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一つの気持ちに気付く花嫁と、一つの気持ちを伝える花婿

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「ギルさん、駄目ですっ。私、報復なんて望んでないですっ」

 物騒すぎる言葉でフリーズしてしまったのは一瞬で、シャンティは慌ててギルフォードに待ったをかけた。

「そうか?シャンティ、遠慮しなくても良いんだぞ」

 ギルフォードは至極冷静にそう返した。そしてとてもご不満そうだった。

「遠慮なんてしてません!」
「安心しろ、足が付くようなヘマはしない」
「いえ、地に足つけて生きて行きましょう!」
「確かに物事を少しずつ、確実に進めていくことは大切なことだ。だが時には、そういう堅っ苦しいことを無視しなければならないこともある。まさに、今だ」
「私は来世でも地に足を付けて生きていく所存ですっ。ま、鳥に生まれ変わったなら、飛びますが」
「それもそうだな。魚になれば、泳がなければならないしな」
「ええ、そうです。でもできれば水中生物より陸の生き物に生まれ変わりたいです、私は。だって泳げないですし」
「そうだったのか?だからボート遊びの時に、顔色が悪かったのか」
「……はい。実はそうなんです。黙っていてごめんなさい」
「謝ることではない。こちらこそ配慮が足りなかった。だが、安心した。船酔いしたのか心配していた……─── ん?」

 ギルフォードは会話を止めて首を傾げた。シャンティも同じく。

 何だか会話がおかしな方向に進んでしまったようだ。二人は、きょとんとした表情のまま沈黙した。

 だがすぐに、ギルフォードはコホンと小さく咳払いをしてから再び口を開く。

「……ところで、シャンティ質問がある」
「はい、なんでしょう」
 
 急に真顔になったギルフォードに、シャンティはぴしっと背筋を伸ばした。

 そんなシャンティを見ながらギルフォードは、心底不思議そうに尋ねた。

「君はどうしてそんな離れた場所にいるんだ」
「……あ」

 シャンティは短い声を上げたまま、固まってしまった。

 我知らずいつの間にか、ソファから少し離れた窓辺に移動してしまったようだ。

「へ、へへっ」

 とりあえずシャンティは、誤魔化し笑いをしてみる。

 だって、面と向かってあなたの顔が怖かったからなど言えないし。でも、そのぎこちない笑みは全てを物語っていた。

「怖がらせてしまって、すまなかった」
「いえ、こちらこそ失礼な態度を取ってしまって……」
「いや、いいんだ」

 緩く首を振ったギルフォードは、はぁーっと深い深い溜息を吐いた。

 でも、それはシャンティに対して不満を表すものではなかった。

「部下に……よく言われるんだ。目だけで人が殺せると。そんな楽なことができるなら、私の仕事はもうちょっと少なくて済むのにな」
「……チート行為はいけません。地に足を付けて生きて行きましょう、ギルさん」
「ああ、そうだな」

 なんだか結局”地に足を付けて”トークに戻るのは何故に?とシャンティはちょっと思ったけれど、こんな日もあるという結論に落ち着く。

 あと存外便利なフレーズだなとも思うが、口にしない。ただ無言で、ギルフォードの隣に腰かける。

 そして項垂れてしまったギルフォードの手を取り軽く揺さぶった。

「まぁギルさん、アレです。もう終わった事なんです。ムカつくけど、しょうがないとしましょう。私アルフォンスさんに、謝ってほしいと思ってないです」

 元気よく言い切ったシャンティの言葉に、ギルフォードはゆるゆると顔を上げた。

「……だがなシャンティ、物事とは───」
「でも願いはあります」

 ギルフォードの言葉を遮ったシャンティは、ここで静かに微笑んだ。

 目の前のイケメン軍人は、まるで総司令官から命令を待つような顔つきをしている。控えめに言って凛々しくてカッコいい。国の宝だ。

 あまりに素敵すぎて、うっかり見惚れてしまいそうになる心をぐっと押しとどめる。でも、今、自分が握っている大きな手に、指を絡ますぐらいのことは許して欲しい。

 我ながら随分と甘え上手になってしまったなとシャンティは思う。
 そして、そんな甘ったれな自分を許してくれるギルフォードは、世界で一番、イイ男だ。

 ──そんな彼が、こんなことで心を痛めてなんか欲しくない。

 だからシャンティは、咄嗟に思い付いた願いを口にした。 

「そうですね。私をコケにしたんだから、ちゃんと幸せになってほしいという願いが」

 そう言い切った後のギルフォードの顔をなんと表現すればいいのだろうか。

 狐につままれたというか、異国の言葉を耳にしたかのような、甘いものを口にしたはずなのに酸っぱい味がしたかのような……まぁ、つまり虚を突かれた顔をした。

 ああ、この人は、そんな顔もするんだ。

 シャンティは、ギルフォードの新たな一面を目にすることができて嬉しくなる。でも、伝えたいことはこれが全部ではない。

「それにアルフォンスさんの恋人からしたら横やりを入れたのは私なんですよ」
「だが」
「これで良かったんです」

 シャンティは、ゆっくりと首を横に振った。その仕草は、自分に言い聞かせるようにも取れた。

 








 あの日──花婿に逃げられた日は、シャンティにとって人生で最悪な日だった。

 でも、逃げた花婿と名も知らぬ女性にとったら新しい人生を踏み出せる一番最初の日でもあったのだ。

 単純なことなのだ。
 シャンティは、あの二人のロマンス小説の中では脇役でしかなかっただけ。

 ……そう、それだけのことだった。
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