結婚式当日に花婿に逃げられたら、何故だか強面軍人の溺愛が待っていました。

当麻月菜

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ギャップに萌えする花嫁と、翻弄される花婿

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 普段なら夕食を終えた後は、居間でお茶を飲みながらギルフォードと他愛もないお喋りを楽しむシャンティだった。
 けれど、悪寒を覚えた後、みるみるうちに体調が悪化してしまった。

 なので、夕食を断り、一人ベッドの中にいる。

 ちなみについさっきまでサリーに「体調不良に気付かず申し訳ありません」と涙目で謝られ、ドミールからは医師を手配したと報告され、とどめにギルフォードから沈痛な表情まで向けられてしまった。

 とはいえシャンティは、微熱と悪寒があるだけ。
 喉も痛くないし、咳もないし鼻水も大丈夫。つまり、単なる体調不良なのだ。

 多分、これまでの気疲れから熱が出ただけ。
 あと、毎晩、ベッド中でギルフォードからギリギリ一線を越えない愛撫を受け続けているせいで寝不足が続いたのが、ほんのちょっとだけ原因だった。

 でも、どっちが病人がわからない程、気落ちしているギルフォードに向かってそんなことは口にできるわけがない。
 それに毎夜、彼と過ごす甘く特別な時間を、シャンティは嬉しいとすら思ってしまっているのだ。

 薄明りの中、勘違いしてしまいそうな程、優しく触れるごつごつとした大きな手。
 かすれた声で名を呼ばれるときの高揚感。そして同じく名を呼び返せば、こちらに向けてくれる蕩けるような優しい笑み。

 絶え間ない口付けに戸惑っていたのは、最初の頃だけで、今ではギルフォードの舌で唇を開けるように催促されなくても、いつの間にかそっと口を開いてしまう。

 とても、はしたないことをしている自覚はある。淫らな自分を戒めなくてはいけないとも思っている。でも止められないのだ。

 そして、この時間が期間限定だとはわかっていても、それでもシャンティにとって、とても大切にしたいと思っているものだった。

 とはいえ、今日はさすがに無理だなぁ……なんてことを考えながらうつらうつらとしていたら、いつの間にか話し声が聞こえてきた。

「───……咳もなく、熱もそう高くはないのでしたら単なる疲労でしょう。ですのでお薬を飲んで、一晩ゆっくり休まれたらすぐに回復すると思います」

 初老の感情の起伏がない淡々とした口調を耳にして、どうやらドミールが手配した医者が到着したことを知る。

 ちなみに医者の見立てと、シャンティの自己判断は概ね合っているので、特に返事をする必要はないと判断する。

 ただ、苦いのはやめてね。
 そんな図々しいリクエストができるくらい、シャンティはそこそこ元気がある。でも目を開けないのは、タイミングを逃してしまっただけ。

 けれどもう一人この部屋にいる人物は納得できないご様子で、小さく唸り声をあげた。

「そんな訳がないだろう。こんなに顔色が悪いというのに、そんな安易な病気なわけがない。もっときちんと診察をしろ」

 食い気味に医者に突っかかるギルフォードに、シャンティはいやいやいやただの微熱だしと心の中で否定する。

 声に出して言わないのは、喉が痛いせいじゃない。
 ギルフォードの声音がおっかないからだ。

 久しぶりに聞いたその声に、シャンティは若干の懐かしさを覚えつつも、やはり好き好んで聞きたいものではないと改めて痛感した。
 それに多分この声音から想像すると、顔も不機嫌になっているだろう。

 ギルフォードはイケメンだ。そのご尊顔は、どんな表情でも美しい。
 ただ威圧的なオーラを出すと、たちまちラスボス感が出てしまう。それを至近距離で目にするのは、今日のシャンティは刺激が強すぎる。

 けれど医者は至極冷静だった。
 そういう対応になれているのだろう。ギルフォードに詰め寄られたところで、ふむと小さく頷くだけ。

 ただ、次の言葉は医者らしい発言ではあったけれど、シャンティからすれば赤面ものであった。

「ではお伺いしますが、妊娠初期は、風邪の症状と良く似ております。ご懐妊のお心当たりは?」
「………ない」

 しばしの間の後、ギルフォードは今度はとても言いにくそうに返事をした。

 ───……あ、そこちゃんと答えちゃうんだ。素直かっ。

 なんてことをシャンティは相変わらず目を閉じたまま、突っ込みを入れつつ、内心ほっと胸を撫でおろす。

 狸寝入りしている自分が起こされて、今の質問の答えを求められたら、赤面すること間違いないから。

 そしてそれを見たギルフォードが、やっぱり熱が高いだの何だの言いだして更に話がややこしいことになっていただろう。

 ちなみに医者は、少し照れているギルフォードの態度も想定内だったらしく、初々しいだとか、そんな顔してまぁ可愛らしいなどと揶揄することはなかった。

 けれども、話はここで終わりではなかった。

「さようですか。なら、」

 そこで言葉を止めた医者は、豪快に息を吸うのが気配で伝わった。

「ご懐妊のお心当たりもなく、風邪では納得できないということでしたら、後は何かしらの
大きな病気を疑わなくてはなりませんので、今すぐ入院をしていただく必要がございます」
「馬鹿を言うなっ」
「そのまま、お返しさせていただきますっ」 

 とうとう堪忍袋の緒が切れた医者は、ギルフォードを一喝した。

 ───……お医者様、ギルフォードさん、ごめんなさい。このやり取りめっちゃ面白いです。

 シャンティは寝返りを打つような小演技をかまして布団を鼻まで引っ張り上げる。そして、込み上げてくる笑いを必死に隠した。
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