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一つの気持ちに気付く花嫁と、一つの気持ちを伝える花婿
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ギルフォードの腕から逃げ出して、隣の部屋に飛び込んだシャンティは─── 隅に置いてある旅行鞄を引っ掴んで中をガサゴソと探り始めた。
「……あ、あれ?えっと……間違いなくここに……」
ぶつぶつと呟きながらも、必死にある2つのモノを探している。
新婚旅行の為の荷造りは、ほとんどサリーがしてくれた。
いや、正確にはサリーの『これは私の仕事。奥様は、引っ込んでてください』というニュアンスを込めた目力で、触らせて貰えなかったというのが正解だ。
”自分の事は自分で”と教育を受けて来たシャンティにとっては、ちょっと困ってしまうこと。でもサリーのお仕事の邪魔はしたくないので、大人しく引っ込むことを選んだ。
けれど、全ての荷造りを終えた後、こっそり2つのモノを追加した。
一つは、ギルフォードに贈るモノ。
もう一つは、お守り代わりに持ってきた思い出の品。
浮かれ過ぎた自分が、ギルフォードに対して勘違いをした態度を取らぬよう戒めの為に持ってきたものでもある。
それを必死にシャンティは探しているのだ。
だが旅行鞄は、長期の旅行のそれなので妙にデカい。そして慌てているシャンティは、なかなか見つけることができない。
平民生まれの平民育ちであるシャンティは、貴族令嬢と違いガサツな一面も持っている。
そんなわけで、焦るあまり鞄に入っている不要なモノをポンポン放り出していく。その方が早くお目当てのモノを見付けられるので。
だが──……そっと扉を開けたギルフォードからすれば、シャンティが帰宅の為の荷造りをしているようにしか見えなかった。
「シャンティ、頼む!今一度考え直してくれっ」
「はぁ!?」
いきなり背後から羽交い締めにされたシャンティは、素っ頓狂な声を上げてしまった。
慌てて顔だけを動かせば、恐怖とも哀しみとも言えない感情に支配されているギルフォードと目が合った。
「え?あ、あの……ギルさん、私」
「シャンティ、頼むっ。私が意気地なしだったせいで、君に幻滅されてしまったことはわかっている。だが私は、こんな形で君との関係を終わらせたくないんだっ」
「は?や、ち、違───」
「君が望むことは何でもするっ。これまで以上に精進するっ。どうか私にチャンスを与えてくれ。君のことが大切なんだ……。どうか私の前から居なくならないでくれ。……頼む……頼む、シャンティ……」
痛みを堪えるように、神様に一滴の慈悲を求めるように、ギルフォードはシャンティに懇願した。
余談だが、ギルフォードの声は思いのほか大きく、扉を突き破り、屋敷中に響き渡った。
そして、何事かと仕事を放り出してぞくぞくと駆け付けた使用人達が廊下にごったがえしている。
ただそんなことに気づかないシャンティは、ギルフォードの”何でもする”という言葉に甘えて、至極簡単な望みを口にした。
「では、その腕を離してもらえると嬉しいです」
今、シャンティがしたいことはただ一つ。中断されてしまった作業を再開することだけ。
……なのに、ギルフォードは真剣な顔つきのまま首を横に振った。
「無理だ」
「えー」
不満の声を上げたところで、がっしりとした太い腕は死んでも離さないとシャンティの身体に訴えている。
シャンティはほとほと困り果ててしまった。そしてシャンティだって焦っている。だからまともな思考ではない状態なので、彼がとんでもない勘違いをしていることに気づいていない。
しかも、間が悪く(?)放り出した本の隙間から、シャンティが探し求めていたモノがひょっこり顔を出している。
─── ああっ。そっか、そっか。万が一、皺になってしまったらいけないと、本に挟んでおいたんだった。
そんなことを考えながらもシャンティは、それを取ろうと手を伸ばす。だが、あとちょっとなのに、届かない。とても、もどかしい。
「ギルさん、離してください!」
「嫌だっ」
「そこをなんとかっ、お願いしますっ」
「それは私の台詞だっ。頼むっ、離れないでくれっ」
「無理ぃー!!」
真相を知っていれば、本当に馬鹿馬鹿しい茶番なのだが、二人は真剣だった。そして扉にへばりついて動向を見守っている使用人たちも。
そしてどうにもならない状況に一線を越えてしまったシャンティは、とうとうキレてしまった。
「ギルさん、離してっ。離してくれなかったら」
───殴りますよ!!
そう、シャンティは言おうと思ったのだが、最後の一文を口にする前に自分を拘束していた腕がぱっと離れた。
妙なタイミングで解放されたことに若干の疑問を覚えたが、そんなことは些末なこと。シャンティは這いずるように、本に近づき探し物を手に取った。
シャンティが探していた2つのあるモノとは、ギルフォードのイニシャルが入ったハンカチ。これはシャンティが彼のことを想って刺繍を入れたもの。
そしてもう一つは、無地のハンカチ。かつて、袖の短い軍人が泣いている自分の足元に置いていってくれたもの。
───......ようやくこれを返せる時が来た。
シャンティの胸は高鳴る。止まったはずの涙が、再び溢れてくる。
そして込み上げてくる感情を押さえ込むように、ぎゅっとそれを抱き締めた。
「……あ、あれ?えっと……間違いなくここに……」
ぶつぶつと呟きながらも、必死にある2つのモノを探している。
新婚旅行の為の荷造りは、ほとんどサリーがしてくれた。
いや、正確にはサリーの『これは私の仕事。奥様は、引っ込んでてください』というニュアンスを込めた目力で、触らせて貰えなかったというのが正解だ。
”自分の事は自分で”と教育を受けて来たシャンティにとっては、ちょっと困ってしまうこと。でもサリーのお仕事の邪魔はしたくないので、大人しく引っ込むことを選んだ。
けれど、全ての荷造りを終えた後、こっそり2つのモノを追加した。
一つは、ギルフォードに贈るモノ。
もう一つは、お守り代わりに持ってきた思い出の品。
浮かれ過ぎた自分が、ギルフォードに対して勘違いをした態度を取らぬよう戒めの為に持ってきたものでもある。
それを必死にシャンティは探しているのだ。
だが旅行鞄は、長期の旅行のそれなので妙にデカい。そして慌てているシャンティは、なかなか見つけることができない。
平民生まれの平民育ちであるシャンティは、貴族令嬢と違いガサツな一面も持っている。
そんなわけで、焦るあまり鞄に入っている不要なモノをポンポン放り出していく。その方が早くお目当てのモノを見付けられるので。
だが──……そっと扉を開けたギルフォードからすれば、シャンティが帰宅の為の荷造りをしているようにしか見えなかった。
「シャンティ、頼む!今一度考え直してくれっ」
「はぁ!?」
いきなり背後から羽交い締めにされたシャンティは、素っ頓狂な声を上げてしまった。
慌てて顔だけを動かせば、恐怖とも哀しみとも言えない感情に支配されているギルフォードと目が合った。
「え?あ、あの……ギルさん、私」
「シャンティ、頼むっ。私が意気地なしだったせいで、君に幻滅されてしまったことはわかっている。だが私は、こんな形で君との関係を終わらせたくないんだっ」
「は?や、ち、違───」
「君が望むことは何でもするっ。これまで以上に精進するっ。どうか私にチャンスを与えてくれ。君のことが大切なんだ……。どうか私の前から居なくならないでくれ。……頼む……頼む、シャンティ……」
痛みを堪えるように、神様に一滴の慈悲を求めるように、ギルフォードはシャンティに懇願した。
余談だが、ギルフォードの声は思いのほか大きく、扉を突き破り、屋敷中に響き渡った。
そして、何事かと仕事を放り出してぞくぞくと駆け付けた使用人達が廊下にごったがえしている。
ただそんなことに気づかないシャンティは、ギルフォードの”何でもする”という言葉に甘えて、至極簡単な望みを口にした。
「では、その腕を離してもらえると嬉しいです」
今、シャンティがしたいことはただ一つ。中断されてしまった作業を再開することだけ。
……なのに、ギルフォードは真剣な顔つきのまま首を横に振った。
「無理だ」
「えー」
不満の声を上げたところで、がっしりとした太い腕は死んでも離さないとシャンティの身体に訴えている。
シャンティはほとほと困り果ててしまった。そしてシャンティだって焦っている。だからまともな思考ではない状態なので、彼がとんでもない勘違いをしていることに気づいていない。
しかも、間が悪く(?)放り出した本の隙間から、シャンティが探し求めていたモノがひょっこり顔を出している。
─── ああっ。そっか、そっか。万が一、皺になってしまったらいけないと、本に挟んでおいたんだった。
そんなことを考えながらもシャンティは、それを取ろうと手を伸ばす。だが、あとちょっとなのに、届かない。とても、もどかしい。
「ギルさん、離してください!」
「嫌だっ」
「そこをなんとかっ、お願いしますっ」
「それは私の台詞だっ。頼むっ、離れないでくれっ」
「無理ぃー!!」
真相を知っていれば、本当に馬鹿馬鹿しい茶番なのだが、二人は真剣だった。そして扉にへばりついて動向を見守っている使用人たちも。
そしてどうにもならない状況に一線を越えてしまったシャンティは、とうとうキレてしまった。
「ギルさん、離してっ。離してくれなかったら」
───殴りますよ!!
そう、シャンティは言おうと思ったのだが、最後の一文を口にする前に自分を拘束していた腕がぱっと離れた。
妙なタイミングで解放されたことに若干の疑問を覚えたが、そんなことは些末なこと。シャンティは這いずるように、本に近づき探し物を手に取った。
シャンティが探していた2つのあるモノとは、ギルフォードのイニシャルが入ったハンカチ。これはシャンティが彼のことを想って刺繍を入れたもの。
そしてもう一つは、無地のハンカチ。かつて、袖の短い軍人が泣いている自分の足元に置いていってくれたもの。
───......ようやくこれを返せる時が来た。
シャンティの胸は高鳴る。止まったはずの涙が、再び溢れてくる。
そして込み上げてくる感情を押さえ込むように、ぎゅっとそれを抱き締めた。
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