34 / 46
33. ……今では感謝している。
しおりを挟む
「トワっ……!」
チトセを抱きかかえたトワが、ゆっくりと空から降りてくる。
トワは壊れものを扱うように、チトセを静かに屋上に寝かせた。
「チトセさん……血が……」
最悪の事態を想像し、柚姫は青ざめる。
トワは、はぁと息をついた。
「……安心しろ、命は奪っていない」
「えっ?」
「そんなことをすれば、柚姫が悲しむ。第一、私は無闇に誰かを殺めたりしない。驚異的な力を持つこいつなら、じきに目を覚ます。だから、安心しろ」
「うん……」
力なく言うと、ぽん、とトワの手が柚姫の頭に乗せられる。
「まだ不安か?」
トワの優しい目が、柚姫を心配そうに見つめる。
「……ううん、安心した」
トワの手の感触に、柚姫はやっと心底そう思えた。
「トワがもし、チトセさんにやられちゃったら……って。それが一番、不安だったから……」
「柚姫……」
トワはそっと柚姫の肩を抱き寄せる。
「私はそう簡単にやられたりしない。柚姫に救われた命を、むざむざくれてやるつもりはない」
トワの瞳の中で、まるで生への執着を示すように、強い光が揺れている。
本人も、柚姫すら気づくことはないが、それは柚姫の持つ光と同じものだった。
「あのとき、柚姫が助けてくれたこと……今では感謝している」
トワは少し気恥ずかしそうに言った。
あの出逢いに感謝する初めての言葉――柚姫の瞳に温かいものがあふれ、零れそうになる。
この嬉しさを伝えたくて、柚姫もトワをぎゅっと強く抱き締めた。
「私も、ありがとう。助けてくれて、それから……」
柚姫の想いがトワに流れ込み、トワの心を愛情で満たしていく。
「柚姫……」
トワの手が柚姫の頬をなで、自然な流れで顎を上向けた。
「え、まだ、全部伝えてな――」
柚姫は口実のように言うが、トワの艶めいた笑みに制される。
「心配するな。全部伝わった」
トワは心を読めることに、初めて感謝していた。
自分の腕の中にいる少女への愛しさが込みあげてきて、ゆっくりと顔を寄せる。
唇が触れそうになるが、
「……ラブシーンは他でやっていただけますか?」
突如聞こえてきた声に、二人はぱっと顔を離した。
真っ先に、柚姫が驚きの声を上げる。
「ち、チトセさん!?」
「……と、言いたいところですが。柚姫は置いていってくださいね」
チトセはゆっくりと起き上がると、満面の笑みを浮かべた。
いいところを邪魔されたトワは、すっと目を細め、剣呑な顔つきになる。
「いい度胸だ……。人の恋路を邪魔するとは、狼の群れに踏まれて死んでしまえ」
「そんなことわざはありませんよ」
チトセは笑みを浮かべたまま、しれっと言った。
「これでおあいこです」
と、肩を竦める仕草で余裕すら見せる。
「あの、まさか……」
「ええ、聞こえてましたよ。ですが、あれだけの深手を負わされれば、流石の私も暫くは身動き一つできませんでしたから」
にこやかに言われ、柚姫は途端に恥ずかしくなった。
チトセは、ふふふ、と笑い、トワに興味を移す。
「どうして、心臓を狙わなかったのですか? 私を死に至らしめる唯一の可能性にもかかわらず、僅かに逸らしたでしょう?」
「……何だ、息の根を止めて欲しかったのか?」
「私はまた、柚姫を狙いますよ?」
びくっと柚姫の肩が震える。
それに気づいたトワが、安心させるように言う。
「心配するな、柚姫。何度でも守ってやる」
柚姫が落ち着きを取り戻すのを見てから、トワは溜息をついた。
「……お前はまず、柚姫を怖がらせないことから始めた方がいいと思うが?」
「おや。まさか、あなたからアドバイスをいただけるなんて、思いもしませんでした」
「柚姫を怖がらせる要因は、全て排除したいだけだ」
そんなことより、と話を戻す。
「お前もあのとき、私の心臓を狙わなかっただろ? 僅かに逸れていた」
不意をつかれたのか、チトセは軽く目を見開く。
「そう思うのはあなたの自由ですが……」
ああ、でも、とつけ加える。
「伝承を確かめられなかったのは、残念です。心臓を貫かれてあなたが息絶えれば、陽の光が弱点にならない私にとっても、もしかしたらそれが唯一の弱点になるかもしれませんからね。気になるところではありますよ」
「何なら、試してみるか?」
トワが冗談っぽく、チトセを挑発する。
「自分の身体で試しては、元も子もないでしょう」
チトセは何食わぬ顔で一蹴した。
そして、柚姫がじっと視線を注いでいることに気がつく。
「どうしました、柚姫? そんなに私を見つめて」
「い、いえ」
柚姫は慌てて視線を逸らした。
もしかして、と柚姫は思ったのだ。
チトセが自分の弱点を知りたいと思っているのは、身を守るためではないのでは、と。
不死だと思って永遠を生きるのと、いつでも命を手放せると思って永遠を生きるのとでは、きっと重みが違う……。
そう思ったら、急に悲しい気持ちになってきた。
そんな柚姫の想いを察したのか、チトセは小さく笑ってから、ちらりとトワを見た。
「何故、私が柚姫を吸血鬼にすることに拘っているのか、と訊きましたね」
私に勝ったご褒美です、とチトセはトワの答えを待たずに語り始める。
チトセを抱きかかえたトワが、ゆっくりと空から降りてくる。
トワは壊れものを扱うように、チトセを静かに屋上に寝かせた。
「チトセさん……血が……」
最悪の事態を想像し、柚姫は青ざめる。
トワは、はぁと息をついた。
「……安心しろ、命は奪っていない」
「えっ?」
「そんなことをすれば、柚姫が悲しむ。第一、私は無闇に誰かを殺めたりしない。驚異的な力を持つこいつなら、じきに目を覚ます。だから、安心しろ」
「うん……」
力なく言うと、ぽん、とトワの手が柚姫の頭に乗せられる。
「まだ不安か?」
トワの優しい目が、柚姫を心配そうに見つめる。
「……ううん、安心した」
トワの手の感触に、柚姫はやっと心底そう思えた。
「トワがもし、チトセさんにやられちゃったら……って。それが一番、不安だったから……」
「柚姫……」
トワはそっと柚姫の肩を抱き寄せる。
「私はそう簡単にやられたりしない。柚姫に救われた命を、むざむざくれてやるつもりはない」
トワの瞳の中で、まるで生への執着を示すように、強い光が揺れている。
本人も、柚姫すら気づくことはないが、それは柚姫の持つ光と同じものだった。
「あのとき、柚姫が助けてくれたこと……今では感謝している」
トワは少し気恥ずかしそうに言った。
あの出逢いに感謝する初めての言葉――柚姫の瞳に温かいものがあふれ、零れそうになる。
この嬉しさを伝えたくて、柚姫もトワをぎゅっと強く抱き締めた。
「私も、ありがとう。助けてくれて、それから……」
柚姫の想いがトワに流れ込み、トワの心を愛情で満たしていく。
「柚姫……」
トワの手が柚姫の頬をなで、自然な流れで顎を上向けた。
「え、まだ、全部伝えてな――」
柚姫は口実のように言うが、トワの艶めいた笑みに制される。
「心配するな。全部伝わった」
トワは心を読めることに、初めて感謝していた。
自分の腕の中にいる少女への愛しさが込みあげてきて、ゆっくりと顔を寄せる。
唇が触れそうになるが、
「……ラブシーンは他でやっていただけますか?」
突如聞こえてきた声に、二人はぱっと顔を離した。
真っ先に、柚姫が驚きの声を上げる。
「ち、チトセさん!?」
「……と、言いたいところですが。柚姫は置いていってくださいね」
チトセはゆっくりと起き上がると、満面の笑みを浮かべた。
いいところを邪魔されたトワは、すっと目を細め、剣呑な顔つきになる。
「いい度胸だ……。人の恋路を邪魔するとは、狼の群れに踏まれて死んでしまえ」
「そんなことわざはありませんよ」
チトセは笑みを浮かべたまま、しれっと言った。
「これでおあいこです」
と、肩を竦める仕草で余裕すら見せる。
「あの、まさか……」
「ええ、聞こえてましたよ。ですが、あれだけの深手を負わされれば、流石の私も暫くは身動き一つできませんでしたから」
にこやかに言われ、柚姫は途端に恥ずかしくなった。
チトセは、ふふふ、と笑い、トワに興味を移す。
「どうして、心臓を狙わなかったのですか? 私を死に至らしめる唯一の可能性にもかかわらず、僅かに逸らしたでしょう?」
「……何だ、息の根を止めて欲しかったのか?」
「私はまた、柚姫を狙いますよ?」
びくっと柚姫の肩が震える。
それに気づいたトワが、安心させるように言う。
「心配するな、柚姫。何度でも守ってやる」
柚姫が落ち着きを取り戻すのを見てから、トワは溜息をついた。
「……お前はまず、柚姫を怖がらせないことから始めた方がいいと思うが?」
「おや。まさか、あなたからアドバイスをいただけるなんて、思いもしませんでした」
「柚姫を怖がらせる要因は、全て排除したいだけだ」
そんなことより、と話を戻す。
「お前もあのとき、私の心臓を狙わなかっただろ? 僅かに逸れていた」
不意をつかれたのか、チトセは軽く目を見開く。
「そう思うのはあなたの自由ですが……」
ああ、でも、とつけ加える。
「伝承を確かめられなかったのは、残念です。心臓を貫かれてあなたが息絶えれば、陽の光が弱点にならない私にとっても、もしかしたらそれが唯一の弱点になるかもしれませんからね。気になるところではありますよ」
「何なら、試してみるか?」
トワが冗談っぽく、チトセを挑発する。
「自分の身体で試しては、元も子もないでしょう」
チトセは何食わぬ顔で一蹴した。
そして、柚姫がじっと視線を注いでいることに気がつく。
「どうしました、柚姫? そんなに私を見つめて」
「い、いえ」
柚姫は慌てて視線を逸らした。
もしかして、と柚姫は思ったのだ。
チトセが自分の弱点を知りたいと思っているのは、身を守るためではないのでは、と。
不死だと思って永遠を生きるのと、いつでも命を手放せると思って永遠を生きるのとでは、きっと重みが違う……。
そう思ったら、急に悲しい気持ちになってきた。
そんな柚姫の想いを察したのか、チトセは小さく笑ってから、ちらりとトワを見た。
「何故、私が柚姫を吸血鬼にすることに拘っているのか、と訊きましたね」
私に勝ったご褒美です、とチトセはトワの答えを待たずに語り始める。
0
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
宮廷画家令嬢は契約結婚より肖像画にご執心です!~次期伯爵公の溺愛戦略~
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
ファンタジー
男爵令嬢、アマリア・エヴァーレは絵を描くのが趣味の16歳。
あるとき次期伯爵公、フレイディ・レノスブルの飼い犬、レオンに大事なアトリエを荒らされてしまった。
平謝りしたフレイディにより、お詫びにレノスブル家に招かれたアマリアはそこで、フレイディが肖像画を求めていると知る。
フレイディはアマリアに肖像画を描いてくれないかと打診してきて、アマリアはそれを請けることに。
だが絵を描く利便性から、肖像画のために契約結婚をしようとフレイディが提案してきて……。
●アマリア・エヴァーレ
男爵令嬢、16歳
絵画が趣味の、少々ドライな性格
●フレイディ・レノスブル
次期伯爵公、25歳
穏やかで丁寧な性格……だが、時々大胆な思考を垣間見せることがある
年頃なのに、なぜか浮いた噂もないようで……?
●レオン
フレイディの飼い犬
白い毛並みの大型犬
*****
ファンタジー小説大賞にエントリー中です
完結しました!
草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!
アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。
思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!?
生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない!
なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!!
◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇
【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。
あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目
真木ハヌイ
キャラ文芸
ストーカーから逃げるために、格安のオカルト物件に引っ越した赤城雪子。
だが、彼女が借りた部屋の隣に住む男、黒川一夜の正体は、売れない漫画家で、鬼の妖怪だった!
しかも、この男、鬼の妖怪というにはあまりにもしょぼくれていて、情けない。おまけにド貧乏。
担当編集に売り上げの数字でボコボコにされるし、同じ鬼の妖怪の弟にも、兄として尊敬されていない様子。
ダメダメ妖怪漫画家、黒川さんの明日はどっちだ?
この男、気が付けば、いつも涙目になっている……。
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。十二万字程度で完結します。五章構成です。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
下宿屋 東風荘 3
浅井 ことは
キャラ文芸
※※※※※
下宿屋を営み、趣味は料理と酒と言う変わり者の主。
毎日の夕餉を楽しみに下宿屋を営むも、千年祭の祭りで無事に鳥居を飛んだ冬弥。
そして雪翔を息子に迎えこれからの生活を夢見るも、天狐となった冬弥は修行でなかなか下宿に戻れず。
その間に息子の雪翔は高校生になりはしたが、離れていたために苦労している息子を助けることも出来ず、後悔ばかりしていたが、やっとの事で再会を果たし、新しく下宿屋を建て替えるが___
※※※※※
魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~
村雨 妖
恋愛
森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。
ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。
半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる