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第二章

涙の理由

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 一振りで太刀を消した風葉は、美亜の元に戻る。

 次いで「俺は天狐で、稲荷神いなりのかみ。要は商売の神で、パールカンパニーの守護神なんだ」と切り出した。

 それから黙って俯く美亜に言葉を重ねる。

「ここだけの話、あそこの先代はパールカンパニーの大得意なんだが……飲む打つ買うの三拍子を全クリしたどうしようもない男だったんだ。ようやっと辞任してくれて、せがれが社長になったんだが、まぁ……先代に向けての恨みつらみが倅にむかってしまったんだ。恨んだ方は、もう忘れているかもしれないが、ってのは消えないんだ。その願いが成就するまでは。で、誠実に頑張ってるのに今の社長は、やることなすこと裏目に出ている。ああ、そうそうウチの会長と先々代は、草野球をした幼馴染だったもんで、孫の就任祝いにちょっと厄払いをしてくれと頼まれてーー」
「その結果、私がビルからダイブしたってことですかぁ?」

 思わず口を挟んだ美亜に、風葉は苦笑する。

「それは、お前が張り切りすぎたからだろ」
「でも課長は、何にも掴めないって教えてくれなかったじゃないですかぁ!知ってたら私だって、柵の前でブレーキかけますよっ」
「はんっ、どうだかな。あと俺は今、課長じゃない。風葉だ」

 ムーっと睨みながら非難する美亜に、風葉はしれっと斜め上に受け流す。途端に美亜は、フグみたいに頬を膨らます。

「もうっ。今はそんなのどっちだって良いじゃないですか!」
「いや、一番大事だ」
「もうっ、もうっ。私、死ぬかと思いましたぁーーー」
「肉体が無いんだから、ビルから落ちたって死ぬわけねえだろ」
「そんなのわかんないじゃないですかっ」

 一応、大人しく最後まで話を聞こうと思っていた美亜だったけれど、風葉の余りの言い分に予定変更。

 美亜は風葉に抱き上げられた状態で思いつくまま不満をぶちまける。対して風葉は、バツの悪い顔をながらも「すまん、すまん」と軽ぅーい謝罪をする。

 それから数分後。風葉はもうこの話は終わりにしようといった感じで、空いている方の手を美亜の頭に乗せた。

「ま、とにかく助かった。鳥居は神にとって玄関なんだ。他の神は立ち入ることができないからな、お前のように稀眼を持っている人間の手が必要だったんだ。ありがとう。こんなに早く対処できたのはお前のお陰だ……ーーって、オイ泣くな!」
 
 ”ありがとう”と言われたと同時に優しく頭を撫でられた途端、美亜はボロボロと泣き出した。

「本当に悪かった。最悪鳥居を壊してお前を助けるつもりだったんだ。悪かった!この通りだ!頼む……頼むから泣き止んでくれっ」

 ついさっきまでの不遜な態度はどこへやら。風葉は別人になったのかと思うほど狼狽えていた。

 とはいっても、ボロボロ涙を流したかと思えば子供のように声を上げて泣き出す美亜は、ついさっきのことを思い出して怖くて泣いているんじゃない。

 嬉しかったのだ。

 これまでずっと素の自分じゃ誰も自分のことを好きになってくれないと思っていたから、嫌われて嘘つき呼ばわりされ続けると思ったから、キラキラ女子になりたかった。

 一度も声に出すことは無かったけれど、本当は辛かったのだ。キラキラ女子になろうともがく度に、自分を否定しているように思えて。心の片隅で、いつもこれで良いのかなと迷いがあった。

 でも風葉は、素の自分にしかできないことを求めた。そして「ありがとう」と言ってくれた。

 それはつまり、自分ですら好きになれなかった自分を、この人は認めてくれたのだ。お洒落もしてないし、都会の香りもしない、変なものが見えるありのままの自分を。

 どうしよう。今、自分は自分のことが大好きだ。

 そしてこのままキラキラ女子目指して突っ走って良いよと、引きこもりをしていた自分からGOサインを貰ったような気がする。

「ぅううわぁぁーーーん」
「おい、泣きやんでくれっ。何でもするっ、頼むから」

 風葉の首にしがみついてワンワン泣いているのからだ、さぞかし苦しいだろう。

 なのに風葉は、文句を言うどころかそっと背を撫でてくれる。その手つきがあまりに優しくて、美亜は不覚にもときめいてしまった。


 足元でキラキラしている街の明かりが涙でぼやけて、まるで天の川の上に立っているかのようだった。
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