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7.親の因果が子に報う。以上、始めは猿の如く後は脱兎の如し
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ブルファ邸に到着して、玄関までソレールと共に移動する。
ちらりと見えた百日紅の花は、既に役目を終えていた。
本日はわざわざ木登りをして押し掛ける必要もないので、あそこに足を向ける必要はない。
ただ良く見れば、蕾かと見紛う青い実がある。
……熟せば食べれるのだろうか。
食べれるという話を聞いたことは無いが、毒があるとも聞いたことが無い。
仕事中は人一倍食欲があるアネモネでも、さすがにこれを食す勇気はなかった。
そして、落下した自分は、随分高いところまで登っていたことに気付く。
「─── ソレール、あの日、私を受け止めてくれてありがとうございました」
歩きながら百日紅の木を指さしたアネモネに、ソレールはくすりと笑った。
「まるで木登りをしている君は、妖精のようだった」
…… 猿の間違いではないだろうか。
思わず胡乱げな顔をしてしまったアネモネに、ソレールは今度は声を上げて笑った。
でもすぐに表情を改める。
「アネモネ、これからアニス様を前に大事な仕事があるというのはわかっているが…… 聞いて欲しいことがある」
熱を帯びた瞳と、きゅっと真一文字に結ばれた唇が紡ごうとしている言葉がなんなのか、アネモネは瞬時に気付いた。
「私は君を───」
「……あとで」
掠れた声でアネモネはソレールの言葉を遮った。
落胆と不満を混ぜた視線を受けてアネモネは笑った。とてもぎこちなく。
「ちゃんとアニス様にお届けできてからにしてください」
「……わかった」
ぐっと拳を強く握るソレールが、どれほど我慢をしているのかわかる。
アネモネは、ソレールのことが好きだ。
ソレールにとって、自分を自宅に招いたのは仕事の一環だったのかもしれない。
木から落下したのを受け止めたのは、亡き妹を思い出して咄嗟の行動だったのかもしれない。
けれど同じ時間を共有して生まれた感情は、そういったものを飛び越えた先のもの。
飲み込んだ言葉は、きっと自分と同じ想いを伝えるためのものだったのだろう。
でも彼に、それを言わせてはいけない。
実ることが無いこの恋は、曖昧なままで終わらせた方が良いのだ。
「行こう、ソレール」
「ああ」
騎士服の袖をつまんで先を促せば、ソレールはアネモネの肩に手を回して歩き始めた。
いつからだろう。彼に触れられることに、ドキドキし始めたのは。
雨の日に、傍にいてくれた時から?
一緒に花火を見た夜から?
それとも、迷子になった夕刻、迎えに来てくれた時から?
大好きだという気持ちは、間違いなくここにある。
でも始まりは、とても不明瞭で───
「……不思議だなぁ」
「そうだな」
主語を抜かした呟きに、ソレールはしっかりと答える。
まるで、アネモネの心全部を見透かしているかのように。
ちらりと見えた百日紅の花は、既に役目を終えていた。
本日はわざわざ木登りをして押し掛ける必要もないので、あそこに足を向ける必要はない。
ただ良く見れば、蕾かと見紛う青い実がある。
……熟せば食べれるのだろうか。
食べれるという話を聞いたことは無いが、毒があるとも聞いたことが無い。
仕事中は人一倍食欲があるアネモネでも、さすがにこれを食す勇気はなかった。
そして、落下した自分は、随分高いところまで登っていたことに気付く。
「─── ソレール、あの日、私を受け止めてくれてありがとうございました」
歩きながら百日紅の木を指さしたアネモネに、ソレールはくすりと笑った。
「まるで木登りをしている君は、妖精のようだった」
…… 猿の間違いではないだろうか。
思わず胡乱げな顔をしてしまったアネモネに、ソレールは今度は声を上げて笑った。
でもすぐに表情を改める。
「アネモネ、これからアニス様を前に大事な仕事があるというのはわかっているが…… 聞いて欲しいことがある」
熱を帯びた瞳と、きゅっと真一文字に結ばれた唇が紡ごうとしている言葉がなんなのか、アネモネは瞬時に気付いた。
「私は君を───」
「……あとで」
掠れた声でアネモネはソレールの言葉を遮った。
落胆と不満を混ぜた視線を受けてアネモネは笑った。とてもぎこちなく。
「ちゃんとアニス様にお届けできてからにしてください」
「……わかった」
ぐっと拳を強く握るソレールが、どれほど我慢をしているのかわかる。
アネモネは、ソレールのことが好きだ。
ソレールにとって、自分を自宅に招いたのは仕事の一環だったのかもしれない。
木から落下したのを受け止めたのは、亡き妹を思い出して咄嗟の行動だったのかもしれない。
けれど同じ時間を共有して生まれた感情は、そういったものを飛び越えた先のもの。
飲み込んだ言葉は、きっと自分と同じ想いを伝えるためのものだったのだろう。
でも彼に、それを言わせてはいけない。
実ることが無いこの恋は、曖昧なままで終わらせた方が良いのだ。
「行こう、ソレール」
「ああ」
騎士服の袖をつまんで先を促せば、ソレールはアネモネの肩に手を回して歩き始めた。
いつからだろう。彼に触れられることに、ドキドキし始めたのは。
雨の日に、傍にいてくれた時から?
一緒に花火を見た夜から?
それとも、迷子になった夕刻、迎えに来てくれた時から?
大好きだという気持ちは、間違いなくここにある。
でも始まりは、とても不明瞭で───
「……不思議だなぁ」
「そうだな」
主語を抜かした呟きに、ソレールはしっかりと答える。
まるで、アネモネの心全部を見透かしているかのように。
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