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(一体、ここで身支度を整えてどうするんだろう??)

 フェルベラはメイド達があくせく動く中、ぼんやりと姿見に映る自分を見つめている。

 それ以外、やることが無いから。首一つ動かすことすら、許されていないから。

 王都に邸宅を構えることができるくらいの爵位は持っているウィステリア家で生まれ育ったフェルベラであるが、それでもこんな豪華な衣装を身に着けたことは過去一度もなかった。

 とろりとした肌触りの淡い水色と銀糸を織り込んだ生地で仕立てたドレスは、一見、定番のハイウエスト型である。しかしよく見れば、何層にも重なるチュールでできており、一枚一枚全て異なる色の生地が使われている。

 だから光の当たり具合によって、水色にもなれば銀色にもなる不思議な色合いなのだ。

 加えて切替部分には細い細い飾りチェーンが縫い付けられており、等間隔に藤色と若草色の宝石が輝いている。

 また胸元と髪を飾るアクセサリーも同様に、藤色と若草色の宝石が仲良く並んでいて見る人が見たら「ぅうーわもう、あっつ」と冷やかしたくなるほど、リヒタスの想いが詰め込まれた一級品だった。

 ……でも、フェルベラは、そこに気付いていても、気付かないフリをする。

 だってもう愛とか恋とかはこりごりなのだ。期待して裏切られたら、傷つくのは自分なのだ。なら最初から期待しなければ、痛みも苦しみも味わうことは無い。

 何よりまた裏切られた時にリヒタスを憎みたくないし、回し蹴りなんて絶対にしたくない。

 そう思っているフェルベラは婚約中でリヒタスと同じ屋根の下で暮らしていても、恋人のような触れ合いを求めていないし、無駄に一緒に居ようとも思っていない。 

 この婚約は、互いの両親が勝手に決めたもの。だから彼とは、悪いところはそっと目を逸してただただ穏やかに暮らしていきたいと思っている。

 ただそれはフェルベラの一方的な思いでしかなく、リヒタスは全く別の想いを抱いていた。



「うん、綺麗だ。とっても綺麗だ。最高に綺麗」
「……ははは」

 神の御使いのような美青年に褒められた三流の自分は、惨めさを通り越して滑稽だった。

「マルグルス国の大公爵の婚約者は春の妖精だって聞いたから、僕の婚約者は雪の女神だと思って仕立ててもらったんだ」
「……」

 ダチョウ類ヒト科の間違いではなかろうか。と、フェルベラは思ったけれど黙っておくことにした。リヒタスがあまりに嬉しそうだったから。

 そんな微妙なフェルベラの思いに気付かないリヒタスは、更に言葉を続ける。

「マルグルス国の大公爵は婚約者を迎えてから本当に浮かれポンチになってね、正直僕は気味悪がっていたんだけど……今ならその気持わかるな。うん、婚約者がいるのって本当に浮かれちゃう。うん、うん、婚約者は大事にしたい。大事にするべきだ」
「は……はぁ」

 一体何を張り合っているのかわからないが、やたらと婚約者というワードを出すリヒタスに、フェルベラは若干引いている。

 でも普段は、若き当主として舐められないよう頑張っているリヒタスが、年相応にはしゃいでいるのを見るのは新鮮で悪い気持ちではない。

 だがこのまま彼を放置していれば夜明けまで賛辞を述べ続けそうな予感がして、フェルベラはオホンッと咳払いをして口を開いた。

「ところでリヒタスさん、今日は夜会と聞いてますが、間に合うのでしょうか?」

 馬車でえっちらおっちら向かっても到底間に合わない。でも彼も夜会服に身を包んでいるから一応参加する気はあるのだろう。

 などということを遠回しに言葉を選びつつ付け加えたら、リヒタスはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「余裕。あと、丁度いい頃合いだから、今から出発しよう」
「え?は?……ーーちょ、ちょっと!!」

 まったくもって意味不明なリヒタスの発言に首をかしげた途端、彼に強引に横抱きにされてしまった。

「リヒタスさん!腕折れますからっ。降ろしてください!」
「大丈夫、大丈夫。平気だよ。っていうかフェルベラさんはちょっと軽すぎるよ。もっとご飯を食べてくれないと心配だ」 

 本気で不安な顔をするリヒタスに「毎日完食してますよ」と訴えたい。あと彼の細腕が折れてしまいそうで、怖くて仕方がない。

 でもフェルベラは何も言うことができなかった。

 突然、温かい風が吹いたと同時に、視界が一気に変わったから。
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