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一つの気持ちに気付く花嫁と、一つの気持ちを伝える花婿

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 別荘でギルフォードと過ごす時間は、シャンティにとって、想像よりも何倍も、何十倍も楽しいものだった。

 湖でボート遊びをしたり、手を繋いで山頂までピクニックに出かけたり。夕食後には、別荘内にあるボールルームで、ダンスのステップまで教えてくれた。

 時には楽器を嗜んでいる使用人達の演奏に合わせてワルツを踊ったりもした。でも、なぜか軍人御用達のラッパの音が混ざって、二人でステップを踏み外して声を上げて笑った。

 身体がなまってしまうと言うギルフォードに、剣の覚えがある元軍人の使用人が手合わせするのを見学させてもらった。破壊的なカッコよさに、シャンティは思わず涙ぐんでしまった。

 そしておやすみと言って同じベッドに入って、二人だけの甘い時間も変わらず過ごした。本邸よりもちょっと激しく熱い時間を。

 朝はギルフォードの触れるだけのキスで目を覚ました。寝顔を見られることに慣れないシャンティは、毎度、恥ずかしくてはにかんで。でも、ほんのりと赤く染めた頬に、彼はまたキスを落として。

 なんかもう、言葉では言い表せないほど甘やかされて、シャンティは大切なことを学んだ。

 新婚旅行とは、人を堕落させる時間だということを。

 ……でも、そうではなかった。

 楽あれば苦あり。アメとムチ。まぁそんな感じで、ここいらで、一波乱があったりもする。






 新婚旅行も残り2日となった。

 シャンティは一人で別荘の庭を歩いている。ベッドにギルフォードを残して。

 毎日お昼寝を含めてたっぷりと睡眠を取っているシャンティとは違い、ギルフォードは例え新婚旅行であろうが、ストーカーのようにお仕事と言う名の書類が山のように届く。

 そしてそれらを、ギルフォードはシャンティのお昼寝中や、夜更けに一人起き出して処理しているのをシャンティは知っている。

 ただ、さすがに疲れが溜まっていたのか、今日はめずらしくシャンティの方が早く起きた。

 そしてこれまでさんざん寝顔を見られた意趣返しに、たっぷりとギルフォードの寝顔を堪能させてもらった。
 でも、寝ていてもイケメンはイケメンだ。そして、無防備に眠るその姿は、背中がゾクゾクするほど美しい。

 結局耐えられなかったのはシャンティのほう。だから予定より観察時間を早く切り上げて、ちょっとしたサプライズを計画してみた。 
 
 目が覚めた時に、部屋中にお花があったら、少しは気持ちが癒されるのではないかとそんなことを思いついたのだ。



「おはようございます、奥様。今日はお早いですね。最近、一気に暑くなったので、寝苦しかったですか?」
「おはようございます。いえいえいえ。王都よりこっちは涼しいから、快適な睡眠でした。ただ、ちょっと早く目が覚めただけなんです」
「ああ、そうですか。ご主人様はまだお休みで?」
「はい。そうなんです。お疲れのようですね」
「ははっ、浮かれ過ぎたのでしょう。あんなに楽しそうなご主人様を見ることなど、初めてでしたから」
「は……はぁ……。あ、あの……ところで、この花を摘んでも良いですか?」

 剪定の最中だった庭師から、にこやかにそんなことを言われて、シャンティはしどろもどろになりながら、話題を変える。

 そうすれば、庭師はどうぞどうぞと言って、剪定の手を止めて摘もうとしてくれる。

 それを断り、シャンティはハサミを借りるだけにする。そして、好きなお花を摘んで良いという許可も貰ったので、浮き浮きと庭を歩き回る。

 空は、絵の具で隅々まで塗ったかのように、綺麗な水色だった。
 朝食にはまだ少し早いけれど、煙突からもくもくと煙が上がって、厨房の忙しさを伝えてくる。

 シャンティは空を見上げて目を閉じる。すんっと鼻から息を吸ったら、生まれ故郷に似た香りに全身が包まれた。

 ───……ああ、幸せだなぁ。
 
 両親がお空に行ってしまって、王都に引っ越して、花婿に逃げられて。

 自分の意思とは無関係に、振り回されっぱなしだったけれど、今、シャンティはとても満たされていた。

 でも、心のある一部分だけは、空白がある。認めたくないけれど。
 それを満たすものは何かは、シャンティは知っている。でも、望んだりはしない。手に入らないことを知っているから。

「びっくりするほど、お花を飾ろう」

 シャンティは目を開けて、そう独り言ちた。

 さすがにお疲れのギルフォードだって、そろそろ目を覚ますだろう。できればもう一度、あの貴重な寝顔を見ておきたい。

 そしてギルフォードが目が覚めた時、一番に「おはよう」と言いたい。

 そんな小さなワガママを胸に、シャンティはさっそく目に付いた花を摘もうと思った。けれど───

「ねえ、あなた。ここのお屋敷のかしら?」

 突然、可憐な声が背後から聞こえた。

 驚いてシャンティが振り返った先にいたのは、声と同じように黒髪が印象的な清楚な美人が所在なさげに立っていた。

 シャンティよりもっと豪奢で贅沢なドレスを身に付けている。出入りの業者というわけでも、この町の住人というわけでもなさそうだ。

「……あ、はい。そうです」

 ここに滞在して10日も経っていないし、正確にはこの屋敷はギルフォードが所有しているもので、シャンティは代理の妻。

 でも、それを全部説明することはできないので、全部を端折ってシャンティは頷くことにする。

 そうすればシャンティを見ていた目の前の女性の視線は、下から上に移動する。まるで、品定めをしているかのように。

 待つこと5秒。
 何かに納得したように頷いたその女性は、おもむろに口を開く。

「ねぇ、今すぐギルフォードを呼んでちょうだい」
「へ?」

 急に高飛車な物言いに変わったことに、シャンティは驚いて間の抜けた声を出してしまう。

「早くしてちょうだい」 
「どなたと聞いても?」

 顎でしゃくる女性になんだか苛ついたシャンティは、めずらしく厳しい口調で問うた。

 が、ここで女性は鼻を鳴らして、名乗ることな無かった。でも、限りなくそれに近いことは言った。

「わたくし、ギルフォードの婚約者ですの」と。
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