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第二章
縁③
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社を失い、信仰してくれる民を失った風葉は、みるみるうちに力を失った。まるで掬い上げた水が、指の間からこぼれ落ちていくように。
「どうせなら、森の中で死にてぇな」
神に【死】という言葉は適切ではないかもしれないが、ただの狐から始まった人生、最後は生まれた場所に近いところで消えたかった。
フラフラフラと風葉は、ささやかな……本当にささやかな手助けを人にしながら気の向くままに北上した。すれ違う人たちは皆【絶望】の二文字を顔に張り付けていた。
玉音放送から流れる音声で、人々は日ノ本が戦に負けたことを知ったのだ。
「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び……って言うけどよぅ、知ってるか、お偉いさんよ。まだみんな耐えてるんだぞ」
風葉は、この国の一番偉い人に向けて言った。無論、その声は届かなかった。誰の元にも。
ほんの少し前までは、日ノ本には八百万の神がいた。
辺鄙な村にも付喪神がいて、風葉の周りをウロチョロしていた。可愛かった。彼らもまた風葉にとって愛すべきものたちだった。
けれども、もうどこにもいない。ゆるりゆるりと森を求めて彷徨う間も、威勢の良い神を見かけることはなかった。稀に出会うのは消える直前の神ばかり。
つくづく人と神は共存関係にあるのだと痛感した。
「はっ、世も末だな」
強がってそんな言葉を吐いてみる風葉は、既に身体が半透明になっていた。
そろそろか。人は死を恐れる。だけれども風葉は、己が消えることにさほど恐怖を覚えなかった。でも一欠けらの慈悲を貰えるなら、あの世で猟師の顔を一目見たいと思った。
そんな小さな願いと共に、風葉は知らない森に足を踏み入れた。
日ノ本にまだ森があることに驚いた風葉であるが、集落があったことにもっと驚いた。
村と呼べない小さなそこは、鶏が我が物顔で雑草を突きながら歩き、澄んだ水の小川があり、猫の額ほどの畑には実りの秋に相応しく大根が顔を覗かせていた。
その光景に風葉はしばし目を奪われた。
まるで、失ってしまった守るべき村の時間が戻ったような錯覚に襲われた。
風葉は日が暮れても、小川の前の切り株に腰掛けてずっと見入っていた。今にも顔馴染みの村人が民家から出てきてくれそうな予感がして。
しかし、顔を出したのは見知らぬ少女だった。
「おめーこんな所で何してる?はぃく家に帰りやっせ……って、お前、ケツっぺた尾があるじゃーねぇか!?」
最後に素っ頓狂な顔を上げた少女の名は、マリーと言った。
とはいえ、その容姿は髪も目も黒く雛人形にしか見えない顔立ちで、どう目を凝らしても異国の血を感じることはできなかった。
「どうせなら、森の中で死にてぇな」
神に【死】という言葉は適切ではないかもしれないが、ただの狐から始まった人生、最後は生まれた場所に近いところで消えたかった。
フラフラフラと風葉は、ささやかな……本当にささやかな手助けを人にしながら気の向くままに北上した。すれ違う人たちは皆【絶望】の二文字を顔に張り付けていた。
玉音放送から流れる音声で、人々は日ノ本が戦に負けたことを知ったのだ。
「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び……って言うけどよぅ、知ってるか、お偉いさんよ。まだみんな耐えてるんだぞ」
風葉は、この国の一番偉い人に向けて言った。無論、その声は届かなかった。誰の元にも。
ほんの少し前までは、日ノ本には八百万の神がいた。
辺鄙な村にも付喪神がいて、風葉の周りをウロチョロしていた。可愛かった。彼らもまた風葉にとって愛すべきものたちだった。
けれども、もうどこにもいない。ゆるりゆるりと森を求めて彷徨う間も、威勢の良い神を見かけることはなかった。稀に出会うのは消える直前の神ばかり。
つくづく人と神は共存関係にあるのだと痛感した。
「はっ、世も末だな」
強がってそんな言葉を吐いてみる風葉は、既に身体が半透明になっていた。
そろそろか。人は死を恐れる。だけれども風葉は、己が消えることにさほど恐怖を覚えなかった。でも一欠けらの慈悲を貰えるなら、あの世で猟師の顔を一目見たいと思った。
そんな小さな願いと共に、風葉は知らない森に足を踏み入れた。
日ノ本にまだ森があることに驚いた風葉であるが、集落があったことにもっと驚いた。
村と呼べない小さなそこは、鶏が我が物顔で雑草を突きながら歩き、澄んだ水の小川があり、猫の額ほどの畑には実りの秋に相応しく大根が顔を覗かせていた。
その光景に風葉はしばし目を奪われた。
まるで、失ってしまった守るべき村の時間が戻ったような錯覚に襲われた。
風葉は日が暮れても、小川の前の切り株に腰掛けてずっと見入っていた。今にも顔馴染みの村人が民家から出てきてくれそうな予感がして。
しかし、顔を出したのは見知らぬ少女だった。
「おめーこんな所で何してる?はぃく家に帰りやっせ……って、お前、ケツっぺた尾があるじゃーねぇか!?」
最後に素っ頓狂な顔を上げた少女の名は、マリーと言った。
とはいえ、その容姿は髪も目も黒く雛人形にしか見えない顔立ちで、どう目を凝らしても異国の血を感じることはできなかった。
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