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一つの気持ちに気付く花嫁と、一つの気持ちを伝える花婿

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 庭では突然の来訪者で、嵐のようなひと時を過ごしたけれど、屋敷の中は何事もなかったかのように、穏やかな空気に包まれていた。

 ギルフォードと並んで入った食堂には、既にテーブルセットがされていて、食卓の中央にある花瓶には、シャンティが現実逃避で摘んだポピーの花が活けられていた。

「シャンティ、少し量を減らしてもらおうか?」

 朝食を運んで良いか窺いに来たメイドを待たせて、ギルフォードはシャンティに問うた。

「いつも通りでお願いします」
「そ、そうか」

 頷きつつも、がっつり菓子を頬張っていたのを知っているギルフォードは、無理をするなという視線をシャンティに向ける。

 でも、シャンティの返答は変わることはなかった。

 無理をしているわけでも、意固地になっているわけでもない。ただ単に甘いものは別腹なので。  


 


 カチャカチャと、しんとした食堂に食器がこすれ合う音が響く。

 これまでだったら「今日はボート遊びをしよう」とか「馬で遠乗りに行こう」とか、あれやこれやとその日の予定を決める為に、シャンティとギルフォードはボールを投げ合うようにテンポよく会話をしていた。

 でも、今日に限っては何を喋って良いのかわからない。
 ちょっとでも会話を始めてしまえば、触れて欲しくない部分に辿り着いてしまいそうな気がしてならないから。

 けれど、事情を知らないメイドは、見ているこちらが申し訳ないと思うくらいに何かあったのかとオロオロとしている。

 本当のところ、シャンティのほうがオロオロしたい気分だ。

 とはいえ、根っからの良い子のシャンティは、メイドを気遣うために、当たり障りのない会話を切り出した。

「ギルさん。このパン、美味しいです」
「……ああ、そうだな」
「あと、今日のバターがなんだかコクがあるような気がします。気がするだけかもしれませんが」
「いや、気のせいじゃない。これは燻製バターというものだ。昨日、取り寄せるように手配しといた」
「燻製?溶けたりしないんですか?」
「しないみたいだな。私も実際作ったことがないから詳しくはわからないが」
「……ですよね」

 会話、終了。

 これまでだったら、こんなぎこちない会話の終わり方をすることなんてなかった。

 チラリと視線を動かせば、メイドは青い顔をして、小鳥を見つめていた。ちょっと前の自分を見ているようでいたたまれない。

 でも、シャンティはゆっくりと食事を続ける。

 給仕をするためにここに居なければならないメイドのことを考えれば、さっさと食べ終えるべきだろう。

 なのだけれど、食べ終えてしまえば、触れたくないけれど、触れなければならない話題が待ち構えていたりもする。

 ……でも、逃げても結局、同じなんだよなぁ。

 シャンティはパンをもしゃもしゃと咀嚼しながら、切ない結論に達した。口の中に入っているそれをごっくんと飲み込んで視線を真っすぐにすれば、ギルフォードと目が合った。

 彼は少しぎこちない笑みを浮かべていた。
 そして既に朝食を食べ終えていた。
 
 でもシャンティをせっつくような真似はしない。ゆっくりと食後のお茶を味わっている……体を貫いてくれている。

 だからシャンティは食すスピードを上げた。そして、綺麗にお皿を空にした。




 食事を終えて、二人とも無言で部屋に戻る。

 今日の予定は何もない。提案するつもりもない。一緒にやりたいことは、もう全部やりつくしたから。

 だから、ただ無言で、でもそうするのがとても自然で、二人は部屋に入ると並んでソファに腰かけた。

「ねえ、ギルフォードさん、唐突な質問をしても?」
「ああ、構わない」

 ギルフォードは身体をシャンティに向けて頷いた。けれど、

「私の逃げた花婿さんの行方、本当はもうご存じなんですよね?」

 こんな質問をされるとは思ってもいなかったのだろう。問いを受けた瞬間、ギルフォードは凍り付いたかのように固まってしまった。

 代理の妻は、逃げてしまった相手が見つかるまでという約束。両方ではなく、

 そして見付かってしまった。
 だからもう、この幸せな時間はお終い。

 それで幕を引けば良いのだけれど、まぁ……何というか、ついでのような気持ちで聞いてみた。

 だけれど、どうやら彼にとったら聞いて欲しくはなかったようだ。

 僅かに皺を寄せたその眉間が全てを物語っている。

 シャンティはほんの少しだけ後悔した。ギルフォードを困らせてしまったことに。
 でも、真実は知りたい。だから、じっと彼が自然解凍されるのを待つ。

 それから数分後、ギルフォードは苦しげに口を開いた。

「……黙っていて、すまなかった」
「いえ。そこはお気になさらず。で、どこにいて何をしているのか教えてもらっても?」

 間髪入れずにシャンティが問えば、ギルフォードは再び固まってしまった。

 さすがにまた何分も待つのは辛いので、シャンティは自分の推測を語ることにする。

「ギルさん、私と結婚式を挙げるはずだったアルフォンスさんは、ご両親に反対されるような道ならぬ恋をしていて、その相手と駆け落ちをしたんだと私は思っているんですが………間違いですか?」
「君は千里眼でも持っているのか?」
「まさか。でも、どうやらビンゴのようですね。では、彼は自身の領地にいるとか?」
「違う。彼はまだ王都にいる。といってもかなり外れの方だが」
「あらまぁ、意外」
「木は森に隠せという諺もあるからな。人が多い場所を選んだのだろう。あと言わなくても良いことかもしれないが……同じく王都の外れの教会で司祭に金を握らせて結婚証明書をむしり取ったそうだ」
「ちょ、それは……聞かなかったことにします」

 シャンティは、違法行為を耳にして慌てそう言っただけなのだが、ギルフォードは違う意味に受け取ったようだ。

 まるで自分が罪を犯したかのように項垂れながら呟く。

「……彼……アルフォンスと、とある女性の間に子供ができていたから……無理にでも、結婚をしたかったそだ」
「あーなるほど。なら仕方がないですね」

 パッと笑顔になったシャンティに、ギルフォードは変な顔をした。

 でも、シャンティは好奇心を止めることができなかった。

「えっと、赤ちゃんは無事に生まれたんですかね?」
「女の子だそうだ」
「そっか。良かった」

 シャンティはごく自然に笑みを浮かべた。

 でも、ギルフォードの目には、無理にそうしているように映ってしまったのだろうか。

 彼は表情を厳しいものに変えると、きっぱりとこう言った。

「君が望むならあの男に報復をすることも可能だ」

 予想もしなかった物騒な言葉に、シャンティは思わず息を呑んだ。
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