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捕獲された花嫁と、交渉する花婿
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一分一秒が永遠と思われる中、ヨーシャ卿が緊張に耐えきれなくなり、わずかに身動ぎをしたと同時に、教会の扉が開く。
そして開いた扉の先に、予想よりはるかに狭い教会内部がヴェール越しに見えた。
......左右の参列者のバランスがかなり悪い。
そして8割りがた軍人だけのこの光景は、なんかもう結婚式というより、公開訓練前の朝礼か、はたまた出兵前の出陣式のよう。
ただ、出兵するのはここにいる軍人ではない。シャンティとヨーシャ卿である。
「では、参りましょう」
「はい」
短い会話の中に、互いの武運を祈りつつシャンティとヨーシャ卿は、足並み揃えて出陣した。
とはいえ教会が狭ければ、当然ながらヴァージンロードも短い。
ヨーシャ卿にとっては、シャンティをギルフォードの所まで届ければミッション完了である。難易度は低い。
けれどシャンティからすれば、一歩一歩、震える足を叱咤しながら歩いてはいるけれど、その心境はとても複雑であった。
本来ここは、長年育ててくれた最愛の父親のエスコートで歩くもの。そして、これまで与えてくれた沢山の愛情と思い出を胸に、一歩一歩、これまでの人生を振り替えるための道。
そして、その先にはこれから共に歩む伴侶がいる。
だからバージンロードとは、愛しさと切なさと、確約された未来へ向かう心強さでできている。
なぁーんて、思っていた。
きっと自分は祖父にエスコートされながら、感無量な気持ちになるとシャンティは思っていた。
けれど実際には、知らないおっさんのエスコートで、歩いている。え?ちょ、マジで?という戸惑いオンリーの感情をだけを胸に、一歩一歩。
そして、その先には私を恐喝してここまで誘拐してきた軍人がいる。
……え?なんか違くね?
荘厳なパイプオルガンの音色がパロディにしか聞こえない。ちゃんちゃらおかしいぞ、オイ。
そんなツッコミを入れつつ、視界がぼやける。もちろんこの涙は花嫁が流すそれではない。
けれど、ヴェール越しにシャンティが目の端に涙を浮かべていることなど、誰も気付かない。しつこいけれど、ヴァージンロードは、とても短い。
だからシャンティが、なんだかんだとツッコミを入れていれば、すぐに花婿の元まで到着してしまう。
付け加えるならば、ヨーシャ卿の足取りが急に早まったのも理由の一つ。
そしてこの伯爵さまは、間違いなくシャンティを引き渡した途端、脱兎の如く花嫁の親族席に消えるだろう。生気が甦った偽装の父親の横顔は、人を蹴落としても生き延びたいという人間の業がありありと現れていた。
薄情ものっ。
シャンティはヴェール越しに、ヨーシャ卿を睨みつける。
でも、もし逆の立場だったら間違いなく同じことをしていた。けれど実際問題、取り残されたのはシャンティなので、やっぱり悪態くらい付く権利はある。
ただその権利はあるけれど、逃げ出す権利は剥奪されている。......目の前の軍人花婿もとい悪魔に。
「さぁ、おいで」
イケメンという仮面を被った悪魔ことギルフォードは、祭壇の前に到着したシャンティに向かって、蕩けるような笑みを向けた。
まるで、今日という日をどれだけ待ち望んだかといわんばかりのそれ。
いや、そんな小細工まで必要?!
シャンティは本日もう何度目かわからないツッコミを入れてみた。
けれど、ヨーシャ卿は罪人を警護団に引き渡す善良な市民よろしく、無理矢理自身の腕からシャンティの腕を引き剥がし、ギルフォードに託す。
そして予想通り、一目散に花嫁の親族席に戻る。一仕事終えたような充実感を醸し出しながら。
戦場に残された戦友にエールすら贈ることをしない薄情ぶりに、またしてもシャンティは王都の世知辛さを知った。
けれど、式は順調に進んでいく。
気づけばシャンティは祭壇に膝を付いて、神父さんの何やら有難いお話なるものを聞かされていた。
ただ神父の悦に入った朗読が無性に勘にさわる。ぶっちゃけ、腹立だしい。黙れこの馬鹿と、これまた悪態を付いてみる。神様の前でも、関係ない。
それにこの程度で罰を下すほど神は狭小ではないとシャンティは信じている。......どうかそれくらいは、信じさせて欲しい。
そして早く終われ。一刻も早く終われと、神に祈った。
その願いが聞き届けられたのかはわからないけれど、神父はもったいぶった仕草で聖書を閉じる。演出大事とわかってはいるけれど、今のシャンティには、それすら嫌がらせにしか感じ取れない。
そんなこんなで、シャンティは不機嫌マックスだった。
けれど、やっぱり式は順調に進んでいく。
今度は腕を掴んで立たされる。そして手袋をもぎ取られ、指輪をはめられる。その一つ一つのギルフォードの仕草は壊れ物を扱うような慎重で、それでいて優しい手付きだった。
そして今度は花婿に指輪をはめろと、シャンティはそれを押し付けられる。
余談だが、それらの儀式をアシストするのは、軍人2名。所謂ベストマンとメイドオブオナーと呼ばれる存在。
ちなみにベストマンは初対面ではない。本日2度目。シャンティ側の厄介事を処理してくれた(はず)のエリアス。これが偽装劇だと知っているのにもかかわらず、いかにも花婿の友人です的な顔をしている。
メイドオブオナーの方は初対面。ただなかなかの美人さんである。だが、今のシャンティにとっては、そんなことはどうでも良い。けれど、この女性も、シャンティとは初対面のはずなのに、長年の友人っぽいキャラを演じている。
......軍人とはいやはや恐ろしい。
シャンティはそんなことを思いながら、操り人形のように、ぎくしゃくとギルフォードの指に指輪をはめた。武骨な指に、銀のリングが収まったのを見て、一先ずほっとする。
だが、これはシャンティにとって余興にすぎなかった。
そして開いた扉の先に、予想よりはるかに狭い教会内部がヴェール越しに見えた。
......左右の参列者のバランスがかなり悪い。
そして8割りがた軍人だけのこの光景は、なんかもう結婚式というより、公開訓練前の朝礼か、はたまた出兵前の出陣式のよう。
ただ、出兵するのはここにいる軍人ではない。シャンティとヨーシャ卿である。
「では、参りましょう」
「はい」
短い会話の中に、互いの武運を祈りつつシャンティとヨーシャ卿は、足並み揃えて出陣した。
とはいえ教会が狭ければ、当然ながらヴァージンロードも短い。
ヨーシャ卿にとっては、シャンティをギルフォードの所まで届ければミッション完了である。難易度は低い。
けれどシャンティからすれば、一歩一歩、震える足を叱咤しながら歩いてはいるけれど、その心境はとても複雑であった。
本来ここは、長年育ててくれた最愛の父親のエスコートで歩くもの。そして、これまで与えてくれた沢山の愛情と思い出を胸に、一歩一歩、これまでの人生を振り替えるための道。
そして、その先にはこれから共に歩む伴侶がいる。
だからバージンロードとは、愛しさと切なさと、確約された未来へ向かう心強さでできている。
なぁーんて、思っていた。
きっと自分は祖父にエスコートされながら、感無量な気持ちになるとシャンティは思っていた。
けれど実際には、知らないおっさんのエスコートで、歩いている。え?ちょ、マジで?という戸惑いオンリーの感情をだけを胸に、一歩一歩。
そして、その先には私を恐喝してここまで誘拐してきた軍人がいる。
……え?なんか違くね?
荘厳なパイプオルガンの音色がパロディにしか聞こえない。ちゃんちゃらおかしいぞ、オイ。
そんなツッコミを入れつつ、視界がぼやける。もちろんこの涙は花嫁が流すそれではない。
けれど、ヴェール越しにシャンティが目の端に涙を浮かべていることなど、誰も気付かない。しつこいけれど、ヴァージンロードは、とても短い。
だからシャンティが、なんだかんだとツッコミを入れていれば、すぐに花婿の元まで到着してしまう。
付け加えるならば、ヨーシャ卿の足取りが急に早まったのも理由の一つ。
そしてこの伯爵さまは、間違いなくシャンティを引き渡した途端、脱兎の如く花嫁の親族席に消えるだろう。生気が甦った偽装の父親の横顔は、人を蹴落としても生き延びたいという人間の業がありありと現れていた。
薄情ものっ。
シャンティはヴェール越しに、ヨーシャ卿を睨みつける。
でも、もし逆の立場だったら間違いなく同じことをしていた。けれど実際問題、取り残されたのはシャンティなので、やっぱり悪態くらい付く権利はある。
ただその権利はあるけれど、逃げ出す権利は剥奪されている。......目の前の軍人花婿もとい悪魔に。
「さぁ、おいで」
イケメンという仮面を被った悪魔ことギルフォードは、祭壇の前に到着したシャンティに向かって、蕩けるような笑みを向けた。
まるで、今日という日をどれだけ待ち望んだかといわんばかりのそれ。
いや、そんな小細工まで必要?!
シャンティは本日もう何度目かわからないツッコミを入れてみた。
けれど、ヨーシャ卿は罪人を警護団に引き渡す善良な市民よろしく、無理矢理自身の腕からシャンティの腕を引き剥がし、ギルフォードに託す。
そして予想通り、一目散に花嫁の親族席に戻る。一仕事終えたような充実感を醸し出しながら。
戦場に残された戦友にエールすら贈ることをしない薄情ぶりに、またしてもシャンティは王都の世知辛さを知った。
けれど、式は順調に進んでいく。
気づけばシャンティは祭壇に膝を付いて、神父さんの何やら有難いお話なるものを聞かされていた。
ただ神父の悦に入った朗読が無性に勘にさわる。ぶっちゃけ、腹立だしい。黙れこの馬鹿と、これまた悪態を付いてみる。神様の前でも、関係ない。
それにこの程度で罰を下すほど神は狭小ではないとシャンティは信じている。......どうかそれくらいは、信じさせて欲しい。
そして早く終われ。一刻も早く終われと、神に祈った。
その願いが聞き届けられたのかはわからないけれど、神父はもったいぶった仕草で聖書を閉じる。演出大事とわかってはいるけれど、今のシャンティには、それすら嫌がらせにしか感じ取れない。
そんなこんなで、シャンティは不機嫌マックスだった。
けれど、やっぱり式は順調に進んでいく。
今度は腕を掴んで立たされる。そして手袋をもぎ取られ、指輪をはめられる。その一つ一つのギルフォードの仕草は壊れ物を扱うような慎重で、それでいて優しい手付きだった。
そして今度は花婿に指輪をはめろと、シャンティはそれを押し付けられる。
余談だが、それらの儀式をアシストするのは、軍人2名。所謂ベストマンとメイドオブオナーと呼ばれる存在。
ちなみにベストマンは初対面ではない。本日2度目。シャンティ側の厄介事を処理してくれた(はず)のエリアス。これが偽装劇だと知っているのにもかかわらず、いかにも花婿の友人です的な顔をしている。
メイドオブオナーの方は初対面。ただなかなかの美人さんである。だが、今のシャンティにとっては、そんなことはどうでも良い。けれど、この女性も、シャンティとは初対面のはずなのに、長年の友人っぽいキャラを演じている。
......軍人とはいやはや恐ろしい。
シャンティはそんなことを思いながら、操り人形のように、ぎくしゃくとギルフォードの指に指輪をはめた。武骨な指に、銀のリングが収まったのを見て、一先ずほっとする。
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