吸血鬼を拾ったら、飼われました ～私の血はどうやら美味しいみたいです～

23. 同居人の秘密を知っています。

「このthatは、関係代名詞なので、全体の訳は……」

　英語の田中先生が、教科書の一節を訳している。

　カツカツとチョークが黒板を叩く音を聞きながら、柚姫は机に広げたまっさらなノートに溜息を落とした。

　教室に入るなり自然と友達に囲まれてしまい、あれから手紙を読む機会が全くなく、授業に集中できない。

　周囲の目を盗むようにして、柚姫は鞄から手紙を取り出した。

　教科書に重ね合わせて、さも教科書を読んでいる風を装いながら目を通す。

　突然のお手紙に、あなたはきっと驚いていることでしょう、そんな書き出しで手紙は始まった。

　チトセ本人が纏まとう空気と同じように、文字も文体もいたって丁寧だが、書かれている内容の不穏さに、血の気が引いた。

　同居人の秘密を知っています――

　教科書を持つ手が、震えた。

　同居人の秘密。

　それはつまり、トワの秘密……？　まさか――

　しかし、考えてみても思い当ることは一つしかない。

　同居人の方と一緒に召し上がってくださいね――

　そう……だ。

　彼は初めからトワのことを知っていた。

　そして弱点でこそなかったが、まるで吸血鬼を意識したかのような、ニンニク味のお煎餅。

　全ては、トワが吸血鬼だと知っていたから。

　そう考えるのが自然だ。

　――あなたを一人占めしている彼への……ね。

　あのとき、不敵な笑みを浮かべながら、チトセはそう口にした。

　一連の行動を思い返してみて分かること。それは、彼が決してトワに対して良い感情を抱いていない、ということ。

　もしかして、私に近づいたのは、トワのことを探る為……？

　じゃあ、チトセさんは……？

　柚姫はふとチトセと見た映画を思い出す。

　マチルダを吸血鬼から守ろうとしたミカエル。

　神父であり、吸血鬼を狩る――

　手紙には、彼の秘密について話をしたいので、放課後、学校の礼拝堂チャペルへ一人で来てほしい、とある。

　更に、手紙は次のように締めくくられていた。

　追伸――

　彼が患わずらった病についても、あなたが望むなら教えてさしあげます、と。

「病……？」

　周囲に聞きとれないくらい小さな声で、柚姫は呟いた。

　トワの病って？

　吸血鬼には死も病もない、と。

　そう語っていたのは他でもない、チトセさんだ。

　わけが分からない。

　手紙の内容も、その真意も。だから――

　柚姫は、ぎゅっと手を握り締めた。

　……確かめなければ、チトセさんに。

　柚姫は覚悟を決める。

　消される前に、急いでノートをとり始めた。

　今はただ、手紙に記された約束の時間を、待つしかない――