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7. 私はここにいる。

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 クローゼット事件以来、毎朝毎朝、柚姫は家の至るところでトワを発見して驚かされた。

 あるときはトイレの個室、またあるときはお風呂場の浴槽の中。

 その都度、柚姫はダメ出しをしたのだが……。

 トワを家に迎えてから七日目の朝のことである。

 外では相変わらず蝉たちがせわしなく鳴いていて、いつもの如く夏の暑さを思い知らされる、そんな朝――

 柚姫はこれまでとは違った驚きを味わっていた。

 目を覚ました柚姫はいぶかしげに辺りを見まわした。

「あれ……まだ夜?」

 部屋は闇に包まれていた。

 カーテンが閉まっているとはいえ、朝ならばうっすらと明るいはずである。

 身を起こそうとベッドに手をつくと、ぐにゃりとした感触がして、柚姫は慌ててベッドから飛び降りた。

 バシッと壁のスイッチを叩き、明かりをつける。

 仰天した。

 ベッドの上でぐっすりと眠るトワの姿を見つけたからである。

「お、起きなさーい!!!!」

 大声と共にゆさゆさと揺すられたトワは、ゆっくりとまぶたを上げる。

「……なんだ?」
「なんだ、じゃなくて。何で私のベッドで寝てるのよ!?」

 しかも、窓には見慣れない遮光しゃこうカーテン……。

「ああ、あれか。名案だろ? 考えてみれば、暗い場所であればいいわけで、狭い必要はないからな。これで、広い棺桶かんおけのでき上がりだ」

 これぞ発想の転換、と得意げに言うトワを柚姫はポカッと叩いた。

「何をする、何を……」
「このベッドは私の!」
「ああ、柚姫はあそこで眠ればいいだろ?」

 トワはあろうことかクローゼットを指差している。

「トワ~っ!」

 トワはくっくと笑う。

「ふ、問題ない。柚姫は私と寝ればいい」
「え? ……きゃっ」

 そう告げられるや否や、柚姫は腕をつかまれ、無理やりベッドの中へと引き込まれてしまう。

「ちょっ、トワ……っ」

 気づいたときには、すっぽりとトワの腕の中におさまっていた。

 柚姫はジタバタと暴れる。

「こら、暴れるな。先ほど一緒に寝て気づいたのだが……」

 柚姫の耳元でトワはささやいた。

「柚姫はやわらかい」

 顔に火がつくとはまさにこのことだ。

 鼓動が大きく跳ねあがったとたん、恥ずかしさが全身を駆け巡る。

「と、トワ……」

 ドキドキを抑えながら、辛うじてトワの名前を呼ぶと、

棺桶かんおけの中は――」

 急にトワの声が沈んだ。

 同時に、強く抱き締められる。

「狭くて、暗くて、ただ闇が永遠と広がっていて――そのたびに私は一人なのだと、思い知らされた」

 トワの震えるような声に、柚姫はおそるおそる顔を上げた。

 金色の瞳が、水面みなもに映る月のように、静かに揺れている。

「吸血鬼は闇を好むと人間は言うが、そうではない。光の中で生きていけぬだけだ」

 浮かんだ笑みは、どこまでもはかない。

「目が覚めるたびに、光の中にいる人間を羨ましいと思った。吸血鬼は眠っているときも、目覚めたときも闇の中にいる。日の光を浴びて死のうと思ったのは、最後は光の中で死にたいと思ったからかもしれぬな……」

 それきり、トワの言葉は途切れてしまった。

 柚姫の心に、切ない感情の波が静かに押し寄せる。

 初めてトワの心に触れて、胸の奥がじん、と熱くなる。

 こらえきれずに、柚姫はトワの身体からだを抱き締めた。

「ここにいる」
「柚姫?」
「私はここにいる。トワがでて行かないかぎり離れないから――」

 だから、そんな悲しい顔をしないでほしい。

 トワはしばらくの間、ぼんやりと柚姫を見ていた。

 自分を抱き締める小さな身体からだから伝わってくる、確かな温もり。

 その温かさに、トワは目元を和ませた。

「何を言っている」

 柚姫が顔を上げたときには、いつもの不敵な笑みを浮かべる。

「ここは、私の家だ」
「もう、私の家だってば!」

 そんなやりとりが嬉しくて、笑う。

「柚姫はまぶしいな」

 トワはそっと柚姫を包み込んだ。

「トワ……?」

 名前を呼ぶと、まわされた腕がさらにすぼめられ、柚姫は力強く抱き締められる。

 ゆだねるように、柚姫は目をつむった。

 トワの唇が静かに額に触れる。

 唇の感触が額から離れても、柚姫は目をつむったまま、少し困惑するような表情を浮かべていた。

 そのいじらしい様に、あふれた想いがトワを優しく突き動かす。

「柚姫……」

 優しい口づけが今度は唇に落とされ、柚姫はさらに強く抱き締められた――
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