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31. それが吸血鬼の性です。

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 月を挟んで、黒い影と白い影が対峙する。

 上空で揺らめく二つの影をめがけて、柚姫は声を張り上げた。

「トワーっ!」
「柚姫、そこで見ていろ」

 トワの自信に満ちた声が降ってくる。

「そうですよ、危ないからそこで大人しく見ていなさい」

 すぐに迎えに行きます、と宣言したチトセをトワは睨みつけた。

「誰が誰を迎えに行くと……?」
「ああ、そんなに怖い顔で睨まないでください。これでも私は憶病なのですから」

 どこがだ、とトワは吐き捨てる。

「だが、危ないというお前の意見には賛成だ」

 トワはひゅっと左手で弧を描いた。

 遠くの方でトワとチトセを囲うようにして金色の光が巡り、すぐに何事もなかったかのように消える。

 チトセは周囲を見渡し、自分の置かれた状況を確認した。

「結界……ですか。柚姫と……街に被害が及ばないように」
「それもあるが……」

 ここでトワは、初めて挑発的な笑みを浮かべた。

「証明してくれるのだろう? さっきまでは手加減していたと」

 チトセは目を瞬かせ、それから高らかに笑った。

「なるほど。これで力を出し惜しみする必要はなくなった……ということですね。いいでしょう」

 チトセの顔から笑みが消える。

 ひゅう、と、荒れ狂う冷風がチトセを取り巻き始める。

「これは、予想以上だな……」

 トワは感嘆の声を洩らした。

 チトセの力をひしひしと感じ、歓喜に震える。

 強い獲物を前にしたとき魔物は喜びを感じる。そしてそれを打ち砕いたとき――この上ない快感を得るのだ。

 チトセは片手を高くかかげると、まとう風をその手に収束させ、振り下ろすと同時に解き放った。

 吹雪くような轟音。

 トワはひるむことなく、一点を見つめたままだ。

 猛風もうふうが敵意を剥き出しにして近づいて来る。

 飲み込まれる刹那、トワの口元がふっとゆがめられた。

 パシン、と弾く音がしたかと思えば、風はトワかられ、彼方へとむかっていく。トワの張った結界を前に、敢無あえなく消え去った。

「な……」

 チトセは瞠目どうもくした。

 トワが動く様子はなかった。

「どうした、もう終わりか?」

 トワの瞳は爛々らんらんと輝いている。

「何を驚いている? お前を逃がさないための結界だ。やわに作った覚えはない」
「ふ……」

 チトセは額に汗を浮かべた。

 結界は、チトセ自身を拘束するためでもあったのだと、初めて気づかされた。

 トワはさらに残酷な事実を突きつける。

「私の力にも耐えうる強度だ。私自身が結界を解くか、お前が私を殺すでもしないかぎり、ここから出られないぞ。さて、どうする?」

 並の魔物ならば、なりふり構わず向かっていくか、あるいは畏怖の念を抱きつつ背を向けるかだが、チトセはそのどちらでもなかった。

 あくまで冷静に目の前の相手を見据えた。

 その瞳に諦めの色は微塵みじんもない。

「まさか、あなたまで手加減していたとは……ね」

 ふふ、といつもの調子で笑い、

「ですが、退くつもりはありませんよ。柚姫を諦めるつもりはありませんからね。必ず手に入れます。そして……」

 誓いのように告げる。

「吸血鬼としての生を与えます」
「……何故、柚姫を吸血鬼にすることにこだわる?」
「それは愚問というものです。あなたも、本当は柚姫を同族にしたいと思っているのでしょう? そしてともに永遠とわを生きたいと」

 トワは眉根を寄せた。

「私は……」
「それが吸血鬼のさがです。愛しいと思った人間を吸血鬼にし、生涯の伴侶とする。何かおかしなことがありますか?」

 トワは答えられなかった。チトセの言っていることは、すべて当たっているのだから。

「おしゃべりがすぎましたね」

 チトセはゆっくりと右手を上げる。

 冷たい風が小さく渦巻いた。冷気が増し、きらきらと輝くものが見え始める。

「それでは、決着をつけましょうか。柚姫をけて――」

 チトセの手の平に、氷柱つららのような氷の塊が浮かんでいた。
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