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30. 柚姫は私のものです。

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「せっかくいたのにこんなに早く追いつかれては、ゆっくりと逢瀬を楽しむこともできませんね。優秀すぎる鬼は嫌いです」

 チトセの軽口に、トワはふん、と鼻を鳴らす。

「お前に嫌われるなら本望だ」
「そんなにしつこいと、柚姫にも嫌われますよ?」
「負け狼の遠吠えか?」
「あはは」 

 チトセは楽しそうに笑った。

「うまいこと言いますね。座布団、さしあげましょうか?」
「柚姫、座布団もらえるそうだ」

 ひょいと話を振られ、柚姫はあやうく吹き出しかけた。

 トワのことだ。本気でもらえると思っていそうな気がする。

 あっ、でも。

「一つ穴があいちゃったのが――」
「ひとまず、座布団の話は置いておきましょう」

 柚姫まで話に乗りかけたとき、賢明にも、チトセは冷静に話を横に逸らした。

「のこのこやって来たということは、柚姫を諦めるつもりはないということでしょうか?」
「そういうお前こそ柚姫を諦めたらどうだ? にしても、まさかお前が吸血鬼と狼族の混血だったとはな。どうりで太陽の下でもけろっとしているわけだ」
「狼族だったのは母です。父はあなたと同じ吸血鬼ですから」

 そこで柚姫は、チトセの言葉に引っかかりを覚えた。

 だった……? 吸血鬼にまれて、吸血鬼になったということだろうか……?

 そんなことを考えている間にも、二人の会話は進んでいく。

「柚姫は私のものです。あなたは指をくわえて見ていればいい。私は寛大かんだいですから、見るだけなら許してさしあげてもいいですよ?」
「どうあっても、柚姫を諦めるつもりはないようだな……」
「奪えるものなら、奪ってごらんなさい。そう言ったはずです」

 トワは豪快に笑った。

「面白い」

 ふっと笑みを消し、真剣な表情になる。

 そしてどちらが踏み込むのが速かったのか、一瞬にして、二人は間合いを詰めた。

 キィン、と刃を交えたような音が鳴り響く。

 トワの長く伸びた血色の爪が、刃の如くチトセに斬りかかり、チトセは見えない力を発し、それを片手で受け止めていた。

 力が均衡しているのか、互いに一歩も退けない状態が続く。

「口ほどにもない……と言うつもりでしたが、言うだけのことはあるようですね」
「お前もな」

 トワは牙を覗かせ、口角を持ち上げた。

 息を荒げることなく、チトセも軽やかに笑う。

「こんなに狭い場所では、存分に力を解放できませんね」
「何だ、お前は自分が手加減しているとでも言いたいのか?」
「確かめてみますか?」

 ちらりと、チトセは視線を上げた。

「ふ……いいだろう。付き合ってやる」

 二人はぱっと後ろへ飛び退しさると、そのまま夜空へと跳び上がった。
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