上 下
18 / 46

17. 本当に、お前はとんだお節介だ。

しおりを挟む
 目を覚ますと、柚姫はベッドの上にいた。

「ん……」

 起き上がろうとするが、身体に力が入らない。

 あれ、どうしたんだっけ?

 ぼーっと考えていると、

「気がついたか?」

 急にトワの声が降ってきて、それまで夢現ゆめうつつだった柚姫は、はっきりと目を覚ました。

「トワ? ずっと……いてくれたの?」

 トワはベッドの端に腰を下ろし、柚姫の頬に触れた。

「……すまない。やはり、いつもより多く血をいただいてしまった。全く加減ができなかった」

 自身を責めるトワに、柚姫はやんわりと笑みをむける。ずっと側にいてくれたことが何より嬉しかった。

「何で謝るの? 私、ちゃんと生きてるし」
「柚姫……」
「それより、どうして血を飲まなかったの?」

 あんなに弱るまで、どうして……。

 トワは額に手を当てると、溜息まじりに言った。

「……飲まなかったわけではない」
「えっ?」
「正確には、飲めなかったのだ」

 飲まなかったのではなく、飲めなかった……?

 柚姫が困惑していると、トワはさらにつけ足して言う。

「適当な人間の血を吸おうと思った。だが、ほんの一口、口に含んだだけで喉が焼けつくような痛みを覚えた。……私の身体からだが血を受けつけなかった」

「どういうこと? 血を飲まなかったら……」

 トワは息をつき、その先を続けた。

「いくら不死身の吸血鬼と言えど、血を断てば死に至る。だが、前にも話したと思うが、吸血鬼は生きようとする本能が強い。自ら死を望んでも、吸血衝動を抑えることはできない」

 そう言えば、初めて会ったとき、トワはそんなことを言っていた。だから、太陽の下で灰になろうとしていたわけで。

 じゃあ、血が飲めなくなったから、トワは私の血もこばんだってこと……? って、あれ?

 柚姫は矛盾に気がついた。

「でも、さっき私の血は飲んだ……飲めたよね?」

 結果的にトワは柚姫の血を飲んだけれど、それは相当無理をしてのことだったのだろうか。

 もし、トワが自分の血も飲めなくなったのだとしたら。

 それは、考えるだけで怖かった。

 いつかいなくなってしまうのではという不安が、常に心の中にあった。だから――

 ああ……そうか、と柚姫は気づく。

 血を提供することで、柚姫は少しでもトワと繋がっていたかったのだ。

「私の血が嫌いになったの? だから、ほかの人の血を飲もうとしたの?」 

 トワが自分の血を飲めなくなったのかもしれない。そう思うだけで、不安になる。

 今にも泣きそうな柚姫に、トワは静かに首を横に振る。

「……そうではない。柚姫の血は……こうして近くにいるだけでも誘われる……」

 柚姫に手を伸ばしかけ、はっとトワはその手を引っ込めた。

 トワの瞳が、まるで夜空に浮かぶ月のように、まばゆい光を放っていることに柚姫は気がついた。

 こんなトワの瞳を見たのは多分、二回目だ。

 最初に見たのは、トワが柚姫との距離を置いたあの日。あのときも、トワの金色の瞳がいつにもまして輝いて見えた。

「……まただ」

 短く舌打ちをし、トワは深く息を吸った。そうすることで、苛立つ気持ちを落ち着かせようとしているようだった。

「だ、大丈夫?」
「あまり大丈夫ではない」
「えっ?」

 トワは、柚姫を見ないようにしながら嘆息たんそくした。

「柚姫の血が嫌いになった? その逆だ。私が柚姫の血をこばんだのは、柚姫の血が欲しかったからだ」

 私の血が欲しかった? 欲しいのにこば……んだ?

「そんな状態で柚姫の血を吸えるものか」

 額に手を添え、言い捨てる。

「先ほどはすんでのところで理性が働いたから良かったものの、いつか歯止めが利かなくなり、吸いつくしてしまう。故に、柚姫以外の血で飢えをしのごうと思ったのだが……」
「飲めなかったの?」
「……どう言うわけか、柚姫の血しか受けつけなくなってしまった」
「私の血……だけ?」
「そうだ。五百年生きてきたが、こんなことは初めてだ」

 眉間にしわを寄せ、トワはこの先のことを考える。

 柚姫の血しか受けつけない以上、柚姫から血をもらわなければ死んでしまう。だが、柚姫の血を渇望かつぼうしているこの状態で血をもらうのは危険だ。

 さて、どうしたものかとトワが思考を巡らせていると、

「ねぇ、トワ」

 呼ばれて、ベッドに横たわったままの柚姫を振り返る。

「何だ?」
「私の血は飲めるんだよね?」
「ああ……」
「だったら、飲んで」

 トワは見るからに怖い顔をした。

「……お前は、私の話を聞いていたのか?」
「うん」
「吸いつくしてしまうと言ったが?」
「うん。でも、そうならないかもしれない。だって、さっきは大丈夫だったでしょ?」

 トワの鋭い視線にひるむことなく、柚姫は続けた。

「あのとき、私が言った言葉はうそじゃないよ。トワになら……全部血をあげたって構わない。でも、そうならないって、私は信じてる」

 迷いのない瞳で、まっすぐトワを見据えた。

 一体、何処にそんな強さを隠し持っているのか。

 小柄で一見すると弱々しく見えるのに、ときおり、柚姫は信じられないくらい強い光を瞳に宿すことがある。死にとらわれていたトワを、光の世界へと引っぱり上げたのも、そんな柚姫の持つ強い光だった。

「まったく……」

 やがてトワは、諦めたように言う。

「本当に、お前はとんだお節介だ。死んでも知らんぞ」
「そのときは、骨は拾ってほしい……かな」

 トワは呆れたように言う。

「下らんこと言ってないで、寝ろ。そんなふらふらのやつから血を吸ってみろ。骨も残らないぞ」 

 ふん、と鼻を鳴らし、トワは背中をむけた。

 ……少し間を置いてから、ぶっきらぼうに言い直す。

「側にいてやるから、さっさと寝ろ」

 背中越しでトワの表情は見えない。だけど――

 トワの優しい心のうちが見え、柚姫の心が温かいもので満たされていく。

「うん……おやすみ、トワ」

 それだけ伝え、柚姫は素直に目を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...