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【夜の治験 初級編】 そうして始まるメイドとしての日々 

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「あ、先生……どうされたんですか?」

 突如現れたグリジットに、ファルナは目を丸くした。

 最近ようやっとグリジットのことを先生と呼ぶのに慣れてきたなと頭の隅で思いつつ、ホウキを取り戻そうと手を伸ばす。

「庭に君がいるのが見えたから、どうしたのかと思ってここに来た」

 さらりと答えてくれたが、ホウキは返してくれる気は無いらしい。

 取り上げ方もスマートだったが、避けかたも大変スマートだ。さすがお医者様。人体の動きを熟知されていらっしゃる。

 ただできることなら、やっと見つけたお仕事を奪わないでほしかった。

「で、一体何をしているんだ?」
「……え、あー……落ち葉が気になったので、集めてました」

 隠したところで意味は無いし、そもそも悪いことをしたわけじゃないのでファルナは素直に答える。

 しかしグリジットは、ご不満だったようで眉間に皺を寄せた。

「庭師は明日来る。君はそんなことする必要はない」
「……えー、でも」
「でもじゃない。ほら、こんなに手が冷たくなっている。さ、早く中に入りなさい」
「いや、でもホウキを片付けないと。それに、落ち葉もこのままにしておくのは」
「そんなことを私がやっておく。風邪でも引かれたら困る。ほら、早く」
「……でも」
「でも、じゃない」
「……」

 どこの世界にメイドの体調を気遣って、自ら庭掃除をするご主人様がいるというのだろうか。

 ファルナだってちょっと前まで、慎ましいとはいえ末端貴族の一人娘だった。屋敷には使用人がいたから、メイドがどんな仕事をして、どんな立場なのかわかっている。

 しかしグリジットに向けて強く主張することはできなかった。

 初日のほど威圧的ではないけれど、現在グリジットは絶対に譲らないと無言で訴えている。お医者様のくせに、人を従わせるのに長けているのはどうかと思う。

 もちろんこれも口に出して主張したりしない。……したいけれど。

「では、お茶を用意させていただきます」

 ご主人様は庭掃除が終わるのが待てないくらいお茶が飲みたかった。などという無理矢理な理由付けをしなければ、申し訳なさ過ぎて動けない。

 その気持ちが伝わったのだろう。グリジットは表情を緩めて、ファルナのささやかな主張を受け入れてくれた。

「それは嬉しいな。よろしく頼む」  
「はい」

 ホウキを手にしたご主人様に、ぺこっと頭を下げたファルナはテケテケとキッチンに向かおうとする。

 しかし、玄関扉を開けたところでグリジットに呼び止められてしまった。

「───……何でしょうか?先生」
「ああ、言い忘れていたけれど、今晩から手伝って欲しい」
「手伝い……あっ、あ……は、はい」

 一体なんのことだろうと首を傾げたのは一瞬で、ファルナはすぐわかった。

 グリジットは今晩、初夜を迎える男女のための薬の開発の手伝いをしてくれと言ったのだ。

(来た。……とうとう、来た)

 面接の際、スカートをめくった時にとうに覚悟はできている。

 だけどどうしても緊張と不安を隠すことができないファルナは、顔が引きつるのを隠せない。

 そんなファルナに向け、グリジットは静かに口を開く。

「よろしく頼む」
「……はい」

 ぎこちなく頭を下げるファルナは、グリジットがどんな表情をしているのかわからなかった。
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