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夫の出世を願う花嫁と、妻の幸せを願う花婿

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「……コラッリオ殿、今、私の責任だと言ったが、詳しく説明をしてもらえるか?」

 ギルフォードは自我を取り戻すと、やたらと丁寧な口調でそう言った。

「しょうがないわね。……って、そこまで睨むこと?まぁ良いわ。話してあげる。あのね、あなた結婚式当日にひったくり犯を捕まえたでしょ?アレ、ビデーレの詐欺被害にあったとある貴族のメイドだったのよ。ご主人さまのことがよほど好きだったのね。泣き寝入りするつもりだったご主人様を見てられなくって、こっそり証拠の詐欺書類を屋敷から持ち出して警護団に密告するつもりだったのよ」
「それは勇敢なメイドだな。まるでシャンティみたいだ」
「はっ。急に惚気をぶっこまないで。気持ち悪い……っと失礼。だから、そんなに睨まないでちょうだい、話は途中なんだから。それでね、ドミールはああ見えて用心深い性格で、カモになった連中に見張りをつけていたの。だから、挙動不審なメイドが屋敷から出て来たもんだから、金で雇われていた見張りはピンときたらしく、メイドを追いかけて手荷物をひったくったのよ。でも、あなたが中途半端に捕まえて詰め所に放り込んだもんだから、ビデーレの悪事は暴かれなかったのよ。ったく、ツメが甘いわね。だから、わたくしが一肌脱ぐ羽目になったのよ。感謝しなさい」
「……いや、まて。なぜ最終的に私の責任になるんだ?そもそも詐欺事件は軍の管轄じゃない。それにあの日は、時間がなかったのは、君も知っているだろう?」
  
 一番聞きたいことを端折られ、責任転嫁されたギルフォードは唸るようにコラッリオに詰め寄った。

 だがコラッリオはある意味肝が据わっている。

 部下なら速攻ひれ伏すような眼光を受けても、腕を組んで軽く眉を潜めただけだった。

「どれがどの管轄なんて知らないわよ。ただあなたが放り込んだ詰め所の警護団がボンクラで、見張りが”病気の母親にどうしても死ぬ前にイチゴを食べさせたかった”ってウソ泣きしたらコロッと騙されて、軽い説教をして放免したのよ。あなたが取り調べをしたなら、きっとその迫力で、見張りはコロッとビデーレに雇われたこととか、諸々を吐いたのに」
「……なるほど、そういう見方もあったか。そして、君の言う通り警護団は無能すぎる。後で、厳重に注意しておく」

 確かに自分が取り調べをしたなら、洗いざらい供述させる自信があったとギルフォードは思った。でも、とても腑に落ちないとも思う。

 そもそも、本来あの日は誰と誰の結婚式だったというのか。すっぽかした本人から、こんなことを言われるなんて理不尽にもほどがある。

 まったくもって時間に間に合うよう慌てて教会に到着した自分が馬鹿みたいだと憤慨するギルフォードは、とても苦い顔をしている。

 それを嘲笑うかのようにコラッリオは、こんなことまで付け加えた。

「それにあんたの奥さんには事前に危ないことになるから、わたくしが登場したら引っ込んでろって伝えておいたの。あんたの妻ですアピールしないとビデーレは、動かないと思っていたしね。でも、わたくしが登場する前に、あんたが無駄に自分の妻はこのコイツシャンティですアピールするもんだから、ややこしい状況になったのよ」

 ビデーレは多分、かなり前から夜会会場に潜んでいた。
 そしてギルフォードとルドルフのやり取りも、しっかり見ていたのだ。

 詐欺師は人の心の弱い部分を見付ける能力に長けている。

 だから憎くて憎くてたまらないギルフォードの弱点がシャンティだとすぐに気付いた。そして、一番大切なものを失うことが最大の報復だと思ったのだろう。

 そんなわけでビデーレの標的がシャンティに向いてしまったのは、全部ギルフォードが悪いとコラッリオは主張しているのだ。

 ギルフォードは更に苦い顔になる。謝礼なんて、いつの間にかテーブルに置かれた茶だけで充分だという気持ちになっている。

 夜会の一件の後処理は、本当に大変だったのだ。

 組織としてのそれは、書類を数枚書いただけだったので別段問題なかった。けれど、シャンティの祖父ルジリッドに対してのそれは今思い出しても胃が痛むくらい労を要した。

 事件直後、ルジリッドは、ギルフォードが元婚約者を夜会に出席させた挙句、シャンティを自身の出世のために囮にしようとしたと誤解していた。

 大変心外なことだとギルフォードは思った。

 けれど、そう受け止められても仕方がないと自分に言い聞かせ、ルジリッドに丁寧に事情を説明した。もちろんシャンティも同席して説明した。

 そこで誤解は解けたのだが、ルジリッドは少々頑固なところがある。そして、自分の勘違いで激怒したことに引っ込みがつかなくなり、子供じみた態度で”やっぱり結婚は認めない”と言い張った。

 シャンティは祖父の大人げなさに呆れ、ギルフォードは本気で困った。
 そして、ルジリッドの怒りを鎮めるべく、せっせと一人フォルト邸に通い、頭を下げた。今、彼の目にある隈の原は、ほとんどそれだった。

 でも、ギルフォードは知らなかった。そうされればそうされるほど意固地になる人間がいるということを。そして、誠心誠意謝れば謝る程、余計にこじれることも。

 結局、祖母のイノルファが間に入って、一件落着となったのだが、ルジリッドの頬には手形が付いていた。多分、鉄拳制裁によって収拾したというのが正しい表現である。

 ……今回、最大の被害者はルジリッドなのかもしれない。

 そんなことまで思い出して、仁王像のような顔つきになったギルフォードだけれど、ふと膝に温もりを感じてそこに目を向ける。

「……ギルさん」

 目で”そんなに怒らないで”と訴える妻に、ギルフォードは今度は片手で顔を覆って溜息を吐く。

「シャンティ、世の中には君の善良な部分を利用しようとする連中がいるんだ。目の前のアレが良い例だ」

 コラッリオに向ける声音とは真逆のそれで諭すギルフォードに対し、シャンティは緩く首を横に振った。

 シャンティは手紙を受け取った時点で、コラッリオが多少なりとも自分を利用しようとしているのはわかっていた。

 本当はギルフォードの出世の為と言われても、協力するのに抵抗があった。実際、夜会の時にコラッリオがギルフォードの隣に立とうとした瞬間、恥ずかしいくらい嫉妬の感情を覚えた。

 でもビデーレに斬り付けられようとしたとき、コラッリオはシャンティを護ろうとしてくれたのだ。

 あの時、ギルフォードから見ればシャンティを護ろうとした自分の邪魔をコラッリオがしたと思っているかもしれない。
 
 けれど、違う。コラッリオはぎょっとした顔をして、それから泣きそうな顔をして身を盾にしようとしたのだ。

 あの別荘でのことは記憶に新しい。だからにわかに信じられないけれど、でも、そうしようとした彼女の行動は紛れもない真実なのだ。

 それに一応、この計画は成功に終った。詐欺師を捕獲したのはギルフォードで、これは間違いなく彼の功績になる。……まぁ本当に一応という前置きがつくけれど。

 だからせめて『自分のケツは自分で拭きたいのっ!』という令嬢らしからぬ言葉で最終的に自分を説得したコラッリオの要求を聞くだけ聞いて欲しい。

 ということを更に強くシャンテが目で訴えれば、妻にほとほと弱いギルフォードは、まだまだコラッリオに向けて言いたいことがごまんとあったけれど、ぐっとそれを飲み込んだ。
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