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泡沫夢幻といきたいところだけれど、事実は小説より奇なり
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生きてきてこれ程までに息苦しいと感じたことは無いと思うアネモネに、ソレールは更に追い詰めることを言う。
「アネモネ、悪いが君の気持ちはあらかた知っている。だから私はこんなふうに強引な態度を取ることができるんだ」
「……え?」
「タンジー殿から聞いた。どれだけ思い出したくても、私一人の力では思い出すことはできない。術をかけた本人が忘れないでと強く願わなければ、魔力を打ち消すことはできない……そうだ」
熱い吐息に混ざって、脳天を殴られたような台詞が耳に入ってくる。
ああ、もうっ。タンジーめ。余計なことまで喋ってくれてっ。
今この場にお喋りな絵師が居たなら、アネモネは間違いなく長年育ててくれた恩を忘れて、張り倒していただろう。
「アネモネ」
意識を他所に向けていたけれど、頬に熱い息がかかって瞬時に引き戻される。
「ソレールさんっ、待って」
「待てない」
「お願いっ。少しだけ離れて」
「嫌だ」
ほんの少し距離を置けば暴れまくる心臓が、落ち着くと思ったけれど、ソレールは隙間を埋めるかのように、ぎゅっと抱き締める。
どんどん落ち着かない状況に追い込まれていくのはこれ如何に? とアネモネは真っ赤になりがなら、ソレールの腕のなかでワタワタすることしかできない。
対してソレールは、この期に及んで拒むことを言うアネモネを目にして何かが豪快に切れてしまった。
「......アネモネ、もう何も言うな」
ソレールは、あまのじゃくなことばかり言うアネモネの口を塞ごうと、口を近づける。
「だっ、駄目ですっ。お願い、待ってください!」
ソレールは眉間にシワを寄せながら、もがくアネモネを見下ろした。
「君だって、私に口づけをしようとしたじゃないか。なら、私からしたって何の問題も───」
「うあああぁぁぁっ」
自分の痴女っぷりを思い出し、アネモネは今度こそソレールの口を両手で覆った。
この部分だけ消したい。抹消したい。そう願って彼の素肌に触れても、もう感情の泡を掴むことができない。なんということか。
「アネモネ、少し落ち着いた方がいい」
ソレールが、アネモネの髪に手を入れ、宥めるように手櫛で髪を梳く。
これまでならその優しい手つきに、子犬のようにじゃれつくことができたけれども、今のアネモネは、いやいやいやいやいや、と心の中で突っ込みを入れてしまう。
今、自分を混乱させているのは、外でもないソレールなのだ。当の本人からそんなこと言われてたって落ち着くことなどできやしない。
そんな気持ちを込めて、アネモネはぶんぶんと首を振る。でもそれは逆効果であった。
「それとも、もう一足飛びでベッドに行こうか」
「なんで!?」
ぎょっと目を剥くアネモネに、ソレールはさらっと「私に服を脱いでとお願いしたじゃないか」と、黒歴史を暴露する。
けれど、その目は冗談を口にしているそれではない。笑い事ではなく本気だった。
だからアネモネは観念した。唯一彼が諦めてくれるであろう理由を口にした。
「ソレールさん、あのね。わ、私」
「どうしたんだい?アネモネさん」
「……わ、私、私」
「うん」
「本当は17歳なんですっ」
「なんだって!?」
まさかの告白にソレールは、くらりと目眩を覚えてしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ。でも聞いて下さい。見た目が若すぎると、仕事に差し支える場合があるんです。話をする前に見下す態度を取られたり、料金値切られたりとか……色々。だから、19歳って言うようにしたんです。ごめんなさいっ。騙すつもりはなかったんですが、ソレールさんがあっさり信じてくれるものだから、ずっと違うって言えなくって…… 本当にごめんなさいっ」
半泣きになりながら謝罪するアネモネを見て、ソレールは完璧に脱力した。
ついさっきまで暴れまわっていた雄の欲情は綺麗さっぱり消えている。
あるのは、してやられたという呆れた感情と、謝り続けるアネモネに対する不快感と、たまらなく可愛がりたいという純粋な愛情で。
ソレールは己の感情に身を委ね、アネモネの口を塞ぐ。自身の唇で。
何度も角度を変えて柔らかい唇の感触を楽しんだソレールは、そっと小さな耳に言葉を落とす。
「やってくれたな、アネモネ。でも……そんな君も好きだよ」
すぐさまビクリとアネモネの身体が強張る。
けれど遅れて、「私も好きです」と震えた声で、一番欲しかった言葉が返ってきた。
ソレールは瞠目する。
たった一言でこれ程までに心が揺さぶられるなど思いもよらなかった。
そんなソレールの腕の中にいるアネモネは、師匠がかつて言った言葉を思い出していた。
【幸せになる途中が一番幸せなのだ】と。
今、アネモネはとても幸せだった。
喜びを全身で感じていた。
でも、見上げたソレールの瞳は、追求の手を止めようとはしない。
つまり、これはまだ幸せの途中ということで、この先も、まだまだ続くということ。
人生と言う名の布は、こうしている間もゆっくりと織られていく。幸せな色に染まった糸で。
アネモネは己が織り成す布が、誰よりも美しくなる予感がした。
◇◆ おわり ◆◇
「アネモネ、悪いが君の気持ちはあらかた知っている。だから私はこんなふうに強引な態度を取ることができるんだ」
「……え?」
「タンジー殿から聞いた。どれだけ思い出したくても、私一人の力では思い出すことはできない。術をかけた本人が忘れないでと強く願わなければ、魔力を打ち消すことはできない……そうだ」
熱い吐息に混ざって、脳天を殴られたような台詞が耳に入ってくる。
ああ、もうっ。タンジーめ。余計なことまで喋ってくれてっ。
今この場にお喋りな絵師が居たなら、アネモネは間違いなく長年育ててくれた恩を忘れて、張り倒していただろう。
「アネモネ」
意識を他所に向けていたけれど、頬に熱い息がかかって瞬時に引き戻される。
「ソレールさんっ、待って」
「待てない」
「お願いっ。少しだけ離れて」
「嫌だ」
ほんの少し距離を置けば暴れまくる心臓が、落ち着くと思ったけれど、ソレールは隙間を埋めるかのように、ぎゅっと抱き締める。
どんどん落ち着かない状況に追い込まれていくのはこれ如何に? とアネモネは真っ赤になりがなら、ソレールの腕のなかでワタワタすることしかできない。
対してソレールは、この期に及んで拒むことを言うアネモネを目にして何かが豪快に切れてしまった。
「......アネモネ、もう何も言うな」
ソレールは、あまのじゃくなことばかり言うアネモネの口を塞ごうと、口を近づける。
「だっ、駄目ですっ。お願い、待ってください!」
ソレールは眉間にシワを寄せながら、もがくアネモネを見下ろした。
「君だって、私に口づけをしようとしたじゃないか。なら、私からしたって何の問題も───」
「うあああぁぁぁっ」
自分の痴女っぷりを思い出し、アネモネは今度こそソレールの口を両手で覆った。
この部分だけ消したい。抹消したい。そう願って彼の素肌に触れても、もう感情の泡を掴むことができない。なんということか。
「アネモネ、少し落ち着いた方がいい」
ソレールが、アネモネの髪に手を入れ、宥めるように手櫛で髪を梳く。
これまでならその優しい手つきに、子犬のようにじゃれつくことができたけれども、今のアネモネは、いやいやいやいやいや、と心の中で突っ込みを入れてしまう。
今、自分を混乱させているのは、外でもないソレールなのだ。当の本人からそんなこと言われてたって落ち着くことなどできやしない。
そんな気持ちを込めて、アネモネはぶんぶんと首を振る。でもそれは逆効果であった。
「それとも、もう一足飛びでベッドに行こうか」
「なんで!?」
ぎょっと目を剥くアネモネに、ソレールはさらっと「私に服を脱いでとお願いしたじゃないか」と、黒歴史を暴露する。
けれど、その目は冗談を口にしているそれではない。笑い事ではなく本気だった。
だからアネモネは観念した。唯一彼が諦めてくれるであろう理由を口にした。
「ソレールさん、あのね。わ、私」
「どうしたんだい?アネモネさん」
「……わ、私、私」
「うん」
「本当は17歳なんですっ」
「なんだって!?」
まさかの告白にソレールは、くらりと目眩を覚えてしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ。でも聞いて下さい。見た目が若すぎると、仕事に差し支える場合があるんです。話をする前に見下す態度を取られたり、料金値切られたりとか……色々。だから、19歳って言うようにしたんです。ごめんなさいっ。騙すつもりはなかったんですが、ソレールさんがあっさり信じてくれるものだから、ずっと違うって言えなくって…… 本当にごめんなさいっ」
半泣きになりながら謝罪するアネモネを見て、ソレールは完璧に脱力した。
ついさっきまで暴れまわっていた雄の欲情は綺麗さっぱり消えている。
あるのは、してやられたという呆れた感情と、謝り続けるアネモネに対する不快感と、たまらなく可愛がりたいという純粋な愛情で。
ソレールは己の感情に身を委ね、アネモネの口を塞ぐ。自身の唇で。
何度も角度を変えて柔らかい唇の感触を楽しんだソレールは、そっと小さな耳に言葉を落とす。
「やってくれたな、アネモネ。でも……そんな君も好きだよ」
すぐさまビクリとアネモネの身体が強張る。
けれど遅れて、「私も好きです」と震えた声で、一番欲しかった言葉が返ってきた。
ソレールは瞠目する。
たった一言でこれ程までに心が揺さぶられるなど思いもよらなかった。
そんなソレールの腕の中にいるアネモネは、師匠がかつて言った言葉を思い出していた。
【幸せになる途中が一番幸せなのだ】と。
今、アネモネはとても幸せだった。
喜びを全身で感じていた。
でも、見上げたソレールの瞳は、追求の手を止めようとはしない。
つまり、これはまだ幸せの途中ということで、この先も、まだまだ続くということ。
人生と言う名の布は、こうしている間もゆっくりと織られていく。幸せな色に染まった糸で。
アネモネは己が織り成す布が、誰よりも美しくなる予感がした。
◇◆ おわり ◆◇
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