐突に話が変わり、青年は短く問い返した。

 ルナは大きな瞳を更に輝かせて語り始める。


「きれいなお姫様とかっこいい王子様、あとお姫様に悪さをする化け物。それから、お姫様を助ける魔法使いのおばあさんが出てくるの。あなたは、その中の魔法使いね!」


 青年は目を瞬いた。それから、堪え切れずにくすくすと笑い声を洩らす。


「そうか、私はおばあさんなのか」


 ――化け物ではなく。


「もう、そうじゃないわ!」


 頬を膨らませるルナに、青年はこれまでとは打って変わって穏やかな声で言う。


「もう用は済んだのだろう。だったら、帰るといい。そなたには待っている者がいるのだろう?」


 その言葉にルナの心は再び沈んでしまう。
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