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19. 隣人は、なかなか良い性格をしているようだな。
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「最近、誰かと会ったか?」
学校から帰るなり、トワは藪から棒にそんなことを訊いてきた。
「え……と、誰って?」
柚姫はぽかんとする。
学校では遥香をはじめ、いろんな友だちに会う。誰と訊かれても、誰と答えたらいいのか分からない。
「いろんな人に会うから、誰なんて言えないけど……どうして?」
「では、最近になって知り合った者はいるか?」
「……は?」
何とも奇妙な質問に柚姫は首を傾げるが、すぐに思い当たる。
いつも笑顔で、その実、何を考えているのか分からない、ふしぎな人――チトセさん。
「あ、お隣の人には会ったよ。知り合ったのは一週間くらい前になるかな? この前、ちょっと、一緒にも出かけた……」
最後の方は何故か言いづらくて、消え入りそうな声になる。
「隣?」
トワは訝しげな顔をした。
「……うん、隣に越してきた人だよ。あ……そ、か。トワは会わなかったよね? お煎餅くれた人だよ」
そこまで聞いて、ようやくトワも思い当たる。と、同時に、トワに対しては隠しごとなどしたくないと思っている柚姫の記憶が、自然とトワへ流れ込んだ。
まだ見ぬチトセの姿を、トワははっきりと思い浮かべることができた。
「……そうか、あれは私への嫌がらせだったわけか」
悪趣味な、と言い捨てる。
トワは自身の気配を消すことはしていない。だから、柚姫に近づけばすぐにトワの存在を嗅ぎとったはずだ。
「隣人は、なかなか良い性格をしているようだな」
「え?」
「いや……。それより、一緒に出かけたのか?」
あからさまに怒気をはらんだ声に、びくっと柚姫は肩を震わした。
トワは目を剥く。
「何故、びくつく?」
柚姫自身、分からなかった。
チトセと出かけたことが、どうしてこんなにも後ろめたいのか。それでも言ってしまったのは、トワに隠しごとをしたくないからだ。
「出かけたといっても、仕方なく、だよ? 断れなくて、それで……」
トワの視線が心に刺さる。
誘いを断らなかったのは自分なのに、こんな言い方は卑怯だし、チトセさんに対しても失礼だ。
どんどん自己嫌悪に陥っていく柚姫の頭に、ぽん、と手が乗せられた。
「え、トワ?」
「もういい。……私も大人げなかった」
柚姫が自分以外の者と出かけたというだけで、こんなにも心が乱されるなど……大人げない。
一体、何歳になった、とトワは自身に毒づいた。
しかし、そうは思うものの、どうしても心穏やかではいられない。もやもやとした気持ちが疼いて仕方がない。
こんな気持ちが自分の中にあるなんて、正直トワは驚いていた。
「まったく、気づかされてばかりだな」
トワは溜息を落とした。
嫉妬――。
できれば気づきたくなかった感情だ。
吸血鬼が嫉妬するなんて、まったく、人間みたいな……
「トワ?」
急に黙り込んでしまったトワを、柚姫は心配そうに見上げた。しかし、柚姫の心配をよそに、トワは次第にくすくすと笑いはじめる。
「ど、どうしたの?」
急に笑い出したトワに、柚姫は少なからず戸惑う。
「気にするな」
言いつつ、トワはまだ笑っている。
これは実に人間のような感情だ、とトワは思った。柚姫を愛しいと思ったり、嫉妬したり……忙しい。
多くを一人で過ごしてきたが、一人ではなかったときもあった。しかし、心がこんなに厄介なものだと思うことは、今まで一度もなかった。
愛しいと思えば思うほど、柚姫との距離を感じた。柚姫の血を求めてやまなくなってからはなおさらだ。
それなのに、人間のような厄介な感情を自分の中に認めたことで、今は少しだけ柚姫に近づくことができた気がする。
トワは大げさに溜息をついた。
「もう少し、大人にならねばな。こんなことで、心を乱されるなど……」
「え?」
「いや……。それより、隠しごとはないだろうな。その、出かけたということ以外、何も……」
何もなかったのだろうか。
気になり、つい確認する。
もちろん、柚姫の心を覗けばそんなことはすぐにでも分かるが、柚姫に対して自ら進んでそんな力は使いたくなかった。
「え……と……」
口ごもる柚姫に、大人になろうと言ったばかりのトワの心が、また乱される。
トワは、大きく眉間にしわを寄せた。
「何かあったのか?」
「えーと……その……」
躊躇い、やや視線を逸らし、柚姫は口にした。
「実は、その……。好きって、言われた」
「――!?」
柚姫は可愛い。
それは、この世界の真理と言っていい。
だから、懸念していたことではあった。あったが――
「殺す……」
「へっ?」
トワの口から洩れた物騒な一言に、柚姫は思いっきり顔を引きつらせた。
五百年生きたトワが大人になるのは、まだまだ先の話のようだ――
学校から帰るなり、トワは藪から棒にそんなことを訊いてきた。
「え……と、誰って?」
柚姫はぽかんとする。
学校では遥香をはじめ、いろんな友だちに会う。誰と訊かれても、誰と答えたらいいのか分からない。
「いろんな人に会うから、誰なんて言えないけど……どうして?」
「では、最近になって知り合った者はいるか?」
「……は?」
何とも奇妙な質問に柚姫は首を傾げるが、すぐに思い当たる。
いつも笑顔で、その実、何を考えているのか分からない、ふしぎな人――チトセさん。
「あ、お隣の人には会ったよ。知り合ったのは一週間くらい前になるかな? この前、ちょっと、一緒にも出かけた……」
最後の方は何故か言いづらくて、消え入りそうな声になる。
「隣?」
トワは訝しげな顔をした。
「……うん、隣に越してきた人だよ。あ……そ、か。トワは会わなかったよね? お煎餅くれた人だよ」
そこまで聞いて、ようやくトワも思い当たる。と、同時に、トワに対しては隠しごとなどしたくないと思っている柚姫の記憶が、自然とトワへ流れ込んだ。
まだ見ぬチトセの姿を、トワははっきりと思い浮かべることができた。
「……そうか、あれは私への嫌がらせだったわけか」
悪趣味な、と言い捨てる。
トワは自身の気配を消すことはしていない。だから、柚姫に近づけばすぐにトワの存在を嗅ぎとったはずだ。
「隣人は、なかなか良い性格をしているようだな」
「え?」
「いや……。それより、一緒に出かけたのか?」
あからさまに怒気をはらんだ声に、びくっと柚姫は肩を震わした。
トワは目を剥く。
「何故、びくつく?」
柚姫自身、分からなかった。
チトセと出かけたことが、どうしてこんなにも後ろめたいのか。それでも言ってしまったのは、トワに隠しごとをしたくないからだ。
「出かけたといっても、仕方なく、だよ? 断れなくて、それで……」
トワの視線が心に刺さる。
誘いを断らなかったのは自分なのに、こんな言い方は卑怯だし、チトセさんに対しても失礼だ。
どんどん自己嫌悪に陥っていく柚姫の頭に、ぽん、と手が乗せられた。
「え、トワ?」
「もういい。……私も大人げなかった」
柚姫が自分以外の者と出かけたというだけで、こんなにも心が乱されるなど……大人げない。
一体、何歳になった、とトワは自身に毒づいた。
しかし、そうは思うものの、どうしても心穏やかではいられない。もやもやとした気持ちが疼いて仕方がない。
こんな気持ちが自分の中にあるなんて、正直トワは驚いていた。
「まったく、気づかされてばかりだな」
トワは溜息を落とした。
嫉妬――。
できれば気づきたくなかった感情だ。
吸血鬼が嫉妬するなんて、まったく、人間みたいな……
「トワ?」
急に黙り込んでしまったトワを、柚姫は心配そうに見上げた。しかし、柚姫の心配をよそに、トワは次第にくすくすと笑いはじめる。
「ど、どうしたの?」
急に笑い出したトワに、柚姫は少なからず戸惑う。
「気にするな」
言いつつ、トワはまだ笑っている。
これは実に人間のような感情だ、とトワは思った。柚姫を愛しいと思ったり、嫉妬したり……忙しい。
多くを一人で過ごしてきたが、一人ではなかったときもあった。しかし、心がこんなに厄介なものだと思うことは、今まで一度もなかった。
愛しいと思えば思うほど、柚姫との距離を感じた。柚姫の血を求めてやまなくなってからはなおさらだ。
それなのに、人間のような厄介な感情を自分の中に認めたことで、今は少しだけ柚姫に近づくことができた気がする。
トワは大げさに溜息をついた。
「もう少し、大人にならねばな。こんなことで、心を乱されるなど……」
「え?」
「いや……。それより、隠しごとはないだろうな。その、出かけたということ以外、何も……」
何もなかったのだろうか。
気になり、つい確認する。
もちろん、柚姫の心を覗けばそんなことはすぐにでも分かるが、柚姫に対して自ら進んでそんな力は使いたくなかった。
「え……と……」
口ごもる柚姫に、大人になろうと言ったばかりのトワの心が、また乱される。
トワは、大きく眉間にしわを寄せた。
「何かあったのか?」
「えーと……その……」
躊躇い、やや視線を逸らし、柚姫は口にした。
「実は、その……。好きって、言われた」
「――!?」
柚姫は可愛い。
それは、この世界の真理と言っていい。
だから、懸念していたことではあった。あったが――
「殺す……」
「へっ?」
トワの口から洩れた物騒な一言に、柚姫は思いっきり顔を引きつらせた。
五百年生きたトワが大人になるのは、まだまだ先の話のようだ――
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