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5. もうひとつの決戦前夜

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 魔王直々じきじきの命により、カインはアヴェイルと共に謁見えっけんの間に来ていた。アヴェイルを後ろに控えさせ、自身もその場にひざまずく。

 数段高くなった位置に豪奢ごうしゃなつくりの椅子があり、そこに美しい青年がゆったりと腰かけていた。

 漆黒しっこくの髪は長く艶やかで、感情の読めない緋色の双眸そうぼうが、静かに広間を見渡す。

おもてを上げよ」

 若々しく威厳に満ちた声がし、カインは顔を上げた。

 魔族の頂点に立つ魔王は、にこやかな笑みこそ浮かべているが、おそれを抱かずにはいられないおごそかな空気をまとっている。

「勇者一行を捕らえた此度こたびの働き、実に見事であった」
「有り難きお言葉、光栄至極こうえいしごくに存じます」
「ふ……そんなにかしこまるな。立つがよい」

 言われるまま、カインは立礼りつれいする。

「して、その者が勇者か?」

 魔王の視線が、カインの足元にそそがれる。

 傷の手当をしたあと、目が覚めるまでベッドで休ませるつもりだった。だが、どうしてだか魔王は勇者にのみ興味を示し、意識のないまま広間に連れてくることになってしまった。

斯様かように幼き少女が、なんとまあ勇敢ゆうかんなことよ。しかし……」 

 魔王は、緋色の目を意味ありげにすがめる。

遠見とおみの水晶で勇者一行のことは見ておったのだが……この娘、どこか見覚えがないか?」
 
 カインの顔に、大きく「は?」という文字が浮かんだ。


「――いや、どうもな。私はこの娘を知っている気がするのだよ」

 魔王の言葉に反応したのだろうか。

「う……ん……」

 渦中かちゅうの少女が小さくうめく。

 細いまつ毛がゆっくりと持ち上がり、栗色の瞳を覗かせる。ぼんやりとした様子で起き上がった。

 カインに見下ろされていることに気づき、

「カイン? 私、どう……」

 手枷てかせのはめられた自身の手を見て、ぱちりとまばたく。

「え……なにこれ?」
「――娘よ」

 ロカは反射的に顔を上げた。魔王と目が合い、思考が一気に覚醒かくせいする。

「ままままま魔王様!?」

 勢いよく立ち上がった拍子に、足につながれた鉄の玉がごろりと転がる。

 魔王は顔をぽかんとさせ、カインは目をみはった。

  脇に控えた他の魔族たちも戸惑いを隠せず、さざ波のようなざわめきが起こる。

「わ、私ったら、名乗りもせず、とんだご無礼を……!」
 
 ロカはあたふたと呼吸を整え、胸に手を当てる。

「わ、私は、魔王軍第三部隊所属、ロカ・シャロンメイアと申します! どうぞお見知りおきください!」

 予想だにしなかった名乗りに、魔王はきょをつかれた顔をした。意味を理解するやいなや、盛大に吹き出す。

「なんと、そなた、我が軍の者か!?  まことであれば、カインハルト、そなたの部下ではないか!!」

 魔王が腹を抱えて笑う中、カインはなりふり構わず突っ込んだ。

「いや、まてまてまて!! お前が俺の部下だと!?」

 ロカが「へ?」と小首をかしげる。

 分かっていない様子のロカに、カインはまくし立てた。

「だから、俺は、魔王軍総指揮、カインハルトなんだよ!」
「カイン……ハル…………。はぁぁぁぁ!? なんで、カインハルト様が呑気のんきに勇者と旅して!?」
「それは俺のセリフだ! なんで魔族のお前が、勇者を名乗って旅してんだよ!?」
「そ、それはー……」

 ロカは言いよどみ、ちらりと魔王を見る。

 視線を感じた魔王が緋色の目をぱちりとさせ、ロカは頬を赤らめた。

「その……魔王様に……認めて……いただきたくて……。勇者を名乗っていれば、人間の中でも優秀な人材が集まってくるかなって。そこをまとめてたたけば、人間の戦力を一気にげるかなって……思って……」

 計画の全容を明らかにしたロカに、魔王は「ほう」と感心の声を洩らす。

 ロカが勇者を名乗ったお陰で、魔法使いベルと賢者ミカエルをろうに捕えることができた。彼らは魔族に太刀打たちうちできる、数少ない人間に違いなかった。

「って、カインハルト様!」

 ロカが食らいつくような目で、カインに迫る。

「私をだましてたってことですよね!? 酷くないですか!? 一番魔族の驚異きょういになりそうだったから攻撃したのに、魔族でしかも上司だったなんて! てか、部下の顔くらい把握はあくしておいてください! 私のこと分からなかったなんて、最低な上司ですよね!?」
「お、おま……上司に向かって……」

 ロカの怒涛どとうの非難に顔を引きつらせるが、

「いやまてまてまて! お前こそ、上司の顔くらい把握はあくしてろよな!?」
「だって!!」

 ロカは涙目で言い返す。

「私みたいなひら兵士からしたら、カインハルト様のお顔なんて、いつも遠くにちっちゃくしか見えなかったし!」
「そ……それを言うなら俺だって、お前の顔は豆粒まめつぶ程度にしか見えなかったってことだよな!?」

 ぐ……とロカが押し黙ったところで、魔王が頬杖ほおづえをつきながら、呆れた顔をする。

「そなたらは、ここに何をしに来たのだ? 痴話喧嘩ちわげんかか?」

 最後の言葉に、ロカが異様な反応を示した。

「ち、痴話喧嘩ちわげんかだなんてそんな! 私がおしたいしているのは魔王様だけです!」

 突然の告白に、魔王が目を丸くした。

 カインが「はぁ!?」と牙をむく。

「ロカは、俺を好いてくれているものとばかり!?」
「え、急になんですか……」

 ロカは胡散臭うさんくさそうに上司を見る。

「俺は、全てを明かしたあと言うつもりだったんだ。お前が人間でも構わないから、俺と一緒になってほしいと」

 これまた突然の愛の告白に、ロカはきょとんと見返し、みるみる顔を赤くさせた。

「わ、私にとって、カイン……カインハルト様は、頼れるお兄さんみたいな存在で……」

 成り行きを静かに見守っていたアヴェイルが、冷静にひょうする。

「脈なしランキング、一位の返しですね。心中お察し致します、我が君」
「ぬあ!?」

 アヴェイルの言葉に、カインは傷ついた。

「そ、それに!」

 ロカが続ける。

「私はずっと以前から、魔王様のことを……」

 ロカが特徴的な栗色の瞳をうるませると、魔王はあごに手をえた。

「ん、そなた……? もしや、私の千五十回目の生誕祭の折、城で迷子になっておった……」
「お、覚えていてくださったのですか!?」

 ロカが感極かんきわまった声を上げた。

「おお、やはりそうか。どおりで見覚えがあったはずだ」

 くすぶっていた謎が解け、魔王は満足そうに笑った。

 ロカは今にも泣きそうな顔になる。

 今でも鮮明に思い出せる。

 両親に連れられて参加した魔王の生誕祭。見るもの全てが珍しくてはしゃいでいると、両親とはぐれてしまった。そこへ……

『どうした、娘。迷子か?』

 魔王が通りかかり、泣きじゃくるロカに優しく声をかけてくれた。

「私のこと、覚えていてくださったなんて、何処かの上司様とは大違おおちが……」
「まだ言うか」

 カインがげっそりした顔をすると、

「おお、そうだ」

 魔王は妙案が思いついたとばかりに、声をはずませた。

「実はな、私の秘書官がひとり辞めてしまってな。代わりを探そうと思っていたところだったのだ。ロカよ、興味はないか? 此度こたびの働きの報酬にと思うのだが――」
「お、俺の秘書官の座も空いているぞ!?」

 カインの参謀さんぼうを務めるアヴェイルが、後ろでため息を落とす。

「空いているというか、私が有能すぎて元々雇っておられないでしょう。私はひとりでも問題な」
「お前は黙ってろ!!」
「……。悪いことは言いません。こんな上司の下でなど働かない方が良いですよ」
「おい」

 まるでコントのようなやりとりに、魔王は愉快そうに笑った。

 これは久々に楽しめそうだと、口許くちもと妖艶ようえんな笑みを浮かべる。

「では、こうしてはどうだ? 戦って勝った者が、ロカを秘書官とする」

 カインは身分というしがらみをかなぐり捨て、いどむような目を魔王に向けた。

 この想いは、誰であろうが譲れない。

「魔王様、お相手願います」
「よいぞよいぞ。そなたの相手をするのは、何百年ぶりになろうか」

 魔王は、カインを魔王軍総指揮に任じた日のことを思い出していた。

 おろおろとするロカをおいて、盛大な催しになるであろう、試合の日時が決まる。

 今宵こよいはカインにとって、魔王討伐前夜となりそうだった。

 勝てれば、の話だが――……


 ~fin.~
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