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28. この私を本気にさせたこと、後悔しますよ……?

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 チトセのぎ澄まされた耳は、闇の中を颯爽さっそうと動く気配を確かにとらえていた。

 柚姫も遅れて立ち上がるが、目の前にいたはずのチトセの手が急に後ろから伸びてきて、背後から抱き締められる。

「きゃ……っ」
「柚姫、これは鬼ごっこです」
「は……?」
「鬼は彼。だから、私たちは逃げましょう」
「……!?」

 さわやかな笑顔にひるんだすきに、チトセはさっと柚姫を片手で目隠しする。

「え、ちょっと、チトセさん!?」

 清涼せいりょうな空気が、柚姫の頬をかすめた。

 ふわっと身体が宙に浮き、目隠しをする反対側の手で、柚姫の身体は軽々と支えられてしまう。その腕にさらに力がめられるのが分かった。

「あの……っ」
「暴れないで、柚姫」

 耳元でささやかれ、柚姫は咄嗟とっさに暴れるのをやめてしまう。どうしてやめてしまったのかと後悔するが、そんなことはすぐにどうでも良いことになる。

 目隠しが解かれ、まず目に入ったのは、夜空に浮かぶ金色のお月様。

 ひゅーっと風が通り過ぎていき、明らかに室内ではない景色が、目の前に広がった。

「こ、ここは……!?」

 急な展開に思考が追いつかずに訊いてしまったが、いや待てよ、と思う。

 ここは――

「チトセさんと来た、ビルの屋上……?」

 昼と夜とでは、こうも印象が違って見えるものなのか。

 鉄柵はぼんやりと夜の闇に溶け、屋上と街――異なる空間をへだてるはずの境界線は、一切失われていた。

 地上の明かりに照らされ、見える星は少ないが、見渡すかぎりの小さな光が夜の街に散りばめられている。

 失われた星々の輝き――チトセがそう形容したように、まるで空の星を地上へ移したかのような光景だった。

 思わず鉄柵から身を乗り出し、

「きれい……」

 感じたままを口にする。

 チトセはほっとした表情を浮かべた。

「良かった。これをあなたに見せたかったのです。でも、こんなに早く見せるつもりは、なかったのですけれどね」
「え?」
「本当は、もっと時間をかけて私のことを知っていただくつもりでした」

 チトセはそこで何故か溜息をついた。

 柚姫が口をはさむ間もなく、独り言のように語り始める。

「あなたに触発されて、つい吸血鬼であることはばらしてしまいましたが、あんな風に私を挑発したりしなければ、もう一つの姿もしばらくは秘めておくつもりでした。この私を本気にさせたこと、後悔しますよ……?」

 僅かに上体をそらし、夜空を仰ぎ見る。

「……?」

 柚姫もつられて視線を空へとむけた。

 遙か上空、月を背にして浮かぶ黒い人影を見つけ、途中から語られた言葉が、その人物にむけられたものであると瞬時に理解した。

 漆黒の衣装に身を包み、夜色のマントを風になびかせ、屋上の二人を泰然たいぜんと見下ろしているのは紛れもなく……

「トワ……!」

 呼びかけると、黒い影はすーっと背後の月に透けていく。

 とん、とコンクリートに足をつける音を響かせ、瞬く間に、屋上の中央へと舞い降りた。

 すぐさま駆け寄ろうとする柚姫を、チトセの腕が引き戻す。

「っ、はな――」

 あごつかまれ、上向かされる。

「言ったでしょう、柚姫。欲しいものは必ず手に入れる、と」

 そこにはもう、優しい笑みは浮かんでいなかった。

 代わりに浮かんでいるのは、優美さはそのままに、相手の心をねじ伏せてしまうかのような支配的な笑み――

 ざわ……とチトセの放つ気配が変わっていく感覚に、柚姫は声を震わせた。
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