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第五章
幕間 仲良し兄弟④
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「ねえ、それよりもさ、この後の授業さぼろうよ」
青ざめる彼に気付いていない彼女は、上目遣いで二人っきりになれる場所に行こうと誘惑する。
「……君は、看護師に向いてるね」
彼は掠れ声で言った。そこに人の死を軽んじる彼女への侮蔑が込められていたけれど、当の本人はまったく気付いていない。
「えー私、看護師向いてないよぉー。親が行け行けってうるさかったから仕方なく進学したけど、マジ無理。死んじゃう人の世話なんかできないよ。こっちが病んじゃう。あー、もうわざと試験落ちよっかな?」
あははっと彼女は無邪気に笑う。彼がどんな顔をしているのか、わかろうともしないで。
そんな彼女を見て、彼は己の見る目が無かったことを否が応でも知らされる。
無邪気ではなく、能天気。
ポジティブではなく、インセンシティブ。
眩しいほどに前向きに生きる彼女は、思いやりの欠片も無いただの馬鹿な女だった。
ーー弟も弟だが、姉も姉だな。
彼は絶望を通り越して、笑いたくなった。と同時に、自分の中で何かが壊れ、そして何かが生まれた。いや、違う。失ってしまった弟が戻ってきてくれた気配を確かに感じた。
「いいよ。さぼろっか」
彼は、彼女に向けて微笑む。すぐに彼女は「やった!」と彼の腕に自分の腕を絡ませる。
「国道のホテルで良い?あそこね、ネットクーポン使えるんだ」
空いている方の手でスマホをいじりながら、彼女は無意識なのか計算なのかわからないが、豊満な胸を彼の腕に押し付ける。
ついさっきまで、彼女にそうされれば、彼はドキドキして夢見心地になった。しかし今は、おぞましいだけ。振り払いたくて仕方がない。
けれども、彼は笑みを湛え、彼女と共に外に出る。
法で裁けない彼女を、自分と弟の手で断罪するために。
そうして、彼女は罰を受けた。その後、彼女の弟にも同じようにした。二人を殺さなかったのは、情ではない。より長く苦しみを味わってもらうためでもない。
彼は弟を蘇らせてくれたことに、わずかながらに感謝の念があったからだ。
蘇った弟は、肉体は無い。触れることもできない。年を取ることも無い。一生、少年のまま。
けれども、弟はもう病に苦しむことは無い。無邪気な笑みを浮かべて、自分の傍にずっとずっと居てくれる。もう二度と、離れ離れになることはないだろう。それが無性に嬉しかった。
とはいえ、対価は必要になる。
弟は【死】が近い場所でないと、形を保っていることはできない。誰かが苦しむのを養分として生きながらえることができるのだ。
幸い、彼は少々の揉め事はあったにせよ、無事に看護師になることができた。
タイミング良く、両親は離婚してくれた。被害者から加害者に立場が逆転してしまった彼は、母親を支えるという体で、この街を去るのに絶好の機会だった。
県外に住まいを移し、母親の旧姓である大矢と名が変わっても、弟は変わらず傍に居てくれる。
だから彼は、看護師として働きながら常に死を願い、死の匂いを求めて職場を渡り歩いた。
青ざめる彼に気付いていない彼女は、上目遣いで二人っきりになれる場所に行こうと誘惑する。
「……君は、看護師に向いてるね」
彼は掠れ声で言った。そこに人の死を軽んじる彼女への侮蔑が込められていたけれど、当の本人はまったく気付いていない。
「えー私、看護師向いてないよぉー。親が行け行けってうるさかったから仕方なく進学したけど、マジ無理。死んじゃう人の世話なんかできないよ。こっちが病んじゃう。あー、もうわざと試験落ちよっかな?」
あははっと彼女は無邪気に笑う。彼がどんな顔をしているのか、わかろうともしないで。
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ーー弟も弟だが、姉も姉だな。
彼は絶望を通り越して、笑いたくなった。と同時に、自分の中で何かが壊れ、そして何かが生まれた。いや、違う。失ってしまった弟が戻ってきてくれた気配を確かに感じた。
「いいよ。さぼろっか」
彼は、彼女に向けて微笑む。すぐに彼女は「やった!」と彼の腕に自分の腕を絡ませる。
「国道のホテルで良い?あそこね、ネットクーポン使えるんだ」
空いている方の手でスマホをいじりながら、彼女は無意識なのか計算なのかわからないが、豊満な胸を彼の腕に押し付ける。
ついさっきまで、彼女にそうされれば、彼はドキドキして夢見心地になった。しかし今は、おぞましいだけ。振り払いたくて仕方がない。
けれども、彼は笑みを湛え、彼女と共に外に出る。
法で裁けない彼女を、自分と弟の手で断罪するために。
そうして、彼女は罰を受けた。その後、彼女の弟にも同じようにした。二人を殺さなかったのは、情ではない。より長く苦しみを味わってもらうためでもない。
彼は弟を蘇らせてくれたことに、わずかながらに感謝の念があったからだ。
蘇った弟は、肉体は無い。触れることもできない。年を取ることも無い。一生、少年のまま。
けれども、弟はもう病に苦しむことは無い。無邪気な笑みを浮かべて、自分の傍にずっとずっと居てくれる。もう二度と、離れ離れになることはないだろう。それが無性に嬉しかった。
とはいえ、対価は必要になる。
弟は【死】が近い場所でないと、形を保っていることはできない。誰かが苦しむのを養分として生きながらえることができるのだ。
幸い、彼は少々の揉め事はあったにせよ、無事に看護師になることができた。
タイミング良く、両親は離婚してくれた。被害者から加害者に立場が逆転してしまった彼は、母親を支えるという体で、この街を去るのに絶好の機会だった。
県外に住まいを移し、母親の旧姓である大矢と名が変わっても、弟は変わらず傍に居てくれる。
だから彼は、看護師として働きながら常に死を願い、死の匂いを求めて職場を渡り歩いた。
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