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第四章
似た者同士③
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「俺の噂も、もしかして浅見さんから聞いてる?」
博からそう問われた美亜は、誤魔化そうとして失敗して......結局、認めてしまった。
「……ごめんなさい」
「どうして美亜ちゃんが謝るの?」
「だって……っ!?」
知らず知らずのうちに俯いていた顔を上げれば、びっくりするほど優しい顔の博がいた。
「謝らないで。謝るのは俺の方だから」
「え?」
「やっぱこういうのって距離詰める前に俺から言わなくっちゃいけないことだったし」
「う、うん。うーん」
そう言われてしまうと何と返せば良いのかわからない。
もじもじする美亜に博は「とりあえずお代わり頼もう」と店員を呼ぶ。そして、二人分のビールを注文すると、噂の真相を語りだした。
「彼女とは看護学校の同級生だったんだ。でも、彼女は実習の時点で向いてないことがわかったみたいで、このまま看護師になって良いのか悩んでた。っていっても、俺はその時、彼女が深刻に悩んでいるってことに気付けなくって……励ましてばかりだった」
ここで博はビールではなくウーロン茶を一口飲んだ。痛みを堪える顔をして。
つられるように美亜も水を飲んで、続きの言葉を待つ。
「彼女はね、本当は『看護師諦めて良いんだよ』って俺に言ってほしかったんだと思う。なのに俺は言ってあげられなかったんだ。ただひたすらポジティブなことばっかり言って……滑稽だよね」
「そんなことないよっ」
「ありがとう、美亜ちゃん。それでもあの時、俺が一言でも『違う道もあるんじゃない?』って言うことができてたら、彼女は心を病んだりしなかったのに……」
鈍感な美亜でも、この辺りで大体察しがついた。
「もしかして彼女のお母さんは、その件を責めたくて博さんの病院に乗り込んできたとか?」
「どこかに怒りをぶつけなきゃ生きていけなかったんだろうね」
「そんなっ、でも!」
「良いんだよ。彼女の心が壊れちゃったのは俺にも原因があるんだし」
腹を立てる美亜に、博は「まあまあ」と両肩を叩くふりをして笑う。
言いがかりにも等しいそれを受けても、博は自分が悪かったと言い切る。それが腹が立ってしまう。身勝手な母親に。噂をばらまいた人たちに。そして噂を信じてしまった自分に。
だからどこにぶつけて良いの変わらない怒りで再び口を開こうとしたけれど、博に止められてしまった。
「怒りって、すごい力になるから。俺を恨んで憎んで生きていけるなら、それで良いと思うんだ。それより俺に対して恨みすら持ってくれない人の方が辛いよ」
「……それって次の彼女さんのこと?」
「あ、それも聞いてたんだ」
「ごめん」
「あははっ、だから謝らないでって。これも話そうと思ってたところだから。……俺んち実は離婚してるんだ。いわゆる熟年離婚。で、母親が実家に戻ることになって俺も心配だから地元を離れて母親に付いていったんだ。その時はちょっと看護師じゃなく違うバイトをしてたんだけど、その時知り合った女の子と仲良くなってね……でも、バイトはブラックで母親はメンタル面がヤバくって、彼女はその……なんていうか寂しがり屋でね。会う時間がなかなか取れなくて、何とか時間作っても彼女は愚痴ばかりで……堪え切れなくって俺から別れ話を持ちかけたら、別れる別れないの修羅場になって、それでーー」
「あ、はい。もう十分わかりました」
偏見でしかないが、バイト先で出会う恋人とは揉めるものと思い込んでいる美亜は、びしゃっと博の説明を終わらせた。
それからビールを一気飲みして、再び口を開く。
「私は博さんのことしか知らないんで、思いっきり偏ったことしか言えませんが……っていうか、言っても良いですか?」
「どうぞ」
手のひらを差し出して続きを促してくれる博に、美亜は思いの丈をぶつけた。
「博さんは悪くないです。彼女さんが悪いっていう訳でもないです。つまり、これはどうしようもなかったことなんで、博さんが必要以上に悪く言われる筋合いは無いと思います」
この言葉は、美亜が誰かに言って欲しかった言葉。噂が噂を呼んで嘘つきと言われ続けたかつての自分が、家族じゃない誰かに切望した言葉。
それを伝えれば、博は顔をくしゃくしゃにして笑った。
「ありがとう……ありがとう、美亜ちゃん。実は……俺、ずっと誰かにそう言って欲しかったんだ」
最後は涙声になった博は、そっと美亜の手を握る。
これは似た者の同士の握手かもしれないが、美亜の心はドキドキソワソワして落ち着かなかった。
博からそう問われた美亜は、誤魔化そうとして失敗して......結局、認めてしまった。
「……ごめんなさい」
「どうして美亜ちゃんが謝るの?」
「だって……っ!?」
知らず知らずのうちに俯いていた顔を上げれば、びっくりするほど優しい顔の博がいた。
「謝らないで。謝るのは俺の方だから」
「え?」
「やっぱこういうのって距離詰める前に俺から言わなくっちゃいけないことだったし」
「う、うん。うーん」
そう言われてしまうと何と返せば良いのかわからない。
もじもじする美亜に博は「とりあえずお代わり頼もう」と店員を呼ぶ。そして、二人分のビールを注文すると、噂の真相を語りだした。
「彼女とは看護学校の同級生だったんだ。でも、彼女は実習の時点で向いてないことがわかったみたいで、このまま看護師になって良いのか悩んでた。っていっても、俺はその時、彼女が深刻に悩んでいるってことに気付けなくって……励ましてばかりだった」
ここで博はビールではなくウーロン茶を一口飲んだ。痛みを堪える顔をして。
つられるように美亜も水を飲んで、続きの言葉を待つ。
「彼女はね、本当は『看護師諦めて良いんだよ』って俺に言ってほしかったんだと思う。なのに俺は言ってあげられなかったんだ。ただひたすらポジティブなことばっかり言って……滑稽だよね」
「そんなことないよっ」
「ありがとう、美亜ちゃん。それでもあの時、俺が一言でも『違う道もあるんじゃない?』って言うことができてたら、彼女は心を病んだりしなかったのに……」
鈍感な美亜でも、この辺りで大体察しがついた。
「もしかして彼女のお母さんは、その件を責めたくて博さんの病院に乗り込んできたとか?」
「どこかに怒りをぶつけなきゃ生きていけなかったんだろうね」
「そんなっ、でも!」
「良いんだよ。彼女の心が壊れちゃったのは俺にも原因があるんだし」
腹を立てる美亜に、博は「まあまあ」と両肩を叩くふりをして笑う。
言いがかりにも等しいそれを受けても、博は自分が悪かったと言い切る。それが腹が立ってしまう。身勝手な母親に。噂をばらまいた人たちに。そして噂を信じてしまった自分に。
だからどこにぶつけて良いの変わらない怒りで再び口を開こうとしたけれど、博に止められてしまった。
「怒りって、すごい力になるから。俺を恨んで憎んで生きていけるなら、それで良いと思うんだ。それより俺に対して恨みすら持ってくれない人の方が辛いよ」
「……それって次の彼女さんのこと?」
「あ、それも聞いてたんだ」
「ごめん」
「あははっ、だから謝らないでって。これも話そうと思ってたところだから。……俺んち実は離婚してるんだ。いわゆる熟年離婚。で、母親が実家に戻ることになって俺も心配だから地元を離れて母親に付いていったんだ。その時はちょっと看護師じゃなく違うバイトをしてたんだけど、その時知り合った女の子と仲良くなってね……でも、バイトはブラックで母親はメンタル面がヤバくって、彼女はその……なんていうか寂しがり屋でね。会う時間がなかなか取れなくて、何とか時間作っても彼女は愚痴ばかりで……堪え切れなくって俺から別れ話を持ちかけたら、別れる別れないの修羅場になって、それでーー」
「あ、はい。もう十分わかりました」
偏見でしかないが、バイト先で出会う恋人とは揉めるものと思い込んでいる美亜は、びしゃっと博の説明を終わらせた。
それからビールを一気飲みして、再び口を開く。
「私は博さんのことしか知らないんで、思いっきり偏ったことしか言えませんが……っていうか、言っても良いですか?」
「どうぞ」
手のひらを差し出して続きを促してくれる博に、美亜は思いの丈をぶつけた。
「博さんは悪くないです。彼女さんが悪いっていう訳でもないです。つまり、これはどうしようもなかったことなんで、博さんが必要以上に悪く言われる筋合いは無いと思います」
この言葉は、美亜が誰かに言って欲しかった言葉。噂が噂を呼んで嘘つきと言われ続けたかつての自分が、家族じゃない誰かに切望した言葉。
それを伝えれば、博は顔をくしゃくしゃにして笑った。
「ありがとう……ありがとう、美亜ちゃん。実は……俺、ずっと誰かにそう言って欲しかったんだ」
最後は涙声になった博は、そっと美亜の手を握る。
これは似た者の同士の握手かもしれないが、美亜の心はドキドキソワソワして落ち着かなかった。
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