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3.待てば甘味の恵み有り。とはいえ、悪縁契り深しかな

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 アネモネより2つ年下の義理の妹ことエルダーは母親譲りのチェリーブラウンの髪と、父親を譲りの琥珀色の瞳を持っていた。そして記憶の限りでは、いつも目を吊り上げている女の子だった。

 性格は母親に瓜二つで、控えめに言って嫉妬深くて残忍。思いやりとか労りなどというものは母親の腹の中に忘れてしまったのかと思うほどだった。

 そしてその持ち前の性悪さは、すべてアネモネに向けられていた。

 子供の無邪気さを装って、アネモネが大切にしていた絵本を暖炉の中に捨てたり、実の母親の形見の人形を2階の窓から捨てたり。
 お気に入りのドレスにインクをぶちまけたり、こっそり菓子に泥をかけたり。

 一体どうしてここまで極悪非道なことができるのだろうと、アネモネは粉々になった人形を前にして、悲しみを飛び越えある意味感心した。あとお節介かもしれないけれど、ちょっとだけ彼女の歩む未来を心配した。

 きっと世に言う”悪役令嬢”とやらになると思っていた。
 そうじゃなかったら誰かから恨みを買って五体満足の身体ではなくなっているのかもしれないと思っていた。いや、そうに違いないと思った。

 でも、エルダーはその予想を見事に裏切ってくれた。

 ただ義理の妹と過ごしたのは10年近く前のこと。もしかして人違いかもしれない。きっと人違いだ、そうに決まっている……と思ったのだけれど、

「まったく女性を馬車から突き飛ばすなんて酷い人ね」

 不愉快そうに顔を顰めた表情を見て、やはり義理の妹だとアネモネは確信を得た。

 ただ怒りの視線が自分ではなく、自分を傷付けた相手に向けられているのが信じられなかった。

 思わず唇を噛んだら痛かった。夢ではない。 

「立てる?大丈夫?」
「......あ、はい。だ......大丈夫です」

 義理の妹の手を借りるわけにもいかず、アネモネはなんとか自力で立ち上がった。

 ただすぐによろけてしまったのは気分の悪さだけではない。

「ねぇ、本当に大丈夫?」
「……はい」

 無様に倒れるわけにもいかず、何とか踏ん張ってアネモネは義理の妹に頭を下げた。

「ありがとうございます、お嬢様」
「ううん、良いの」

 その表情に浮かぶのは、世界中の憎悪を凝縮したようなものではなく、慈しみに満ちた笑みだった。トレードマークだったつり目は、今は綺麗な弧を描いている。

 ─── ああこの子は、こんなふうに笑うんだ。

 10年という長い年月で彼女を変えたのはなんだったのだろう。

 そんなことをアネモネがぼんやりと思った瞬間、エルダーはぎょっとした。次いで、びっくりするほどの早さでアネモネの手首を掴んだ。

「やだっ、あなた怪我してるじゃないっ」

 アニスに投げ捨てられた時にできた手のひらの傷のことを言っているのだろう。擦り傷程度で騒ぐことではないが、深窓の令嬢なら致し方ないのか。

 あらためて過ごしてきた環境の違いを見せ付けられたような気分になる。

「これくらい、平気です」
「でも、血が出ているわ。痛そう......ねえ、お家は近いの?良かったら私の家に来て。手当てするから」
「お、お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です」
「そう?なら、少し離れた場所に馬車があるから、送って」
「大丈夫です」

 2度目の”大丈夫”はかなりキツい言い方になってしまった。しかもエルダーの言葉を遮る形となってしまった。

 記憶の通りなら、ここで間違いなくエルダーは癇癪を起こすだろう。でも、今の彼女は「そう」と呟き肩を落とすだけ。

「これ使って」

 てっきり機嫌を損ねてプンスカ怒りながら去っていくと思ったけれど、エルダーは自信のハンカチをそっとアネモネに差し出した。

 そして「さっきの馬車の紋章ちゃんと見たから。わたしが後でとっちめてあげるからね」と言って去って行った。

 最後にふわり笑ったその顔は、ちょっと気が強い天使のようだった。
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