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39. ご無沙汰ですね、柚姫。

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 夏も終わりへと近づき、秋を思わせる涼やかな風が、時折窓から吹き込んでくる。

 こんな風に吹かれるたび、柚姫はチトセのことを思い出す。

 屋上から姿を消すとき、チトセは確かこんな涼しい風を纏っていた。

 いや――もう少し冷たかったかもしれない。

 それはまるで木枯らしのような、強くて、何処か淋しさをはらんだ風……――

 はぁ、と柚姫は溜息をつき、何とはなしに外を眺める。

 雲の合間に、丸い月が見え隠れしている。

「……また、あいつのことを考えているのか?」

 その声にぱっと振り返ると、月と見紛うほど金色に輝く瞳が目の前にあった。

「まったく、あいつのことは忘れろと……」

 と、そのとき。

 ピンポーン、と夜の静寂しじまを破るように、呼び鈴が鳴った。

 柚姫とトワは顔を見合わせた。

 時刻は夜の十一時。

 こんな時間に訪ねてくる友人もいないし、一体……?

 ふいに、トワの顔が不機嫌にしかめられた。

 わなわなと、拳まで震えている。

 どうしたのかと目を瞠っていると、トワは玄関の方へずかずかと歩いて行く。

「え、トワ?」

 柚姫は、慌ててその後を追った。

 インターホンに出ることなく、トワはいきなり玄関の扉をバンっと開け放った。

「トワ、夜は静かに――」

 柚姫の言葉はそこで途切れた。

 目の前に佇む白い人影を見て、あっと声が洩れる。

 流れるような金色の髪に、頭の上にちょこんと飛び出した獣の耳、そして背後で揺れるふさふさの尻尾――

「ち、チトセさん!?」
「ご無沙汰ですね、柚姫。私を想って、枕を濡らす夜が続いたのではありませんか?」

 トワが、ふん、と鼻で笑う。

「お前が来たから柚姫が不安そうにしてるぞ。だいたい、柚姫はお前のことなんか、綺麗さっぱり忘れていた」
「ふふ、でしたら。今度は忘れたくても忘れられないほど、私の存在をあなたの心に刻んでさしあげますよ、柚姫」
「そ、それよりチトセさん!」

 柚姫は通路を右、左と確認する。

「その、耳と尻尾……」
「ああ、これですか?」

 チトセはぴくぴくと耳を動かす。

「夜は、どうしてもこの姿になってしまのですよ。だから、今こうしている間にも、あなたを攫ってしまいたい衝動を抑えるのに必死なんです」

 チトセは、可愛らしいしぐさとは裏腹に、さらっととんでもないことを言ってのけた。
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