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今を去ること三年前、エルディック・アラドは放課後の図書室の片隅でピョンピョン跳ねるウサギみたいな新入生を見かけた。
「この本が欲しいのか?」
そこそこ高い位置にあったお目当ての本を本棚から抜き、ウサギに差し出した。
「はい!ありがとうございます」
顔をくしゃくしゃにして笑うウサギーーリシャーナ・エデュスに、エルディックは一瞬にして心を奪われた。
好きな人ができた。
王立アカデミーでは、男女交際は禁止されていない。むしろ健全な交際は、将来の交友関係を広げるために推奨されている。
なら他の男にちょっかいを出される前に、さっさと告白をして恋人同士になればいい。
けれどもエルディックには障害があった。
運悪くも、王立アカデミーで羽目を外しまくる隣国の馬鹿王子のお世話係に任命されてしまっていたのだ。
馬鹿王子ことガルドシア・フェ・エデュアーレの出身国は戒律が厳しいことで有名だ。
他国の文化を学ぶために王立アカデミーの生徒になったガルドシアは、己の使命を全うすることより、自由な生活を謳歌することを選んだ。
特に女性関係においては、これまで禁欲的な生活から解き放たれた反動で、やんちゃを通り越して無茶苦茶だった。
そんな男の傍に四六時中いなければならないエルディックが、恋人を作ったらどうなるか……考えるだけでもおぞましい。
だからエルディックは、リシャーナとは友人関係のままでいた。近付きすぎないように。でも、困ったことがあれば一番に駆けつけられる距離を保って。
また彼女に粉をかけてくる輩に対しては、水面下で厳しく牽制した。
そして卒業してガルドシアと縁を切ったら、すぐにリシャーナに想いを伝えようと決心していた。
なのに、よりにもよってガルドシアはリシャーナに遊び半分で告白をしやがった。
殺してやろうかと思った。
しかもリシャーナは、真剣にガルドシアとの交際を考える始末。思いつめた表情で相談を受ける自分は無様で滑稽だった。
そんなある日、とうとう自分の中で何かがキレた。
その日は夕日がとても奇麗だった。オレンジ色に染まった図書館で溜息を吐くリシャーナはいつにも増して美しかった。
思わず見入ってしまったが、そこで唐突に気付いてしまった。
彼女が美しいのは今日に限ってのことでは無いと。彼女がこんなにも奇麗になったのは、ガルドシアから告白を受けたせいだから。
恋をすれば女は奇麗になるという俗説は耳にしたことがあるが、その時は笑い飛ばした。でも今は鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
ーーこのままでは、こいつを奪われる。
暴力的な感情が全身を支配した。そして気付けばこんなことを口に出していた。
『いい加減、見苦しい真似はやめろ。実に不快だ』
ガランとした図書室に自分の声はやけに大きく響いた。
リシャーナは、投げつけられた言葉を咀嚼するようにゆっくりと瞬きを繰り返している。
たったそれだけの仕草が、やけに欲情をかき立てられエルディックは思いの丈をぶつけてしまった。
『……俺を選べよ、リシャーナ』
自分でも呆れるほど情けない掠れ声は、間違いなくリシャーナに届いていると思っていた。
でもポロポロと涙を流して図書室を飛び出してしまった彼女には、聞こえていなかった。
そんな間抜けな話あるか?
しかも3年も経った今、その真実を知るなんてーー
「くっそ、マジかよ。そこからかよ……」
呟いたエルディックは、片手で顔を覆った。
指の隙間から見える彼女の顔は、驚きと困惑が入り混じり頬が熟れたリンゴのように赤かった。
「この本が欲しいのか?」
そこそこ高い位置にあったお目当ての本を本棚から抜き、ウサギに差し出した。
「はい!ありがとうございます」
顔をくしゃくしゃにして笑うウサギーーリシャーナ・エデュスに、エルディックは一瞬にして心を奪われた。
好きな人ができた。
王立アカデミーでは、男女交際は禁止されていない。むしろ健全な交際は、将来の交友関係を広げるために推奨されている。
なら他の男にちょっかいを出される前に、さっさと告白をして恋人同士になればいい。
けれどもエルディックには障害があった。
運悪くも、王立アカデミーで羽目を外しまくる隣国の馬鹿王子のお世話係に任命されてしまっていたのだ。
馬鹿王子ことガルドシア・フェ・エデュアーレの出身国は戒律が厳しいことで有名だ。
他国の文化を学ぶために王立アカデミーの生徒になったガルドシアは、己の使命を全うすることより、自由な生活を謳歌することを選んだ。
特に女性関係においては、これまで禁欲的な生活から解き放たれた反動で、やんちゃを通り越して無茶苦茶だった。
そんな男の傍に四六時中いなければならないエルディックが、恋人を作ったらどうなるか……考えるだけでもおぞましい。
だからエルディックは、リシャーナとは友人関係のままでいた。近付きすぎないように。でも、困ったことがあれば一番に駆けつけられる距離を保って。
また彼女に粉をかけてくる輩に対しては、水面下で厳しく牽制した。
そして卒業してガルドシアと縁を切ったら、すぐにリシャーナに想いを伝えようと決心していた。
なのに、よりにもよってガルドシアはリシャーナに遊び半分で告白をしやがった。
殺してやろうかと思った。
しかもリシャーナは、真剣にガルドシアとの交際を考える始末。思いつめた表情で相談を受ける自分は無様で滑稽だった。
そんなある日、とうとう自分の中で何かがキレた。
その日は夕日がとても奇麗だった。オレンジ色に染まった図書館で溜息を吐くリシャーナはいつにも増して美しかった。
思わず見入ってしまったが、そこで唐突に気付いてしまった。
彼女が美しいのは今日に限ってのことでは無いと。彼女がこんなにも奇麗になったのは、ガルドシアから告白を受けたせいだから。
恋をすれば女は奇麗になるという俗説は耳にしたことがあるが、その時は笑い飛ばした。でも今は鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
ーーこのままでは、こいつを奪われる。
暴力的な感情が全身を支配した。そして気付けばこんなことを口に出していた。
『いい加減、見苦しい真似はやめろ。実に不快だ』
ガランとした図書室に自分の声はやけに大きく響いた。
リシャーナは、投げつけられた言葉を咀嚼するようにゆっくりと瞬きを繰り返している。
たったそれだけの仕草が、やけに欲情をかき立てられエルディックは思いの丈をぶつけてしまった。
『……俺を選べよ、リシャーナ』
自分でも呆れるほど情けない掠れ声は、間違いなくリシャーナに届いていると思っていた。
でもポロポロと涙を流して図書室を飛び出してしまった彼女には、聞こえていなかった。
そんな間抜けな話あるか?
しかも3年も経った今、その真実を知るなんてーー
「くっそ、マジかよ。そこからかよ……」
呟いたエルディックは、片手で顔を覆った。
指の隙間から見える彼女の顔は、驚きと困惑が入り混じり頬が熟れたリンゴのように赤かった。
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